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コメント数 61
性別 男性
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評価順12
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1.  ALWAYS 三丁目の夕日
演出は野暮ったく,話の見せ場もミエミエ。おまけにオムニバスもどきの構成は,一本筋の通った物語を作れなかったことの裏返しともとれる。そう,もっとはっきり言うと,そのような映画は大嫌いなはずなのに,レンタルしてきたDVDを返却するまでに三回も観てしまった。そして三回とも泣いた。しかも同じシーンで(終盤のあそこ……と書けば,観た人なら誰でもわかる)。不思議な魅力を持った映画だと思う。VFXには目を見張るものがあるが,無論それだけではない。私はあの昭和三十年代という時代の残り香をかろうじて嗅いだ最後の世代だが,かといって,過ぎ去ったものへの郷愁に衝き動かされて涙を誘われるほど,まだ老け込んではいないつもりだった。それなのに,冒頭の町並みが映るシーンだけで胸が詰まった。《ああ……なつかしい……》特に,近所の人たちがテレビを前に我を忘れて興奮する光景。これが一番心に残った。本作で展開されるドラマは,現代でも十分起こりうる話である。昭和三十年代という時代設定を絶対条件としなくても,成り立つといえば成り立つ。だが,あの白黒テレビに映る力道山を,老いも若きも男も女も空手チョップを振りながら応援するその姿は,あきらかにあの時代を何よりも正直に映す鏡だと思った。私も確かにそこにいたのだと思うと,懐かしさ以上の何かを感じて,またしても胸が詰まるのである。結局のところ,昭和の前半とはどういう時代だったのかということを,センシティブに語る映画は今までなかったような気がする。そのような試みは,本作が初めてではないか。その点をとても評価したいと思います。8点。さらに,久しぶりに邦画で泣いてしまったことに対して,もう1点追加です。
[DVD(邦画)] 9点(2006-06-21 13:40:42)(良:4票)
2.  宇宙戦争(2005) 《ネタバレ》 
原作も1953年版も知っていたので,過剰な期待感は初めからなく,封切り直前のテレビ予告シーンだけがある種唯一の拠り所だった。それにしたって「ふ~ん,ま,おもろそうやんか…」位の程度。で,いざ観てみたら結構恐い。ホラーテイスト満開ではないか!パニック映画とくると,主人公(もしくは主人公達)が土壇場で逆転一発をかましてめでたしめでたし,となるが,本作ではそうはならないと知っていた。なぜなら,ああいう肩すかしを食らわすような結末が用意されているゆえに,侵略者に一気呵成の反攻をブチかまして溜飲を下げるというのは最初からありえないからだ。それにスピルバーグの性格からすると,オリジナルに敬意を表してラストに手は加えないだろう。となれば……あとはなす術もなく,悲鳴を上げて右往左往する人類を,映画の中でいかに虫けらのように扱うかである。「インディペンデンスデイ」のようにやってしまってはいけない。一片の希望も与えず,一筋の光明も遮断して,闇の中を這いずり回りながら人々はうめき声を上げる,そんな作品でなければならない。そういう方向性しか,この「宇宙戦争」には与えられないはずである。そしてスピルバーグはもう少しでそれに成功するところだった。墜落した航空機の残骸,一台の車を巡って争う男達等々。フェリー乗り場で,人々の背後の丘にぬっと現れたトライポッドを見たときの,彼らの絶望の叫び……それに全ての光景がトム・クルーズ扮する父親の視点で描かれ,恐怖の手触りを我々も実感できる。そうや,それでええんや,スティーブン!と思ったのもつかのま,名作に輝くはずだった宇宙戦争2005年版は,私の中で静かに幕引きされてしまった。そう,本当にもう少しのところだった。トムがトライポッドに手榴弾でケンカを売ってしまうまでは……どうあがいても蟻は象には勝てない,という無常感で統一すればよかったのに,彼は象を倒してしまった。あ~あ台無し,といった感じである。それさえなければ10点でした。
