1.《ネタバレ》 前評判いまいちだったのであまり期待せずに見たら面白かった。前半の黒沢清監督らしい不穏さの演出が秀逸。転売ヤーという人からよく思われていない「仕事」にのめり込む男の身近でおかしいことが起きているというのが、音楽や光や影の演出で見事に表現されている。とくに、序盤にバスで彼女と携帯を見ていたのを後ろからのぞき見した男が立ち去る場面。結婚話に浮かれている本人が気づかないうちに、見られてはいけない情報が見られてしまい、もう「詰んでいる」という感覚に背筋が凍る思いでした。荒川良々演じる社長の訪問シーンも秀逸。この緊張感。黒沢作品はやっぱりやめられない。
一方、賛否分かれそうな後半は、自分としては「ネット炎上」の寓話として面白く見てました。「悪者」認定されやすい転売屋という主人公の周りに憎悪と暴力が引き寄せられていく過程、そして、主人公の味方側の反撃もやり過ぎなほどエスカレートしていく。そこに戸惑いながらも、だんだんとその過激な応酬に参加していく主人公。知人がネット炎上に巻き込まれたことがあったのだけれど、まさにそのときに起きていたことが「廃工場でのガンファイト」という形で表現されていたと思う。覆面男に「人に意見を言うならちゃんと顔を見せろ」「おまえの事なんか誰も覚えていない」という台詞など、明らかにネットでの「議論」をネタにしたところには苦笑するしかなかったし、襲撃者のおっさんが「バール(のようなもの)」を持ってる小ネタ(by 麦君『花束みたいな恋をした』)も妙に可笑しい。
ただ、そう考えるとちょっと残念だったのは、主人公に直接的に関わった被害者・関係者ではない人たちにまで膨れ上がっていき、世界全体が「敵」になるかのように感じる恐怖こそが、「炎上」の恐ろしさだと思うので、暴力のエスカレーションだけでなく、量的にも見せてくれたほうが、黒沢監督らしい展開になったのではないかなーというか、それを期待していたら、終わってしまったのは残念。もっとも、ラストの黒沢作品らしいショットに、それは表現されていたのだろうけど。主人公にとっての本当の地獄はこれからなのだ。