3161. 神に選ばれし無敵の男
とりあえず、ヘルツォークの新しい作品が観られる、という事に関してだけでも感謝しちゃう(何となくだけど)。どうせ、いわゆる「出来のいい」映画なんて期待してないし、もうお好きにしてチョーダイ、お好きに観ますから、ってな感じ。しかしヘルツォーク作品という事を意識し過ぎると、やや肩すかしかも。本作では「人間と自然の対立」という構図は希薄ですからね。確かに、主人公の筋肉ムキムキ男(実にエエ体しとるのう)の朴訥とした姿からは、何か「続 カスパー・ハウザーの謎」と呼びたくなる雰囲気も無くは無いんですけどね。如何せん、ユダヤ人という背景を持った彼、もはや、カスパーのごとき完全な自然児ではあり得ない。そうであるにはあまりにも背負うものが大き過ぎるから。冒頭、主人公と弟は村人にからかわれ、排斥される。が、カスパーとの違いは、彼の持つ怪力によって人々の中に溶け込んでいく点(ところで、この朴訥とした兄と理知的な弟の関係、これはバカボンとハジメちゃんの関係をも彷佛とさせます。赤塚不二夫の影響がこんなところにまで及んでいるとは。笑)。しかし結局はナチスとユダヤ、という壁が立ちはだかり、これを彼は超えることができない。両者の間に彷徨うハヌッセンの不思議な存在感。そして皆、歴史の狭間にひっそりと消えていく。この映画のラストはスゴイ。当時の政情の不気味な雲行きを暗示するような、いたたまれぬ程の不安。見事なラストに、ゾクッとしました。ところで本作で聴くベートーベンのピアノ協奏曲第三番、実際よりイイ曲に聴こえますなあ(←コラコラ、何ちゅうことを)。 8点(2004-11-06 00:59:25) |
3162. トーク・トゥ・ハー
《ネタバレ》 映画最初の方のオネーさんによる闘牛シーン、ウシとじゃれ合ってるだけに見えてしまい、ちょっとヤバいかも?と思ってしまいました。でも中盤の、オネーさん(の人形)をウシが突っつくところは、なかなかよかったヨ(笑)。それは冗談にしても、映像的に、ファンタジックな部分が(ストーリーの重苦しさを軽減する働きはあるにしても)、ちょっと妥協っぽくて気にはなりましたね。ところで。「レイプ犯はだれか?」これが鑑賞者に与えられた問題である。手掛かりはすべて与えられた。犯人は誰か? ←エラリー・クイーンじゃないっての。ちなみに私はワカリマセン悪しからず。マルコは「ベニグノは無実だ」と言っていたなあ。そうそう、ベニグノは看護の際に彼女の裸を何度も目にするし、体も触りまくり。なのに、どうやら欲情してる気配は無さそう(いや・・・ちょっとあったな)。彼女の裸体を他人の目から隠そうと躍起になったりもしない。彼の彼女への愛情は、彼女に話しかける事で示される(映画のタイトル通り)。むむむ。そういや彼女と結婚したいと彼が発言した時には、すでに彼は彼女の妊娠を知っていた。もしや「彼女が誰かにレイプされた事を隠すため」に、「結婚したい」と言い出したのではないかい??より端的に言えば、彼女を「庇う」ために。ふむ。多分結論は出ませんが(笑)。まあ何にせよ、世間から見れば、「歪んだ愛情」には違いない(でも決して、彼は彼女のために自分を犠牲にしたという訳でもない)。結局2人の人生は互いの生死の転換点においてクロスし、重なりあう事は無かった。世の中、「愛される事」なーんてのは幻想で、「愛する事」しか無いんだよ、きっと。ただそれだけで人と人は繋がりあってるんだよ。うん。 7点(2004-11-05 00:58:30) |
3163. フレディVSジェイソン
