13.シャマラン監督の作品にはいつもテーマのわりにはすごく閉塞的なこじんまりとしたものを感じる。この作品はそれがもっとも感じられた。一言で言うとまったく面白くない。 劇的な「シックス・センス」があるからシャマラン監督の作品というとそれだけで期待してしまう。「アンブレイカブル」「サイン」「ヴィレッジ」としょぼいどんでん返しに、なんか肩透かしを食った感じをいだきながら、でもこの3作品には結末まで観客を楽しませるというストーリー展開があった。でもこの作品にはそれすらない・・・・。 もちろん見る人によって、感性が違うという事はあるのですが、ロードショーの館内がガラガラという状況、皆様やはりよくご存知で・・・、普通に面白い作品を期待している人は見に行かない方がいいと思いますよ。 【JEWEL】さん [映画館(字幕)] 3点(2006-10-05 10:50:05) |
12.《ネタバレ》 シャマランの映画におけるモチーフは、どれもあまりに単純というか、馬鹿馬鹿しいくらい「幼稚(プリミティブ)」なものばかりだ。「幽霊」、「不死身のヒーロー」、「宇宙人」、「都市伝説」、そしてこの最新作における「妖精」・・・。世の常識的(!)な大人たちにとってそれらは、せいぜい子供だましのギミックか、浮世離れしたファンタジーの口実(エクスキューズ)にしかならないだろう。 しかしシャマランの映画は、そんなあ然とするようなモチーフを、どこまでも大真面目に物語っていく。だから観客は、「これには何か、アッと驚く“仕掛け”があるに違いない」と思う。大のオトナが、幽霊や妖精などを「本気(シリアス)」に語るはずがないのだから。実際、シャマランの映画はこれまで、その“仕掛け”において(のみ)評価されてきた。 でもシャマランの映画が描こうとしたのは、やはり幽霊や妖精の方だったのだと思う。なぜなら、それらこそ「物語」の“根源的(プリミティブ)”なものに他ならないからだ。ヒトが「人」としての歴史を歩み出して以来、人間は常に「物語」を求め続けてきた。なぜだろう? たぶん他の生き物たちと違って、人間は、この過酷な世界=現実をそのまま受け入れることに、耐えられないからではないか。だから「物語」を通じてのみ、人は世界や現実を見出すことができた。恐怖や不安、苦痛から目をそらすのではなく(なぜならそれは、“現実逃避”という別の「悪しき物語」だから)、それを受け入れるためにこそ、人は「物語」を求めた・・・。 シャマランの映画は、そういった「物語」あるいは「物語ること」の根源にあるものを、あらためてぼくたちに教えてくれるものだ。この最新作で、ポール・ジアマッティ扮する主人公は水の精(その名も「ストーリー」!)を癒すと同時に、自分も「ストーリー」によって耐え難い過去の不幸な記憶から癒される。そして観客であるぼくたちはその主人公の姿に、「物語(ストーリー)」こそが人間にとって(たぶん唯一の)“救い”であることを深い感動とともに見出すのだ。 だからシャマランの映画は、プリミティブであるからこそ美しい。そう、何て美しく、愛しいんだろう・・・ (以上の文は↓の皆さん、特に【あにやん】さん、【すぺるま】さん、【のはら】さんのレビューから示唆されたものです。ありがとうございました!) 【やましんの巻】さん [映画館(字幕)] 10点(2006-10-04 17:24:22) (良:2票) |
11.《ネタバレ》 全編を通じての批評家への意趣返しが面白かったですねー。気難しく、批判的で誰にも相手にされない批評家が偉そうに筋書きを語り、それが総て本質から微妙にずれていたり、たった一人犠牲者になってみたりw。「批評家なんか畜生に食われて死んでしまえ」と言う大変判りやすいメッセージが込められていましたね。もしかして、この皮肉を書きたいがために映画を作ってしまったんですかね。シャマランの洒落っ気には好感がもてましたw 肝心のストーリーはシャマランっぽく無くストレートに、現代に蘇るファンタジーを作ったと思います。ただ、色々と説明不足で唐突な感じは否めず、ラストシーンを迎えてもなんとなーく消化不良で、今ひとつしっくりこない・・・のは、ファンタジーのファンタジー所以たるものへのシャマランの2つめの皮肉なんでしょうか?それなりに面白い映画に仕上がっていたと思い8点献上。 【ちょび】さん [映画館(字幕)] 8点(2006-10-04 11:22:36) (良:1票) |
