《改行表示》21.神は等しく人々を見守っています。キリスト教もイスラム教もオウム真理教も統一教会も、それは同じです。神は見守るだけで、沈黙を保ち何もしません。人々が神に尽くしている(気になっている)のです。それで良いのです。宗教というものはそういうものです。天文学や医学の進歩より祈りが大切です。真理など毒です。 …というお話しでしたが、映画としては良く出来ていたと思います。特に布教的要素もないので、技術を評価して比較的高い評価ポイントを付けておきます。 【傲霜】さん [地上波(字幕)] 7点(2024-07-08 12:28:20) |
《改行表示》20.予想外に見応えがありました。もっと単純に、殉教するキリスト教徒と神なき日本の残虐性みたいな勧善懲悪の図式かと思っていたらさにあらず。日本人的な宗教観もそこそこ語られていて楽しめました。中盤のイッセー尾形との問答や、終盤のリーアム・ニーソンの説く太陽の話などは感心するばかり。江戸初期の田舎の役人のみならず庶民まで、軒並み英語が堪能ってのも驚きです。 しかし逆に美しすぎて、ちょっと気持ち悪いというか。そもそもなぜポルトガルやスペインの宣教師が、遠路はるばる日本にまで布教しに来たのか。宗教的には「これこそ世界にたった一つの真理だから教えなきゃ」という傲慢な善意であり、政治的には「まず文化侵略して手なづけ、次に経済的利得を、そしてあわよくば植民地化してやれ」という意図があったものと思われます。そのことは、ほぼ同時期に中南米で展開された〝布教活動〟からも明らかでしょう。下手すると、日本人も今ごろポルトガル語やスペイン語を母国語にしていたおそれもあるわけで。それを、わざわざ寺請制度まで創設して徹底阻止した幕府は偉かったと言わざるを得ません。 しかしこれ、日本人とキリスト教圏の人とでは、受け止め方がずいぶん違うんじゃないですかね。後者にとっては、どんなに言い訳されても「鬼畜日本」にしか見えないかも。 ちなみに舞台設定としては、かなり前に見た「ミッション」とよく似ています。同作にもリーアム・ニーソンが出ていて、たしか宣教師として〝職務〟を全うする役どころ。この作品とどちらが共感できるのか、ちょっと聞いてみたいところです。 【眉山】さん [CS・衛星(字幕)] 7点(2023-11-24 03:23:52) |
19.宗教の意義について考えるきっかけになる作品ですね。よくぞ、スコセッシが作ってくれました。大切なのは自分が信じる神様を自分一人で心の中で信じれば良い、ということ。信じる神様が他人と違うということで他人を不幸にしてはいけない、ということ。自分の中の神様は自分だけのものなのです。そして、自分の中の神様の存在を他人に言う必要もない、ということ。ジョンレノンが言うように、宗教のない世界は平和な世の中になるのかもしれません。でも神様が必要な人も多いことでしょう。一人ひとりが自分の信じた神様を他人に強要(布教活動)することなく自分の中だけで信じれば良いのだと思います。。。 【みるちゃん】さん [DVD(字幕なし「原語」)] 7点(2022-09-10 02:28:21) (良:1票) |
《改行表示》18.遠藤周作の小説の映画化ですから、やっぱり竹中直人に出演して欲しかったなあ、と。何の役かというと勿論、「カメオ出演する原作者」の役で(そんな役、無いけど)。 「イエスの生涯」で遠藤周作はイエスを、ただひたすら愛を説いて十字架上に死んでいった無力な青年、人々の苦しみを分かち合う「永年の同伴者」として描いており、そしてこの「沈黙」における「あの人」もまた、弾圧される信者たちや主人公を直接的に救うことはなく、しかし彼らの苦しみに寄り添う存在として描かれています。 しかしその一方で、この「沈黙」には、異端の者として挫折していく主人公の哀しみ、みたいなものが同時に描かれていて、遠藤作品では「留学」などが同様の視点を感じさせますけれども、これにはもしかしたら、極東の地に生まれてキリスト教の世界では傍流を歩まざるを得ない作者自身が、投影されているのかも知れません。 という点から見ると、やはりこれは、あくまで欧米人の視点で描いた映画なんだな、という気がしてきます。あくまで主人公と神との関係(あるいは、信者と神との板挟み、とでもいうか)に主眼が置かれていて、そして信仰心そのものに主眼が描かれていて、異端の哀しみみたいなものは、あまり感じられない。