2.私も、カフカを思い起こしました。ドイツ占領下のフランスで、自分と同姓同名の人間の行方を追い求める主人公。なぜその人間を探すことにそこまで執念を燃やすのか、その理由は語られず、ただその姿が克明に描かれている点、そしてそれが徒労に終始する点、はたまた、残されたかすかな希望が絶望の裏返しである点、カフカの不条理世界に通じるものがあります。しかし、理由がはっきり語られない「同姓同名探し」が、必ずしも不条理なばかりではなく、不気味さを伴いつつもどこか切実さをも感じさせるのは、それがまるで「自分自身の影を追い求めている」ような行為として描かれているからでしょう。その点、つげ義春の『ゲンセンカン主人』のもつ怖さをふと思い出したりもします。舞台で歌われるマーラー「亡き児をしのぶ歌」と観客たちの空疎な笑い。この無責任で乾いた笑いは、ユダヤ人への弾圧という悲劇の時代における、醜悪な一場面ではあるけれども(そういやマーラーもユダヤ人だった)、それと同時に、人の生死があまりにも理不尽に、紙一重の差で決められてしまう、という滑稽さと恐ろしさに対する引きつった笑いのようにも思えてきたり。キザ過ぎる邦題とは無縁の、絶望と不安の映画です。 【鱗歌】さん [CS・衛星(字幕)] 8点(2013-07-22 21:32:28) |