10.《ネタバレ》 シャマランの映画はやっぱりヘタクソだ。でも今回は、あっと驚くどんでんを使わず強いメッセージを送ってきている。この世を救う予言を持った妖精を、「秩序や掟を守らず攻撃を仕掛ける野獣」から守る物語。どこか世間からずれた人たちが集まるアパート。アフリカンアメリカンの透視少年、南米系、インド系、コリアンの巫女などの活躍。過去に大きな傷を負い淡々と暮らすジアマッティの再生と、ときおりTVに映るイラクの画。ファンタジーとごっちゃになって分かり難いところも多々あったけれど、自らが準主役にまで扮して、シャマランはこの世界の再生を願う気持を伝えてきた。その姿勢を評価したい。批評家をザクザクぶった切ったことも含めて。まあ、ただ単にジアマッティの涙にジーンと来ただけかもしれないけれど、それはそれで素晴らしかった。 【のはら】さん [映画館(字幕)] 8点(2006-10-03 01:38:05) (良:1票) |
★9.《ネタバレ》 アメリカではシャマラン作品としてはかなり苦戦した興行収入となり、ブエナビスタ(ディズニー系)が製作に二の足を踏んだため、ワーナーと手を組んだという、あまりいい評判も聞くことはなかった本作であるために、まったく期待していなかったが、正直いってそれほど悪くはないと思う。 シャマラン監督というのは、意外と不幸な監督であり、シックスセンスの大成功により、「どんでん返し」や何か絶対に「裏」があるのではないかと、絶えず観客から変な期待されてしまう。本作には、そういった「裏」はまったくないし、自分もシャマランにはそういうものを期待しなかったから、本作を純粋に楽しめたのかもしれない。思い切って、冒頭にテロップで「本作は最後まで特別なことは起きませんので、期待しないでください」とでも流せばよかったのかもしれない。 酷評したくなる気持ちは分からないでもない。ストーリーは単純で「水の精をみんなで協力して、元の世界に帰してやる」というだけのものである。裏も何もない、本当に純粋な「おとぎ話」にすぎない。いい大人が見れば「クダラネェ」と思っても仕方がない。 しかし、自分は子どもに返ったようにワクワクしながら「マンションの住民」を応援できた気がした。「水の精」に疑いすら持たない住人たち、誰も彼も協力を惜しまない住人たちに普通ならば違和感を抱くかもしれないが、別にそれでもいいじゃないだろうか。このマンションは、シャマランの描く「理想郷」なのだから。人間はみな善良で、それぞれ役割を持ち、生きている意味や目的があるという、シャマランの理想がここには描かれている。シャマランが込めた願いとしては、子ども達にはこういう大人になって欲しい、大人には、子どものような気持ちに戻って、純粋で清らかな心を思い起こしてほしいということだろう。 個人的には、あんな狼みたいな生き物で、音や衝撃だけのコケオドシは止めて欲しかったが、人間の理想郷を描いた本作では人間の形をした生き物に「悪」を担わせることをしたくなかったのだろう。自分には、そういう理想はないので、あの狼を操る「悪者」がマンションの住人の中にいるという設定にした方が、より万人に好まれる作品になったのではないかと思う。 大人向けでもなく、だからといって子供向けの作品でもなくなってしまい、ターゲットを失ってしまったのが、本作の興行面の失敗の理由のひとつだろう。 【六本木ソルジャー】さん [映画館(字幕)] 7点(2006-10-02 21:19:39) (良:3票) |
8.《ネタバレ》 かなりつまらない。なんで主人公は住人の言うことをあんなにすんなり信じちゃうんだ(更に住人の言うことは間違ってるし)?なんで水の妖精(ナーフ?)はイキナリ自分が女王って事すんなり受け入れられるんだ?なんであの獰猛な野獣はナーフをさらっておいてすぐに殺さないんだ?殺すことが最大の目的だろう?そんでもってタトゥー何とかって言ういかにも強そうなキャラがエンディング直前で姿を現したと思ったらいかにもしょぼそうな感じ。「サイン」も相当面白くなかったがこの映画もはずれ、でした。 【珈琲時間】さん [映画館(字幕)] 2点(2006-10-02 12:24:15) |
