1.この映画を小生が見たのはもう30ウン年前のことです。まだ小学4,5年生だった時に、学校の授業(!)として講堂で上映されました。あの頃は半年に1回くらいそんな上映会があって、中にはディズニーの『南海漂流』みたいなものもあったけれど、ほとんどがいわゆる「教育映画」というヤツ。本作も、まさにそういった映画のひとつです。
地方の炭坑町で、父親を亡くしてひとりぼっちになった少年。そんな彼を、隣に住む朝鮮人のおばさんが引き取って世話をする。小学校で「ニンニク臭い」と級友にからかわれたり、はじめは嫌々だったおばさんとの生活だが、次第に心を開いていく少年。おばさんも、戦争中に日本へやって来たものの、夫と子供に死なれた身の上で、この少年が愛おしくてたまらない。やがて少年は、くず屋のリヤカーを引くおばさんを手伝いはじるようになる。けれど、東京に少年の親戚がいることが分かって・・・というお話。
まあ、いかにも「教育的」であり「良心的」な内容だ、と揶揄したくなる向きもあるでしょう。日本人と「在日」の人々との間にある様々な問題を、こんな安易なかたちで描くことは一種の“偽善”にすぎない、と。しかし、映画のなかで少年を「お前も朝鮮人になったんだ!」とはやし立てる級友たちの、無邪気さゆえにかえって残酷な心なさは、まちがいなく自分も“級友たちの側”にいただろうあの当時の自分を、深く恥じ入らせ、胸を痛めさせるのに十分だった。そして朝鮮人のおばさんが、日本人の少年に注ぐその愛情の純粋さ、広さと深さを、青洟たらしたガキだった小生も、素直に信じ、受けとめることができたこともまた確かなのです。
それは思うに、この映画が、当時の日本の「貧しさ」をきちんと描いていたからではないでしょうか。ぼくが見た1970年頃ですら、まだ社会にはかろうじて「貧しさ」の痕跡が残されていた。1958年に制作された本作は、まず何よりも人々の生活のなかに、意識のなかにあった物質的・精神的な「貧困」というものを、しっかりと見つめ捉えている。そのあたりが、1時間にも満たないこの小品を、単なる感傷的かつ「道徳的」なメッセージ映画に終わらせなかったのだ、と(そして忘れてならないのが、朝鮮人のおばさんを演じた北林谷栄の、圧倒的な素晴らしさ!)。
・・・『ALWAYS 三丁目の夕日』の作り手たちは、まずこの映画こそを見るべきだった。