1. スノーピアサー
《ネタバレ》 超のつく氷河期のため、外では誰も生きられない設定で、無理やり「人類」を、列車の中に詰め込んでしまうという大変イマジネーションに富んだ作品です。この映画を新聞の広告で知って、久しぶりに映画を鑑賞しようと思いました。最大の見どころは世界観の構築です。列車の扉を開けるたびに、新たな敵と、新たな世界が観客の視界に飛び込んでくる。奇抜な水族館、名勝庭園、なぜか寿司屋、それに学校、そして授業を受ける洗脳されたクソ生意気な生徒たち、次の扉を開けると、どんな世界が現れるだろうかと思わせてくれる。私は豪華客船や、豪華列車に興味がある。それは乗り物というよりも1つの居住空間であり、1つの世界だからです。そんな私の欲求をこの映画は満たしてくれる。同じ人がいたら是非この映画を観るべし。惜しむらくは、ラストが饒舌すぎる点です。親切に説明をするから、揚げ足を取る観客が増えやがるのだ。いっそのこと、こうしたらどうか?「なぜ列車に食料があるのか?」「なぜ武器があるのか?」「なぜ列車は壊れないのか?」「列車を動かす真の理由は?」と、主人公に言わせる。そのうち、観客も一緒になってその謎を考えるようになるだろう。そして、いよいよ主人公が最後の扉を開ける瞬間、エンドクレジットを流してやれ。最後の扉を半分開いたところで映画を終わらせるのだ。支配者も当然のことながら謎のままにしておく。観客ごとき、甘やかさずに、放置するのも1つの手である。過去にそういう映画があった─。ご存じの人もいると思うが、あのカナダ映画です。ただ、実際には、饒舌すぎる支配者が、延々と、主人公と、われわれ観客に、意味不明な演説をぶつわけだ。しかし、列車の中の身分制度のアイデアは世界観を構築するうえで重要だった。列車の中にちゃんと首相まで存在する。もしかして大臣もいたかもしれない。つまり列車の中に「国家」があり、そして「社会」が存在する。このように細かい個所までしっかり描くことで、より一層、この列車は、「人類を詰め込んで走っている」というファンタジックな感覚を、観客は味わうことができるのである。私はこの映画の映像美的センスを買う。 [DVD(字幕)] 9点(2014-06-09 22:57:26)(良:1票) |
2. 親切なクムジャさん
《ネタバレ》 復讐は意味がない、もしくは、むなしいものだ、という前二作とは明らかに違っている。この物語は、「刑務所から出所したよ、じゃあいつ復讐するの?今でしょ!」という唐突感と違和感とが入り乱れている。しかし違和感を感じるが、共感も感じられる。しかも激しい共感である。新聞を読んでいると、他人事なのに、殺意が芽生える犯罪者が多いと思いませんか?「コロセバいいんだよ」と何度も心の中でつぶやいてしまう。残虐な少年たちが、毎回笑いながら弱者をいじめて殺す記事を読んで、この人はいつかは更生できるかもしれないと思ったことは生まれたから一度もありません。むしろ更正するような人間になってほしくない。更生するな。悪人は決して善人になるな。この世から消滅しやがれ。クソガキが無免許で高級車を運転して子供を3人ひき殺した─。「ワザトジャナイヨ。」「前途ある若者ダヨ?」ふざけろよ。なんで死刑にするのに何十年もかかるのだ?いや、死刑になるならまだマシだ。1人殺したら懲役20年。2人殺したら無期懲役、3人殺したらやっと死刑だ。冗談じゃない。クソ食らえだ。だから世の中には親切なクムジャさんが必要なのだ。クムジャさんはなぜ憎しみを持続できるのだろうか?いや、私も持続できるぞ。私は憎くて、憎くて、たまらない。私は憎しみの王様だ。こんな私も子供時代は違った。しかし人を憎む感情は、他人から植え付けられたものだと思う。レミゼラブルのジャンバルジャンと同じだよ。善人は悪人から憎しみを伝染させられるのだよ。私はもうこの憎しみを抑えきれない。クムジャさん、あなたは本当に親切だ。私はこんな映画が観たかったんだ。見終えても心は綺麗にはなりません。問題は何も解決しません。しかし、あいつがくたばったとき、自然と拍手していた。もうこうなったら善も悪もクソも関係ない。何よりも評価したいのは、彼女に因果応報の罰を与えなかったことである。彼女は絶対に許されるべきだ。クムジャさん、あなたは私にとっても親切な人でした。 [DVD(字幕)] 9点(2013-05-17 21:32:41) |