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7.《ネタバレ》 つまり、物語とまなざしという、映画の本質的な何かを見た気がしたのだ。 それはブライス・ダラス・ハワードという女優のまなざしだけで、映画として足り得てしまっているという事実だけではなく、この映画における人々のまなざしの向け方、更にはクリストファー・ドイルのキャメラのまなざしの向け方を見ればそれは明かだった。そのまなざしの連鎖は、外を見せずに外を見させることだ。この映画にはアパートの外部は存在していない。またどこか狭いフレーミングで撮られたショットが多い。これらは決して窮屈であるということではなく、フレームやアパートの外の何かを映さずに、つまり見せずに見せているということだ。外があるのだから、そこには何かがあるのだ。それは世界であるし、あの獣でもあるだろう。フレームで切り取るということをよく言うが、これは間違いだと言い切りたい。フレームは全体から部分を切り取るためにあるのではなく、部分から全体を見せるためにあるのだ。 またシャマランは、水の妖精にあえてそして潔くも堂々と "ストーリー" という名をつけた。物語が映画において何であるのか。果たして物語は映画で一番重要なことなのか。物語があるから映画なのか。違う。物語は "導き" であるに過ぎない。映画を見せるために物語はある。誰か人が行動することを、考えることを見せるために物語はある。物語は原因に過ぎない。結果は映画であり、それを俳優であり、職人であり、監督が産み出す。観客が観るのは結果=映画であり、物語ではないのだから。つまり、シャマラン自らが過去に描いたような観客が仰天するような結末や、予想を裏切る展開などは、映画において大して重要なことではないのだ。重要なのは、そのような結末や展開の物語を映画としてどう見せるかであり、物語に引き摺られ続ける映画は映画ではないのだ。またそれと同様にこの映画がVFXにて(またそれを駆使しすぎずに)あの獣を描くのは、VFX(の乱用)が物語の足を引っ張っているのだという明示であり、物語をVFXから守らなければならないという答えでもある。紋切型の批評家は物語にすら参加することが出来ず、終いには敵視するVFXに喰い殺されてしまう。ただシャマランがVFXを否定していないというのは、ラスト、ストーリーがVFXに包まれVFXの宙へと飛び立っていくのを見れば明らかだろう。 何だか最近のシャマランは泣けるよなぁ 【すぺるま】さん [映画館(字幕)] 7点(2006-10-02 00:40:29) (良:4票) |
6.《ネタバレ》 あるプール付きマンションを舞台にした、電波な方々の集団妄想騒ぎ。小説家の青年が若い頃のマイコーに激似なこと以外は、特筆したい点はありません。 【チヤルカ】さん [映画館(字幕)] 4点(2006-10-01 20:30:08) |
5.《ネタバレ》 シックスセンスともサインとも違うってコピーしてますがどう転んでもシャマランです!感想としては安易な展開のTVドラマを見ているよう。 かなり無理な展開をその進行のスピードでほっとかざるを得ない感じ。 主役の2人の演技は良かったと思う。他のキャラ設定も面白い。 でもね。うまく話をまとめれば良いってもんじゃあないと思った。これが最初からコメディーなら三谷幸喜っぽい感じになっていてそれならその無理さ加減も許せるんだけど、都合が良すぎるってのも醒めてしまう。 こうなると(謎でひっぱると)、この作品の持つ意味は?という部分に注目が行ってしまい、その説明抜きでは終われないじゃん。でも....。 せめて、その後どうなったのかは匂わせておいよ。そこが一番おいしいとこなんじゃないの? シャマランはその珍しさだけでこのまま脚本書いてくと大変危ういとこの作品を観て思いました。やっぱ映画に持つ意味をつけてかないと、ただ不思議な話に興味を引かせるだけの努力だけじゃ駄目でしょ。 全然駄目でもないけど良くも無いです。 【森のpoohさん】さん [映画館(字幕)] 5点(2006-10-01 01:14:11) |
