5.《ネタバレ》 ダムがらみの汚職は別にありがちで何も感慨はありませんでしたが、それに絡んで二人の人間の命が奪われてるのに、警察、検察、マスコミが全く動かないどころか隠蔽に走ることに恐ろしさを感じました。(古垣と石原は少し国家権力を甘く見杉)
どこまで本当かわかりませんが、政権与党=行政・立法が検察と良好な関係を持ち、マスコミをてなづければ、何でもできる強大な権力になることがよくわかりました。
一見平和でありながら、随分恐ろしい時代だったわけで。
(むしろ、制作された時代にはそんなこと当たり前で、その恐ろしさが充分理解できてなかったかもしれませんね)
それと比べれば、政権与党と検察の関係が極めて険悪である現在は、国民にとってむしろ幸せな時代ではないかと。
※無意味に出てくる女性の裸体って、何なんでしょう。少なくとも「金環蝕」にそういうものを求める人間は少ないと思われ。昔の人の感覚はよくわかりませんw
平成23年3月6日再見
なんか、この映画の中の悪よりも「正義」全般が胡散臭いですね。まず、「正義側」が自分も賄賂をもらってる公社総裁、提灯記事で日銭を稼ぐ業界紙経営者、恐喝の常習犯の金融業者、マッチポンプの代議士、こんな連中に突然正義に目覚められても。
それから、この映画の「正義」の視点も嫌だなあ。いったい、結局何が訴えたかったのか?監督の思想傾向から考えれば、「貴方達の今住んでいる社会体制は腐りきってるんだから、立ち上がって改革しなさい」くらいのことまで、深読みしちゃうけれど、どうなんだろう。正直、監督が目指したような強権的な政治が行われるような社会より、この映画の中のような、あるいは現在も我々が住んでいるような社会の方が住みやすいと思われ。
「白河の清き流れに住みかねてもとの田沼の濁り恋しき」