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鉄腕麗人さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 2598
性別 男性
ホームページ https://tkl21.com
年齢 43歳
メールアドレス tkl1121@gj8.so-net.ne.jp
自己紹介 「自分が好きな映画が、良い映画」だと思います。
映画の評価はあくまで主観的なもので、それ以上でもそれ以下でもないと思います。

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【製作年 : 2000年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
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541.  007/カジノ・ロワイヤル(2006) 《ネタバレ》 
「007」シリーズにそれほど愛着があるわけではないので、賛否両論の“新ボンド”ダニエル・クレイグが「ジェームズ・ボンドにふさわしい」かどうかは実際定かではないが、個人的な感想としてはかなり良かったんじゃないかと思う。  ジェームズ・ボンドが“007”になるまでの物語というだけあって、今作のジェームズ・ボンドはあらゆる意味で“未成熟”である。「殺しのライセンス」を貰ったばかりであるが故、任務に対する繊細さに欠け、過去のシリーズ作品でのボンドが常に携える絶対的な“余裕”が無い。いろいろな意味で不器用で、非常に“感情的”である。 そこにダニエル・クレイグという俳優の無骨でワイルドな風貌も加味され、今作のジェームズ・ボンドはまるで“ジェームズ・ボンドらくしない”。 冒頭のシーン、ターゲットを問答無用に追いかけ回す様に、英国諜報員007の紳士的なスタイルは微塵も無い。 たぶん多くの人が「こんなので007としてやっていけるのか?」と不安を感じずにはいられなかったことだろう。  が、そういう“未熟さ”とそこからの“成熟”こそ、今作が描く“ジェームズ・ボンド”であり、そのボンドを演じる俳優としてダニエル・クレイグという俳優はとてもふさわしかったと思う。 数々の名優が演じてきた映画史に残るスーパースターを演じることは、非常に困難なことだろうが、この俳優独特の「憂い」を携えた存在感は、新たなジェームズ・ボンド像としてふさわしく、今後の期待を存分に感じさせる。  「007」としての資質を問われ、敵の策にまんまとハマッて死にかけ、騙され、ボンドにとっては一種の「悲劇」とも言える結末を迎える。 が、ラストカット、「Bond,James Bond.」という言い放ったその姿は、まさに“ジェームズ・ボンド”そのものだった。 文字通り“新たに始まった”007シリーズに期待していきたい。
[DVD(字幕)] 8点(2007-05-27 23:15:20)
542.  パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド
もうこういう娯楽大作シリーズというものは、「好きな人はとことん面白い」、「嫌いな人はとことん面白くない」という二通りしかなく、どちらにしてもそれ以上のことは求められない。 クセっけたっぷりの海賊をジョニー・デップが心底に揚々と演じ、これでもかというほどに製作費をつぎ込んでつくり上げた「海賊世界」に没頭できるかそうでないか、詰まるところそれが全てだ。 そして、個人的には充分に“没頭できた”。それはとても幸福なことだろう。  前作はトリロジーの“つなぎ”的な性格もあったので、今ひとつ盛り上がりきれない部分もあったが、完結編である今作はもう本当に遠慮がなく仰々しすぎるほどにパワフルに創り上げられ……。  ……ああ、やはりこういう映画はもう言葉で評する意味などナンセンスだ。 3時間という時間を何も考えずに楽しむことができた。ほんとうにただそれだけのことだ。 
[映画館(字幕)] 8点(2007-05-27 18:15:31)
543.  パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト
