1.《ネタバレ》 彼の名は、ピーター。大手法律事務所で様々な企業案件をこなすエリート弁護士だ。経営陣からの信頼も篤く、最近では有力政治家から選挙対策の責任者として働いてほしいというオファーまで舞い込むほど。再婚した現在の妻との間にはまだ生まれたばかりの赤ん坊もいる。そんな公私ともに順風満帆な彼だったが、ただ一つ気になることがあった。それは別れた前妻と暮らしている息子ニコラスのこと。息子はもう長いこと高校に行っておらず、その理由も一切語らないらしいのだ。直接息子に会ったピーターは、彼の願いによりしばらく今の家で一緒に暮らすことに――。幼子を抱え最初は戸惑っていた今の妻もピーターのためにと精一杯の優しさで迎え入れ、ニコラスもまた人が変わったように学校に通い始める。当初の懸念も忘れ、次第に息子との生活に喜びを見出すようになっていたピーター。たが、息子が抱えている心の闇は思った以上に深く……。監督は、前作『ファーザー』でアカデミー賞を受賞した劇作家でもあるフロリアン・ゼレール。前作同様、この監督の丁寧な演出と気品に満ちた美しい映像、なにより全ての登場人物に対する深い洞察力は素晴らしいですね。決して楽しい物語ではないし、最後まで暗い展開が続くので人によってはあからさまな拒否反応を示すことも多いと思う。でも、自分は最後まで惹き込まれて見入ってしまったし、最後は涙が止まらなかった。これは家族愛という幻想を全て取り払った後に残る、永遠に分かり合うことの出来ない人間の切なさを冷徹なまでに見つめた哀切極まりない物語なんだと思う。物語の終盤、息子を診察した精神科医が語る「愛だけでは力不足だ」という言葉を聞いて、自分は昔読んだ、夜回り先生として名高い水谷修氏の著書を思い出してしまった。定時制高校の教師として様々な問題を抱える生徒たちと向き合ってきた氏が、重度の薬物依存に苦しむ生徒がまた薬に手を出したとき、「俺はお前を絶対見捨てない。何があろうとお前と一緒に頑張るつもりだ。なのにお前はまだ甘えてる」と叱咤した直後、その生徒が自殺してしまったのです。このことに深く傷ついた氏は、「薬物依存や精神疾患はれっきとした病気なのです。それなのに自分が愛してるから治れというのは、風邪や肺炎で苦しむ人に周りが愛してるのだから自力で治れと言うようなもの」と述べておられました。本作の哀しい結末はまさにそれ。この親子には愛があった。それも深い深い愛が。愛は人を救うこともあるし、傷つけることもある。そして人を殺すことも。きっと最後、息子は「今が死ぬのに最適な時だ」と思ったのだろう。両親が昔のように愛情を取り戻し、自分も親から深い愛情を感じ、そして自分も両親に「愛してる」と心から伝えた。人生で一番幸せな瞬間、このまま終わればきっとこの時間は永遠になる――。愛に傷つき愛に裏切られボロボロになりながらも、それでも人は愛に縋りついて生きてゆく。そんな人間の切なさと美しさを冷酷なまでに見つめた傑作だと自分は思う。