3. サニー 永遠の仲間たち
《ネタバレ》 セイシュン、それは楽しみ100倍、苦しみ100倍。そして大人になって、ジェットコースターのようなセイシュン時代を思い出すと、苦しみですら良い思い出になってる。軍事政権下で、大人たちが殺し合いをしている。その横で、主人公たちが不良少女軍団と決闘している。抜群のセンスの武勇伝です。泣くほど笑いました。昔、似たような小説を読みました。みんなのボスだったジャイアンが大人になったら悪徳リフォーム会社の社員になってクビにされるのを怯えていた。みんなのマドンナの静香ちゃんは、DV夫と結婚し、昔の同級生だったのびたに、夫の愚痴をこぼしてばかり、という話でした。重松清の本でした。喧嘩が強かった子供や、美人だった子供ほど、大人になると、子ども時代とのギャップに驚くことがあります。この映画では、大人時代のみじめな自分たちには焦点が当てられていません。ひたすら輝かしい過去の栄光に焦点が当てられているのですが、現実から目を背けているわけではなく、しいて言えば、思い出という名の宝物を取り戻そうとする物語だと思いました。子供時代は傷ついた思い出しかない。しかしである。あるきっかけによって、自分の人生で一番輝いていたのは、あの瞬間だったと気が付かされる。人間って、失わないと、失ったものの価値に気が付かない。そしてセイシュンは失った後にその大切さに気が付く代表格のようなものだ。音楽って不思議です。10年前の音楽を聴くと10年前を思い出す。20年前の音楽を聴くと20年前を思い出す。私の時代は、今のモーニング娘じゃなくておニャン子クラブの時代でした。あのころの曲を聴くとやはり酸っぱい過去を思い出しますね。セイシュン時代は自殺したいほど苦しいこともあります。しかしなぜかそれが甘酸っぱい過去へと変わっている。つまり、死にたくても頑張って生きていれば何とかなる、ということです [DVD(字幕)] 7点(2013-04-21 23:54:40)(良:1票) |
4. アジョシ
《ネタバレ》 恐ろしいほどカッコいい男だな、と素直に感じた。この男、韓国では四天王の1人と呼ばれている最高クラスの男優らしい。なるほど、単なるイケメンじゃ説明できないカッコよさが爆発していた。日本のジャニーズタレントが、副業で映画に出演しているのとは、あまりにもレベルが違いすぎる。歌手か芸能人か分からない中途半端なキムタクや嵐の演技が大根に見えてくる。特に「強すぎる主人公」という設定に対して何の違和感も感じない。普通は強すぎると、敵とのバランスが崩れて面白くないとほざく観客もいるものだが、強くて当然、と思わせる説得力がある。無口ゆえにセリフは極端に少ないが、眼力だけで演技している。思わず、お前なら強すぎても許す!と言ってしまう。素晴らしい、これが四天王の実力か。もちろん四天王を取り巻く悪役たちの演技力もずば抜けて秀逸だ。特にあの殺し屋だ。強いだけではなく、四天王と同じオーラを持っている。つまり影だ。彼も影を引きずって生きていた。そんな殺し屋が、娘に対して、人としての感情を見せたがゆえに、四天王に負けて殺されてしまうというシーンは非常に切ない。ばんそうこうの伏線がうますぎる。悪対正義という単純な構図ではない所も、薄っぺらなアクション映画とは一線を画している。ラストシーンで防弾ガラスにムチャクチャ銃を打ち込んで貫いてしまうシーンなんて、もし日本の俳優にやらせたら大根演技で終わってしまうだろう。四天王だからこそ魅せることができた印象に残るシーンだと思う。ハードバイオレンスなので常に血が飛び仕切るが、人身売買のクソやろうたちの血なのでむしろ痛快だ。返り血を浴びた四天王は怖い。しかしである。最後に娘が近づいてきたときに、「血で汚れるから俺に触るな」と言ったとき、この男の恐ろしいまでの孤独を実感して、不覚にも泣いてしまった。そんな孤独な男を娘は抱きしめる。誰が誰を救ったのか分からなくなる。私には娘が男を救ったように見えた。だからまた泣いた。やはり映画は俳優の演技が一番大切だ。サンキューフォーエバーアジョシ。 [DVD(字幕)] 8点(2013-04-01 22:02:04)(良:1票) |
5. 黒く濁る村
