181. ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密
《ネタバレ》 大好きなサンドラと、「エクソシスト」から好きなエレン・バースティン、この2人が画面に映っているだけで、幸せな気分になる。それだけでなく、シッダの子役の子がすばらしい。 そして、アシュレイ・ジャッドがエレン・バースティンの若いころを演じたというのが…絶妙な感じがした。顔の雰囲気が似ているのだ。これまでアシュレイについては、個人的な評価は「微妙」だったが、家出後のホテルでの孤独なシーンなど、「アシュレイ・ジャッドって、こういう演技もできるんだ」と思った。 ストーリーについて。アメリカ南部の女性たちの話である。先日読んだ「性と暴力のアメリカ」によると、昔からアメリカでは、既婚の女性どうしが精神的に深い絆で結びつき、男性社会であるアメリカを生きぬく支えとなってきた伝統があるという。「ヤァヤァ」は、まさにそれをあらわしているようだ。 さてこの話の中で、女性たちに対して強烈な支配力を示す男性はただ一人、ヴィヴィの父親だけ。彼は自分の娘にセクハラ言動を行い、高価な指輪を与える。でもそれは、ヴィヴィの言うように本当に「パパとは何もしてない」のにもらったものなのか?ヴィヴィの母親は、夫と娘の関係を邪推するほど「妄想幻覚」に囚われていたのだろうか? 作品の中では確たる証言はなかったけれど、前後の事情からすると、ヴィヴィと父親はなんらかの性的関係があった、ということだろう。「高価すぎる指輪」は、「もうすぐ結婚する娘に対する謝罪と口止め」の意味だ。でなければ、その後のヴィヴィの「心の病」に説明がつかない。婚約者が戦死したため、気に染まない男性と結婚した、だから人生に不満だった、というだけでは、ヴィヴィの「ご乱心」に説得力が生まれない。作品の中で語られないけれど、これは父親に性的虐待を受けた過去を持つ、という前提でヴィヴィの「乱心」を見るべきだと思う。 そんなヴィヴィは、懺悔したように本当は「有名になりたかった」女性、なのである。夫が成功すれば自分も幸福感を得られる、というタイプではなく、「自分が」社会的に成功したかった、野心ある女性だった。 これはヴィヴィという女性にとって、自分があきらめたものを娘が手に入れたことを許し、受け入れるまでのプロセスの物語だ。 シッダの弟妹が全く話に絡んでこないことが少々不自然だったが、「ヴィヴィ」の立場の女性にも、「娘」の立場の女性にも、見てほしい一作だ。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2007-11-02 20:20:27)(良:1票) |
182. スコルピオンの恋まじない
《ネタバレ》 …なんともいえない独特の視聴後感であった。 60過ぎているウッディ・アレン、声に力もなく、動作にイキオイもなく、小さな鶏ガラのようなその肉体。もはや〝介護〟という言葉が浮かぶ。それなのに、ああそれなのに、こんなになっちゃってても、まだ人を楽しませることができるなんて。 得意の自虐ネタが笑えないほどヨボヨボして見える彼なのに、ラストまで見てしまうと、いつもウッディを見た後と同じように「貧弱でおしゃべりで醜い小男ってカワイイわ~」と思ってしまうのだ! 弁解させてもらうと、私はデビッド・クロムホルツとか大嫌いだし、ウッディ以外の貧弱な小男にときめいたことなどない。なのに、ああ、なのに。 「まるでネズミの巣みたい。(に汚い部屋ね)」「巣をイメージしたインテリアなんだ。」とか、美女に〝ゴキブリ〟と言われて動じないどころか絶妙に受け返すそのユーモアのセンス…「筋金入りのブオトコ」を見せられた気がする。 催眠にかかっている時の音楽が可愛かった。ヘレン・ハントは…申し訳ないけど、ウッディと並ぶと巨体に見えてしまった。特にハムのような腕に感動。 「アニー・ホール」の頃とかと比べると、ものすごく〝アブラ気〟が抜けたウッディ。このまま「即身仏」にでもなれそうな枯れ木ぶり。…前より〝可愛さ〟が増したと思ってしまうのは、私がヘンタイだからなんだろうか。(偶然同じ日にスカパーの〝即身仏の化学〟を見てしまったのだった。) とにかくこの映画は、ウッディ〝即身仏一歩手前、でもまだ笑わす〟アレンを堪能する目的でご覧ください。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2007-09-14 13:20:44) |
