8.《ネタバレ》 司馬遼太郎の「竜馬がゆく」と「燃えよ剣」をバイブルの様に読み倒している熱烈信者が
自分の世代(昭和30年代生まれ)には多いと思う。まさに自分もそう。
ただ、過去何度も映像化されてきたこの二作品、原作への思いが強すぎて正直期待を裏切られるものが多く、
今回もあまり過度な期待はせずに観賞しようと思っていた。
しかし、コロナ禍により封切りが一年半以上も伸びてしまった事で、否応なしに熱い思いが高まってしまう。
製作者には気の毒だと思うが、そんな面倒な司馬信者が、封切り早々に劇場へ足を運んだ。
結果、よくぞこの150分間であの原作の持つ情熱を描き切ったと、心より感動している。
当然、一年かける大河ドラマでも十分対応可能な原作だけに、端折られるエピソードがある事は致し方ない事。
ではどこをどう端折るか、そこがポイントであろう。
例えば芹澤、沖田、山南らと大坂に出向いた折の力士との乱闘事件や、
勇猛果敢な土方が初の海戦に挑み、新政府軍の軍艦に接舷して殴り込みをかける史実など、
映像的にも映えるであろうシークエンスがバッサリ切られている。
また、鬼の副長としての土方像の描写。古高への拷問シーンなど実に薄いし、
局中法度にしても隊士が恐れている場面がほとんどない。この端折りの決断はかなりの勇気だと思う。
でも、鑑賞後何故かそんなに気にならない。
考えてみれば、原作を読み込んだ者にとって、単に幾つかの描写が削られていただけで、
今回の映画の描きたかったテーマが失われてる訳では無いのかもしれない。
それよりも「ゆきは今宵乱心します」…このセリフ!!柴咲コウ、見事!土方と心から情を交わした「恋人」ゆきとのフィクション。
ここを実に大切に描いてくれている。この壮大なドラマの中で最も涙腺が危険であった場面。
原作ファンはおそらく、このセリフが出た時、忘れていた何か甘酸っぱい記憶を何十年か振りに思い出したに違いない。
土方がフランス武官に過去を語っていくという流れも自然で、このドラマ初見の観客にも優しい構成だと思う。
演者も実に見事。深堀はされなかったものの近藤勇の鈴木亮平は過去最高のキャスティングではなかろうか。
音楽の構成も美しい。最近最高の歴史ドラマ。
原作も改めて再読したい。