[ビデオ(字幕)] 8点(2005-12-18 17:03:46)(良:4票)
3.  火垂るの墓(1988)
後味が悪い。もう二度と観ないと思う。しかし最大の疑問が残る。どうしてこの物語をあえてアニメーションで表現しようとしたのか?理解できない。さらに不可解なのは,毎年夏が来ると判で押したようにこれをテレビで放映するという,民放の儀式めいた行為だ。反戦映画?全然違う。この映画を観て,世界平和の重要性を痛感する人が1人もいないとは言わないにせよ,少なくとも私にはそうは思えず,1つの酷い悲劇に対して胸糞悪いわだかまりが残るだけである。エグい題材をアニメにした功罪は,むしろ罪の方が大きいと思う。「となりのトトロ」で休日を楽しく過ごそうと親子連れで見に行った方々は,まったくお気の毒だ。(トトロとこれが併映されていた)。何でもアニメにすればいいというものではない。監督の高畑勲は誠実に真面目に取り組んだのだろうが,アニメ作家としては完全に無能である。
[ビデオ(字幕)] 0点(2005-11-03 09:20:07)(良:3票)
4.  ダーティハリー
クリント・イーストウッドの立ち振る舞いが印象深い。抜群に格好いいのである。細身のスーツを着こなすその姿は,中年男が目標にすべき理想型の一つではないか。モテモテ中年を目指したい若い人は,今のうちからこれを観て勉強しておくことをお勧めします。さて作品中,「悪党は逮捕せずにブチ殺す」式の捜査で突き進んでいくハリー・キャラハン。その態度は警察官としてどうかと思うが,心情はずばり観る者の核心を突く。あんな極めつけのサイコ野郎を生かしておいて誰が得をするのか?いったい彼のどこがダーティなのか?皆そう思うに違いない。その気持ちをまとめて弾丸に詰めて,彼はトリガーを引く。そのあとは,スカッと爽やかコカコーラである。だがバッジを投げ捨てるラスト。己の仁義でことをやり遂げた達成感と,それを許容しない社会倫理へのやりきれなさが後を引くように残る。その意味で切ない名作。またあまり関係ないが,44マグナムという銃を世に知らしめたことでも評価したい。(これを観て私は昔,モデルガンを買いました)
[ビデオ(字幕)] 8点(2005-12-27 23:59:08)(良:3票)
5.  ヒトラー 最期の12日間
人間アドルフ・ヒトラーを描いたとパッケージにあったが,それにはさほど興味が湧かない。彼は冥府の王でも大魔王でもなく,当然ながら最初から最後まで人間なのだ。迷妄の虜となってわめき散らすのも人間ヒトラーなら,女性秘書らにそっと垣間見せる繊細さを持ったヒトラーもやはり人間。しかし,私はその点にあまり興味をそそられなかった。全体主義という名の巨大な鉄の要塞が,率いるべき途を示す指導者という求心力を失ってしまったとき,どのように崩壊していくかを私は見たかった。そしてその崩壊は音もなく,響き渡る民衆の悲鳴も伴わず,あたかも老人が静かに息を引き取っていくかのようだった。全欧州を蹂躙したナチス・ドイツのいまわの際とは,かくも静寂であったのかと今にして空しさがこみあげ,そして,あらためてその陰で犠牲になった多くの人達の冥福を祈らずにはいられない。それにしても,ラストで秘書が語る「もっと目を見開いていれば」の言葉の,なんと虚ろなことか!いくらを目を見開いていても,初めから見ようとしなければ決して見えないというのに。あの時代のできごとは大昔の伝説ではなく,今日我々のすぐ隣に存在しているはずだ。そういう意味で,多くの人に観て欲しい映画の一つです。
[DVD(字幕)] 8点(2006-02-05 09:49:17)(良:2票)
6.  平成狸合戦ぽんぽこ