ジョニー・デップは昔から大好きだし、なんだかんだ言ってもエンターテイメント大作は嫌いではない。加えて、ディズニーランドで一番好きなアトラクションは「カリブの海賊」だし、パート1も凄く面白かったと思う。 なのに、このパート2はなんだかなかなか観る気になれなくて、結局パート3を観る直前にやっと観ることになった。  まあ結局のところ“面白かった”とは思う。 特にストーリー性は無いし、前作にも増した映画全体の“ドタバタ感”(特にジョニデのそれ)は、やややり過ぎな印象を受けなくもなく、長い尺も手伝って間延びする感覚は否めない。が、それでも娯楽映画としてまとめ上げているところは、映画として一定の“質”を保っているからだと思う。  個人的には、娯楽映画シリーズ特有の「次作への余韻」に弱いので、ラストシーンでジェフリー・ラッシュが登場した時点で一気にパート3への期待は高まってしまった。  「スター・ウォーズ」や「ロード・オブ・ザ・リング」などに代表されることだが、もうこういう映画の場合、その世界自体が好きな人は問答無用に「OK」だろうし、別に何の愛着もない人にとっては圧倒的に「NG」になり得ると思う。
[DVD(字幕)] 7点(2007-05-26 11:58:07)(良:1票)
544.  ブラック・ダリア
ブライアン・デ・パルマ監督らしい作り込まれたフィルム・ノワールの映像世界に引き込まれる。  一人の女性の惨殺死体にまつわる数奇な運命たちが複雑に絡み合い、謎が謎を増幅させる展開力は、この監督ならではだろう。 が、同時に、「結局何だったのだろう?」という払拭されない“モヤモヤ感”が残るのも、デ・パルマ監督作品ならではで、ストーリー自体は理解できるが、映画として一抹の「消化不良」が残ってしまったことも事実ではある。 まあ、もはやそれすらも“味”としてしまえば、問題ではないと思ったりもする。  出演俳優がそれぞれしっかりしているので、彼らのやり取りだけでも結構見せる。 個人的に最近「良い」と思わされることが続いているのは、ジョシュ・ハートネットだ。甘い風貌に反した、こもった声とどこか屈折した感じが漂う存在感が、良い味を出し始めていると思う。そういった彼の特徴に合った役柄が続いていることも、彼の俳優としての存在価値を高めていると思う。  本当は昨夜(土曜の深夜)に観たかったのだが、眠たくて叶わず、結局日曜の寝起きに観てしまった。もちろん日曜の朝っぱらから観るような映画ではない。 晴れ渡る青空がイヤに眩しい。
[DVD(字幕)] 7点(2007-05-20 12:44:32)
545.  ストロベリーショートケイクス
鬱積する都会の雑踏の中で、もがくように、ひたすらに生きる4人の女性像。それは時にどこまでも痛々しく、時にどこまでもいとおしい。 いたずらに感情を込めず、淡々と彼女たちの“深い部分”を描き出した情感溢れる世界に胸が詰まる。  魚喃キリコの原作は素晴らしく、もちろんあの原作があってこそのこの映画なのだが、難しいとされる漫画の映画化をとても巧く、とても丁寧に成していると思う。 微妙な感情が渦巻く4人の女性を、それぞれの女優がとても巧く表現していて、そのことが何よりもこの映画の完成度を高めている。 池脇千鶴は惨めさの中に不思議な愛らしさを併せ持つ不器用な女を好演していたし、中村優子は切なく痛々しい二面性を持つ微妙な女性を、絶妙な表情と声のトーンで演じ分けていた。  実のところ、世に生きる幾多の女性たちの何がリアルで何が虚像なのかなんてことは分からないけど、少なくともこの映画の中の女性たちの苦悩や葛藤というものは、ありのままであり、それはあくまで創られた世界でのことだけれど、伝わってくるそれはほんとうの“声”だと思った。  彼女たちの苦しみは、完全に消え去ったわけでは決してないのだけれど、それでもラストシーンの浜辺でのそれぞれの微笑みには、深い安堵感を覚えた。 そういうことを、とても自然に観る者に与えることが出来ている、さりげなくも本当に良い映画だと思う。  こわれやすく、愛らしいショートケーキのように、けなげに、ひたすらに、すべての女性は生きていく。
[DVD(邦画)] 9点(2007-05-06 10:04:40)(良:1票)
