1.《ネタバレ》 常に暗雲が垂れ込め、晴れ間の覗くことの全くない風景。
光は、主人公(ベヘルーズ・ヴォスギー)の運転する車の車窓を流れる雨滴やヘッドライトの
小さな乱反射や、モニカ・ベルッチがタトゥーを施すシーンの蝋燭の灯りくらいだ。
その度々登場する(キアロスタミ風)車窓への映り込みと彼の寡黙な表情との夢幻的な重なり合いが、
亀やサイや馬などの明らかなイメージショットと現実のショットとを橋渡しするような形で美しくももの悲しい。
(主人公に嫉妬する運転手(ユルマズ・エルドガン)に重なり合うのは、からみつくような木々の黒い枝の影だ。)
独特の形状の幹を持つ木々の奇観。雪の吹きすさぶ墓地の荒涼とした風情、寒々とした湾を望む岸壁など、
ロケーションも独特だが、黒味を活かした陰影豊かな画面の感触の何と重厚で深みのあることか。
主人公らの30年間を刻印する顔の皺や白髪を克明に映し出すフォーカスは、モニカ・ベルッチに対しても容赦ない。
逆に敢えて他者をぼかした後景や革命騒乱シーンの群衆の不明瞭な画面も意図的な設計だろう。
国境を越えた彼らは多くを語らない。寡黙な顔だけがある。