ビッグネーム同士の夢の対決。↓すでに皆さんが色んな対決になぞらえてるので、書く事無くなっちゃったよん。えーと。やはりこの、ノーレフェリーのグダグダな死闘、でも観ててつい止められなくなるあたりは、「アントニオ猪木対マサ斎藤の巌流島決戦」ってとこではないですかね(2人とも不死身である点まで同じだ)。今回の勝負は、ホーム&アウェー方式の2番勝負、ってな趣向で、「夢の中」と「クリスタル・レイク」でそれぞれ戦う訳ですが、まーこの二人、ホームでは強いが、アウェイではからきしダメ。ウチ弁慶とはこの事か。それでも実は見ごたえあったりするから、さすがです。脚本は、なるほど確かに練られてます。でも練り過ぎてトロトロになっちゃった。細かい描写はジャンジャンすッ飛ばして話が進んでいくんですが、性急過ぎてゴチャゴチャした感じ、どうもまとまりません(リズム感が欠除してます)。でもフレさんとジェイさんをうまくチャンポンに登場させ、なかなかうまくバランスが保たれてはいます。バトルだって悪くないですよ、コレ。互いに相手の持ち味を引き出し、相手の技を受けきり、最後には自分が勝つ・・・これはもう「名勝負数え歌」に入れてよいでしょう(←それ何?)。そうそう!脚本にも素晴らしい点が。それはあの、最後折り畳まれてしまうチョー無神経男の存在。こんな無神経、見た事ないよ。実にスバラシイ。こういう出来過ぎた無神経からやっつけていただくと、映画観てても心が痛みません。はっはっは。一種のパロディでありまた一種の免罪符ですな。では最後に問題。『フレディVSジェイソン』『エイリアンVS.プレデター』、この中で実在しないプロレスラーはどれ?(笑) 6点(2004-11-03 10:55:09) |
3164. かれらに音楽を
《ネタバレ》 主人公はとある悪ガキ。カツアゲその他、悪事に余念の無い毎日。だが偶然拾ったチケットが彼の運命を変える。マジックショーか何かと思い、足を運んでみれば、そこに現れたるは、おおー、20世紀演奏史に燦然と君臨する名バイオリニスト、かのヤッシャ・ハイフェッツその人ではないですか。本物だよ本物。と私が興奮してどうするの。サン・サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソの演奏が始まる。演奏が続く。まだ続く。あーあ。最後までフル演奏しちゃったよ(『ロッキー』ですら試合のシーンは端折ってるのに)。しかし悪ガキの目は輝きだす。演奏会後、ボー然と歩く悪ガキ(うんうん。私も経験あるよ)。悪ガキはバイオリンを買って帰り早速練習。お。弾けるやんか。実は亡父に教えてもらった経験があったのさ。しかし義父が登場、楽器を取り上げられ大喧嘩、ついに悪ガキは家出。ナケナシの金で買ったホットドッグを路傍でパクついてると、一匹の野良犬が。悪ガキは犬にホットドッグを分けてやる。オイオイ、犬がホットドッグを食べるなんて、共食いじゃないか(←違います)。と、やおら犬が一軒の家に飛び込む。悪ガキも入っていくと、そこは偶然にも音楽学校。さらに都合良く、悪ガキには絶対音感がある事が発覚。晴れて音楽学校の生徒に(・・・いいのか?)。校長役は曲者W・ブレナン。実にいい味出てます。音楽学校では悪ガキの逆カツアゲ等、どうでもいい挿話も挟まりますが、もっと大きな問題が。実は音楽学校は借金で火の車。てな訳で、あとはミュージックオブハートと大差ありません。音楽会を開いてハイフェッツに来てもらおう、ってな展開。はいメデタシメデタシ。いやいや、本作の方がドタバタしてまとまりが無くて面白いです(笑)。巨匠のバイオリン盗難事件やら、オバチャン軍団と警官隊の睨み合いやら、見どころ盛り沢山。ま、最後は巨匠が本当に音楽会に来てくれるんですが、曲目がメンデルスゾーンのホ短調Vn協奏曲に突然差し換えられるのにスラスラ演奏してしまう子供オーケストラ。器用過ぎるゾ。ま、とにかく、ハイフェッツの演奏シーンでは、ヴィルトゥオーゾの指捌きを究極までアップで拝める貴重な機会となっています。これだけでも必見です。ま、これを除くと実は大した映画ではないかも知れませんけどね(あと個人的には、子供トランペット奏者が「歯が抜けちゃった」って言う場面がホノボノしてて好きですね)。 9点(2004-11-03 01:35:34) |
3165. フォーン・ブース