546.  DEATH NOTE デスノート the Last name 《ネタバレ》 
様々な要素を巡り巡って結末を得た原作に対して、この映画版はどういう「結末」を迎えるのか。 正直なところ、この映画についての期待というか「興味」は、そこに集約されていたと思う。  好意的に見れば、原作のエピソードを巧く選りすぐって、ストーリーをまとめているということは感じた。原作で言えば、「L編」の終盤と「ニア編」の大部分をすっ飛ばしてラストのくだりだけを頂戴したという形だが、何とか破綻せずに繋がっていると思う。  “L派”としては、原作と違って「Lがキラを出し抜く」展開は少し嬉しかった。が、個人的には「見所」と言えるのはその部分しか無かったというのが正直な印象だ。  冒頭からどうにも気の抜けた演技と演出が、鈍く光り続ける。「前編」は、瀬戸朝香や香椎由などある程度の演技力を携えた女優がポイントを抑えていたのだが、今作のモデル上がりやらアイドル上がりやらの女優らの演技は“チープ”の範疇をとても抜けきれずに、辟易してしまう。そのせいにするのは酷だが、主演俳優二人の演技もなんだか大袈裟なだけに見えて、説得力を感じることができなかった。  原作とは違う展開を見せた終盤の顛末は面白味はあったが、細かく“L”やその他のキャラクター性などを考えると腑に落ちない点も多々あるし、盛り上がりにも大きく欠ける。  まあ元々、期待などはしていなかったのだけれど、「面白くはない」ということを覚悟しながら140分の長丁場に臨むのは、やはりしんどい。
[DVD(邦画)] 3点(2007-04-22 01:21:52)
547.  ブラッド・ダイヤモンド
血で染めつくされた広大な大地で、絶え間なく続く愚かしい紛争。見誤ってはならないのは、「愚か」なのは、争いを続ける当人たちではなく、その「大地」から遠く離れてまるで関係ないように生きる人々、詰まりは“無知”な(自分自身も含めた)世界中の人間たち、しいてはその「世界」そのものであるということを、認識しなければならない。  まるでドキュメンタリーを見ているかのように生々しく、あらゆる意味で力強い描写から、自分が「知らなかったこと」、「知っていたつもりでいたこと」が心に突き刺さるように伝わってくる。 娯楽アクション映画で“創造”された銃撃戦ではなく、今この瞬間も世界のどこかで確実に繰り広げられているだろう“現実”の銃撃戦の様(さま)に、言葉の形容があまりに無意味な衝撃を受けた。 そして、血と血の間で否応なしに生きる人々の“叫び”に無知で無力な自分は呆然とするしかなかった。  広大な大地の中で、たった一つのダイヤを巡り、主要人物3人のまったく違う意思と欲望と思惑が複雑に絡み、結びついていく展開が非常に巧い。そして、泥と血にまみれながらその3人を演じた俳優たちが、それぞれ本当に巧かった。 こういう役を演じさせるともう言葉の通り“脈々とした”絶対的な存在感を見せるジャイモン・フンスーは、圧倒的だった。 が、敢えてというかやはり素晴らしかったのは、レオナルド・ディカプリオだ。ハリウッドきってのスター俳優は、もはや“実力”の伴った「名優」になりつつあるのではないか。そう思えるほど、彼の演技には「巧い」ということ以上に、説得力と安心感を覚えた。  “ブラッド・ダイヤモンド”、血で染まったピンクのダイヤモンドが、世界にどのような「影響」を与えることができるのか。映画の最後にもあったが、その答えは、誰でもない世界の一人一人の意識の中にあるのだと思う。 世界は、事実を知らなければならない。世界は、世界を見なければならない。
[映画館(字幕)] 9点(2007-04-21 02:39:39)(良:2票)
548.  サンシャイン 2057 《ネタバレ》 