《ネタバレ》 私がすべての謎を解説します。けっこう核心をついた感想を書いている人もいて驚きました。レイプされ続けてきた幸薄の女性について。ヨンジは、村長一派に心から屈したわけではなかった。彼女が、毎夜、変態村の住民たちから、レイプされ続けていた理由は、岸谷五郎似のパパが、村長一派の、実質的な人質になっていたからです。村長一派が、ユンジの前で言う「俺はユ氏の味方だから」という言葉は脅迫です。もし、お前が逃げ出したりすれば、いつでもパパを殺すという意味なのです。そのため、彼女は村から脱出せずにレイプを受け入れていた。こういうクズ男たち、みているだけで吐き気がする。パパの死因は自殺です。パパは自殺することによって、ヨンジを解放し、村長一派と戦う決意したのです。パパは村長とズブズブな関係だったために、もはや離れたり、戦うことはできなかったのですね。息子を呼ぶように、彼女に指示を出したのもパパでしょう。サムドク祈祷院事件の犯人は、村長かもしれないし、パパかもしれないし、パパの信仰者であるヨンジかもしれない。村長ならば利己心から、パパならば狂気の善から、ヨンジならば揺るがない愛情から、殺す動機は三者三様。それだけの話で、だれが犯人でも、それを探すことが、本作品の目的ではないと考える。パパが長いあいだ、自殺を、ためらっていた理由は、やはり自殺は大罪だという思いがあったからでしょう。しかし、罪が人を救うこともある、という考えから、時間はかかったが、ようやくそれを実行した。問題のラストシーン。主人公は村を訪れる。村はまったく変わっていた。公園では子供が元気よく遊びまわり、村人たちからは笑顔が戻っている。そして歓喜にあふれる村の中心にいるヨンジを見上げて、主人公は、はじめて気が付くのだ。村を救ったのは彼女だった、と。主人公が、勝手に弱者で、村長の手先だと思い込んでいた彼女が助けてくれたんだ。最後の彼女の笑みは、「ようやくいまごろ気が付いたの?」という意味でしょう。レイプに耐えてきた女性の強さを表現しています。最後に主人公が、彼女に、ほんの少しだけ、頭を下げて、お礼したように見えました。 [DVD(字幕)] 7点(2012-10-08 15:56:53) |
6. 息もできない
《ネタバレ》 彼は自分のマイホームを売って、この映画を完成させたらしい。そりゃ息もできないだろ。しかも、手ぶれ映像が、あまりにもひどすぎる。むしろ息ができないのは私の方だよ。私はこういう男は許せない。道を歩いていて、こういうチンピラに突然、頭を小突かれたら、どう思う?つまり、暴力を振るわれた人は、どう感じるか?「この男の人は、家族が不幸だから、仕方ないよね、あははははははは」と笑って許すだろうか?笑えるかよ。絶対に許せないだろう。こういう人間は、好きな人間には暴力をふるわず、好きではない人間には暴力をふるう。それだけなのだ。そもそもこの男が、高校生の女の子をいきなりぶん殴って気絶させるシーンはおかしい。殴られた女の子が自分を気絶させた男と、のんびりと会話をしようと思うだろうか?断じてありえない。男は殺された。しかし殺されていなかったらいつかは誰かを殺していたはずだ。だから男は、自分が殺人者になる前に殺されてよかったとおもう。むしろ彼にとって、殺されることは、1つの救いだったのではないか?つまり、ようやく彼は苦しみから解放されたのだ。彼を倒した弟は、単なる悪がきだが、最後によく仕留めてくれた。とどめも、ばっちりさしてくれた。私はようやく安堵した。社会には因果応報は必要なのだ。主人公の境遇には多少同情するが、仕方なかったと思う。どうか安らかに地獄に堕ちてくれ。 [DVD(字幕)] 0点(2012-09-30 09:45:24)(良:2票) |
7. シークレット・サンシャイン