B級映画界のカリスマ、ラリー・コーエンが脚本を書いてるのにA級(?)とはコレいかに、という映画。かな? 邦題に不満がある、と別映画のレビューで書いてしまいましたが、ウソです(笑)。かつて流行った2画面TVを思わせる画面構成をフンダンに採用。ナイターの試合展開は気になるがバラエティ番組も観たいという人にうってつけのアレです。でもこの手法って、前例があるとは言え、多分、最終手段だよなナア。できればこういうコトしないで、どこまで多層性を表現できるか、が勝負という気もします。まあ映画の可能性を開拓するためには、こういう挑戦も必要なのでしょう(成功であれ失敗であれ)。確かに、時間当たりの映画の密度が高まっていることで、スピード感をアップする効果は上げているようです。映画はほとんどコリン・ファレルの一人芝居、日本の役者なら、イッセー尾形が最適か。先の読めないサスペンス感覚、この落ち着かなさに煽り立てられ、ラストまでグイグイもって行かれます。が、観終わって、ハテ、のめり込んで観た割には、ちと物足りないな。何かこう、展開に必然性が無いというか、行き当たりばったりな感じが。本当に面白いとつくづく思える映画って、「もう一度同じ事件が起こっても、(結局は同じ偶然が重なって)また同じ展開になるんじゃないか?」という、何やらのっぴきならない印象があるんですけどね。この映画は、そんな感じがしない。もう一度同じ事件が起こっても絶対違う展開になりそうな気がしますね。要するに「思いつきと勢いで脚本書いちゃった」っぽい感じですね。それもまあ一種のリアリティ(日常臭さ)の演出なのかも知れませんがね。 7点(2004-10-31 01:34:48) |
3166. 28日後...
コレはまあ、何に似ているかというと、やっぱし『バイオ・インフェルノ』ですね。病気に感染したらゾンビーみたいになっちゃうっつーあたり。本作は、ゾンビーそのものでは無いとは言え、ゾンビー指数はかなり高く、ゾンビー好きには格好の贈り物、ゾンビーポイント加算で高得点間違いなし。一方、映画の流れとしては、近未来を舞台としたロードムービー風。ちょいと『ラスト・カーチェイス』なども思い起こさせます(変な映画ばかり例に挙げてスミマセン)。無人と化したロンドンの街、この終末感溢れる幻想的な映像はまさに圧倒的で、強烈なインパクトを持ち、強固な映画の軸となっています。そしてそこに絡みつく、意表をついたストーリー展開。例えば---感染者に追いかけられて階段を駆け上がると、そこに待ち受ける機動隊員風の謎の人物---うぉー何だ何だこの先どうなるんだあ、と思わずにはいられない、意表のつき方。後ろからは俊足のゾンビーが追いかけてくるし、前には得体の知れぬ展開が待ち構えているしで、映画の推進力には事欠きません。しかしですね、この映画。音楽の使い方ばかりはどうも納得いきませぬ。グノー「アヴェ・マリア」やフォーレ「レクイエム」の「In Paradisum」の挿入の何ともハンパなミスマッチぶりが、どうにもこうにもジンマシン。映画のオドロオドロしさとは敢えて対照的な選曲をぶつけてきたのでしょうが、あまりにもベタベタで感傷的、意表を突くには程遠く、むしろ気恥ずかしくなっちゃう(しかし、炎上するマンチェスターを前にして流れるのがIn Paradisum(楽園にて)というのも、スゴイと言えば言えなくもないナ)。ところで、あのオヤジさんの最期、あれがいわゆる「二階から目薬」というやつでしょうか?(←違います)。 8点(2004-10-31 00:43:08) |
3167. デモンズ’95