いわゆる「SF超大作」という娯楽大作にここのところ“当たり”が少なく、もはやネタ切れ状態なのか、“よくあるパターン”の作品が多い。 この「サンシャイン2057」にも、そういう不安はあった。真田広之が宇宙船の船長役で出演していることはとても興味深かったが。観ようか観まいかウロウロと悩みつつ、ふとポスターを見ると重要な要素を見落としていた。 「監督 ダニー・ボイル」。 さすがに一筋縄ではいかない作品に仕上がっていると思う。  脆弱化した太陽を再活性化するための決死のミッションに臨む多国籍編成の8人のクルー。ストーリーとしては何となくよくある感じもするが、出演陣の誰もが“主人公面”していないことが、この映画に用意されている“混沌”を暗示していた。 日本人としてはどうしても船長役の真田広之に注視してしまう。が、存在感と責任感のある日系船長に用意されるプロットはわりと容易に想像できるだろう。  「アルマゲドン」系の地球セービング映画でないことは、冒頭から地球でのシーンを廃し、密室の宇宙船内のみで展開されることからも明らか。映画はふとすればミッションの内容すら忘れてしまうほどに、クルーたちの“精神的”なサバイバルへと突入する。「使命」と「希望」、「生」と「死」の間で混乱していく人間模様に、主題である「太陽」に対する観念的な要素も入り混じり、殊更に映画は混沌としていく。  SF娯楽超大作を期待して観に行くと面食らってしまうことは間違いないが、宇宙での極限状態における人間たちのインサイドをさらけ出そうとした試みは面白かったと思う。 タイトルが示すとおり、ひたすらに太陽の熱に“焼かれる”映画である。
[映画館(字幕)] 7点(2007-04-15 17:33:51)(良:4票)
549.  東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(2007)
暗がりの中に照る“光”を前に、腰掛けていた体がどんどん沈んでいく。なぜか?泣きじゃくってしまって仕方がなかったからだ。 泣けて泣けて仕方がない映画はいくつかあるが、エンディングロールが流れても、映画館から出ても、油断すると涙が込み上げるどころかむせびそうになってしまう経験は初めてだと思う。 「泣ける」という触れ込みに、まんまと乗っかってしまっては世話ないが、何と言われようが泣けるものは仕方がないし、良いモノは良い。  冒頭のモノローグにもあるが、何か特別な物語というわけではない。節々で印象強いエピソードは盛り込まれるが、その大筋は、この国のどこにでもある普通の母子の小さな物語である。 九州の田舎町で母一人子一人で健気に暮らし、やがて息子は上京し、成功し、母親を郷里から呼び寄せる。悲哀に溢れているわけでも、特別な幸福感に溢れているわけでもない。同じような母子は、日本中にいるだろう。 あまりにストレートでオーソドックスな母子像。この物語が、日本中の涙をとどめる事を許さない要因は、まさにその“普遍さ”だろう。 母を持ち、子を持つ誰しもが、持つ感情と経験。そのまっすぐな姿を丁寧に丁寧に描き出す。どこまでも広がる“何気なさ”の中に溢れる情感がスバラシイ。  リリー・フランキーの自伝的小説から始まり、SPドラマ、連続ドラマ、舞台と社会現象と言えるほどにそのすそのを広げてきた「東京タワー」。今回の映画化作品以外はひとつも見ていないが、あえてこの映画「東京タワー」こそ最高の到達点だと断言したい。それくらいそのすべてが素晴らしかった。 もう言葉など必要ない。持参したポケットティッシュだけでは、とめどない涙にはとても足りなかったことが、すべてだ。
[映画館(邦画)] 10点(2007-04-15 16:58:22)
550.  アンフェア the movie
昨年放送されたテレビシリーズは、テレビドラマとしては異色ともいえるハードボイルドと、テレビ放映の特性を巧みに利用したサスペンスフルな展開に夢中にさせられた。 がしかし、(予想の範疇ではあったのだけれど)続編を一本の映画作品として仕立て上げるには、容量不足というか、お粗末な結果に終わってしまった。  「アンフェアなのは誰か?」ということを徹底して描き、最終的に一番意外性のある“犯人”を導き出したテレビシリーズはテレビドラマの枠としては、緊張感と緊迫感に優れ、満足感が大きかった。 そういうある程度のクオリティを備えたストーリーだけに、人気に乗じてその後のストーリーを付け加えていくということにそもそも無理がある。 今更テレビシリーズからのレギュラーを含めた主要キャラクター内の誰かが裏切り者だと言われても、まるで説得力がなく、故に緊迫感も薄れるというもの。  