これはこれで、なるほど、と思わせるものは、あります。 舞台となっている長崎、五島列島の風景は、どことも得体の知れぬ、何やら地の果てのような雰囲気であって、我々日本人の目にすらも「見知らぬ異国」として映る、謎めいた世界のように描かれています(日本でロケしてないから、と言っちゃあ、それまでだけど)。原作同様のセリフが登場しても、どこか雰囲気が異なっているのは、そこに、自国としての日本、という感覚が一切含まれていないからでしょうか。作者が日本人であり続けねばならなかったように、主人公も日本人として後半生を送らねばならかった、そのことへの諦念よりも、「形はどうあれ、やっぱり信仰心、だよね」というノリで押し切ってしまうのが、やはり欧米の視点、なんですかね。 と言う訳で、次は是非「おバカさん」の映画化をヨロシク! 【鱗歌】さん [CS・衛星(字幕)] 8点(2020-12-07 21:34:29) (良:1票) |
《改行表示》17.キリスト教徒が原作者なのだから 当たり前だが、キリスト教徒を美化し 弾圧側は極悪非道に描かれている。 キリスト教徒が異教徒を残虐に殺したことなんて 数え切れぬ程ある訳だし、宗教というのはどっちにしても害悪でしかないという印象を強めることにしかならない。 加えて日本・日本人を蔑んでいるような描写まであって、辟易する。 【くろゆり】さん [CS・衛星(字幕)] 5点(2020-09-28 23:25:51) |
16.なんだろ~ 観ていくうちに ぐいぐい引き込まれていきました~ 江戸時代初頭 キリシタン弾圧を背景に、一人の神父が辿った運命を深く丁寧に描いた物語..とてもシリアスで、信仰とは何か について考えさせられる作品... 【コナンが一番】さん [CS・衛星(字幕)] 7点(2020-09-22 18:31:11) |
15.キリスト教を信じている人を悪くいうつもりはないが、やっぱり、キリスト教って怖い。殉教って観念があるのが怖い。でも、そんなキリスト教にすがるしかなかった当時の百姓のことを思うと複雑。キリスト教って人の弱みにつけ込む宗教なのがよく分かる。 【木村一号】さん [CS・衛星(字幕)] 7点(2020-09-20 10:56:38) |
14.「意味がないから形だけ」と言われても、踏めないものなんでしょう。ただここまでの悲劇を強いる宗教の依存性に怖さも感じる。キチジローの存在は非常に違和感を感じるが、映画のテーマには不可欠。 【noji】さん [インターネット(字幕)] 7点(2019-05-05 08:08:20) |
《改行表示》13.原作未読なのですが、ああこれはむごい場面に耐えなきゃならない映画だろうなあとの予想通り、迫害される切支丹たちの姿がてんこ盛りの中盤までの長いこと。つらい。 空気ががらりと変わってくるのは中盤以降。イッセー尾形演じるイノウエ様の意外や滋味溢れる人格や、役人のくせに私情をだだ漏れさせる浅野忠信の人間味が観る者にじわじわと来ます。そして真打ちリーアム・ニーソン登場への展開はまさに一気呵成、流れるような脚本力でした。 私が瞠目したのは日本人の生来の信仰概念を西洋人のそれと比較し、違いを指摘してみせたフェレイラ神父の分析力です。信仰という一筋縄では解析できない難解な心のありようを説明する、その言葉に説得力を持たせるには苦悩が知的に顔に刻まれた役者L.ニーソンでなくてはならなかった。ほんとそう思いました。着物も似合ってましたし。 そして特筆すべきことに、外国人監督による日本舞台の作品でありながら本作は目に違和感を覚えることが一切ありませんでした。西洋人のフィルターを通したばかりに細かいところで突っ込みを入れたくなる作品がごまんと存在しますが、スコセッシ監督は井上の屋敷においても上座を一段高く上げて床の間の壁を真っ赤にしつらえ、でかい甲冑を置くなどというミステイクはしませんでした。百姓らの着衣、町人の風俗、小物、街並。とりあえず私の日本史認識レベルでは「これはどこの国だ」というストレスを感じず観賞することができたのは、大変ありがたいことでした。 音楽を排し、せみの声や波音だけを耳に残すことで静寂を感じさせる。日本の情感を丁寧に表現した監督に敬意を表します。 【tottoko】さん [CS・衛星(字幕)] 8点(2019-03-30 12:37:31) (良:1票) |