タヌキが昔からのテリトリーを人間から取り戻すべく奮闘するという題材自体,調理次第ではおいしくなったはずである。なのに,この抹香臭い内容はどうしたものか。そもそもタヌキ如きに人間様がコロコロ化かされたり,ましてや殺されたりと,もはややりたい放題なのがいけない。観ているうちに微笑ましいどころか,だんだん腹が立ってきたのは私一人だけではないはずだ。怪談・奇譚の類は百鬼夜行のシーンを見ればわかるように,絵空事としてしか受け入れられていない。そのことに気づかないタヌキ達が哀れではあるが,かといって共感は湧いてこない。環境保全も大事だ。だがそれ以前に人間も生きるのに大変なのである。そういう部分も描いてほしかった。このままでは何だかアンフェアな気分になって,不満だけが残る。「火垂るの墓」でケチョンケチョンに酷評した罪滅ぼしと思って観たのだが,藪蛇になってしまった。1点。ときに高畑さん,もう映画づくりとはすっぱり縁を切って,砂漠に植物を植えるようなエコロジー事業に情熱を傾注してはどうですか。あなたの生真面目さと文明批判の姿勢は,そういうところで絶対活用できる。嫌味や皮肉ではなく,本当にそう思うよ。
[ビデオ(字幕)] 1点(2005-11-07 15:59:00)(良:2票)
7.  ターミネーター
「2」よりも,この「1」の方に異質なほどの強烈な暴力性を感じる。「2」がハリウッド式娯楽大作製造機にかけられてできた一種のテーマパーク的映画なのに対して,本作にはそういった影はない。もっとも,さほど期待をかけられていなかった時のキャメロン作品だから,と言うと身もふたもないのであるが,実際にはそれが正解なのだろう。しかし私はそんな風には思わない。「1」が映像として「2」に見劣りするのは認めても,映画として格下だとは思わない。私はこの「ターミネーター」が大好きだ。劇場,ビデオも含めて十数回は観た。そこまで惹きつけられる最大の理由とは何かと問われると,それは冒頭に書いたように,他の凡百のアクション映画とは肌触りが違う暴力性だとしか答えられない。そのことに大きく貢献しているのがシュワルツネッガーであることは,今更言うまでもない。この頃のシュワ氏は箸にも棒にもかからない大根役者で,もしガタイがゴツいだけで彼が選ばれたのであれば,キャメロンは実に幸運な選択をしたと思う。筋肉自慢の役者は大勢いても,爬虫類の目をしたマッチョはそんなにはいないからだ。極限的に非人間的で,反撃する気力も萎えるほどの強力さを備えたキャラクターにぴったりとはまる役者。演技の出来不出来以前に,何かしら相手を不安に陥れる男。当時のシュワ氏にはそれらがすべて内包されていた。確かめるために,あとでもう一度観てみようと思う。ところでこの映画,銃器マニアを面白がらせる工夫が結構あります。例えばアクション映画のお約束となったM16をあえて使わず,AR18という玄人好みのやつにしたとか,ガンショップでシュワの「プラズマライフルは?」の問いに,店主が「まだ入荷しておりません」と答えるところなど。ニューモデルが頻繁に出る銃業界では,売る側が知らなくてもあえてそう応対するのが通例となっているということを,この映画で初めて知った。キャメロンは細かい部分をいじくるのが好きですね。
[映画館(字幕)] 9点(2006-01-07 10:11:09)(良:2票)
8.  モンスターズ・インク
数あるPixer作品の中でも,とりわけ光り輝いていて,実にすばらしい。精緻を極めたCGも,練りに練り込まれたシナリオも抜群だが,この作品の肝は,観る側もそして創る側もみな子供の視点という椅子の上に座っているということである。いや,座らされていると言うべきか。無理矢理そうさせられるのでなくて,あざとくなく自然とそうなっていくのだ。うまいという表現はもはや当たらず,あえて作品が持つ魔術的な磁力のせいと言わざるをえない。Pixerのスタッフたちが心から楽しみながら仕事しているという雰囲気が映像から伝わってきて,何だか羨ましい。こういう洒脱なファンタジーは,残念ながら日本人の手に余るのをまざまざと思い知らされるせいもあるかな。全編,洒落た遊び心が満ち満ちて,ケチをつける気にすらならない。文句なしの満点です。ところで,終盤,敵役のランドールが追放されたトレーラーハウス。あれって,バグズ・ライフにも登場してます。そんなどうでもいいことを,楽しい仕事ゆえの余裕からか,何のてらいもなくやってしまうPixerの懐の広さに脱帽であります。
[ビデオ(吹替)] 10点(2006-06-23 17:45:37)(良:2票)
9.  エイリアン