それでも、上質なストーリーが用意されていれば問題はないのだが、肝心のそれも“チープ”という範囲を抜け切れないまま展開していく。豪華なキャストを用意しているわりには、テレビシリーズほどそれぞれのキャラクター性を生かしきれておらず、描写自体に「尻切れ感」を多々感じた。そういう演出的な稚拙さのせいか、それぞれにスキルの高いはずの俳優たちもどこか気が抜けた感じに見える。  そして最終的には“お決まり”のパターン……。内容が伴っていれば、それもビシッと決まって発展性のある「余韻」を残すのだろうが、もはや「もういいや」という印象は否めない。  テレビでの人気作を“とりあえず”映画化して儲けようとするのは、某キー局の浅はかなところだ。ということを分かっていながら、初日から観に行っていては世話ない……。  追伸。加藤ローサはかわいかったのに……。
[映画館(邦画)] 2点(2007-03-17 17:09:46)
551.  ドリームガールズ(2006)
スバラシイ。映画全体にほとばしるR&Bのソウル。“サクセス”への情熱と群像。あらゆる感情のパッションが、上質な歌唱とダンスによってスクリーンいっぱいに伝わってくる。  やはり特筆すべきは、その“臨場感”だろう。絶対的な実力を持った俳優たちによるパフォーマンスにより、まるで生の声が伝え響いてくるようだった。本当のコンサートホールや舞台裏で、彼らの肉声と感情をそのままに体感しているような錯覚に陥る。 流れるようなカメラワークと、クオリティの高い舞台設計、何よりも演者たちの歌声と表現力が素晴らしかったと思う。  今年度のアカデミー賞で日本人女優・菊地凛子がノミネートされたことで話題となっている助演女優賞のオスカー大本命と言われているジェニファー・ハドソンのパフォーマンスは、流石に圧倒的だった。まあストーリー上、彼女の役が主人公と言っても過言ではないほどのウエイトのキャラクターなので尚更だが、その存在感は新人女優とは思えない。  “色々な意味”でジェニファー・ハドソンの陰に隠れてしまった印象もあるヒロインを演じたビヨンセ・ノウルズだが、それでも彼女のこの映画における意味合いは物凄く大きい。彼女の美貌と、絶対的な歌唱力が無ければ、やはりこの映画は有り得なかっただろう。スーパースターでありながら、決しておいしくはない役を堂々と演じた様は素晴らしかったと思う。  そして個人的に一番印象強かったのは、エディ・マーフィだ。僕らの世代的には、ハリウッドのエンターテイナーといえばエディ・マーフィであったりする。 久しぶりに見た彼のパフォーマンスは、流石で、そこに年齢を重ねた俳優としての哀愁も合わさり、その存在だけでとても感動的ですらあった。  ミュージカル映画の素晴らしさは「理屈」ではないということだと思う。伝わってくる歌声と、ビジュアルをそのままに感じることが、その醍醐味だろう。 まさにその醍醐味そのもののパワフルな作品だと思う。 
[映画館(字幕)] 9点(2007-02-18 21:34:40)
552.  それでもボクはやってない
日本の司法制度の根本的で深刻な「問題」。そしてその弊害は、決してテレビ報道の中だけではなく、普通に生きている市民全般に対し、突如としてふりかかるということをこの映画は物語る。  徹底したリアリティをもって描かれる「実情」は、怒りと愚かさを覚えると同時に、映画としての力強さに溢れている。 極力映画的な演出を廃し、「現実」を淡々と描き連ねることで、逆に興味を引き付けひとつの娯楽性をも生み出していると思う。150分という長尺でありながらその長さをほとんど感じさせなかった。  タイトルの通り、主人公は最初から最後まで「ボクはやってない」と訴え続ける。この映画がすごいのは、単に冤罪に陥りかけている主人公の奮闘を描いているのではなく、その主人公を含んだ群像が愚かしい司法制度の間で様々に葛藤する様を徹底して俯瞰的に描いていることだ。そのことが、実情を実情としてありありと映し出すことに成功した要因だと思う。  若くしてすでに日本映画界におけるバイプレーヤーの地位を確立している加瀬亮の初単独主演映画ということも、昔から彼の存在感を認識していた僕にとっては感慨深かった。この映画の主役は彼以外には考えられないだろう、というくらいに適役だったと思う。  この映画を観た事による認識が、少しでもこの国の社会の是正に繋がればと思う。
