1. イースタン・プロミス
《ネタバレ》 人間の抱える矛盾、屈折した心理を巧みに描いている。主要な登場人物のほぼ全員が何らかの葛藤を抱え、それが歪んだ形で行動に現れている。同性愛者である自分を認められず相棒に娼婦を抱かせるキリル、流産した子どもの代替として行きずりの赤ん坊に執着するアンナ、覆面捜査官の域を逸脱した行為に出るニコライ――。 とりわけセミヨンの抱える矛盾は深刻だ。息子への憎悪と愛情、組織の秩序の尊重とエゴイズム、異国の少女を家畜扱いする一方で身内の娘を「天使」という。組織の規則を破ってまで息子を救おうとしたにも関わらず、最後にはその息子の手で幼い娘を殺させようとする。自己矛盾を統制しきれずに単純にエゴイスティックな行動に出た結果が、ついには破滅を呼ぶ。 ニコライが覆面捜査官になった理由は何だろうか。おそらくは最初から、正義感の裏側に自分でも認めたくない悪への憧憬があったことだろう。アンナに告げる「さよなら」の言葉が、彼のその後の選択を示している。 こうした矛盾、屈折にこそ人間が人間であることの苦しみがある。それは往々にして、悪が生まれる隙でもある。ラストで繰り返される少女の独白は、人が抱える闇の深さを物語っているかのようだ。 [DVD(字幕)] 9点(2008-12-13 15:22:28)(良:3票) |
2. インランド・エンパイア
《ネタバレ》 熱にうなされているときの、長く不快な夢のような時間だった。とにかく意味不明。秩序だった物語なしに、断片的なイメージの集積だけで一人の女性を表現しようとしたのではないかと思う――たぶん。なんとなく『リング』に出てくる呪いのビデオを思い出した。 デヴィッド・リンチの暗い精神世界に際限なく沈み込んでいくようで、不安を掻き立てられる一方で不思議と惹きつけられるものもあった。気持ちの悪い、しかしある種の美しさも備えている、洗練された悪夢。リンチはこと人の神経を苛む技術にかけては天才的だ。 正直集中力を保つのに苦労することもあったが、ひとつひとつの映像のクオリティが高いのでなんとか観ていられた。割と眠かったのに、観終えると妙な満足感がある。強烈な個性を持った作品で、はっきり言って楽しめる人の方が少ないだろう。こんな実験作を作って許されるのは大学の映画サークルの一年生か、巨匠だけだ。気安くおすすめはできないけれど、個人的にはそこそこ面白かった。 [DVD(字幕)] 7点(2008-12-10 09:13:12)(良:1票) |
3. イザベル・アジャーニの惑い
ウザすぎるこの二人……と思いつつも最後まで鑑賞。 映像や演出に関しては全然文句のつけようがなく、美しい映画だと思う。そういった面に関しては好きといってもいいくらいだ。でも話としては、二人ともマジうぜえ、しかなかった。「何やってんだよ」「嘘ばっかり…」「そりゃそーだ」「え、え~?」などなど、ぶつくさ突っ込みながら観た。 インタビューではエレノールは情熱的な女性として演じたみたいな話だったけど、自分の事情だけで動いてるから周囲と軋轢を起こしているだけじゃないだろうか。たまに思い切った決断――端的にいえばバカをやるだけで、「情熱的」というのとはちょっと違う。アドルフに関してはもう、理解不能。捨てるなら捨てるではっきりしろよ、もう。 勝手にやってろ、と思った。「エゴとエゴのシーソーゲーム」ってのはミスチルの歌の詞だったっけか。 [DVD(字幕)] 6点(2007-11-18 01:50:44) |
4. 硫黄島からの手紙
とてもよくできていたけれど、不満な点が二つ。 第一に、硫黄島戦の史実に比べると、あまりにも描写が生ぬるいということ。少し知識のある人であれば、現実の戦いの方が遥かに悲惨であったことがわかるはず。何もドキュメンタリーにしろといっているわけではないし、残虐シーン目白押しにすべきだとは思わないけれど、ここまで省略されると「なかったことにされている」印象を受ける。 米兵が日本兵に何をしたのか、軽く説明するか、少なくとも暗示するくらいはしてもよかっただろう。ノンフィクションであっても主観的編集が過ぎればフィクションになるように、ここまで省略してしまうと、もはや史実を元にしたファンタジーといわれても仕方がない。それに米兵による大量虐殺は省略する割りに日本兵の自決はあからさまに描写する辺り、どうかなあと思う。 