公開当時はスターウォーズに代表されるように,折りしもSF映画ブームのど真ん中。「SFは痛快!」,「SFは未来!」といった享楽色に染められていた。そんな時に,一発ドカンと投下されたのが本作である。上映が始まってしばらくすると館内には絶叫と悲鳴が交錯しだし,「うるさいのー,まったく…」とぶつくさ言っていた私も,気がつけばパンフの端から恐る恐る覗き見る始末。劇場でこれほど恐怖した映画はなかった。孵化したエイリアンが乗組員を次々と襲っていくところは,とても怖ろしくて正視できない。H・R・ギーガーの異界の住人を思わせるエイリアンの造形が一役買っているのは今更言うまでもないが,煎じ詰めればリドリー・スコットのディテールに対する異常なまでのこだわりが,これら恐怖のすべての源泉ではないか。つまりそれはノストロモ号の重苦しいリアル感(航空機部品で造ったという)であり,スモークを効果的に使った光と影の演出であり,そして極限に追い込まれた人間の放つアドレナリンの臭い等である。実際,乗組員達の絶望がスクリーンから色濃く漂ってくるようで,息苦しくなる。聞くところによると,リドリー・スコットは撮影直前まで,俳優達にエイリアンがどのような姿なのか明かさなかったらしい。映像で観る彼らの恐怖はまぎれもなく本物であり,我々もまた期せずして監督の意図に乗せられてしまう。SF映画史の上位にランクされるべき傑作だ。 9点。
[映画館(字幕)] 9点(2005-11-05 09:16:22)(良:2票)
10.  山猫は眠らない
これを観たとき,まさかシリーズ化されるとは思わなかった。1・2と観て(3は未見),独特の存在感を匂わせるのは本作だが,オンリーワン的な雰囲気をぷんぷん放つゆえに,シリーズにするにはそぐわないと感じた。とはいえ,戦争映画好きのツボをついた渋い作り方は見応えがある。“狙撃道”というものがあれば,この作品にはそれが横溢している。レンタル化された当時,在日米軍基地でしばらくレンタル数No1だったというのも,職業軍人が認めたということだろう。BGMを極力排したことも,緊張感を醸し出すことに一役買っている。ただし,トム・ベレンジャーを通して見えるのは,“滅びの美学”ではなく,一発の弾丸を介して命のやり取りをすることへの空しさである。ふと見せる疲れたような表情に,自らの仕事に対しての内面の葛藤が色濃く出ていた。佳作ではあるが,心に残る。
[ビデオ(字幕)] 7点(2005-12-12 10:29:56)(良:2票)
11.  スーパーマン リターンズ 《ネタバレ》 
ブランドン・ラウスの熱演には申し訳ないが、劇場の大スクリーンで1作目を観てしまっている者には、ブランドンの姿の後ろにどうしても彼が透けて見えてしまうのである。それが彼の役者としての幸福であり、不幸でもあったと考えると、オマージュ以外の意味を今作に見出すのが難しくなってしまう。オープニングにしてもしかり。やたら郷愁を誘うような演出は、スーパーマンのキャラクターから脱却しきれずに苦心した草葉の陰のクリストファー・リーブに何だか失礼なような気がするのですが…それはともかく、本当に興味があったのはオリジナルでジーン・ハックマンが演じたレックス・ルーサーだったりする。ヘラヘラ笑いを浮かべつつ、あくまでも軽いノリでとんでもない悪事を企むマッド・サイエンティストという人物設定をハックマンは実にうまくこなしていたが、此度のケビン・スペイシーでは酷薄さが一層前面に出ていたせいで、かなりの違和感を覚えた。クリプトン・ナイトをナイフ代わりにスーパーマンを刺すというのは、彼のキャラには合わない。まるでマフィアの親分である。ルーサーは本質的になぜか不動産に拘る小悪党なので(オリジナルでもカリフォルニアを海に沈めたがっていた)、この作品がオマージュならその点も継承して欲しかったです。
[DVD(吹替)] 6点(2006-12-29 20:05:45)(良:2票)
12.  エイリアン2 《ネタバレ》 