[映画館(邦画)] 8点(2007-02-10 21:38:18)
553.  マリー・アントワネット(2006)
「マリー・アントワネット」というタイトルが示すように、もちろんこの映画はマリー・アントワネットという実在のフランス王妃の半生を描いた作品である。 が、いかにもな史劇的な色合いはこの映画世界にはまったくない。フランス史に明るくない者、マリー・アントワネットという人物自体をよく知らない者にとっては、結局どういう状況でどういう人生を送った人物なのかということが、最終的によく分からない映画かもしれない。歴史的な掘り下げや、人物関係の説明がほとんどないのだから当然だろう。  そもそもソフィア・コッポラという女流監督が描きたかったのは、フランス史の中のマリー・アントワネットではなく、ただその時代に生きたマリー・アントワネットという一人の女性そのものの、文字通り“等身大”の姿だったのだろう。 だからこそ、映画の大半は、豪華で煌びやかで、ある意味滑稽な宮廷社会の中で、時に奔放に、時に繊細に、一日一日の生活を送り、妻となり、母となり、王妃となる一人の女性のそのままの姿を延々と描いたのだと思う。 そこに具体的なドラマ性はほとんどない。なのに、最終的には彼女の生き様が、その哀愁が、心に染み渡ってきた。不思議だ。何気なく描き連ねた人間描写の中に、実に巧みにキャラクターの本質が浮かび上がってくる。  この繊細な人間描写こそ若くして巨匠のDNAを確実に受け継ぐソフィア・コッポラという監督の“チカラ”だと思う。 等身大の“女性”としてのマリー・アントワネットを、人間としてとてもキュートに表現してみせたキルスティン・ダンストも素晴らしかった。  「史劇」を「青春」として描くことを貫き、完成させてみせたとてもユニークで、良い映画だったと思う。 
[映画館(字幕)] 8点(2007-02-03 00:31:24)(笑:1票) (良:1票)
554.  ディパーテッド 《ネタバレ》 
香港ノワールの大傑作「インファナル・アフェア」を、ハリウッドを代表する映画人たちがそのプライドをかけてどうリメイクしてみせるのか。やはり、この話題作の焦点はそこだったと思う。  スコセッシ監督のドライな映画世界も、ディカプリオの苦悩に溢れた表現力も、ニコルソンの流石の存在感も、この「ディパーテッド」という映画がまったくのオリジナルであれば、もう手放しで評価しても良いクオリティーは随所で見られたと思う。 しかし、これが香港映画のリメイクである以上、オリジナル作品と比べないわけにはいかず、結果として「ディパーテッド」の惨敗、「インファナル・アフェア」がどれだけスバラシイ映画であったかということを改めて知らしめるための作品となってしまったかもしれない。  映画として、ストーリーとしての「美意識」という観念において、今作はオリジナルに対し大きく引けをとってしまっているように感じた。 やはり主にはラストの顛末についてのことになるだろう。アンディ・ラウ(警察に潜入したマフィア)が結局最後まで生き残り、複雑な感情が入り混じる苦渋の表情で締める「インファナル・アフェア」に対し、今作の顛末にはあまりに節操が無く、余韻が残らない。 クライマックスの流れまでほぼオリジナルに沿っているわけだから、最後まで通した方が良かったのではないかと思う。  前述しているように、映画としてクオリティの高い箇所はいくつもあるし、面白くない映画では決してない。 ただあらゆる面において、オリジナルである「インファナル・アフェア」の圧勝であることは、否定できない。  
[映画館(字幕)] 7点(2007-01-28 23:10:59)
555.  ウルトラヴァイオレット(2006)