主演は何とルパート・エヴェレット! ルパ様、アンタこんなところで何やってるの!? え~と、例によって例のごとく『デモンズ』とは直接は関係ない映画ですが、それでも間接的には、デモンズと無関係とは言えないでしょう(超拡大解釈)。『デモンズ』は兎にも角にも、驚嘆すべき見事な作品でした。悪魔のイメージを重ねられたゾンビが映画館を所狭しと跳梁する、独特のスピード感。しかもその背景には、都市生活における人間存在の不安という、哲学的命題が描きこまれている・・・(と僕は思っている)。それにしてもゾンビというモンスターも罪な存在だ。死者が生者を侵食し増殖していくという無目的かつ無制限の、不気味極まるその存在。ホラー映画の題材としては魅力が尽きない。しかし『デモンズ』ほどの作品の後、どんなゾンビものを撮ればいい? といって、ゾンビの魅力に抗えない以上、ゾンビものは撮り続けられる。本作では最早、死者が蘇る理由なんてもうどうでもよい、ソアヴィ監督も、死者が蘇る「事実」をアプリオリに受け入れ、ルパ様も慌てず騒がず、「面倒臭そうに」ゾンビを退治し続ける。最早、そこから映画を始めるしかないのだ。そして生者と死者が戯れ続けた挙句、とうとう、生者側において存在感のなくなったルパ様は死者側へと足を踏み入れる。だからと言って何が起こるわけでもない(せいぜい、退治すべき対象が「死者」から「生者」へと代わった程度(!)に過ぎない)。うん、確かにこの点では本作にインパクトがやや欠けている事は否めない。だがしかし。「デモンズ映画(←邦題)」もまたこうして、ゾンビのごとく無目的に増殖していくのだ。 6点(2004-10-24 01:32:14) |
3168. 四谷怪談(1959)
《ネタバレ》 え~四谷怪談って、こんな話だっけか~?という映画。何しろ、登場するのは「善いイエモン」(とは言えやっぱり結構ワルいけど)。こういうイエモン役だから長谷川一夫なのか、それとも長谷川一夫を呼んでしまったから仕方なくこういうイエモンになってしまったのか? まあとりあえずは四谷怪談らしくお話は進みます。それにしても、お岩さんには映画の最初からすでに生気がありません、すでに生前からユーレイみたい。出世欲の無い伊右衛門をなじる父との会話、父「岩も肩身が狭かろう」、お岩「いえ私は」、父「お前は黙っておれ」。う~む自分で話を振ったくせに、だいぶ理不尽だ。お岩さんの幸薄さをすでに感じさせます。でまあ、いい感じに不幸への階段を滑り落ちていって、ついに恒例の変身(?)シーンへ。ここがもっとも切なくもコワい見せ場、と思いきや、わりとアッサリ目の描写(でもちょっとコワいよ~ん)。問題は、伊右衛門は陰謀に加担しておらず、むしろ騙される側、被害者であるという点。だもんで、クライマックスは、陰謀を知った伊右衛門が悪党どもを叩き斬っていくという展開へ。うひょ~これじゃあ、恐怖映画じゃなくてチャンバラ映画だよ。というわけで、なかなか意外な展開が楽しめるのですが、その分、焦点がボケてしまっていささか即物的、深みへと掘り下げることには必ずしも成功していない気が。可もあれば不可もあり、ってとこでしょうか。 6点(2004-10-24 00:52:12) |
3169. ゴースト/血のシャワー
世間では普通、『ゴースト』と言えばパトリック・スウェイジとデミ・ムーアがいちゃいちゃする映画の事を指すようですね。しかし私は毅然としてこう言う。「『ゴースト』だけでは、『ニューヨークの幻』の事なのか、『血のシャワー』の事なのか、わからないではないか!」。いやいや普通はわかるっての。昔、水曜スペシャルだか木曜スペシャルだかで、よく恐怖映画特集やってて、この映画なんかも紹介されておりました。子供心にめちゃくちゃ怖かったですね。でもそれはショッキングシーンばかりまとめて見せてくれるからで、後に全編観てみたら。はっはっは。こんなもんでしたか。いや。一応怖いです。ぶるぶる。ジョージ・ケネディの顔が一番怖い(←生まれつきだっての)。1つのエピソードに過ぎない「血のシャワー」シーンをサブタイトルに持ってくる厚かましさがスバラシイです。これにならえば他の映画も『エクソシスト/首の回る少女』とか『オーメン/避雷針串刺し』とか、色々サブタイトル付けられそうですな。まあ確かに、この映画観たらしばらくはシャワー浴びてる最中、「今、目を開けたらもしや!」なんて想像して怖かったですね。ずいぶん昔の話ですけどね。へへへ。全体的に見ると、シマリの無い映画、という気はしますね。 6点(2004-10-17 11:16:39)(笑:3票) |