エイリアン・シリーズとは不思議だ。なぜなら本作以降,すべての作品がそれぞれの前作のストーリーをないがしろにして成立しているのだから。総本舗であるオリジナルへの敬意を込めたオマージュ的な要素は殆どない。むしろ挑戦しているかのような作り方を見ているうちに,何だかリドリー・スコットが陰でこっそりとほくそ笑んでいるような気がした。さて本作で,リプリー女史がいよいよ本格的に人間離れしてくる。“力があれば戦える”という点をいっそう強調して,前作のゴシックホラー路線から一気にアクション電車道へと力業で持っていくのは,いつものキャメロン流。例のパワーローダーを使った格闘シーンは爽快感すら漂う。画面の前でうぎゃ〜と叫びながら前作を観た人は,まさかこいつと組んずほぐれつをやらかし,挙げ句にフォールしてしまうとは想像もできなかっただろう。それほどこの異生物は絶対的だったのだが,生物である以上殺せるということを観客に気づかせたキャメロンはいい仕事をした。でもまさか3であんなプロローグに続くとはね……おっと,あぶない。だが一度物語の流れをチャラにしないと新作をつくれないというのは,エイリアンというキャラクターがいかに際だってそそり立っているかの証明にはなると思う。
[ビデオ(字幕)] 8点(2005-12-27 12:24:05)(良:2票)
13.  CASSHERN
なんなんだよ〜,これ〜(泣)子供の頃大ファンでした?思い入れは人一倍ありますだ?嘘つけ。大ファンだったら,人よりも思い入れがあるんなら,あんなアホなことはできないぞ。タツノコプロへの背信行為やぞ。それだけじゃない,オリジナルを熱狂して見ていた者から言わせてもらうと,紀里谷和明はすでに人でなしのレベルに達している。今度はガッチャマンなんか撮りたいとか言うんじゃ?やめなさい。そういうのは物好きなハリウッド関係者にでもやってもらって,もうおとなしくヨメさんのPVでも撮ってなさい。 これに懲りて,映画の大地に二度と足を踏み入れないことを切に願う。
[地上波(字幕)] 0点(2006-06-22 13:15:13)(良:2票)
14.  プライベート・ライアン
スピルバーグの中に潜む,暴力への一種の憧憬が(本作以降顕著になってくる)意識的にしろそうでないにしろ如実に表れたオマハ・ビーチの光景。正直言って吐き気がする。が,戦場で生き残る者と死んでいく者との間を分かつのは,弾丸の多さでもなく,剛勇でもなく,ちょっとした運だけなのだということを教えてくれる意味で,本作は戦争映画として優れていると思う。手を挙げて降伏しようとしたドイツ兵をはずみで撃ってしまったりとか,弾が尽きたらヘルメットをぶつけ合うといったシーンは,実際の白兵戦らしいというか,ああなるんでしょうね。私は今まで戦争というものを斜に構えて考えていたが,これを観てただひたすら恐ろしいと思った。あんな地獄は嫌だと。それは誰しも当然ではあるが,その至極当たり前のことをこれほど直截に表現した映画は,あまり記憶にない。だからこそ,一人の兵士を戦場から連れ出す命令を出した政府と,その血みどろの戦場の中任務に赴く登場人物達との乖離が浮き彫りになる。感傷とか意義などとはまったく無縁のところで,戦争という鋼鉄の歯車がひたすら人間の生命を挽き潰していく。そのことが恐ろしい。なお冒頭とラストではためく星条旗について辛口の意見が多いですが,あの逆光の中で色を失った星条旗には,少なくとも私にはアメリカ主義的な意図は感じられませんでした。
[ビデオ(字幕)] 8点(2005-12-29 12:53:17)(良:2票)
15.  時をかける少女(2006) 《ネタバレ》 
個人的には芳山和子が登場してきたところで「おお」となりました。あのNHKドラマをリアルで観ていた世代には、その時点でこの映画が30年以上前の物語の正統な続編であることがわかり、ほんの一瞬だがタイムリープした気分に…しかし、それが本作のキモです。何度人生をリセットしても、何回過去に戻ってやり直してみても、その時その時の一瞬は、流れる砂のように手からこぼれ落ちていってしまう。だからこそ今を懸命に生きる…というテーゼが、物語の中にイヤミなく示されていて、観ていてうまいなと思った。脚本家と監督の歯車がうまく噛み合わないと、どことなく軋み音が聞こえてくるのだが、最後までそんなことはなかった。いい映画です。ヒロインのキャラクターもさることながら、全編に漂う夏の香りがとても爽やかで、あんな高校生活だったら、とつい嫉妬してしまうのは、きっと必死に走るのにも俗な目的が必要な大人のひがみですね。走り姿が輝いて見えるのは、あの年代だけでしょう。それにしても今回はアニメでよかった。実写で撮ったら、確実に失敗したに違いない。SFジュブナイル?青春映画?否、まさしく青春映画。