183. 予言
《ネタバレ》 必ず誰か一人が死んでしまう状況、何度やり直しても家族全員が生き残ることはできない。こっちを足せばあっちが減る、という数学的なものを感じるし、萩尾望都や映画「バタフライエフェクト」をはじめSF各ジャンルで追求されてきたテーマですね。 そこに、お告げを聞いてしまう人間の存在と新聞をからめ、うまくまとめていると思う。ホラーとしては、なかなかの仕上がりと思う。 あと、この作品は、極端にセリフが少ない。…まさか酒井法子になるべくボロを出させないため、ではないだろうが、本当にセリフが、無いといっていいくらいに少ない。 ほとんどすべて、シーンそのものや、人物の目配せや身振り手振りで観客に伝えようとしているのだ。かなり意図的にセリフを省いていると思う。だから、終盤の「この電車に乗らないくれ」の一言が、「アレ、久々にセリフらしいセリフを聞いたな」と強調されてくる。 キャストについて。三上にとっては、十八番といえる役柄であったろうし、特に異論はない。そしてなぜ酒井法子…。 離婚して、バリバリ働いて車を乗り回すキャリアウーマン、という役どころだというのに、これほどノリピーに合わない役も無いし、…演技というほどのことは何もできてない…。セリフを棒読みして、あとは三上とのラブシーンを嫌々こなしているだけ(本当にイヤそうだったなあ。)。 女優落ちした元アイドルの中でも、ダントツで一位を献上したい大根である。や、大根とも言いたくないような気がする。大根のあとには少なくとも役者がつくから。酒井法子。この演技力で映画に出るとはある意味すごい鉄面皮。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2007-08-17 11:46:07) |
184. 感染
《ネタバレ》 「恐怖」について誠に的を得た説明をされていたのはザ・チャンバラさんだったと思うが、日常の中に潜む非日常が徐々に日常を侵食していくさま、というのがやっぱりホラーの醍醐味かなあ、と私なんかも思う。多くのホラー作品も、それを心得て作られるのが常である。 でこの「感染」というやつは、いきなり「非日常」から始まっちまう。「平和で健全な病院ライフ」というのが、もう、最初っから存在してないとこにもって、もうひとつの「非日常」をぶち込む、という離れ業に出るのだ。ある意味すごいのかもしれないし、「実験」という言葉も浮かぶ。 院長が逃げて、病院経営が立ち行かなくなり、もう明日をも知れない、という低空飛行から始まって、「もっともっと」低いところまで観客を引き摺っていかなければいけないのである。「落差」が作りにくい状況なのである。 まあ、最初から低空飛行しなければいけなかった理由は、医療ミスの発生し易い状況を作りたかったとか、なおかつそれを隠匿しなければならない状況にしたかったから、というふうに考えられるが、しかし、「平和で健全な病院ライフ」からスタートしたとしても、別の演出でそれは可能だったんじゃないかな…と私は思う。…「明」から「暗」ではなく、「暗」から「特暗」へ、という、作り手の目途したところは「通好み」というか、なんというのか。そのへんに特殊なものを感じた。 ホラー映画としては、急に後ろに人が立っているとかを何回も使うのはもう勘弁してほしいと思うが、全体としては話の省略の仕方とか、秋葉医師の時計など小物の使い方は悪くない。俳優陣も高嶋弟以外はまずまずの出来と思う。私は南果歩のブキミさが結構気に入った。 オチへの突然の持って行き方も、悪くない。「アザーズ」と似ているな、と思ったけども。 なんというか邦画ホラーのレベルアップを感じた作品。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2007-08-13 17:53:41) |
185. 変態男
