14.「ごめんな、全部俺が悪かったんだ」
寡弁というか、無口では無いにしろ内容の無い事はあまり喋らない父が僕に言う。いったい何の悪気なのかさっぱり分からない僕は、うんうんと彼を宥める。
「おいしいよ、全部食べられるよ」
僕の言葉がストライクだったらしく、言葉を詰まらせて全然おいしくないスクランブルエッグのスプーンを自分の口に運ぶ父。二人だけの食卓である。
「ごめんな。母さん、出て行っちゃったのは父さんが悪かった。謝らなくちゃな」
「けんかしたら悪い方があやまるんだよ」
「うん、返ってきたらね。そうだな。すぐ謝るよ」
僕の頭を乱暴に撫でる。なかなか手は離れなくてもの寂しげだった。
「幼稚園には今日はお父さんと行こうな」
「いいよ、行ってあげる」
前の夜、一方的に父が何かを言っていた。要求を全く遮られていよいよ喧嘩になったのだった。記憶をたぐるとこうだ。
「いや、だからさ、義父さんと出掛けるから土曜は連れて行けない。見ててよ、母親だろ?」
「何で訳の分からない趣味に私が振り回されなきゃいけないの?お母さん何とか言ってよ」
優しい祖母はよその子である私の父には強く言えず、それでとうとう家を出て行ってしまった。
呼び戻してくると言って心当たりに駆けていった祖父母は夜まで帰ってこなかったが、彼らがただ今と玄関を開けたとき母もいた事で安心したのは私以上に父だった。
「でさー、うちの子がまた迷惑掛けちゃったみたいでごめんなさいねー、子供ほったらかしで戦艦見に行くって馬鹿なのよあの子馬鹿の部類の子」と、どうやら父の母までついてきて何故か楽しそうだ。
「いやー、戦艦見たかったのは俺なんだけどねー」などと見当違いな声も聞こえてくる。
「あやまってくれば?」と僕が言うと、浮き腰の父は玄関に向かう。
銃弾を雨のように浴びて一発もあたらないシュワルツェネッガーが、幼稚園で先生になってしまうのを目の当たりにしたとき、自分が幼稚園だったときの記憶がよみがえる。そう言えば普段は偉そうなのに、何かのきっかけで大人は弱くなる。
で、近所にあるマスオさんの実家に「もみあげどうされますか?」の自然な感じで愚痴を言いに行く母も大概であるなと思う。しかも彼らはそのシチュエーションを楽しんでいるとしか思えないからたいしたものだ。