第二に、日本人を客観的に描いているように見えて、実はそうでもないということ。主要登場人物はみんな当時の政治的風潮とは距離を持った人ばかりで、一部にはまともな人間もいたけれど、大本営はあくまでも悪であり、狂信国家であったというふうに描写される。 栗林中将、西郷やバロン西というアメリカ人にとって理解しやすい人物ばかりを配置し、脇役の清水ですら犠牲者として語られるけれども、実際には当時の国策に同調した人々の方が多数派だったはずだ。天皇万歳を叫んで自決したような兵士を人間として描写するのが本筋ではないのか。これでは日本人が相対化されているとは言い切れない。 総じて、これはやはり「アメリカ人のための映画」なんだと感じられた。映画自体の完成度は高く、こめられたメッセージが的外れだとは思わないから8点を付ける。しかしこれでは限りなく絵空事に近いフィクションでしかなく、硫黄島に材を取る必要はなかったと思う。これがイーストウッド監督が述べたように「邦画」であるとは思わない。ところどころで日本語の台詞が日本人にも聞き取りにくいのはささやかな欠点のようでいて、作品の本質を端的に表している。 [DVD(字幕)] 8点(2007-10-27 01:13:53)(良:4票) |
5. インファナル・アフェア 終極無間
《ネタバレ》 恥ずかしながらクライマックスに至ってもしばし意味がわからず、「へ?」という感じだった。まあ考えればなんてことないのだが、少し不親切な気がした。サプライズを優先するあまり、主人公の心理描写を怠っている。最後の言動が唐突な印象。サプライズも新味がなく、びっくりするよりもまず「こいつも潜入捜査官かよ」と呆れてしまった。警察もマフィアもあまりにもスパイに頼りすぎ。他にネタがないのだろうか。ヨンが死んでもあまり哀しみが湧かないというのもどうかと思う。やっぱりどんでん返しを弱めてでも人間ドラマに集中すべきだったんじゃないかなあ。 [DVD(字幕)] 6点(2005-12-28 02:29:15) |
6. インファナル・アフェア 無間序曲
《ネタバレ》 悪党であるはずの人間がほんの一瞬だけ垣間見せる人間らしさ、あるいは善良であるはずの人間が魔が差したばかりに犯す取り返しのつかない罪。善と悪、どちらに転んでもおかしくない人間の性が上手に描き出されている。とくに死の間際のハウの表情には心を動かされずに入られなかった。心から信頼していた弟の裏切りに気づいた瞬間、彼の胸にはどんな思いが去来したのだろう? ただし、サムについては役者の選出に失敗しているように思える。深刻なシーンでも、いまいち役者がブサイクすぎるというか、犯罪組織の頭が持ってしかるべき迫力というものがなく、入り込めない。 ハウが四人を組織に引き込むシーンや、四人を粛清するシーンには迫力があった。後者はあきらかに『ゴッドファーザー』に似ているが、それでもなお魅せる。映像のセンスが現代的で洗練されている。 しかし疑問が一つ。サムによって兄を追い詰められたヤンが、どうしてサムの仲間になれて、しかも後々絶大な信頼を得るようになったんだろうか。ハウの遺骸に泣いてすがっていた男を、ハウの一族を皆殺しにしたサムが信じるか? 復讐されてもおかしくないんだから殺しておくのが当然では? [DVD(字幕)] 8点(2005-10-26 00:06:24) |
7. インファナル・アフェア
《ネタバレ》 欠点は多い。でもそれを補って余りある脚本の素晴らしさ。 あえて描写されなかったエレベーター内の出来事、出てきてすぐの一言――「俺は警官だ」の言葉が重い。オープニングがフラッシュバックする「俺はああなりたい」の台詞。恋人に「善人か悪人かを知っているのは本人だけ」と言われていたけど、おそらく本人が一番混乱しているのではないだろうか。 マフィアをやめて警官の道を選びながらも、警官として胸を張って生きていくにはあまりにも汚れすぎている。けして胸を張って警官としての誇りを抱くことはできない。自分だったら自首してしまうだろうな、と思った。実はそのほうが楽なんじゃないだろうか。 (ところで作中でも「潜入は屋上好きだな」と揶揄されていたが、屋上のシーンが多い。密談も屋上、ゴルフも屋上、殺し合いも屋上、ラストシーンの葬式まで屋上。監督は屋上好きだな。空の絵が印象に残る映画だった) [DVD(字幕)] 7点(2005-06-07 17:15:53) |