《ネタバレ》 これは、入っていないだろうとタカをくくって検索したら…すばらしい。さすがにここのレビューです。 この作品を登録されたレビュワーさんもおっしゃるとおり、邦題のセンスには、おどろきを通り越して、「マニアしか借りないように仕向けているつもり?」との作為すら感じます。まあ、フツーの客は、見ないよねえ。特に、女性の視聴率は果てしなく低そうだ。私のような、物好きぐらいに違いない。 しかし、これは、エグさを売りにしたスプラッター映画ではなかった。 フランスの若手新鋭アーティストが集まって、仲良く作った低予算映画、である。どうやら、主演のカルロなど、ノーギャラらしい。 ジョルジュという、むなしい中年男の崩壊した行動を追った作品。フランス映画らしくラストは辛口。(もうひとつのエンディングのほうが、納得がいくけどもなあ) 私としては、クリスティーヌがいつ反撃に出るのかと期待していたのだが…そういうことだったのね。 日頃から虐待慣れしていたM女であったため、トランクに飼われるという有り得ない生活に。 おまけに、ジョルジュは娘だけは可愛がっているのかと思いきや、ここでも予想に反し…。 予想を裏切り続ける、という点では、これは秀逸な脚本といっていいのでは。 ジョルジュが冒頭で突如として他車を襲撃した動機づけをはっきりさせないことといい、クリスティーヌがシモンを退治したことといい、不条理にしたいのだ。強引にすぎるが。「なぜ」でなくて「どうなるのか」を見る作品だ。 妻がすごいですね。倦怠期の妻というのは、ここまで夫を罵るものでしょうか。特に問題があるようにも見えないのに。フランスの女の人って、こわいですね。 あと、クリスティーヌ役の女優さんが、フランス人なのにあまりにも胸が無いことに驚く(テデスキさんとかを見慣れてしまったので)。 低予算のわりには、まともな作品です。あまりにもひどい邦題のせいで、見てくれる人が少なそうなのが、残念なくらいだ。次作にも期待したいですね。 [DVD(字幕)] 7点(2007-05-12 21:07:03) |
186. サムサッカー
《ネタバレ》 ティーンエイジャーをとてもマジメに描いた作品だ。 10代の少年の抱える「不安」を、通俗的な回答を用意することなく、また、安易な「家族万歳」に流れることなく、終始誠実なトーンで描く。こういうの、ありそうでなかなかない家族ドラマだ。 リタリンそれは、ADHDには効くが、そうでない人が飲むとなんでもないかハイになるだけ。 この映画のジャスティンは、とてもADHDに見えない。よって、ADHD特有の悩みなど持っていない。こんな簡単にADHDと診断されてリタリンを処方されるものかなあ、と思うとちょっとこわい。 それでまあ、指吸いに象徴される「不安」というのは具体性が無いものほど深く厄介であり、ジャスティンはそれをどう扱えばいいのかわからず、リタリンによって「更なる覚醒」へ行ってみたが、自分には合わないとマリファナによる「憂き世からの逃走=酩酊」へと振り子のように真逆(この言葉は下品だが)に走る。果たして「覚醒」と「酩酊」のどちらがジャスティンに合っていたのかというと…たぶんどちらでもないのだろう。 この映画は、ひとりの「不安」を抱える少年と、その風変わりな家族、そして先生や歯医者や俳優(こいつはゲイだろう)という数人の大人の男たちの現実を切り取っていて、「不安」と「依存」にも迫る。果たして自分は、「不安」をどんな「依存」で解消しようとしているだろうか? ティルダ・スウィントンはあんなに腹が出ていただろうか。「セル」で変態犯罪者を演じたドノフリオはここでは非常に良い味を出している。不器用で口下手なお父さん。 特筆すべきはキアヌだった。常々キアヌをバカにしているわけではないが、「演技派」とはいえないと思っていた。今もそれは変わらないが、ここでも、嫌そうにタバコを吸うキアヌ…ああ、あなたってほんとに演技が×なのだけれど…なんか、この変人歯医者役がミョーにはまっていたのだ。目がマジというか。キアヌって、けっこう変な人なんじゃないかしら。 弟ジョエルとジャスティンのやりとりもクスっと笑えてよい感じだ。親や教師には常に挑戦的なジャスティン君が、弟に対しては、何気ない愛情がにじみでている感じ。兄弟っていいよね。 [DVD(字幕)] 7点(2007-05-05 19:21:44) |
187. ザ・ダーク(2005)