3170. スティング
《ネタバレ》 私もこの映画、「大好き」です。ですが、どのくらい好きか、なんてことを競おうとすると、某レビュワーさんの思い入れには到底太刀打ちできそうにないので、ここは潔く引き下がりましょう(何て素直なんだ)。子供の頃TVで初めて観たその翌日、叔父と交わした会話、「昨日『スティング』観たで!」「あれは面白かったやろ」「ウン!!」なんてのを思い出します。この映画を象徴するシーンは、ポール・ニューマンがトランプ詐欺に先立って、見事な手捌きでカードトリックを実演してみせるシーンでしょう。カメラが手元しか映さないので「どうせプロの手品師がこのシーンだけ吹き替えで演じてるんだろ」と思って観てると、いきなりカメラがスッと上を向き、そこに映った顔は紛れも無いポール・ニューマン本人。まさに「ヤラレタ」。ここで彼が見せる「ニヤリ」は、映画の中の役としての「ニヤリ」だけではなく、彼本人の、してやったりの「ニヤリ」。そしてジョージ・ロイ・ヒル監督もまた我々に向って「ニヤリ」としているのが感じられます。こんなイタズラ心に満ちた、この上もなく楽しい映画であります。 10点(2004-10-17 01:16:53)(良:2票) |
3171. ガンダーラ
「ガンダーラ」と聞いて普通思い浮かぶのはゴダイゴですが、もちろん関係ありません。残念。楽園ガンダーラの人々と、機械人間(?)メタルマンの闘争を描くアニメ。と言えば何だか面白そうですが、よくもここまで娯楽色の無いアニメを作ったもんです(この題材で映画を作りゃ、よほど気をつけて作らないと多かれ少なかれオモシロイ映画になってしまいそうなもんですが)。という訳で、このアニメは、「詩情」や「幻想性」に味わいがあるのでしょうが・・・何かヘンですよ、やっぱり。唐突に出てくる恐竜(?)もヘンテコだし(何のために出てきたの?)、畸形人たちの造形も何となくフツーの発想(あ、あの腹芸みたいなオジサンは、何となく好きだなあ)。敵の首領に促されて1000年の眠りにつく主人公。意味はワカランながらも、何だか壮大な話でいいゾ、などと思わんでもないのだが、いかんせん、その壮大さを映像が支えておらず、やっぱりピンと来ない。淡々とした語り口が、ここでは裏目に出てるように思えます。最後にひとこと。「なんでこんなパッとしないヤツが主人公やねん!」←これは誉め言葉です。念のため。 6点(2004-10-17 00:38:26) |
3172. SF巨大生物の島
《ネタバレ》 この映画、子供の頃はどうしても好きになれなかったんですよ。私にとってこの映画は『「ニセ」巨大生物の島』。そう、当時の私にとっては、巨大ネズミが襲ってくるアノ迷作映画こそが真の『巨大生物の島』。そりゃま、特撮の出来は後者に圧倒的に分が無いけど、緊迫感では後者の方が上(あくまで映像のヒドさに目をつぶれば、ですが。でもウルトラマンなどを観て育った関係上、ミニチュア撮影って意外と抵抗ないんだなあ、これが)。本作『SF巨大~』の方が先に製作されてるのにニセモノ呼ばわりするのも変ですけどね。この映画、何だか冒頭からあわただしい割には、中盤、ストーリーと言えるものがほとんどなく、たまに巨大生物が現れては大騒ぎするだけ。緊迫感に欠け、後半に至っては巨大生物などそっちのけになってます(別に巨大生物など出て来なくても成立しちゃうオハナシのような気も)。長々と無人島で生活しているくせに何だか皆コザッパリしてるし、中には髪型ビシッとキメてる奴までいる。変です。しまいにゃネモ船長が登場、しかし巨大な貝を背負ったオマヌケな格好で何やら偉そうなこと言ってるのが、観てて薄ら寒い。とにかく、全体的に変です。でまあ結局、巨大生物は実は食糧難解決の切り札、だそうなんですが、最後に出てくるあのミョウチクリンな軟体動物、あれも喰えるのか?あれはアンモナイトか?オウム貝か?