《ネタバレ》 神はいるのか?という叫び声が聞こえてきました。この世に神がいるならなぜ悪党の犠牲になる人がいるのか?こういうケースでは、多くの宗教の考え方は、人間の持つ業に目をつけ、かりに不幸が我が身に訪れた場合でも、これは己の業に対する神の試練だ、といって耐えることを教え諭すのです。しかし業のない子供はどうなる?すなわち罪の無い子供が殺されるという事実。これが神の御心なのか?神は罪のない人間を裁くのか?もしそんな神がいたらクソだ。その子供の死─。この事実こそが、神が存在しないことを、見事に立証しているではないか。しかしである。神がいないと、どうやって人間は善人になれる? だから宗教は生まれた。我々が万引きしないのは法律が怖いからではないのだ。それは無意識の罰を自覚しているからである。神を信じなくなれば人は欲望の権化と化す。もはやその時は法律など意味は無い。世紀末は近い。しかし、俺は無宗教だけど善人だと思うと出張する日本人よ、では君らは初詣に行って誰に祈っている?交通祈願、受験祈願しかり。人は常に祈るのだ!神と意識ないうちに神に対して。刑務所で信者になり神から赦された殺人犯─、むしろ罪を自覚した彼こそ真の信者。これに対し主人公の女性─、なぜ人は─、特に信者たちは「罪の意識」が希薄なのか?すべての人間は罪人だからこそ我々は人生の過程において罰という試練を受ける、そして己の罪を自覚し、他人の罪を受け入れる土壌ができる、その先に、汝の敵を愛せ、という赦しの思想が生じる。他人を赦すという行為は、善人が、悪人に対し、高い立場から優越感を抱いて下すものではない。同じ罪を抱える意識がなくては成立しない。酷なことを言えば主人公は被害者だからこそ罪の意識がなかった。他者に対する激しい憎みの源泉は、己の罪の希薄さを象徴している。(だからといって被害者は責められない)結論を言おう。被害者ほど信仰は不可能に等しい。反対に、犯罪者ほど、キリストの教えの本質に近づける。これが私のこの映画を観た感想でした。しかし、救いようがないようで、この映画にも救いはある。つくづく映画はラストがとても大切なのだと改めて実感させられました。まさにシークレットサンシャイン。最後は涙が止まりませんでした。 [DVD(字幕)] 9点(2011-10-12 19:53:38) |
8. チェイサー (2008)
《ネタバレ》 身体上の理由から女性を愛せないと思い込んだバカ男が、女性を激しく憎む。このようなクズは韓国だけではなく世の中には必ずいるものだ。女性を、性欲の対象としか見えていないのだ、女性を心がない人形だと思い込んでいるのだ、セックスできないならば不要なゴミだと思い込んでいるのだ。おまえらは弱者でありながらさらに非力な弱者を見つけ出して痛めつけているクズだ。さっさとくたばれよ。映画は物語だ。どんなに残酷で、救いようがない実話であっても、一縷の望みというものが描かれていないならば、それは映画ではなく、事実をなぞるだけの新聞と同じだ。あのラストは醜悪だ。まるでダンサーインザダークだ。観客に対して、あと1歩で助かりますよと宣言しておきながら、「はい残念でした。くやしいですか(嘲笑)」という手法は、あたかも虚無主義に等しい。これが意表をつく衝撃のラストだって?そんな衝撃などクソ食らえだ。私は彼女が助からなくて悔しかった。怒りに震えた。監督よ、これで満足か?我々観客は、現実の厳しさは知っているつもりだ。しかしその現実の厳しさを、映画のなかで再確認するために映画館に足を運んでいるわけではない。欲しいのは救いだ。夢だ。希望だ。罪なき女性が何人も殺されたという事実、しかし殺人は100%成功するわけではなく、その中には未遂も当然含まれている。ニュースで報道されていなかっただけで、やはり生き延びた女性がいたはずだ。そんな女性の1人が、命を賭して逃げ出し、そして娘と抱き合って喜びを爆発させる─。これが映画なのだ。現実では救えなかった人を物語の中で救い、観客にカタルシスを与える─。私はこの映画を許さない。 [DVD(字幕)] 0点(2011-09-19 10:21:43)(良:1票) |
9. 彼とわたしの漂流日記
《ネタバレ》 面白い。泣いた。笑った。おそらく10年後にはツタヤで掘り出しモノの作品として紹介されるに違いない。無人島を都会のど真ん中に持ってきたアイデアの勝利といえる。リアルティはさほど重視されておらず、「都会の無人島」は、大勢の人に囲まれながら、孤独を抱える現代人のメタファーになっている。従って共感しやすい。周りが人でいっぱいで賑やかなのにその無人島から出られない男、バカバカしくも、観客はその男の境遇に自分自身を投影させてしまうことになるだろう。男は自殺をしたかった。なのに無人島で暮らすうちに生に対する執着が強くなってくる。そもそも人はなぜ自殺するのでしょうか?生存本能が希薄になるからです。