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29才の若さで亡くなった山中貞雄監督の現存する3作品のうちで、最も好きな作品です。日本で唯一「天才」と言われた彼の才能を垣間みることができる貴重な作品であって、なおかつ、『人情紙風船』とならんで傑作中の傑作だと思います。剣豪でニヒルなはずの丹下左膳を、原作者が激怒するほど滑稽にパロディ化した第一級の喜劇。「何しろ江戸は広い。それに馬鹿にくず屋が多い。十年かかるか二十年かかるか」と何度も繰り返されるとぼけた台詞。「馬鹿言え!おれは絶対にお断りだからな」と言いながらも行動は全く逆で、絶対にお断りできないおかしな性分。これらの「反復」や「逆説」の話法の多用は、当時のハリウッド喜劇の影響を存分に受けていることを示すと同時に、その技術と面白さにかけては日本映画が本場にも決して劣らぬものを持っていたという貴重な証拠でもあります。物語の構成も実に巧妙で、ちょび安の話と源三郎の話に流れを分ける、いわば縦割りの構成をとっていて、壷を絡めて二つの話を時折接触させていきます。言ってみれば、観客は迷路に迷い込んだ登場人物が右往左往するのを、真上から覗き込んで楽しんでしまおうという趣向です。大河内伝次郎を食わんばかりの沢村国太郎のずば抜けた演技力も必見。彼なくしてこの映画の喜劇性はあり得ません。日本映画の全盛期は一般的には受賞ラッシュの1950年代と言われていますが、その基盤になったのは戦争を挟んでその前の1930年代であることは明らかでしょう。ところが、この時代、日本では映画の文化財としての価値認識が少なく、管理もずさんで、現在まで完全な形で残っているフィルムは多くありません。この事実は日本映画にとっては非常に残念なことだと思います。1930年代を駆け抜けた、山中貞雄監督の作品も、脚本は残っているものの、フィルムとして残っているのは全26作品中わずか3本。いかんせん、たった3本ですから、ここから彼の全容を探るのはやはり困難です。この保存の悪さこそが、彼の早死とともにもう一つの日本映画史上最大の損失であることを痛感します。
【スロウボート】さん 10点(2004-02-02 22:12:09)(良:5票)
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