8.《ネタバレ》 名前は知っていても、どんな人物だったかほとんど知らなかったのが清水の次郎長さん。どうやら、その魅力は次郎長本人というよりも「一家」の総体に対する評価なんだろうということが分かりました。本作では鬼吉と大政と綱五郎が一家に加わりました。鬼吉が切り込み隊長、武士出身の大政は軍師とか参謀、綱五郎はコミックリリーフってところでしょうか。次郎長本人はどうかというと、本作を観ただけでは良く分からない。特に何もしていないんですよ。知恵や迫力で人を統べるというよりは、お人好しで好かれるタイプ。ヤクザというよりボンボンって感じでした。劇中では人命を大事に描いているところが好感。全体的に大きな子供が集まってはしゃいでいるような空気が流れていて、能天気な楽しさに溢れている。 【アンドレ・タカシ】さん [CS・衛星(邦画)] 5点(2012-01-02 14:35:37) |
7.「馬鹿」な男たち、ってのも“男”の一つの原型で、のちの任侠もののストイックとは違い、無邪気にジャレあっているような連中。侍の大政が、武士社会の窮屈さから逃げ出して飛び込んでいきたくなるようなところ。大変だ大変だ、と両手をブンブン振り回して走っていき、ワッショイワッショイと川を往復し、なんて言うのかなあ、とにかくなんにも「企てていない」人間たち。冒頭の親分が尻ッパショリしながら後ろ向きに家を抜け出していくような、ああいう姿勢のイキさ。いろんな個性を持った連中が次々に集まってくる楽しさ(『七人の侍』の二年前か)。でも、棺桶を担いでケンカの口上に走る田崎潤のように、どこか死が近くにあるんだな。次郎長とまだ侍の大政が真剣で稽古を始めてみたり。陽気さやはしゃぎの背景に死が控えている。とりあえず仲裁という死を回避させる行為で名を挙げるまでなのだが。ラストで田中春男が予告編的に登場。 【なんのかんの】さん [映画館(邦画)] 7点(2010-02-12 12:04:54) |
6.マキノ雅弘監督の「次郎長三国志」東宝九部作の第一作。今まで「サラリーマン清水港」とかパロディーものしか見ていなく、本家を見るのはこれが初めてだったのだが、とにかく出てくるやつらがみんな個性的で魅力があって楽しく、明るい作品でとても面白かった。今回出てくる子分たちの中ではとくに最初に次郎長の子分になる鬼吉。このキャラクターは演じる田崎潤に渋い役者というイメージが強くこういう役のイメージが皆無だっただけにそのハイテンションな演技がとても新鮮に感じられて面白い。彼が棺桶を背中にかついで走るシーンは同じ監督だからだろうかどことなく「決闘高田馬場」を彷彿とさせている。ほかにも浪曲をうたう張子の虎三(演じる広沢虎三は実際に次郎長伝の浪曲で知られている人。)なんかも実にいいキャラクターで楽しかったし、「青い山脈」で笹井和子を演じていた若山セツ子演じるお蝶さんは可愛い。大政と女房が別れるシーンは全体的に見て、少ししんみりするが、このシーンの大政役の河津清三郎の演技が素晴らしく、ここはこの映画の中でも名シーンの一つだろう。それにしても、新年一発目に見た映画がこれなのだが、とても満足いく作品だったと思う。第二部も楽しみ。 【イニシャルK】さん [CS・衛星(邦画)] 8点(2009-01-02 11:17:23) |
《改行表示》5.あぁ、大好きなお蝶ちゃんからもらったカンザシ。 それをちょんまげ頭に刺したら百人力! なんてロマンチックなんだろう♪ お蝶ちゃんの声かわいい!! 【にじばぶ】さん [CS・衛星(邦画)] 6点(2008-11-01 23:26:09) |