それともあの目つきは宇宙怪獣バイラスか?いや責めてるわけではないですよ。ああいうのが観たいんです(笑)。要するにね、例えばカニをそのままストップモーションで動かしても、あんまし面白くないんだなあ。ハリーハウゼンの魅力って、まずはモンスターの造形だと思うんですよ、そしてその奇妙なモンスターがストップモーションによって命を吹き込まれる驚き。この点ではやはりシンドバッドシリーズに肩入れしちゃう。本作でも中盤の巨大鳥(ディアトリマ?)なんかは結構好きですね。そんな訳で、昔よりは愛着の沸いてきた映画ではあるものの、色々と残念な部分もあるように感じられます。 6点(2004-09-19 01:33:51) |
3173. 若者のすべて
青春モノを重厚に撮ってみたら、こんなのになっちゃったよ~ん、という映画。重厚である。アラン・ドロンがあまりにもキレイな顔なもんで、ボクサーに見えないのは、気にならなくもないのですが。最初はまあ、「若者のすべて 全部見せます裏のウラ」との邦題の通り(すみません、一部勝手に変えてしまいました)、ある貧しいイタリア南部出身の一家をリアルに描いた作品、といった感じだったのですが、だんだんエライ展開に。凄まじいまでの愛憎劇が繰り広げられていきます。ボクシングの試合と、殺人の光景が、同時並行で描かれるシーンは圧巻。そして最後に残る徒労感。これもまたひとつの映画のコワさ、でしょう。 8点(2004-09-12 01:02:22) |
3174. 眠狂四郎 多情剣
すんません、どうもこの映画は何が言いたいのやら(って、別に何かが言いたくて本シリーズを作ってるとは思いませんけどね)。菊姫との再対決がテーマなので、細かい設定やら何やらすっとばしてテンポよく進みます。とにかく、「犬も歩けば棒にあたる」式に、狂四郎が歩けばとりあえず刺客が襲ってくる。だもんで、全体を通して振り返ると、何だか襲われ襲われの繰り返しで映画がいつの間にやら始まっていつの間にやら終わってしまった印象。う~、も少しメリハリが欲しい。ところで超プレイボーイの狂四郎だが、意外な弱点が。いやあ、まさかあんなブサイクな少女に弱かったとは。意外意外。冒頭、風俗店の呼び込みに敢え無く引っかかる狂四郎(たまたまその風俗店が目的地だったから良かったが)。そこで出会った少女を助け出すこの優しさ。なんでこの娘にはこんなに優しいのか。解せん。中盤のシーンのところどころでは、いつもの「狂四郎メイク」をし忘れてるんじゃなかろうか、と思えてしまうほど、優しい表情が垣間見える。そこに狂四郎の深い人間性を認めることができるのである(←大袈裟だっての)。いやあ、それにしてもこんなハッピーエンドでいいのだろうか? 素直にハッピーエンドを喜べない自分が、そこにいる。 5点(2004-09-12 00:28:21) |
3175. NAGISA なぎさ
「昭和」の匂いが希薄なのが、どうしても残念に思えてしまいます。やっぱりどうしても期待しちゃうんですよね、映画全体から懐かしい雰囲気が滲み出て、自然に「昭和」を感じさせてくれるのを。でもここでは、『恋のバカンス』その他でちょろちょろっと「昭和風味」に味付けしただけで、その味が映画の中まで染み込んでない感じ。それこそ、どっかのさびれた観光地の観光パンフの写真なんかの方が、よほど見事に「昭和」が炸裂してたりします(←単に写真を差し替えてないだけですね。ははは)。それに、ここに出てくる子供はみんな一人っ子みたいなんですが、これもピンと来ない原因のひとつ。という訳で、むしろ「今」の匂いを感じちゃうんですね。ストーリーの方も、何だか甘いというか、主人公の少女の成長を描くのはいいのですが、あんまり安直に「成長」しちゃうと、少女の個性自体が見えなくなってしまう。「個性」がはっきり示されてこそ、「変化」に重みが出ると思うのですが・・・。少年とのエピソードの展開も何だか予想通りすぎて逆にしっくりこない。とまあ、あれこれケチつけたわりには、実はこの映画を何とか誉めたい気持ちもあるんですけどね。賑やかな海水浴場でのバイト生活と、ひと気の無い波打ち際での少年との密会生活(?)、など、少女は、大人への成長過程で次第にいくつかの生活ステージを並行して持つようになっていきます。それが映画でもうまく並行して描かれるのが、何だか心地よいのです。少女のボクトツとした好演も良(一応あれは好演なんだよっ!と言い切る)。そしてラストシーンの印象的なこと、これは特筆すべきでしょう。 6点(2004-09-12 00:05:11) |