4.《ネタバレ》 いい評判をまるで聞かない状態なのですが、あえて私は全面的に擁護したいです(笑) 見ていてこれは「シャマラン監督による『映画についての映画』で、全体が映画のメタファー」と感じ、じっくりと腰を据えて向き合う必要があると思いました。まず判り易い「ストーリー」という名の『原作』が現われます。これに対し物語が求めているのは「ライター」、でも『脚本家』にあたるのは韓国人の母娘ですね。「ライター」であるところのシャマランは『テーマ』としての存在。主人公はプロデューサーのように思えて実は物語を理解し、守り、目的を成就させるべく動く『監督』。「記号論者」と「証人」が『プロデューサー』で、「職人」たちは『カメラマン』であり『音楽』であり『編集』であり『美術』であり。いかに「ストーリー」を旅立たせる=映画を作るか、というプリプロダクションの過程を経てパーティの日=クランクインと共に動員されてくるスタッフ=アパートの住人達。映画評論家はそのまま『映画評論家』あるいは『セオリーを否定しつつ枠に囚われているがゆえに映画をダメにする思考』。言動が映画製作を惑わします。そこまで考えて、ストーリーの生命を脅かすスクラント、スクラントをすくませる「守護者」、更にスクラントにとっての脅威である掟の番人で邪悪なタートゥティックは、何の象徴?と悩みに悩んで2時間、これは捉え様が色々あり過ぎて難しいですね。評論家に印象が悪く、不自然な見た目が自慢で、扱いが厄介な「守護者」は『VFX』、タートゥティックはどんな形であれ映画を完成させる事のみが重要である『映画会社』、そしてこの2つには抑制されてしまう存在であるスクラントは『映画を完成に導く事を阻む不安感や悪意』とでも解釈しましょうか。外側にもあり自分の内面にもある、みたいな。特撮屋や会社にとっちゃ、そんなの関係なく動いてますしね。と、これはあくまで一解釈に過ぎませんが。映画としては、ヒロインはもっと若い女優にすべきでは?と思ったり(むしろ日本のアニメ向きな題材)、登場人物が多過ぎで、役割に説得力のない人物続出だったりしましたが、作品を作り上げてゆこうとする人々の物語、という視点で見る事ができたので、その過程にワクワクして最後に世に作品が送り出されました、というオチに「ああ面白かった」と思ったのでした。やっぱりこの監督、一筋縄ではいかないところ、目が離せません。 【あにやん🌈】さん [映画館(字幕)] 8点(2006-10-01 00:41:25) (良:3票) |
3.「サイン」以降、もうシャマラン監督には期待しないと決めていたのが、この映画の宣伝文句に”新しいM・ナイト・シャマラン”とあったので、「もしかすると」という一抹の期待を胸に、また懲りずに見に行ってしまったわけなのさ。こ、これは・・・・どの辺が新しいのか教えてほしいです。今度は精霊が出てくるおとぎ話でした。もうね、登場人物全員がそのおとぎ話を簡単に信じちゃうってのがまずありえないです。ストーリーの適当さは今までの作品の中でも群を抜いて酷いです。最初から最後まで全く盛り上がりません。また例によってシャマラン監督自身も出ずっぱりだし、次回作あたりからは主演しそうな勢いです(笑) はぁ~、また騙されてしまった。 【ヴレア】さん [映画館(字幕)] 2点(2006-09-30 21:29:06) |
2.シャマランは相変わらず非現実的なモノが好きなようですね。私もその手のモノが好きなのでシャマラン監督の作品には惹かれますが、キャラの設定なんか上手く作ってるんだけど作中では深く掘っておらず、今回は全てにおいて作りが甘いというか浅いかなあ。もっと練りこんで欲しかった。考えられたカメラーワークと画の構図はさすがだったけど。 よくシャマランと組んでいるジェームズ・ニュートン・ハワードの心情溢れる音楽は良かった。 【ロカホリ】さん [映画館(字幕)] 4点(2006-09-30 20:18:08) |
1.《ネタバレ》 なんかもうこの監督の映画をわざわざ映画館に見に行くこともないなあと思ってしまった。実はこの人が…ではなくて実はあの人だったみたいな部分も正直言ってどんでん返しとは思えないし(脚本としてはそのつもりだったのだろうか)、終わったときに『あれ?そういえばどんでん返しは?』と思った。「サイン」のときのようにちょっと教訓を交えてみました、という感じでちょっとうんざりしてしまった。 【HK】さん [映画館(字幕)] 4点(2006-09-17 01:29:11) |