思えば昨年の夏頃だったか。この映画は映画館で観るべきかどうか葛藤した記憶がある。 何と言っても、ミラ・ジョヴォヴィッチの大ファンである者としては、大スクリーンで彼女の勇姿を見たいのはやまやま。監督も「リベリオン」でとても刺激的なアクションシーンを描き出した人だけに、期待は膨らんだ。 が、同年の春先に観たシャリーズ・セロン主演「イーオン・フラックス」は最悪の出来……、もう“スーパーヒロインアクション”は「限界」でしょう~というのが、その時の印象だった。 結果的に今ひとつテンションも上がらなかったので、DVDでいいやということになった。  「正解」だった。  いやあ、ひどいなコレは。バリバリのアクションシーンが羅列されるのにも関わらず、退屈で仕方がない。 チープなストーリーの上に、スタイリッシュぶった完成度の低い映像美の連続は、美しくはあるが映画として巧くはなく、少々手の込んだミュージックビデオを見ているようだった。 疲れていたせいもあるだろうが、だんだん字幕を読むのも面倒くさくなって、個人的には最大の“禁じ手”である日本語吹き替えにしてしまった。  ミラ・ジョヴォヴィッチもアクションゲーム好きなのは分かるが、もう少し出演作の内容を選ぶべきだろう。 
[DVD(吹替)] 2点(2007-01-16 14:28:26)
556.  ジャケット 《ネタバレ》 
精神的な時間移動を主題としたサスペンスというと、どうしても一昨年の「バタフライ・エフェクト」がよみがえる。あれがあまりにも素晴らしかったので、“二番煎じ”という感は拭い切れはしなかったが、それはそれとして中々に面白いストーリーだったとは思う。  湾岸戦争での頭部負傷が原因だったり、ヒロインとの関係性の深まりが唐突過ぎるなど少々強引な点はあるが、エイドリアン・ブロディのあまりに絶望的な目つきの前には勘弁するしかない。 雪に包まれた寒々しい空気感が全編にわたり広がり、そこにあらわれるのが不気味な“拘束衣”と死体安置の“引き出し”。当然主人公は悲鳴に包まれるが、そこからまさに文字通り「未来」が見えてくるという趣向は斬新だ。  ただやはり、ストーリーの掘り下げ部分が浅く、結果的にはあまり説得力は残らないのは残念なところ。 映画の雰囲気の一貫性と統一感に救われていると思う。
[DVD(字幕)] 6点(2007-01-14 00:59:24)
557.  ラッキーナンバー7 《ネタバレ》 
クエンティン・タランティーノ、ガイ・リッチーらの映画から端を発し流行りはじめてもはや久しい“クライムアクション”というジャンル。多くの場合、「犯罪」を軸にした群像が互いを騙し合い、駆け引きながらせめぎあうことでストーリー展開のイレギュラー性を楽しむ娯楽映画であることが多い。 ただ、最近はあまりにも量産され過ぎて新鮮味は薄れ、すでにB級映画の定番ジャンルとなりつつあることも否めない。  が、この映画は少々侮れなかった。 まず目を引いたのは、映画の中の何気ない小物やインテリアのセンスの良さとこだわり感。椅子や自動車、電話や壁紙に至るまで細かなこだわりが画面に広がる。こういう画づくりのこだわりは、1シーンごとに価値を持たせ見ていて飽きが来ない。 映像的なこだわりに裏づけされるように、ストーリーの展開にも工夫がめぐらされている。 冒頭、衝撃的でミステリアスな暗殺シーンの連続で観ている者にインパクトを与えたかと思えば、主人公の登場と立ち振る舞いはライトに描かれ、一転して違うテンションのストーリー軸に引き込んでいく。 そしてクライマックス、物語の核心へ迫る時には、一気に悲哀と哀愁を漂わせる。そのテンションの転換の仕方が実に無理がなく、巧い。  良かったのは、ジョシュ・ハートネットである。なぜブルース・ウィリスがセカンドネームなのか疑問に思っていたが、映画を観れば彼がこの映画の主人公であることは納得。実に適役だったと思う。 その甘いマスクで一気スターダムにのし上がったのはいいものの、中々これという作品がなかったジョシュ・ハートネットだが、一昨年の「シン・シティ」に続き中々良かった。正統的な二枚目よりも、こういう一クセも二クセもある役柄が合っている。  昨年は欧米の娯楽映画をほとんど観なかった(というか当たりが皆無だった)が、今年はある種の原点回帰でハリウッド映画もよく観たいと思う。幸先は良い。  ※ネタバレ いや、原題の表記は気にはなっていたんだけどね。
[映画館(字幕)] 8点(2007-01-14 00:32:14)(良:1票)
558.  犬神家の一族(2006)
