3. ぐるりのこと。
《ネタバレ》 現代日本の問題と希望を法定画家という視点を通して描いた作品。橋口監督が得意とする感情の細やかな描写が冴え渡る。これまでの橋口作品の印象は、短歌のように感情の機微を描写したシーンの集合体であり、悪く言えば寄せ集めの歌集のようなイメージが拭いきれなかった。しかしこの作品は、それぞれの歌が総合的に共鳴し、一体となって感情のうねりのようなものを生み出している。鑑賞後、あたたかい涙が流れる素晴らしい作品だった。この監督の眼差しが心に沁み込むのは、自身が患った鬱病や同性愛者として社会から受けた偏見、それらによる実体験に基づいて、真摯に人間と向き合ってきた結果なのだろう。本当に沢山の人間の美しさや汚さを見てきたのだと思う。そしてこれ程までに、日本人の美点と欠点、その両方を鋭く描写できる監督は、僕にはあの小津監督以外に浮かばない。小津は省略が上手い監督であるが、橋口はその逆の長回しでその場の空気感を伝えるのが上手い。両者に共通するのは日本を愛する心と繊細さとユーモア。そして、この映画では、監督が今の日本を憂いていて、どうしてそうなったのかを、失われた10年を振り返ることで問題提起しているのだなと思った。どこまでも日本というものに拘って撮った作品であるのは間違いない。個人的に印象に残ったのは、日本人の愛情表現を描写したシーンの美しさ。欧米の方が見たら、こんな感想を持つだろう。なぜ彼女を強くハグしないんだ、なぜキスをしないんだ、なんで愛してると言ってあげないんだ、等々…。こういった疑問には、こう答えるしかない。「これが日本人である」と。最後の方のシーン。二人で完成した天井画を見つめ寝転がる。そっと手をつなぐ。そして、足でお互いを蹴りあう。素晴らしい日本的な愛の表現方法だと思う。しかし、悲しい哉、時には直球で表現することも必要なんですね。それは日本人の欠点。白黒つけず曖昧なままだったから、カナオを女好きなだけな男だと勘違いして、ショウコは勝手に妄想爆発して病んでしまったのでしょう。段々分かってくるが、彼は"ヒト"が好きなのである。その眼差しは、どこまでも多角的であたたかい。ところで、この夫婦は、死んだ老婆のようにスケッチされた女性の心も救ったのでしょうね。大事に持っていたカルキ臭い壺が割れたのは爽快だった。はからずも、小津の傑作『晩春』の壺を思い出した。 [DVD(字幕)] 10点(2009-07-22 21:11:14)(良:2票) |