もはや現代人は水を手に入れただけで歓喜することはできす、衣食住を手に入れた喜びも忘れ、次は愛や地位、名誉、自己実現、さまざまなモノを欲しがり、行き着くところはどこなのか分からない。精神の充実と引き換えに動物としての本能が失われつつある。男があひるの中に住む場所を見いだしたときの喜びや、自作で食料を手に入れたときの涙は、生きる本質だということである。一方ひきこもり女のほうは、当然のことながら、無人島よりも快適な生活をおくっている。欲しいものはマウスをクリックするだけで簡単に手に入る。が、生きる希望を失っている。対極にある2人の生活を眺めていると、ストレス社会を行きぬくためのヒントが見えてくる。人は何か大きなモノを失ったほうが逆に生命力が増大することがある。もし自殺する暇があるならば、その前に一度全部リセットしてみるのもいいかもしれない。韓国で年2回行なわれる対北朝鮮想定の訓練を取り入れたことも斬新なアイデアだった。女の表現した言葉を借りるならば、韓国が誰もいない「月の世界」に変る瞬間だ。そんな雰囲気のなかで、主役の2人の男女がはじめて出会う。なんと映画の終わるラスト5分前である。閉じ込められて出られなかった男と、自らを閉じ込めて出るのを怖がっていた女、2人がお互いの作り出した無人島から脱出し、月の世界で出会う─。単なるコメディではみられない暗示に満ちた作品になっている。これは高得点だ。無人島に出前を持っていた仕事熱心な青年にも加点しておこう。 [DVD(字幕)] 10点(2011-01-15 20:57:52)(良:2票) |
10. レッドクリフ Part I
《ネタバレ》 赤壁の戦いをたった一言で説明するならば、あと一歩で天下統一だった曹操が、9回裏に痛恨の同点満塁ホームランを打たれて延長戦に突入してしまった出来事です。けっきょく曹操軍は、侍ジャパンのように延長戦で勝利し天下統一。劉備の国は、あの趙雲が命がけで助けたバカ息子のせいで滅亡。曹操派の私にとってはハッピーエンド。こういうふうに、わりと冷めた目でこの映画を観ていましたが、張飛が馬に体当たりするシーンや、趙雲が飛んできた矢を素手でキャッチするシーンには大笑いしました。武将の超人化はおおいに歓迎です。しかし曹操は独特の不良っぽさが感じられませんでした。まるで出世競争に負けて天下りしてきた小役人のおじさんのようです。不敵に笑うシーンも泣き顔に見えます。しかも色ボケジジイでした。三国志は晋の時代に、蜀出身の人によって編纂されたものですから、曹操悪人、劉備善人は恣意的に作られたものであることはわかっています。しかしそれでも曹操といえば、絶対悪であるべきです。それが物語の楽しさです。それにしても中村。とても味方には見えません。曹操よりも人相が悪いです。口をひん曲げて笑う顔が、完全に前科10犯の悪党でした。お前が曹操を演じろよ。周瑜と孔明が琴で会話するシーン。その背景の映像が幻想的で素晴らしかったです。まさかアクション監督にこんな映像美が作れるとは思いませんでした。今回はいろんな意味で違ったジョンウーが見られます。恋愛シーンもその1つです。あのジョンウーがラブシーンを演出するというだけで、レアな価値があります。 [DVD(字幕)] 6点(2009-04-01 21:41:42)(良:1票) |
11. 夏物語(2006)
《ネタバレ》 泣きました。手を離さないでほしかったです。手を離した時は(>_<)と思いました。村ののどかな雰囲気がなんともいえませんでした。雨がしとしとざあざあ降っていました。雨がとても印象に残りました。主役の男の人は韓国で有名な人ですが私は名前を知りませんでした。でもこの人の泣き笑いのような顔はほほえましかったです。女の人も知りませんでした。みるからにさち薄そうな人でした。切なかったです。なにかよく分かりませんが人生ってうまくいかないなぁと思いました。でも不幸じゃないような不思議な終わり方でした。やっぱり人生ってうまくいかないけど、一件落着、という感じでうまくおわるんだなぁと思いました。おもわず人生を語りたくなってくる・・そういう映画でした。 [地上波(字幕)] 6点(2008-04-25 18:06:41) |
12. トンマッコルへようこそ
