1.楽屋裏のテーブルで向かい合った監督兼主演女優のジゼル・ブロンベルジェに対し、まずシナリオの台詞を棒読みすることを要求するルノワール。
曰く「感情を込めずに。」「電話帳を読むような感じで。」
相手を一心に見つめ、彼女の語りにわずかでも感傷のニュアンスを察知すれば即座に指摘し、やり直しを求める。
それは紋切り型の演技や経験則や先入観に囚われることなく、自分独自の表現を創造させるためだという。
その中で、「髪をかく仕草が良い。」とアドリブの所作を褒め、即興を取り入れつつ協同で演技を創り出していく。相手の無意識の小さな癖まで見抜く細やかな人間観察力、的確な助言による協同作業は、画家がモデルの魅力を最大限に引き出していくかのようでもあり、これがピエール=オーギュスト・ルノワール譲りの資質かと思わせる。
物語構成や主題を犠牲にしても、まず役者自身の人間的魅力を生き生きとフィルムに乗せることを第一義とするルノワールの映画術。
それが鮮やかに実践されていく様にただ魅入ってしまう。
最後のショットは、「エミリー」の役を生きるジゼル・ブロンベルジェの長台詞。
見届けたルノワールの台詞「tres bien」の温和な響きにその人柄が偲ばれる。