《ネタバレ》 けっこう時間を忘れて見入ってしまった。 悪くないと思う。久々に、ぞくぞくとした寒気を覚えた映画だ。(もしかすると発熱のせいかも) タイトルどおり、この映画は「闇」による怖さを出そうとしている。その試みは、私に限っては、かなり有効であったと思う。 例によってネタバレしますのでご注意。 原作ものだそうだが、簡単に言ってしまえば「ペットセメタリー崖バージョン」とも言えるので、二番煎じの感はある。あるが、そこはアンダーソン、映画としてある程度以上の質を保ちながら、主人公アデルを「行ったり来たりさせ」ることで、モノマネ感を和らげる。アデルがエブリス親子にいたぶられる場面では、「過去」と「事実」と「非事実」と「願望」が混沌とし、額から血をたらした鬼気迫るアデルがダメ母ぶりを懺悔しながら「Give me a secound chance!」と絶叫し、作品中のテンションが最高潮になる。そう、このへん、ホラーというより心理サスペンスぽいのだ。 これを「あざとい」と感じる人は、面白くないだろう。 が、私はけっこう好き。なにより、「ヒストリーオブバイレンス」のマリア・ベロ、この人は私にストレスを与えない。 この作品はマリア・ベロのプロモーションと言えるくらいに、ドロドロびしょびしょの彼女が全編出ずっぱるのだが、こんなに長いこと見せられてもストレスを感じない女優さんはあまり居ない。 まず、誰もが認める美人顔でありながら、色気がゼロ。これは、シャロン・ストーンとか、キム・ベイシンガーなどのブロンド美人の系統だ。この人たちは、わかりやすーい美人であり、そして色気は無いという共通点をもつ。よって、女性に好かれる。(マリア・ベロの色気の無さは、同系統の中でもちょっと驚異的ではある。) やはり長時間の視聴に耐えるには、美人でなくてはいけない。デブでもいけない。あんまり女っぽくてもいけない。…マリア・ベロは長時間映っているのに適した女優さんだなあ。 ともあれ、話題になっていないわりには、良いと思います。子役(サラのほう)は雰囲気があって良い。ウェールズ男のデイビッドもそれらしい。ショーン・ビーンの良さは私にはよく分からない。ごめんなさい。 [DVD(字幕)] 7点(2007-05-01 21:37:31) |
188. マッチポイント
《ネタバレ》 この作品を見ると、西洋人にとって非常に重要な事柄が意図的に省かれている(描かれていない)ことに気づく。 舞台はイギリスであり、ヒューイット一家はプロテスタントのはずで、クリスはアイルランド人だからカトリックに違いない。なのに、2回の結婚式以外に、宗教に関する事柄が一切出てこない。その結婚式ですら、神の前で誓いのセリフを言う場面すらカットされている。これはおかしい。きっと、もののわかる西洋人がこの映画を見れば、たちどころに理解できるようになっているに違いない。 で、これは監督の意図を示しているのだ。それは、冒頭でクリスがドストエフスキーを読む場面をわざとらしく映すことでも明らかだ。 クリスは「すべては運である」という世界観を持っていて、それはテニスプロとして多くの試合を経験した結果であった。「いつも固い試合を心がけていた自分が、大成できなかったのは運のせい」そして、「運」に左右される人生に嫌気がさして、ツアープロをやめてコーチになった。 で、「運」であるが、井沢元彦が言うには、偶然の幸運に対して「これはきっと死んだお父さん(とか先祖とか)のおかげ」と思うのは「アニミズム」で、「オレってものすげーツイてる!きっとそういう時期なんだ。」とか思うのは「マナイズム」なのだそうだ。 クリスは、当然後者である。そして、前述のように「神様はいない」と知っている(つもり)。 すると、悪事を働いたとて、いつもどこかであなたを見張っている神様は存在せず、地獄に落ちることもなく、仏教でもないから「因果応報」で凶事が降りかかってくることもない。 いかに追いつめられたとて、クリスが愛人殺しをするには、こうした背景が必要だった。(これがなければただの火曜サスペンスになってしまう。) …が、クリスは試したところもあると思う。「神様の力が働いて、自分の悪事がバレるかどうか」「やっぱり神様がいて、死んだら地獄に行くのかどうか」「神様が自分を懲らしめるために、罰を与えるのではないか」もともとカトリックで育った彼なら、そう思うのが当然である。 しかしこの映画では、そのどれも起こらず、不安気なクリスのアップで終わる。 「果たして、神様はいるのか?」「本当に人生は運だけで回るのか?」そう問いかけたまま意味深に終わるのである。これはウッディ版「神様のいない(?)世界の危険な情事」、前作よりはパンチは効いていた。 [DVD(字幕)] 7点(2007-04-29 00:32:16)(良:3票) |
189. サタンクロース