12.信仰を貫いて死んだ百姓達を思うにつけ、転んで生き延びた宣教師2人に腸が煮えくり返る。ラストショットが怒りを更にかきたてる。長々と見せられた結末がこれかと思うとグッタリしてしまった。 |
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11.<原作未読>キリスト教禁止令下における信者への言葉は渡辺謙演じる伊達政宗のそれが記憶に残っている。「心の中で信じても良い。しかし、宣教師は近づけてはならん。自らの教えを広めることもならん。また『キリシタンを信じても良い』と言うた儂(わし)の言葉を世間に漏らしてはならん」というものだ。この映画に出てくるお役人も「形だけだ」「心から踏まなくていい」などと言っている。信仰は自分の中に留めておいてくれればそれでいいと。イノウエ様のやり方は惨いが、目的は国を守るためであり、通訳が言った「一方に引き入れなくてもいいじゃないか」には思わず頷いてしまった。単なる善悪にはしてないから日本人が見ても納得できる。映像もいいし、おかしな日本語を話す日本人が出てこないのもありがたい。ただ、一つ気になるのはキチジローのこと。これはスコセッシではなく、遠藤周作への注文ということになるかもしれないが、少なくとも自分は家族を生きたまま焼かれたら復讐の鬼と化す。転んで、許しを請うて、また転ぶ。弱者の象徴としての存在意義は分かるが、なかなか共感できないのが難点だ。 【リーム555】さん [CS・衛星(字幕)] 7点(2018-02-13 17:37:48) |
10.遠藤周作が原作。巨匠マーティン・スコセッシによる心の寄るべについて描いた深遠なるドラマ。キリスト教徒弾圧、拷問シーンはキョーレツで目も当てらんない。棄教しても心の中にはカミさまがちゃ~んといるってコト。ただ、信仰の重要性が分からずあまり入り込めなかった。 【獅子-平常心】さん [映画館(字幕)] 6点(2018-01-15 19:20:01) |
《改行表示》9.原作を読んでいるはずだけど、覚えていない。 あんまり思い入れがないのに、延々160分だらだらした映像を見せられてもなぁ・・・ 鎖国化で英語をベラベラ話す日本人とかにはうんざり。 ついでに言えば、江戸時代のキリスト教徒に対する迫害は酷いと思うが、歴史を見れば、十字軍が虐殺したり、魔女狩りしたりで随分非道いことをやっているんだよね。キリスト教って。 【あきぴー@武蔵国】さん [DVD(字幕)] 4点(2017-12-17 10:58:43) |
8.原作を読んだときに頭の中に描いていた情景と映画のシーンが既視感を伴って重なるとき、遠藤周作の描写力とマーティンスコセッシの再現力にただただ圧倒されるばかりであった。かつて小説の中で感じた空気と音、質感までもがほとんどそのままそこにあった。あのときと同じ感情が湧き上がってきた。天国の遠藤周作も思わずニンマリだろう。サンキュースコセッシなんて言ってるかもしれない。 【ばかぽん】さん [DVD(字幕)] 9点(2017-10-18 08:25:57) |
《改行表示》7.役者もよくて、映像も引き込まれるし、音も時代考証からくる説得力もある。 でも、90分でまとめることができる内容を160分かけて見せられた感じ。 退屈だった。残念。 |
6.時代考証などがしっかりなされており(たぶん)、洋画にありがちなヘンテコな日本が出て来ないので安心できる。俳優達の演技も凄いし見応え充分。ただ、テーマがあまりにも重厚かつ宗教がテーマなため、信者でない私にはそこまで入り込めなかった。人気若手俳優だろうと関係なく容赦なく殺されるのが素晴らしいと思った。 【ヴレア】さん [映画館(字幕)] 7点(2017-03-28 00:17:23) |
《改行表示》5.これは、中島みゆきさんの「背広の下のロックンロール」思い出したよ。 うまく化けてるね 見分けがつかない程に 怒り 願い たくし込んで 誰に見せる為じゃない 己れの為だ・・。 【タケノコ】さん [映画館(字幕)] 7点(2017-02-14 15:56:45) |