4.念願の九部作にいよいよ挑戦! いや、これはいいや。等身大のヤクザ映画。そういうヤクザ映画ってあるもんだねえ。 【いのうえ】さん [CS・衛星(邦画)] 8点(2007-04-11 22:49:46) |
3.《ネタバレ》 えぇ?失礼します。これがあの噂に聞いていたマキノ雅弘監督による東宝版次郎長三国志シリーズかあ!噂通り、面白かったです。イカサマに引っ掛って暴れる鬼吉、そんな鬼吉という個性的な登場人物をはじめとする子分達が1人、また1人と増えていく過程はまるで黒澤明監督の「七人の侍」のような感じで、喧嘩はまるで駄目な癖に喧嘩ぱやい奴にお人よしの奴、お調子者の奴までと色んな奴がいて楽しい。最後の方の喧嘩のシーン、川を挟んでのシーン、いかにもマキノ監督らしいワッショイ!ワッショイ!そーれ!て感じの楽しさ、最初からマキノ節を十分、見せてもらい満足いくスタート! 【青観】さん [CS・衛星(邦画)] 8点(2006-05-07 08:53:11) |
2.<独り言>↓あれ?…せっかくトリオ漫才できると思ってたのに、これじゃ「ミナミハルオでゴザイマス」てゆえないぢゃん(淋)。ま、それはそれとして・・・この作品、どこから語れば良いのやら、というかマキノ作品を「語る」事にどれだけの意味があるのか…とか思ったりもするのだけれど、何とか未見の人にも興味を持って頂けるよう頑張ってみま~す。んーと、僕がこのシリーズを通して感じたのは、「ヘタレのやせ我慢」の美学。このシリーズにおける次郎長一家の面々は、例えば後に高倉健などがよく演じていたような超人的強さを持つやくざとは違い、皆それぞれ欠点・欠落を抱えている。親分次郎長からして、人は良いものの酒を飲むと我を忘れて喧嘩してしまうような奴だし、法印は坊主くずれ、元侍の大政も槍の達人で一家の中では兄貴格だが、実は武家の窮屈さを逃げ出している(それまで兄貴然としていた大政が元の女房ぬいと別れるシーンで初めて見せる破顔の表情が素晴らしい)。つまりは皆が、本来いるべき場所からはみ出してしまったアウトロー・落伍者であり、どちらかというと「強さ」より「弱さ」が強調されている。しかしそんな居場所を無くした彼らが寄り添い、慕い合って一家を形成していく。ここで言われる「男を上げる」「名前を売る」は決して単なる虚勢や売名ではなく、行き(生き)場を失った者達が何とかして自分の存在を肯定しよう(させよう)とする「闘い」なのだ。だからこそ彼らは自分の弱さを必死に押し殺し「粋」であろうとする。そんな彼らが、自らを鼓舞する言葉、それこそがあの「ワッショイ、ワッショイ!」なのだ…って、ありゃりゃ~、。また文章が変な方向に行っちゃったよ。つまりさあ、良い映画なんだよ、愛おしい映画なんだよ!個人的に一番愛しいのは、鬼吉が「俺の棺桶だぁ!」つってでっかい桶を背負って喧嘩相手に口上言いに行く所。それにそれに、虎三も楽しいし、お蝶さんは可憐だし、まだまだ言い足りないぞ!って事で続きは第二部「初旅」で!あそれ、ワッショイ、ワッショイ、ワッショ~イ! 【ぐるぐる】さん [映画館(邦画)] 8点(2006-03-22 13:29:58) |
《改行表示》1.♪ばかだねェ~ん ばかだよ~ぉん♪ *****昔話***** そういやあ、 高校のマラソン大会の時、前髪が垂れるとうっとおしいからと言って、当時好きな女の子から髪止めを借りて、それをつけて走ったことがあったっけ。 彼女、わかってくれたかなあ わかんねーだろーなあ 【なるせたろう】さん 10点(2004-06-30 21:11:37) |