3176. ファイナルファンタジー
いやあ、スゴイですね。観ててついCGであることを忘れてしまうこのリアルな動き。労作です。ビックリです。どうだ、CGでここまでできるんだ、という鼻息の荒さが感じられます。でもフルCGでなきゃ表現できないものとは思えず、何だか技術を自慢げに長々と見せつけられてるだけの気も。むしろ、生身の人間が演じていない分、やはり人間らしい深みには欠けてますね。アニメならこんなもんかもしれないが、動きがリアルすぎるもんで、比較対象がアニメではなく、実写映画になってしまう。やはり実写にはかなわない・・・いやいや、ちょっと待てよ、そうかな?イマドキの映画も、結構、この程度の演技力で成り立ってるのはナンボでもありそうな気がしてきた。役者の皆さん、せめてCGに負けないように頑張りましょう。ところで、フルCGでこれだけの描写ができるんだったら、次回はせめてもうちょっとマトモなストーリーで映画を作って下さいな。設定ばかり大仰で、ストーリーが正直言って驚くほど面白くないです。「CG役者」の演技力の欠除が、緊迫感をさらに無くしてしまってます。 5点(2004-09-05 00:34:23) |
3177. ボディ・スナッチャーズ
三度も映画化されたんだから、この原作は世界名作文学全集にでも入れてあげるとよい。でもこんなハナシを何でまたこんな頻度で映画化? と思ったら、ふむ、肝心の「眠ったらすり代わられる過程」をようやく、ちゃんと描いてくれているではないか。三作の中では観てて一番納得の行く作品かもしれない。作品のオモシロさとはまた別の話ですが。後半どうもグダグダでしたね~。↓ところで皆さん、見どころはガブリエル・アンウォーなんですかね。私はどっちかっていうと、珍しく狼狽の表情を見せるフォレスト・ウィテカーとか(彼は超然とした表情が似合うのに)、何だか老け込んだメグ・ティリーとか、どうでもいい事が印象に残ってしまいました。メグ・ティリーって何だか表情が見るからに幸薄そうなんですよね~(サイコ2の印象)。で、このたび敢えなく謎の生物にすり代わられてしまいまして、迷わず成仏してくれよ~、なんて思ってしまいました(大きなお世話)。 6点(2004-09-05 00:05:13) |
3178. ラスト サムライ
当初から「アメリカ先住民モノの映画の設定を日本に置き換えただけ」という批判はよく耳にしました。私が同じ事書いてもしょうがないので、違う事書きましょう。この映画は「逆・戦国自衛隊」です。前近代的な武器しか持たぬ武士達が、近代兵器と圧倒的兵力を有する官軍に戦いを挑む、この「戦国自衛隊」以上に絶望的なる悲壮感! この映画をただ「武士道」の映画とだけ捉えては、多くの矛盾点、考証の甘さばかりが目に付いて辟易するでしょう(そう捉えられて当然だし批判受けて当然、なんですけどね~確かに)。しかし、ここで描かれている悲壮感はもっと普遍的なもの。そう、ジョン・ウェインが描いた『アラモ』の攻防にもつながるもの(この映画も評判悪いんですけどね、トホホ・・・でも私は好きですよ、情熱が漲っているんだもの)。やはり感動をおぼえずにはいられませんでした。それに日本人である私がこの映画を一段上から見下して「米国人は武士道をわかっとらん!」などと言うのも何だか気が引けて。じゃあ私は、今の日本人は、武士道を理解しているのか?今の日本映画の何割に、本作よりマシな「日本」が描かれているのか?自信ないでしゅ~。