《改行表示》4.3時間弱、最近観ていない、このテの映画だし、気が重いなぁ 米映画観るたびハズレばっかりなんだよなぁ などと消極的に入手した前売りチケットで足取り重く映画館へ 大きめのスクリーンながら客は4人(平日の20時’17/2/2) これは、苦痛の時間になるのかと覚悟したが。 素晴らしい映画だった 3時間あっという間、息を呑むカメラワーク、メリハリの効いたカット割 演者の気迫、本気度が伝わる演出、OPのサイレンスとEDの自然音 これは凄い映画だ、スコセッシ監督に感謝 私は宗教いう物を信頼していない(漠然と神頼みはします) 祈れば許されるなどと言う考えが、争いを正当化する詭弁ぐらいに思っている あの状況、心の中で懺悔しながらレリーフを踏む事を神が否定すると思うのか そんなに神という者は心が狭いのか、理解し難いが、事実として認識はしている 一番の悪役である浅野忠信演じる通訳でさえ、役人の仕事をしたまでであり どの人物にも意外と感情移入できる非常に凝った演出が秀逸 ちょっと地味な印象が強いが、多くの人に観てもらいたい秀作です 【カーヴ】さん [映画館(字幕)] 8点(2017-02-03 11:28:42) (良:1票) |
《改行表示》3.原作既読です。楽しみにしていました。原作が個人的に映画のように光景を想像しやすい作品だったのですが、スコセッシ監督は原作にかなり近い形で映像化していると思います。宗教であったり、政治的な問題が延々と出てくるわけなんだが、ロドリゴが最後に決断した理由など、(原作も映画も)神の沈黙という問いに一つの結論を結び、一人の人間を描き切った所が素晴らしいと思っています。 また、この作品は日本人の宗教観(日本人は人間を超えた存在を考える力ももっていない。基督神の実体を変えている)であったり、幕府側の認識であったり、普段日本人には取っ付きにくい問題を説得力のある描写ではっとさせられます。 あとは個人的にスコセッシ監督がリスペクトする溝口健二監督を思い起こすシーンがいくつか出てきました。 雨月物語の小舟で移動するシーンへのオマージュ?や処刑する所を遠くから俯瞰する司祭二人のアングル、カメラをパン(水平に旋回)するシーンも多かったです(なんでも溝口にみえてしまってるのはいかん)。あと日本人の演出がしっかりしていた(ラストサムライのような違和感がない)のも良い。 音についても極力無駄を省いており、これもハリウッドなら演出のために意図して省くということはあると思うが、スコセッシ監督は音も重要な描写として考えている点が非常に好感が持てました。 最後に自分は原作を読んでいなかったら、映画の意図する処を理解できぬまま終わっていたかと思います。あと、欧米の方は理解できたのか?どういう感想を持ったのか興味深いですね。 【サーファローザ】さん [映画館(字幕)] 9点(2017-01-26 17:39:47) |
《改行表示》2.エンドクレジットで流れるのは、自然の音、虫の音。日本人はそれらに風流を感じ情緒を刺激されるが、欧米人などはノイズだといって忌みきらうと聞いたことがある。 本作は感情に訴えかける常套句的な音楽がほぼ皆無のために、ダイナミックな欧米的な映画ではなく、静的で堅実な作品となっている。 そもそもタイトルがサイレンスなのだから自然といえば自然なのだが、このようなわびさびを呈するような映画をよく日本人ではない欧米人監督が撮れたものだと感嘆しきりであった。 内容も内外どちらかに比重を置くことなく公平に描いてるのも素晴らしく、エンターテイメント性を追い求めることなく、深い人間性をえぐり出す実直な作品に仕上がっている。 そして物語の骨子が宗教であるため、否が応でも宗教について考えてしまうが、得てして多くの日本人は宗教の存在を軽んじ忌み嫌う節がある。そのような人はこの映画を観ても、上から目線でしか見れず退屈と疎ましさで嫌になるだろう。 宗教には実に多種多様な要素が含まれており一概に決定論的に語れない複雑さがあるため、ある種のタブーがある。それは相手の宗教観に自分達の宗教観を持って対峙しないこと。当然ながらどちらが正しいなどと決められないからだ。もちろん無宗教も立派なひとつの宗教観だ。 このような扱い難いデリケートな宗教観の対峙をこの映画は避ける事なく真摯に描ききり、この相克が作品にリアルと説得力を生みだしていた。 この映画を見終えたあと、今までに感じた事のない妙な感慨深い気持ちになったのは、ひとえにこの作品の特異性なのだろう。 【クロちゃん】さん [映画館(字幕)] 10点(2017-01-21 23:42:03) |