7.《ネタバレ》 実際に囚人虐殺事件が起こったカランジル刑務所を舞台にして撮影されており、ラストはその刑務所が爆破される場面を映し出して終わるという、凄まじい映画。
そんな「本当に事件が起こった刑務所で撮影している」という強みゆえか、劇映画とは思えないほどのリアリティを感じ取る事が出来ましたね。
特にラスト30分の虐殺風景は圧巻の一言であり、観ている間、単純な嫌悪感だけでなく「ここまで凄い映像が撮れるものなのか」という、恐怖なのか感動なのか良く分からない感情まで芽生えてきたくらいです。
・収容可能な人数は四千人の刑務所に、七千五百人もの囚人が押し込まれている。
・選挙が近いから、警察側は暴動を徹底的に鎮圧して政治的アピールを行いたかった。
・囚人にはエイズ患者が多数存在しており、鎮圧部隊には彼らに対する差別意識と偏見があった。
などなど「虐殺が起こった理由」について、丁寧に描いている点も上手い。
その為、観ている間も「どうしてこんな事が起こってしまったんだ……」という戸惑いに包まれる事も無く「これは、起こるべくして起こった悲劇なんだ」と納得した上で、より深く諦観と絶望を味わう事が出来たように思えます。
囚人のカップル(両方とも性別は♂)の結婚式を描き、幸せなムードに浸らせた後、囚人同士の殺人事件→暴動→虐殺と、段階を踏んで観客を負の世界に誘っていく構成になっているのも、お見事でした。
聖書とイエスの肖像画を手にして無抵抗だった男が躊躇なく射殺される場面も印象的でしたが、その一方で「息子に似ているから」という理由で警官に見逃してもらえた囚人や、咄嗟に死体の振りをして助かった囚人など、虐殺の中にも微かな「救い」があるというか「何とか助かった人もいるという安堵感」を与えてくれる作りになっているのも、嬉しかったですね。
特に、上述の「結婚式を挙げたカップル」が助かった事には心底ホッとさせられましたし「生存者となる人物を予め重点的に描いておき、観客に少しでも救いを与えるようにする」という作り手の配慮が窺えるかのようで、凄くありがたい。
「実際に起こった虐殺事件だから」と開き直り、ひたすら陰鬱で救いの無い話に仕上げる事だって出来たでしょうに、そこを踏み止まって「奇跡的に生き延びた喜び」も感じられる作りにしてくれた事には、大いに拍手を贈りたいです。
人間の死体まみれな刑務所の中で、犬と猫とが静かに見つめ合い「犬と猫は種族が違えど争ったりしないのに、同じ人間同士で虐殺を行っている」という皮肉さを醸し出している場面なんかも、実に味わい深くて良いですね。
「鎮圧部隊、万歳!」と連呼させながら囚人達を中庭に連れ出し、全員を裸にして整列させる場面なども圧倒されるものがあり、ここまで来ると一種の「悲惨美」すら感じちゃうくらいです。
比較するのは適当では無いかも知れませんが「虐殺を芸術的なまでに凄惨に描いた」という意味合いにおいては、かの高名な「オデッサの階段」に近しいものがあるんじゃないか、とすら思えました。
ただ……そんな「オデッサの階段」を描いた「戦艦ポチョムキン」と同じように、本作にも「虐殺の場面は衝撃的だが、映画全体としては退屈な場面も多い」という欠点があるように思えて、そこは残念でしたね。
虐殺が起こるまでの「刑務所の日常」が長過ぎて、二時間近くも「前振り」を見せられては流石に飽きて来ちゃうし、主人公である医師が不在の間に虐殺が起こる形になっているのも、ちょっと拍子抜け。
後者に関しては「実話ネタだから仕方無い」「その医師の著書が原作なんだから仕方無い」って事は分かるんですが、やはり映画として考えるとマイナスポイントになっちゃうと思います。
「囚人達の多くは、少しも罪悪感を抱いていない」と分かった上で、それでも医者として彼らを救うべきかと悩む姿などは良かったですし、診察の合間に囚人から身の上話を聞く件なども面白かったので、医師を主人公に据えたのが間違いって訳じゃないんでしょうけどね。
(出来れば医師の他にもう一人、虐殺の現場に立ち会う主人公格のキャラクターを配置しておくべきだったのでは?)と、そんな風に考えてしまいました。
そういった諸々を含め、総合的に判断すると「面白い映画」「好きな映画」とは言い難いものがあるのですが……
本作が「一見の価値あり」な映画である事は、間違い無いと思います。