本作に映し出された圓教寺の荘重さ、ここをロケ地に選びカメラに収めただけでも大したセンスだと思います。トム・クルーズの殺陣も充分見ごたえあるし(明日からチャンバラトリオにも入れますよ)、真田広之の存在感も忘れられない。彼の長身ではないが重心の定まった姿、そして立ち居振る舞いは、まさに「武士らしさ」を体現しており、存在自体が映画に張り詰めた空気をもたらしています。そして何と言っても「ボブ」役には、日本一の斬られ役、福本清三氏。氏の起用こそが(製作者の意図はともかく)結果的に、日本の時代劇への強烈なオマージュになっていると言えましょう。そう、ラストサムライとは、彼のことだ! さて、観てて少し気になった点、それはカメラのズームの多さ。日本家屋での撮影では多くなるのも当然かもしれないが、戦闘シーンも白兵戦の中にカメラが入り、とにかく被写体がカメラに近い。ロング・ショットがたまにしか入らず、うぉー、もっとロングで見せてくれ~って思っちゃう。でも多分、この「もっと観たい」と思わせてくれる事が、重要なんですね。観たいものを観たいだけ見せてくれるのが、幸せとは限らないのだから。ところで、あの「大村」って・・・大村益次郎? 8点(2004-09-04 23:36:03)(良:1票) |
3179. さらば愛しき女よ
先日のBS2の放送でようやく観る事ができました。フィリップ・マーロウって、原作では「一人称」なもんで、マーロウ自身の風貌のイメージが掴みにくいんですよね。いやあ、まさかこんなタレ目のオヤジだったとは。いやでもロバート・ミッチャム、これはこれでよいかもしれない。観ててちょっと気になったのが、マーロウの心の声を、独白としてナレーション風に入れちゃってる事。このせいで、なんだかマーロウがやたら饒舌なオジサンに感じられちゃう。でも酔いどれのごとき表情のR・ミッチャムなら、むしろ違和感がナイ! と言う訳で、本作が原作の雰囲気に忠実かというと、ちょっと疑問にも思えるのですが、決してそれば悪いものではなく、逆に言えば、原作と映画がそれぞれに楽しめる、とも申せましょう。原作との違いと言えば、そうそう、アムサーって女性だったのか~! いや、そんな事はどうでもよくて。映画化にあたっては、単純化するところは単純化し、盛り上げるところは原作以上に盛り上げ(特に後半、思い切ったアレンジですな)、それでいて、原作のセリフをしっかり映画の中にちりばめてみたりするサービスもあってニヤリ。「アン・リアードン」という重要キャラをばっさり切って、「トミー・レイ」なる人物のエピソードを軸のひとつに設定することで、よりハードボイルド色が強められています。上手いです。長い映画ではありませんが見ごたえありますね。あと、脇役出演のスタローン若き日の姿も要チェック。 8点(2004-08-28 00:34:44)(良:2票) |
3180. ラ・マンチャの男
歌詞がほとんどタワゴトばかりという恐るべきミュージカルですが(笑)。正直申しますとコレと言ってお気に入りのナンバーが見つからず、やや曲調に変化が乏しいような気もして、なんとなく「歌」がボリューム不足の感じ。ミュージカルシーンよりソフィア・ローレンのセクハラシーンの方が多かったのではないか、と思えるほど(ではないケド)。し、か、し。劇中劇のラスト、地味になったS・ローレンの姿に、なんとなく『ひまわり』を思い出しつつも、そのセリフには、ハッとさせられる。「ドン・キホーテ」から「キハナ」に戻った(正気に戻った)P・オトゥールに話しかけてるんだけど、まるで僕らに話し掛けてるようじゃないですか。「昔はもっとバカでもっとハジけてたのに、すっかり守りに入って、ゴリッパなオトナになっちゃってさ!」と言われているかのよう。うむ。ドン・キホーテみたいな生き方への憧れが、何となくよみがえってくるようだ。そう、「勝ち負けは関係ない、戦い続けること」。少し勇気が沸いて来た。 7点(2004-08-27 23:57:58)(良:1票) |