映画監督・市川崑、91歳。 はっきり言って、ただそれだけで、日本の映画界における至宝であり、伝説である。 その大々巨匠が、再びメガフォンをとる(この言い方ももはや年季を感じる)。しかも撮るのは「犬神家の一族」、主演は30年前と同じ石坂浩二、否が応にも驚きと期待が膨らむというもの。  実際、映画の内容がどうであれ、齢90を越える“生ける伝説”が撮る映画である。それがすべてだと思わざるを得ない。 そうして生み出された稀代のリメイクは、30年前のそれと同じく、衰えを全く感じさせない日本のミステリーの礎とも言える物語の見事な“再現”だったと思う。  ストーリー構成、キャラクター造形、シーン設定などそのほとんどが30年前のそれと、ほぼ狂いなく描き出されていることは、新しさには欠け、物語としての驚きはあまりない。  が、それでも観客を引き付けるのが、この物語の魅力であり、描き出した市川崑という映画人の絶対的な“力量”だと思う。
[映画館(邦画)] 7点(2006-12-24 02:28:53)(良:1票)
559.  サマータイムマシン・ブルース
SF」と聞いて個人的に真っ先にイメージされるものは“タイムマシン”であり“タイムトラベル=時間移動”だったりする。 ストーリーの要素としてとても好きなものだし、故にありとあらゆる“タイムマシンもの”を見てきた。 そもそもが、「空想」の範疇を出ない素材なので、その捉え方や描き方には限界はないハズだが、このところの“タイムマシンもの”にはマンネリ化がつきまとうことも事実。そんな中において、ちょっと新しい“タイムマシンもの”が生み出されたと思う。  タイムマシンとしての概念的な新しさは決して求めず、ある意味ベタベタな設定の中で、「おかしさ」のみを追求した結果、まったく新しいストーリー展開が広がったと思う。 「SF研究会」の大学生グループがタイムマシンを手に入れたにも関わらず、ひたすらに壊れたクーラーのリモコンを巡る騒動のみに終始する様が面白い。 学生たちの、ノリの暑苦しさと悪ふざけぶりが、おかしさに拍車をかけ、本広監督らしい小道具の隅々までに気を配る演出が冴える。  登場キャラクターたちのノリの軽さと若々しさは最後まで徹底されるが、だからこそ垣間見える力強さや、切なさは、まさに夏のブルースを掲げるにふさわしい。
[DVD(邦画)] 8点(2006-10-28 12:43:42)
560.  フラガール 《ネタバレ》 
本当に良い映画というものは、そのファーストシーンから観客を包み込む。 最初のシーン、福島の“なまり”で語り合う少女たちが映し出された瞬間、「ああ、これは良い映画だ」と思った。  毎度のことであるが、映画が“良い映画”であるほどに、こうやって感想を紡ぐことは困難で、むしろナンセンスだとさえ思う。 節々で溢れ出る涙と反比例するように、映画を語るにたる「言葉」は出てこない。  それは、この映画が、その中で描かれる人生が、決して「理屈」ではないということを物語っている。  この映画は、昨今流行りのストレートな“スポコン”では留まらない。 廃れゆく炭鉱のまちで、自分が生きるため、家族を生かすため、まちを守るため、彼女たちは未知なる舞台へと上がる。 まったくの素人集団が、荒涼とする寒空の中ひたすらにレッスンに励み、困難と別れそして数々の笑顔を経て、紛れもないフラダンサーへと成長していく。ただその姿を見るだけで、感情は激しく揺さぶられる。  東京から流れてきた女流ダンサー(松雪泰子)、廃れゆく炭鉱の中で新しい時代に踏み出そうとする少女(蒼井優)、かつての隆盛の時代から炭鉱に生き続けてきた母親(富司純子)、という三様の女性の視点からこの映画の物語は紡ぎだされる。 その他の女性たちも含めて、それぞれの感情がぶつかり合い、混ざり合うことによって、物語は濃厚な広がりを見せる。 変化する時代と環境に対し、しっかりと向き合おうとするそれぞれの“女性の強さ”こそ、この映画がもっとも雄弁に語るものだと思う。  厳しく悲しい実情を抱え、それでも尚、自分たちが立つべき舞台に凛と立ち、ひたすらに踊り、絶えずスマイルを放ち続ける“フラガール”たちの姿そのものに、涙が止まらなかった。スバラシイ。 
[映画館(字幕)] 10点(2006-10-03 23:33:40)(良:1票)
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