24.あらゆる側面において、真っ当な映画だったと思う。
実話を元に描いているとはいえ、これほどまでに徹底的に描くべきことをきちんと描ける映画はそれ程多くない。
先ずはこの映画の主演にトム・ハンクスをキャスティングした真っ当さ。
ヒーロー役が似合う華やかなスター俳優などを起用してしまったならば、分かりやすい娯楽性は高まるだろうが、この映画が求めるべきリアリティは著しく損なわれてしまったことだろう。 (勿論、この名優に華がないというわけではない)
絶体絶命の危機の中で、この主人公が見せるリーダーシップと勇気と智恵、そして執拗に突きつけられる恐怖感、そういったものを決して大袈裟すぎない絶妙なバランスで表現できる俳優は、やはりトム・ハンクスを置いて他にいなかったろうと思う。
次にソマリア海賊を演じた無名俳優たちのリアリティを追求した真っ当さ。
本当にソマリア出身の人材を見出し、主要キャストに配したことは、この映画の類い稀な説得力と成り得ている。
特に海賊側のリーダーを演じたバーカッド・アブディの存在感は抜群だった。風貌から喋り方に至るまで、映画におけるその支配力は時に名優トム・ハンクスをも凌駕していたと思う。
そして、ポール・グリーンダグラス監督による演出の真っ当さ。
元々、抑制の利いたリアルな描写が巧い監督ではあるが、今作でもその演出力は際立っている。
もっとエンターテイメントに走ったり、船長と海賊両者のバッググラウンドをドラマティックに描き出すことも容易だった筈だ。
しかしそれをせず、ひたすらに実際に起こったであろう描写のみを連ねた構成は、映画として極めて潔く、特筆すべき緊迫感を終始観る者に与え続ける。
その潔さは、今この瞬間も起こり得ている事実を描いているということへの責任と覚悟の表れだと思える。
無政府状態のソマリア、世界中の人々に荒らされた漁場、行き場を失った漁民たち……。
劣悪な環境の中で叩き起こされ、“彼ら”は海賊行為に駆り出される。
最初から彼らに「後退」という選択肢は無かったのだろう。
勿論、海賊行為を続ける彼らに対して肯定も同情もするつもりはない。
ただ、米国海軍の圧倒的な兵力の前に、完全敗北を喫した海賊のリーダーからは、茫然自失の中に一寸の安堵感が垣間見えた気がした。