1.《ネタバレ》 とんでもない昔、まだ小学生の頃だ。夏の夕方、宿題にでも手を出して勉強に精を出したりすれば有意義な日々になっただろうに、ぼんやりテレビを見ていた。大好きな赤いジャケットの泥棒が相棒の黒服とすき焼きを奪い合うのをクククと笑ったとき、右手の向こうからキチキチと音がする。網戸の巨大な影に、恐ろしい虫か襲ってきたのではないかと完全に固まってしまった。決死の覚悟で振り向くとその正体は縁側の網戸によじ登る子猫だった。仰天して見つめていると、ニャーニャー何かを訴えていることに気がついた。
僕が動けないでいると、彼はどんどん上に登っていく。そこでようやく気がつく。彼は網戸に爪が引っかかって、登れはするけど降りられなくなっているのだった。意を決してそっと網戸を開けて庭に降りる。サンダルの冷たさとデコボコが気持ちいい。初めて触るネコの感触に驚いた、こんなに柔らかくてふさふさしているなんて恐ろしい生き物だ。
寅柄の彼の脇を両手でつかんで顔をつきあわせた瞬間電撃が走った。こんなかわいい造形の生き物がこの世に存在するのはなんかの間違いじゃないのかと。
そうしてこのあと三日、縁側に招いたネコの友人と過ごした。
三日目の夕方、叔父さんが持ってきた緑のルパン三世は、全員の声が違って何ともいえない違和感を感じた。だが力の入った綺麗な絵にすっかり魅了されて繰り返して見た。同じ追いかけっこ、銭形警部がブルーバードごと川に落ちたのは何回目だっただろうか。この夏は雨がちで肌寒いことも多くサッシを閉めていたが、ゴロゴロと近づく雷もお構いなしでテレビにかじりついて、また会おうねとルパンが締めに掛かると重大なことに気づいた。
ネコの気配がない。勝手にネコキチと呼んでいた彼は雨の中どこかに行ってしまった。庭や近所を探し回ったが、この後彼を捜し出すことはできなかった。あのときルパン三世を見ていなければ彼はどこかに行ってしまうことはなかったのだろうか。
その後ルパン三世の作品の中で、風魔一族の陰謀は観ることができなくなってしまった。罪悪感でだ。大雨の中軒下で待たせたと思い込んでいるのは自分だけで、実際はあの雨の日、もっと受け入れるにふさわしい人を彼は見つけたのかも知れない。
でも、夏にルパン三世を観ると、全然見た目が違う愛猫の中にネコキチを探している事に気づいて何となく切ない気持ちに当惑する。