9.不倫中の情事の中、殺人を犯してしまった男。気弱な男は徐々に自責の念に耐えきれなくなり、自分が犯した罪の真相を妻に告白する……。
何と言っても印象的だったのは、新珠三千代演じる"妻”の存在感と見栄えそのものが、物語が深まっていくにつれまったく様変わりしていくところ。
冒頭は亭主関白の夫を健気に支える平凡な日本女性そのものの姿であり、はっきり言って「地味」の一言に尽きる。それが、夫の「告白」を受け自分自身を含めた家族の運命が転じる局面を迎え、一転して存在感が放たれる。
「気弱」というよりも、一人の人間として精神が薄弱過ぎる様が露呈してくる夫の愚かしさを受け、妻の心理は益々追い詰められていく。
しかし、インサイドの混沌に反発するかのように、妻は気丈な存在感を見せ、女性としての美しさに溢れてくる。
局面に立たされた女性の強さと美しさが際立ってくる一方で、小林桂樹演じる夫は、精神も見た目もすべてが「愚鈍」そのものに思えてきて、ただただ腹立たしくなってくる。映画の主人公にこれほど嫌悪感を感じたのは初めてかもしれない。
そういう観客の思いを払拭するかのように、最終局面を迎えた妻は、或る決意を持ち速やかに“実行”する。
平凡で幸福な家庭環境のまさに水面下で静かに流れるサスペンスが秀逸。
夫婦を軸にした人間ドラマの中で、男と女それぞれの弱さと強さを巧みに描き出し、人間の根本的な愚かさと恐ろしさを印象的に映し出していると思った。
夏の山道を歩く夫婦。何も知らない妻は、夫の三歩後ろをしなやかについていく。
暗いトンネルで「告白」を受けた後、それが即座に転じる。
努めて冷静に足早に先行する妻を、夫は無様にうろたえながら必死についていく。
このシーンが、男の女、その関係性のすべてを物語っているようだった。