1.《ネタバレ》 バイオレンスと人情のヤクザ映画な前半と、没落稼業の悲哀を描いた後半で2本の作品を見たような、ちょっとお得な感じ。綾野剛、市原隼人、磯村勇人のそれぞれのハマりっぷりもよい。とくに前半と後半で別人のような市原隼人の演技の巧さに久々に唸った。開始20数分後に登場するタイトルもワクワクした。ただ難点は、藤井道人監督の前作『新聞記者』と同様に、暴対法以降のヤクザというテーマ的な新しさの反面、人間関係の描き方、とくに男女関係の描写の妙な古くささ。『新聞記者』の松阪桃李夫妻の描き方もそうだったが、本作の綾野剛と尾野真千子のロマンスは最初から最後まで「いつの時代の話だ?」というクエスチョンマークが続く。ヤクザ映画の男女関係なんてそんなもん、なのかもしれないが、新しいヤクザ映画を模索した本作だったからこそ、尾野真千子のキャラは重要だったはずなのに、なぜか「純朴」で「努力家」で「待つ女」という、いつもの「ヤクザの脇で悲劇に耐える女」でしかなかった。肝心の親分との絆も、実はそこまできちんと描かれているわけではなく、そこは古今のヤクザ映画を思い浮かべて観衆の想像で補うしかない。ラストの娘と翼が会うシーンは「いい場面」風なのだが、本編を見た身としては「おいおい、また同じ間違いを繰り返すのか、この人たちは・・」という危惧のほうが先に立ってしまう。狙いは面白く、新しいアプローチを評価したいのだが、肝心の映画として台詞や演出の古くささが目立って微妙な印象というあたりも、『新聞記者』と同じだった。