16.《ネタバレ》 ダニエル・デイ=ルイスの演技は完璧だ(完璧すぎて一緒に仕事をするのは大変そうだ)。彼の演技を見るだけでも、本作を見る価値はあるだろう。
ただ、“映画”としてはそれほど面白いものではなかった。
正直いって、個人的には作品には全く入り込めなかった。
これは作品の出来が悪いということはなくて、常人には入り込めるような余地がない、常人を拒絶するような作品なのかもしれない(音楽も拒絶する要因になっている)。
アンダーソン監督は、あえて挑戦的な映画を製作したように思われる。
「金よりも大切なものがある」「金中心の自分の人生を最後に後悔する」というような、ありきたりな甘い作品になっていないのもポイントだ。
「金のためならば自分の魂までをも売る」というのは、ある意味で人間の真理の一面でもある。
人間には善の部分も確かにあるが、悪の部分もあるのは間違いないだろう。
こういった人間の本質的な部分を描き切った点は非常に評価できる。
通常のハリウッド映画には到達できない境地といっていいだろう。
ダニエルは、冒頭の青年時代の金採掘時から、ラストの老年時代に至るまで、全くブレていないのかもしれない。
他人の成功を妬み、自分が成功することのみを追求し続ける。
それがある意味で人間らしく素晴らしい。
ただ、ブレる要素はあった。
思いもよらぬ息子や弟の登場により、彼にも変わるチャンスはあった。
ただ、実際に血の繋がりがない肉親ではないために、関係が脆いものだったのが不幸だったのかもしれない。
ダニエルなりに葛藤はあったが、他人に対して自分本位の物の見方でしか、接することができなかったのだろう。
息子が独立したいといえば彼の見方では商売敵になる、赤の他人が近づいてくれば彼の見方では自分の金を狙っている、神がいるという者は嘘つきだという考え方しか彼はできなかった。
ただ、この世の中においては、彼の見方も一つの真実であるので、タチが悪い。
他人の生き血を吸い続けるという彼の生き方が何もかも間違っていると断言できる自信は自分にはない。
彼を「勝利者」とはいえないが、「敗者」でも「可哀相な人」でも「破滅した人」でもない。
何ともいえない深さが本作にはあり、初見では全体が見えてこないかもしれない。
何度も見るべき作品だろう。
「ノーカントリー」よりも、将来的に語られる映画は、恐らく本作の方だと思う。