《ネタバレ》 けっきょく戦争映画というのは、戦争の悲惨さを伝えるという大義名分のもとに作られた娯楽アクション映画です。本作は前半はファンタジー、後半は明らかにハリウッド映画によく見られるような戦争映画に変わっている。韓国人のツボは、北と南は、いがみあっていても、最後に仲直りするというパターンみたいですね。だけどアメリカ人だけは敵だというわけですか。なるほど笑えます。しかし私には、殺す必要のない人物を無理やり全員殺して、強引に感動させようとしているようにしか思えませんでした。まるで韓国版アルマゲドンです。自己犠牲の精神が感動するのかもしれませんが、彼ら兵士だって愛する家族や両親がいるでしょ?そういう人たちを守らずに何の因果で、数日お世話になっただけの村のために命を捨てるのかよく分からない。村人たちは「いい人」というよりも、全員ガンジーのように非暴力主義。そもそも村の象徴的な存在の不思議少女が殺されたときに、村人たちは怒らなくてはいけない。たんに悲しそうな顔をするだけでは「いい人」とは言わない。それは「お人好し」だ。争いのない社会が理想だと言いますが、平和はタダで手に入りません。愛する人を守るために戦うことも必要。トンマッコルの村人は銃の怖さも知らず、愛する人間が殺される悲しみも知らなかった。村人たちは、無垢なのではありません、無知だったのです。 [DVD(字幕)] 3点(2007-10-22 18:23:04)(良:2票) |
13. デイジー
《ネタバレ》 ロック好き?の刑事とクラシック好きの殺し屋という組み合わせ。殺し屋は芸術を愛する男でした。この物語のテーマはズバリ「芸術」です。私は殺し屋の定義なんてあんまりこだわらなくていいと思う。あんがい本当の殺し屋とは、お洒落でロマンチックで芸術的なのかもしれません。それとオランダは日本のように電柱がないので、すっきりしていて空の青さが目立ちました。なによりも22時にならないと日が沈まない時期にこの場所で撮影したことは評価できます。だって綺麗じゃないですか?なにゆえにオランダ?というつまらない理屈よりも、「綺麗だ」と思う感性が上回りました。しかもオランダの建築物は川と緑と一体となって1つの色彩を形成していて、すべてが川に向き合うように建物がたっている。派手な広告看板の乱立で、どぎつい色彩の町並みが目立つ日本とは大違いで美的感覚に優れていました。ひたすら明るく芸術的な舞台を背景に、芸術を志す女性と芸術を愛する殺し屋が中学生のようにものすごい純愛を展開するわけですから、恥かしながらもメルヘンチックな気分にひたれます。日本のごちゃごちゃしたダサい街並みを忘れましょう。そしてすすんで癒されましょう。これはそういう映画でした。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2007-04-18 23:31:49) |
14. グエムル/漢江の怪物
《ネタバレ》 グエムルがどんな殺され方をしたかというと、アメリカ軍が散布した枯葉剤をイメージさせるオレンジ色の毒性のガスをかけられて、もがき苦しみ、そのあとに頭上に灯油をかけられて、アーチェリーの火の矢で目を射抜かれ丸焼けにされ、最後は口の中に鉄の棒を突っ込まれてお陀仏(おだぶつ)である。これじゃ集団リンチだ。私は素直にカタルシスを得ることができなかった。 家族愛よりむしろ憎悪だけが目立つ。家族は娘を救出しようとして失敗した。したがってグエムル退治は単なる復讐劇であり、娘を救うための戦いではなかった。 やはり映画の中で娘のヒョンソを殺したことは許しがたい。「君たち、ヒョンソが死んで意外だったでしょ?」と、監督はさぞかし得意げに笑っていることだろう。さすが社会派監督。冗談じゃない。激しい憤りを覚える。 ヒョンソの魅力は母性だと思う。小さな女の子であるにもかかわらず、駄目オヤジを見るまなざしや、男の子をぎゅっと抱きしめる姿は聖母のような神々しさを感じる。彼女は母親から見捨てられ、駄目パパ1人に育てられた。しかしぐれる事もなく、まっすぐに育つ。いつかは実の母親とも対面したいと願っている(と、想像する・・)たぶん結婚願望も強いだろう。 そう思うと娘1人守れないソン・ガンホのへたれオヤジぶりにも怒りがわいてくる。ヒョンソが生きていることを説明するのに携帯電話を口の中にいれるパフォーマンスをしたときはイライラも最高潮に達する。いくら無垢な男でもあまりにも脳みそが足りない馬鹿だ。別な見方をすれば観客にそう思わせるだけソン・ガンホは見事にヘタレオヤジ役を演じきったとも言えるのだが、今回はそれを褒める気力もわかない。あげくのはてに、わけの分からない身寄りのいないガキを、死んだ娘の代替品として育てようとする・・・・。このオヤジ・・お前が一番最初にくたばれや!と素直に思った・・・。グエムルが怪物ならソン・ガンホは怪優。演技とわかっていてもそれが許せない。 [DVD(字幕)] 6点(2007-02-06 21:20:41) |
