4.《ネタバレ》 主人公・アンドリューがフレッチャー教授率いるバンドに参加した初日。休憩時間中にはワイワイ楽しくやってた先輩達が、フレッチャー入室と同時に凍りつき、ヘタに目立ってはいけないと全員が目を伏せる光景から、これはドえらい所へ来てしまったという緊張が走ります。その後、何度も何度も同じパートを演奏させ、「お前の音はズレてるのか?ズレてないのか?」と執拗にデブをいびり倒す辺りから、フレッチャーは本領を発揮し始めます。とはいえ、この状況、この迫力で問い詰められて冷静な分析などできるわけもなく、事実がどうであったかよりも、どう答えれば場が収まるのかを考えてしまうのが人情というもの。可哀そうなデブはそんな魂胆をフレッチャーに見透かされ、バンドを追放されてしまいます。フレッチャーほどではないにしても、どう答えても地獄が待っている無限ループの理不尽な質問責めは多くの人が経験したことがあるだけに、作品のつかみにこれを持ってきた監督の采配は見事でした。ここで私は一気に引き込まれました。
アンドリューの音楽家生命を完全に潰すために晴れの舞台で騙し打ちをしたことから、フレッチャーの人間性が腐っていることは間違いありません。ただし、音楽家としての指導方法の是非については評価に迷います。彼は数十年に一人の天才を発掘し、その才能を開花させることを目標としており、そもそも凡人を相手にしていません。よって、ほとんどの生徒は、彼の指導に付いていけなくて当然なのです。さらに、一般社会と違って音楽は一部の才能溢れる者のみで占められる世界であり、人よりも上手程度ではプロとして生きていけないだけに、彼の目標設定も的外れではありません。また、結果的にその目的を達成して一人の天才演奏家を作り上げることに成功したのだから、その方法は事後的に肯定されえます。新入生クラスで譜面めくりをしていたアンドリューに何かを見出してバンドに参加させたのはフレッチャーであり、音楽家としての慧眼も彼にはあったのです。
ただし、過剰な指導方法は多くの脱落者を生んでおり、本来は才能を持っていた者が、それを開花させる前に道を断念したかもしれないという可能性も否定できません。日本の部活動等でもしばしば取り沙汰される問題ですが、一流の人間を作りたければある程度のしごきはやむを得ないが、どこまでやるべきなのかという難しい線引きについて考えさせられました。