77.イーサン・ホークの眉間に刻まれた“シワ”が、9年という時の流れをあまりに雄弁に物語る。
「時間」を自由に操作できることは、映画という表現方法ならではのマジックであるはずだが、それを排し、実際に9年の時を刻んで描き出すことによるまた別のマジックが、この映画には溢れている。
リアルタイムに過ぎ去った時間を経た二人が、映画の中のリアルタイムで邂逅する。
この映画の80分という時間は、まさに映画表現が生み出した奇跡だ。
映画世界の中で、リアルに歳を重ねた主演俳優の二人がやはり素晴らしい。
素人感覚だと、映画のキャラクターと同様に実年齢を重ねられたことで、よりリアルな演技がしやすくなるのではとも考えてしまうが、実際はそういうわけではないだろう。
両者とも一流俳優として9年間で幾つもの役柄を演じ続け、幾つものキャラクターの人生を辿った上で、再びかつて演じたキャラクターの人生に戻ってくるというアプローチは、きっと素人が考える以上に困難なことだったと思う。
その上で、9年ぶりに出会った二人が再会し与えられた時間である“80分間”を、そのままの時間で“会話”のみで演じてみろというのだから、一流俳優であっても極めて高い要求だったに違いない。
その高いハードルを阿吽の呼吸で越えてみせた両俳優の技量は流石だと思うし、そこには技量の高さを越えた俳優同士の肌感覚の相性の良さがあったのだろうと思う。
それはこの二人の俳優のキャリアにとっても、とても幸福な出会いだったろうと思える。
その一方で俳優の実生活においても多大な影響を及ぼしたであろうことは想像に難くない。
前作においても、二人の男女の微妙な心情がそのまま表れる名シーンが数多く存在したが、今作でもそれは随所で観られる。
ヒロインが抑えてきた感情をさらけ出す白眉の車中シーンは、1テイクで撮ったらしく、映画史においてもまさに奇跡的なシーンと言えるのではないか。
またヒロインのアパートの階段を二人が一歩ずつ上がっていくシーンには、再び深まっていく二人の情愛と、月日を経たからこそ生まれるためらいがせめぎ合い渦巻いているようだった。
そして、あまりに印象的なラストシーン。
「Baby you're gonna miss that plane.」
「I know.」
きっと男は、搭乗時刻が迫る飛行機には乗らなかっただろう。
きっと二人は、再会した瞬間に、大きな「期待」とそれと同等の「覚悟」と共に、別々に歩んできた9年間との決別を決めていたのだろう。
さあ、次はまた9年後。
一時の感情を努めて抑えて離れ、今度はその時の後悔を胸に一時の感情に従うままに結ばれた二人が、どういった9年間を送り、また何が変わり、何が変わらなかったのか。
“覚悟”をして観たい。