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タイトル名 |
せかいのおわり |
レビュワー |
R&Aさん |
点数 |
8点 |
投稿日時 |
2011-02-04 13:48:33 |
変更日時 |
2011-02-04 14:00:05 |
レビュー内容 |
中村麻美が男にふられて渋川清彦と長塚圭史が住んでるところに転がり込む。映画はここから始まるがどうやらこの展開は毎度のことらしい。ここ、わからせるのがさりげなくてよい。渋川はいっしょにいる女の子を放って中村をなだめる。これもまた毎度のことのようだ。長塚は事後処理をする。これもまた然り。そして三人の生活が始まる。そしてまた中村に男ができるとこの場所を出てゆく。このサイクルが三人の「せかい」の摂理なのだ。三人ともがこの「せかい」に安住しながらもこの「せかい」が自分たちにとっての理想郷だとは思っていない。だからそれぞれにこの「せかい」をおわりにしようとどこかで思っているのかもしれない。一人にとっての理想郷は一人にとってのみの理想郷でしかなく、それは「せかいのおわり」を意味するのだ。実際には何度目かの、映画の中では二度目の、中村が男にふられる場面がやってくる。中村はこの恋で「せかい」をおわらせようとしたがそれは成されなかった。渋川も「せかい」をおわらせようとするが「せかい」の心地良さを手放せない中村によって阻止される。「せかいのおわり」は免れたようにみえた。だがここに長塚がいなかった(出張で!)。「せかい」は崩壊してしまう。「せかい」を崩壊させて新たなる「世界」を作り出すとき、人はそれを大人への成長というのかもしれない。しかしどうやらこの三人、同じ「せかい」を再生させてゆくのかもしれない。それを人は「青春」なんて言うのかもしれない。堂々巡りの中に何かがあるのかもしれないという希望、いや、錯覚。居心地の良い場所から抜け出せない、大人になりきれない現代の大人の青春物語。傑作。 |
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