[DVD(邦画)] 9点(2007-06-12 14:44:52)(良:1票)
16.  ラスト サムライ
村の入口に鳥居が突っ立っていたのも,小雪が水浴びするシーンに熱帯植物が映っていたのも,中世ヨーロッパ風の鎧甲冑が登場するのも,全部目をつぶる。つぶるから,ハリウッド製作陣は今後こういう映画を撮る前に1回…いや理解するまで何度でも「忠臣蔵」を,「勧進帳」を観て欲しい。日本人の心の琴線を鷲掴みにしたかったら,まずそういうところから入らなければダメだ。それを達成して,初めて名作の誉れを得ることができると思う。本作を観て,ハリウッドはやはりどこまでいってもハリウッドだと思い知った。登場する全てのキャラクターの設定が薄っぺらく,私はまったく感情移入できなかった。と書いてしまうと,頑張った日本人俳優達に失礼なので,4点。古いし題材は全然違うが,まだ「レッド・サン」の方が感銘を受ける。“武士道”を描くのではなく,日本人はかくあるべし,といった手法の方がよりよかったのでは。
[ビデオ(字幕)] 4点(2005-12-17 12:46:30)(良:1票)
17.  きみに読む物語 《ネタバレ》 
いったい何が足りないのだろう。貧しい青年と裕福なお嬢様とのロマンスという,使い古されすぎた物語のせいなのか,あるいは全体を通じて感じるチープ感(安普請という意味ではなく,何となく昼ドラの雰囲気っぽいといえばわかっていただけるだろうか)が,さらなる良作に仕上がるはずのものの価値を下げているのか。判別できません。ステレオタイプとはいえ決して悪くない話だし,むしろ,もっと高く評価したいとも思うのだが,それができない。自分なりの物差しで作品を測り,その上でできる限り率直に感想を述べたいにもかかわらず,どうしてもそれができないのは,おそらく私の母親が認知症にかかっているからだと思う。一途ゆえに障害を乗り越え,結ばれるべくして結ばれた男と女の話だ,と自分に言い聞かせても,私の目はやはりあの年老いた婦人に向けられてしまう。自らの記憶を手放してしまうことがどういうことか,ことにそれを受け止めなければならない連れ合いの辛さというものを身近にわかっているだけに,私はこの映画を公正に観ることができませんでした。なので,初めに書いたようなことも思い切り的はずれのような気がして,不安になる。ちゃんと把握できているか自信がなくて,複雑な気持ちです。複雑なんですが……でも,結局泣いてしまった。束の間記憶を取り戻した妻と一緒に夫がダンスをするシーンは,万感胸に迫った。年老いた自分の両親の姿,とくに,ひたすら自分を抑え滅私奉公型だった母親の頭を撫でながら「あんたの面倒はわしがちゃんと見たるから」と言った父親の姿と重なって,ただただ涙が流れました。
[ビデオ(吹替)] 8点(2006-07-05 07:48:31)(良:1票)
18.  ターミネーター2
この「2」を観た後で,大昔好きだったTVドラマ「ジャイアント・ロボ」の最終回を思い出した。操縦者の草間少年の命令にひたすら従い戦い続けてきたロボが,敵ボスとともに宇宙で自爆するというシーン。“帰ってこい,ロボ!命令だ,帰ってこい!”と必死で叫ぶ主人の命令を無視しつつ,最後はボスもろとも大爆発。そして地球は救われた…そんな内容だった。子どもだった私は大変なショックを受けたようで,落ち込む息子を見かねた母親がTV局に手紙を書いたらしい。私はロボが命令を実行するだけの機械だと思っていたので,まさか自己犠牲という人間性を発揮するとは,まったく想像もしていなかったのである。そしてT-800。「2」の幕切れで,私はジェームズ・キャメロンはもしかしたらあのジャイアント・ロボの最終回を観ていたんじゃないか,と勘ぐってしまった。「1」では文字通りの殺人マシンとして描かれていただけに,「2」でのT-800はほとんど守護天使にしか見えないが,人間性を有さない一個の機械だという点においては,両者はまったく同一だということをつい忘れがちになってしまう。かたや“サラ・コナーを殺せ”,かたや“ジョン・コナーを守れ”というプログラムを,お互い遵守しているにすぎないのである。