1.山田五十鈴がときめくように舞台を見つめる須磨子のファーストシーンで、須磨子の純粋で激情な性質をその表情から見出すことは容易で、カメラはその後アップと切り返しを多用し、須磨子と抱月を語っていきます。本名「小林正子」から松井須磨子が誕生するまでの30分、抱月との蜜月60分、抱月死後の須磨子の苦悩30分といったバランスをもった脚本は、「死と其の前後」の舞台シーンと病身の抱月が息を引き取るシーンをクロスカットで描いたり、「カチューシャの歌」を効果的に流すことにより、どんどんと盛り上げていき、須磨子が死へと至るシーンは真に胸を打つものがありました。ただし須磨子の死の決意を、部屋に貼られていた「死と其の前後」のポスターのアップ、「死」の字のアップで語るのは見せすぎで、溝口さんなら絶対に採用しないようなカットでした。この頃の東宝はいわゆる東宝争議後の東宝で、衣笠貞之助と蜜月であった山田五十鈴は実生活でも清貧を心がけたとかで、抱月須磨子=貞之助五十鈴と見ることもでき山田の実生活での感情が画面へ引き継がれともいえそうです。