15. 箪笥
《ネタバレ》 「おまえはこの瞬間のことを一生後悔するわよ」と義母のウンジュが言い放った言葉の意味は、箪笥の下で圧死した妹を救える可能性があったことを言っているのだと思う。姉のスミに冷たくされたウンジュはそのことを恨みに思って箪笥の下で起こっている出来事をスミに教えなかった。姉のスミは激しく後悔したでしょう。 悪いのはもちろん教えなかったウンジュですがスミは自分を責めたはずです。スミの強い自責の念が妄想となって母親の亡霊から襲われるというシュチエーションに結びついたのかもしれません。後ろめたい自分を罰したいという感情です。スミは義母を激しく憎みつつも自分の罪にも苦しんでいた。元々はスミの母親から夫を奪ったウンジュが遠因で、母親の自殺と妹の事故が生まれたわけですがそれを救えなかった自分を責めてしまう姉の心理も不自然ではないと思います。義母に対する強烈な憎しみと自分に対する暗い自責の念が絡み合い「母親と妹を殺したのは義母と自分の2人なのかもしれない」という無意識の思い込み─。それがスミの妄想となり自分自身を義母と同一化させる要因になったのではないでしょうか? 愛する家族の死を受け入れることは容易ではありません。スミの父親がショック療法的に事故が起こったあの家にスミを連れて行った結果、彼女は妄想の中で妹を消滅させ、妄想の中で義母と対決し、そして妄想の中で殺されてしまいます。 それが解放を意味するのか絶望を意味するのか答えは観客に委ねられています。 ホラー嫌いの私が時には音を小さくしたり、時には薄目をして画面を見たりと涙ぐましい努力でこの映画を観た理由はこれが良質なヒューマンドラマだと確信していたからでした。 [DVD(字幕)] 7点(2006-03-16 21:06:36)(良:1票) |
16. ブラザーフッド(2004)
アニキ~!あんた強すぎるよっ。いったい何人殺したんだよー。ランボーといい勝負するよ!でもアニキの弟おもいには、素直に感動しましたよ。自分にも弟がいますが、弟のために、何かを買ってあげたことは、一度もないと思います。それどころか、悪代官のように、いつも弟から何かを搾り取ってきました。 だから弟は私のことを嫌っているはずです。 ラストの兄弟愛は、じーん、ときました。 弟のほうが、「アニキ。一緒に帰ろう」と言います。それに対して、アニキは「お前だけ逃げろ。お前だけでも生き抜いてくれ!」 うおおおぉ!なんという切ない兄弟の会話でしょうか! 私が同じ立場だったら、死ぬのが恐いので、弟の足にしがみついて、命乞いをするでしょう。しかし弟は、金色夜叉の貫一のように、私を足で蹴り飛ばして、去っていくでしょう。いや、もしかしたら、私が瀕死の状態なのを良いことに、絶好の機会だと思って、とどめをさそうとするかもしれません。 そういうことで、この映画の兄弟愛は私にはちょっと信じがたいものがありました。 [DVD(字幕)] 5点(2005-10-29 11:38:51) |
17. おばあちゃんの家
これは孫の演技を褒めなくてはいけません。 あそこまで超生意気なクソガキを演じられる子役は見た事がありません。 孫を散髪するシーンは、私だったら、あのクソガキをモヒカン刈りにしてやるでしょう。 それほど生意気だと思わせる演技を行う天才子役なのです。 そしてこの映画をみると、例外なく、多くの人が自分とおばあちゃんの関係を思い出すのではないでしょうか? 私も、おばあちゃんの家に2年ほど暮らしていた時がありました。私も、おばちゃんと、激しい言い争いをしていた時期がありました。 それを思い出しました。 おばあちゃんは死にましたが、私は本当におばあちゃんと和解できたのか今もって確信がもてません。 あの当時の私を冷静に振り返ると、第3者からみたら、私はやはりクソガキに見えたと思います。 家族から受ける愛情というものも、なかなか感謝できないのは、あまりにも、その愛情が当たり前のようにもらえるからだと思います。 私は、そういう当たり前のものを、失った後に気がつくことが多くて、いろいろな後悔があります。 この映画をみて、当たり前にもらえる愛情のありがたみを、再度実感できました。 ありがとう、おばあちゃん。 [DVD(字幕)] 10点(2005-09-25 09:20:07) |