にも関わらず,同じT-800であると頭ではわかっていてもなかなかそう思いづらいのは,機械が人間性を獲得したからではなく,人間側が機械という対象に願望や希望などを投影しているからだと思う。私が「1」と「2」は初めから意図された連作ではないか,と疑っている理由はそこにある。つまり,両作に登場する共通のキャラクターのコントラストをくっきりと際だたせることによって,自律性を持たない非生物に映し出される人間の感情をいっそう強く表現できるからに他ならない。それは時には背筋が凍る恐怖であり,そして時には哀惜の涙であったりもする。「ターミネーター」を巡るキャメロンの意図とは,もしかするとそういうことだったのかもしれない。
[映画館(字幕)] 9点(2006-07-20 19:25:44)(良:1票)
19.  シャイニング(1980)
“例えて言うならこれはキャデラックのようだ。見かけは大きくて立派に見える。おまけにとても煌びやか。しかしいざエンジンをかけてみたら,その動きは鈍重なことこの上ない”シャイニングを評してキング自身が述べた言葉である。ものが重量級なのはどっちもどっちなのだが,私もおおむね彼の意見に賛成だ。しかし,映像としての本作を,キング御大ほど毛嫌いするわけでなく,むしろ魅了される側の人間である。ただ,この物語を的に据える出発点が,2人の巨匠の場合決定的に隔たっていた。煎じ詰めればそういうことに尽きる。思うにキューブリックの世界とは,白亜の殿堂の奥に鎮座する大理石でできた100インチの大画面で観賞するようなものであるのに対し,かたや“第一創造主”であるキングの思考ベクトルはパブロン中毒さんが書いたように,いたってノーマルなアメリカ人男性のそれと同じである(と,いろんな作品からそう推測する)。彼が書いたのは,息子を愛するがゆえにオーバールックの悪霊にたぶらかされていく男の姿。行間に込めたのは,崩壊した家族の再生と淡い未来への希望である。反してキューブリックは圧倒的な映像美を展開するために,それらの一切を引き出しにおさめてしまった。これでは,両者が交わる地点など最初から約束されていないのも同然だ。キングが怒るのもむべなるかな……と,ここまではキングファンとしての意見で,冒頭にも書いたように,私はキューブリックの審美眼はすばらしいと思う。少々小難しいものの,ゴシックホラーのたどるべき道筋はちゃんとおさえてある。首筋の後ろ辺りがちりちりしてくるような怖ろしさを醸し出すのはさすがの手練。しかし,その点においてキングもキューブリックも卓越した力量の持ち主であるのが,あまりに皮肉である。
[ビデオ(字幕)] 8点(2005-12-23 23:14:06)(良:1票)
20.  バタフライ・エフェクト/劇場公開版 《ネタバレ》 
幸福と不幸は実はお互いが正面を向き合うものであり、人生自体が一つの天秤であるということを知らせる一作。“何かを得れば、必ず何かを失う”例え過去に干渉して未来をいじくってみても、人々の無数の分岐点において神のごとく振る舞ってみても、彼または彼女の人生をまるごと引き受けるわけにはいかない。少なくとも物語の終盤までは、エヴァンは自らの幸福を追求し続けるエゴイストで、またそのことに全然気づかないのですが、最後の最後で自分に関わる者が不幸にならない為にはどうすればいいかという結論に達する。8mmに映るあの出会いの場面で最大の幸せを捨て去ることにより、ある意味エヴァンは全員の人生の面倒を見たのだろうと私は解釈しました。自分も含めた他者の人生の天秤を平衡に戻したわけですね。それにしても、非常に痛みを伴う決断です。はたして同じことをやれるかどうか、私にはまったく自信がありません。性懲りもなく、もう一度修正を試みるかもしれない(というか、きっとやる)。もしかすると、今の自分も誰かの干渉によって変えられたかもしれないと思うのも、いたかもわからないもう一人の自分の人生がより良いものになっている可能性に嫉妬している表れなのかもしれません。
[DVD(吹替)] 8点(2007-09-24 15:58:15)(良:1票)

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