3.《ネタバレ》 同名の1976年の映画は、亡き親父と初めて二人で観た映画。日比谷の有楽座だった。
それはセンサラウンド方式と言う凄まじい音響効果の上映と、軽快なジョン・ウィリアムスのマーチ曲、オールスターキャストの豪華さ以外は、
ドキュメントフイルムと、旧作映画の使い回しが目立つ中途半端な作品だった事が中坊の自分にも感じられた。親父との思い出として大事な映画ではあるのだが。
さて今回の作品。
エメリッヒだけにSFXを駆使した映像はリアルではあるが、やや単調に感じる。
しかし、血生臭い過剰な描写は極力排除されており、あくまで戦闘を重視した演出であった事は潔い。
内容的には比較的史実重視で、過剰な英雄崇拝も無い。一方人間ドラマ部分に関してはほぼアメリカ側に特化しており、
日米を均等に描こうとする心意気は感じられるものの、そこはやはり「トラ・トラ・トラ!」の様に日本側に日本人監督を立ててもらえれば良かったかと思う。
そうすれば、山口多聞役の浅野忠信さんのセリフ回しの一本調子が指摘されて、名将としての山口中将の気高さも表現されていたのではないだろうか。
それと、日本の空母4隻の損失に対し米空母ヨークタウンの飛龍航空隊による大損害はセリフのみの説明であった事が何とも腑に落ちない。
その割にはドゥーリットルの中国大陸でのエピソードや、日本の駆逐艦上での米軍捕虜の虐殺行為などの闇歴史の挿入が何とも不自然で、
カットしてしまった方が映画的にはスッキリするはずだ(史実を隠蔽しろという意味ではなく)。
製作サイドの某国を気遣う事情だとする穿った見方も禁じ得ない。
ただ、総体的に一方的な勝利、敗北という結果論にしなかった事には好感が持てた。ここの部分は1976年の同名作品も同様。
「パールハーバー」の様な映画にならなければ良いが、という危惧の念は幸いにも空砲であった。
近年、1970年代までは数多くあった史実に基づいた戦争大作がめっきり少なくなっている。
「なぜこのタイミングでこの題材の映画なのか?」という疑問はあれども「この題材の映画をこのタイミング制作した」スタッフの姿勢には大いに拍手を送りたい。