120.《ネタバレ》 あぁ、これは高倉健さんの遺言。とても私的なメッセージの映画だったんだな。
国鉄からJRになり、赤字合理化と人員削減、廃線に追い込まれる炭鉱時代の花形路線は、当時の日本映画業界の弱体化のようだ。
この作品で映画界から引退を考えていたかは解らないけど、まだ自分も業界も元気なうちに撮っておきたかった映画なんだろう。
健さんのセリフの「ぽっぽや」は全部「映画俳優」や「役者」に置き換えても通じそう。
雪子の作った鍋を食べながら、膝を正しての告白は、健さんから自分の周りの人たちへの、感謝の言葉に思えてならない。
健さんは江利チエミさんと結婚し、子供を授かるが中絶、離婚ののちチエミさんも亡くしている。
実の妻と子供への思いを、映画人らしく佐藤乙松を演じながら、泣きながらの懺悔をしたんじゃないだろうか。
当時まだ若い頃に見ていたら、また違った感想だったかもしれないが、自分も歳を重ねたのと、健さんが亡くなった今だからそう思える。
後出しジャンケン。後半は涙が止まらなかった。
当時売れっ子の広末涼子との共演は、健さんの希望より監督らの希望=若い観客にも高倉健の映画を見てもらいたい、ヒロスエ目当てでも良いから…じゃないかな。
最後の小林稔侍の「聴いて泣かせるうちは、ぽっぽやも、まだまだ」は、「まだまだ映画でやれるよ」という健さんへのエールだろう。
この映画が1999年という区切りの年に公開されたのも、本作以降主演作は数本あっても大きな映画賞は辞退されているのも、健さんの色々な決意の現れに思える。
しかし、ぽっぽやが健さん主演のファンタジー映画だったとは思わなかったなぁ。
そして当時の広末涼子の美しさと透明感はハンパない。昭和の映像にいきなり現代人が出てきたみたい。
あとエンディングの歌と電車の画は、まるでジブリ映画の実写版ようだった。