18. オールド・ボーイ(2003)
《ネタバレ》 催眠術で記憶を消したり思うように操ったりできるなら、わざわざ数十年間も監禁する必要なーし! まずここからこの映画のストーリーは破綻している。 そもそも「復讐」じたいが犯人の逆ギレから始まっているだけに全てにおいて説得力に欠ける。 禁じられた恋愛を学校で堂々と行っていた犯人を見かけた学生は、主人公以外にも大勢いたのではないでしょうか? そしてたまたま主人公だけが標的にされてしまった。 理由は「喋りすぎるから」という。これはコメディかっつーの! カンフーハッスルよりも「ありえねー話」ですよ! 久しぶりに、矛盾・屁理屈・意味不明の三拍子が見事に揃った映画でした。 しかしそういうマイナス面を勢いだけで吹き飛ばしてしまうところにこの映画の素晴らしさがある。 よく考えればムチャクチャなストーリーだと分かるのだが、舌まで抜く男の演技を見ていると、作品の意味ですら誤魔化されてしまう。ここは喋りすぎずに黙って誤魔化されておこう。 [DVD(字幕)] 9点(2005-07-18 18:36:25) |
19. 涙女
涙女は「泣き屋」という意味です。葬式の時に雇われて、死んだ人のために泣くことを商売にしている女性のことだそうです。 私が見たところ、泣くだけではなく、歌ったり踊ったりしていましたが、お堅い人がこれを見たら不謹慎だと思うかもしれません。この映画は、中国で作られたのに、中国では上映されていない不思議な映画です。 それは映画を見ればなんとなく分かりますが、事実なのに、都合が悪くなるとすぐに隠したがるお国柄なのですね。 それから泣き屋を演じたリァオ・チンは、元オペラ歌手だそうですが、映画の中では子供を抱えながら海賊版のDVDを売るような女性で、タフで利己的な面も持っています。しかし、ヘタレで弱さも抱えており、なかなか憎めません。 他人のために泣くことを商売としている「涙女」は一度も本気で他人のために泣きませんでした。 最後の大泣きも、「自分のため」だったのが印象的です。 たくましくてずるくてかわいい女性だったと思います。 この女性を通して、実質的に資本主義に変貌した中国の一面が見られます。 カラフルな色を意識的にたくさん使った映画なので、お洒落なミニシアター系の映画が好きな人は、けっこう楽しめるかと思います。 [DVD(字幕)] 8点(2005-05-22 15:06:06) |
20. ラブストーリー
《ネタバレ》 「ラブストーリー」とは、2人の女性の恋の物語でした。まず評価したいのが、母親役と娘役をソン・イェジンさんが1人2役で演じていることです。 私は監督が、「娘と過去の若い頃の母親は顔が似ていることにしよう」という設定で、ソンさんを1人2役にしたのではないと思います。 娘が母親の秘密の日記を読み始めたときからこの物語は始まりました。 その日記で娘は、恋に悩む母親のラブストーリーを見て、今、恋で悩んでいる自分の姿を過去の母親に投影させたのだと思います。だから自然と過去の母親は、ラブストーリーを読んでいる娘自身の姿になるのです。 母親の恋は実りませんでしたが、娘の恋は成就しました。 しかしこの2つの恋愛は別々ではありません。両方ともつながっているのです。 なぜなら、そのために、娘と母親を同じ女優に演じさせたからだと確信しています。これは2人の恋の物語ですが、1つのラブストーリーでした。 つまり母親と母親の愛した人の分身が、時代を超えて、ようやく1つに結ばれたのです。 「現在」の娘の恋愛の描写が少ないのは、「過去」の母親の未来として、現在を捉えているからだと思います。 とにかく1つ言えることは、静かな涙がたくさんこぼれてくる映画なのは間違いないということです。 [DVD(字幕)] 9点(2005-05-02 23:46:57)(良:1票) |