1.《ネタバレ》 昔のエストニアの農村を舞台にした映画で、原作者と脚本・監督がエストニア人、演者もほとんどエストニア人である。
登場人物がベートーベンの月光(1801年)を弾く場面があるので19世紀なのは間違いないが、これで本当に19世紀なのかと思わせるファンタジックな劇中世界ができている。「クラット」なるものや悪魔や魔女や狼女(犬女?)が普通にいて、毎年11月に死者が帰るのを迎え、また時々は疫病神が巡って来るといった俗習俗信が現実のものとして存在している。キリスト教はイエス様だけが現世利益の神様のように扱われていたが一神教としての存在感はなく、いまだに古来のオカルト的存在の跳梁跋扈を許していた。なお別に怖くはないのでホラーではない。
歴史的背景としては台詞にあったように、エストニアは13世紀の十字軍の侵攻によりドイツ人領主とキリスト教会に支配され、さらに17世紀までにスウェーデン、18世紀にはロシアの支配が及んだが、在地領主のバルト・ドイツ人と領民のエストニア人の関係はそのままだった。この映画は帝政ロシアの時代のはずだが、それを思わせるのは一瞬見えた硬貨だけのようで、出るのは基本的にエストニア人とドイツ人である。
この映画で変だったのは、支配者のはずの領主と教会が領民に侮られ貶められて財物を奪われる存在だったことである。これは当時の社会変化の反映かも知れないが誇張されているようでもあり、倒錯的なこと自体がダークファンタジーのようでもある。領民が「クラット」を下僕にして使い倒して不要になると捨てていたのは、単に下には下がいるということか、あるいはこれが本来の領主と領民の関係だったと思えばいいのか。悪魔に魂を売らなければ他者を支配できないという皮肉だったとか?
ドラマ部分は恋愛物語のようだったが、登場人物が信用できない奴ばかりで全く共感できない。ただもしかすると、住民同士や領主や教会からも盗み奪い、悪魔や疫病神まで騙す悪と欺瞞だらけの世界の中で、若い者の恋心だけが真実だという真面目な純愛モノだったのか?? 雪だるまは恋の成就より、美しい恋愛の形が見られれば満足だったようでもある。結果として、面白くないことはないが心情的には乗り切れない映画だった。
その他雑記として、村人総出でやっていた作業は焼畑農業のようで、これは領主の課す賦役だったと思われる。また隣接地域に住むラトビア人を貶める発言があったが、こういうことを互いに言い合っていたのか。