1.《ネタバレ》 タイトル『ピーナッツバター・ファルコン』とは、ダウン症の青年ザックがプロレスラーになれた暁に着けたいリングネームであり、旅先で購入した食料品に由来します。ピーナッツバターは我々日本人にとっては単に「パンに塗る甘い(甘過ぎる)食べ物」ですが、欧米人にとってはもっと特別な意味(価値)を持つ気がしました。子どもの頃から慣れ親しんだ味。ハイカロリーなソウルフード。貧乏旅の道中なけなしの金で購入した唯一の食料と考えればその重要度が窺い知れます。旅を人生に喩えるならば、ピーナッツバターが指し示すのは「夢」と考えられないでしょうか。「活力の源」であり「なくてはならないもの」。ザックにとっては“プロレスラーになりたい”が旅の原動力でした。ただしこの夢はピーナッツバターのように甘い見立てだったと言わざるを得ません。目指したプロレス道場は廃業済み。うらぶれた野外リングに思い出作りに立たせてもらうのが関の山。夢みた輝かしい未来は其処にはありません。でもだから“叶わぬ夢などみるだけ無駄”なのでしょうか。いいえ。そうは思いません。ザックは勇気をもって一歩踏み出したからこそタイラーと出会い、エレノアと共に旅する機会を得たのです。
結末は3人揃ってフロリダへ。彼らは新天地でどんな生活を望むのでしょう。観光客相手に舟を出し悠々自適に生活する?じゃあ資金は?住まいは?3人で暮らせるの?タイラーの夢もまたピーナッツバター。甘過ぎます。見通しは明るくありません。ただし夢が叶う可能性はゼロではありません。1パーセントくらいはあるかもしれない。ならばGOです。「人生のチャレンジは肯定されなければならない」から。ただし「チャレンジのみが肯定される」ではありません。ライフステージごとに「出来ること」「出来ないこと」「したほうがよいこと」「しないほうがよいこと」は存在します。「チャレンジ」と同じくらい「諦める」にも価値があります。私は夢へ向かってGOと言いましたが、無理と見切ったら素早く切り替えることが肝要です。意識すべきは時間。時間とは命そのもの。一番の悪手は時間を浪費することです。タイラーは地元で金縛りでしたが(そうなった経緯や心情は理解しますが)もっと早くコミュニティを離れていたら半殺しにされる事も無かったでしょう。ザックもプロレスラーへの夢を早い段階で諦めたからこそ、新たな道が開けたとも言えます。おっとプロレスラーになる夢を諦めたかどうかは不明ですね。失礼しました。
プロレス技・通称「デッドリードライブ」(劇中では別の呼称。相手を両手で頭上に掲げ投げ捨てる荒技)はカメラアングルを用いた演出(ヤラセ)との告白がありますが、あれはザックにやらせない為の方便。実在する技です。でも素人には到底出来るはずがないのも事実。しかしザックはやってのけました。場外へ投げ捨てる非人道的アレンジではありますが(苦笑)。さてあの事象をどう捉えましょうか。
多分ファンタジーと考えるのが一般的だと思います。ピーナツバターのように甘い嘘。結末も含め集中治療室のベッドでタイラーがみた夢と解釈すれば腑に落ちます。でもそう考えて何の得があるの?とも思うのです。奇跡が起きたと素直に捉えた方がワクワクする。本作の場合それでいい気がしました。ザックにあんな大技が繰り出せるのなら、この先3人にどんな奇跡が起きようと不思議ではありませんし。繰り返しますが「チャレンジは肯定されなければならない」です。「もしもあの時ああしていたら」と振り返る人生は切ないです。それはもう本当に辛い。だから結果はどうあれ挑戦するのです。後悔をひとつでも少なくするために。全ては今際の際で笑うために。きっと私たちの手にはピーナッツバターがひとつあればいいのだと思います。