《ネタバレ》 こいつはいいぞっ。 ブレット・ラトナー。「天使のくれた時間」は豪華キャストなのに駄作であったが、「レッドドラゴン」は物語性があってよかったものだ。 で、このハチャメチャなブラックコメディ、スカッといたします。 なんといっても、見どころはサタンクロースの滅茶苦茶な暴れっぷりのキレの良さ。ここまでされると、「恐怖」ではなく「快感」になるということだ。 有り得ない登場の仕方に有り得ない暴れぶり、その割にはペンタゴンに懲りてラビには手を出さないとか、人喰いトナカイとか、ちょっとしたところにもこだわりが感じられる。こんなキャラクター、待っていたんだ。 残念なのは、主役の二人に魅力が欠けること。こういう話だから主役にティーンエイジャーを持ってくるのは仕方ないとしても、じいさんの存在感に比べ、ニコラスとメアリーの場面では面白さが全く感じられず、早送りしたくなるほどである。この二人のシーンには、脚本に工夫が足りない。 ビル・ゴールドバーグの圧倒的なアクションのキレには驚く。さすがレスラーにして、演技もそれほど悪くはない。 続編が待たれるが、頼むからティーンエイジャーを登場させるならこんなつまらない描き方をしないでくれ。 [DVD(字幕)] 7点(2007-03-21 12:51:56) |
190. ロード・オブ・ウォー
《ネタバレ》 ユダヤ人のふりをしてソ連から移住してきたというオルロフ一家は、家名からして偽名、最初からウソを背負っているわけだ。ユーリの父は、ウソと事実の隙間を少しでも埋めようと、熱心なユダヤ教徒になる。ウソの量の多さに耐え切れないということだ。 しかしユーリは違った。ウソを空気のように吸って育った彼には、ウソに対するアレルギーなど全くない。誰もがウソをつくのが当たり前で、自分もウソをつくわけだから、他人にウソをつかれても本心からは怒らない。彼は長じてシニシズムの権化のような人間となり、ウソの上に築かれた関係こそうまくいく、という信念を持つに至る。本作では、これが死の商人ユーリを成立させた背景とされている。 当然女を落とすのもウソを利用するわけだから、妻に対してもウソをつきつづけ、貧乏移民の子としての本当のユーリの姿をさらすことができるのは、弟の前だけだ。それが「戦友」という弟との呼び交わしの意味である。 いついかなるときもシニカルなユーリは、判断を誤ることがない。それで銃弾が飛び交う現場へ行っても、余計なトラブルに巻き込まれず常に生き延びる。そんなユーリの負の部分を引き受けてしまったかのように、弟ヴィタリーの精神状態はおかしくなっていく。 妻エヴァに「なぜ商売をするのか」と問われたユーリの答えは、「俺には才能があるからだ」というものだ。ウソに対する抵抗がなく、ウソとウソの間を自由自在に泳いでいくことができる、それが非合法な武器商売に必要な「才能」であり、自分にはそれがある、ということだ。「才能」があるから、それを生かしたくなる、それが「ネイチャー」というものだ、とユーリはいう。 しかし、さしものユーリも妻のウソだけは見破ることができなかった。これで万事休す、と思ったら間違いで、監督アンドリュー・ニコルは、薄っぺらい勧善懲悪ドラマなどは排している。 ニコラス・ケイジは好演していて、ラストのイーサン・ホークとのやりとりでは寒気がするほど鬼気迫る。逆にイーサン・ホークは単なる正義派の刑事の枠を超えず、人物に幅がない。 もともとそういう目的で作られたとはいえ、ラストで常任理事国の国名を並べて非難するなどは、映画としての出来を損ねる気がして残念だ。政治的メッセージをあからさまに出すのはいつでも逆効果と思うのだが。 [DVD(字幕)] 7点(2007-02-24 15:58:46)(良:3票) |
191. レッド・ドラゴン(2002)
《ネタバレ》 盲目の女性となら、お付き合いができるかもしれない。という犯人の思いつきとそれを行動に移してしまうところ、面白いと思いました。 正直言って、エドワード・ノートンのFBIとレクターのやりとりなんてどうでもいいんです。それよりも、盲目のリーバとフランシスの交際模様のほうがよっぽどスリルがあってドキドキさせられる。 リーバってのは、目は見えないけれど、もてるんですよ。 もしかしたら、〝見えないから〟なのかもしれない。だって、毎朝鏡を見ることがないもの。「今朝はいつもに増してまぶたが腫れぼったい」「ああ、こんなところにもシミが」「こんなに毛穴が広がっていたっけ」などという悩みとは無縁なのだもの。こんなに自信があって自由奔放にふるまえるというのは、盲目であるがゆえの特権といえるかもしれない。 また、彼女のように見えるものに惑わされない女性がフランシスを選んだという事実も、重要な意味があると思う。 これは猟奇殺人をしないではいられなかった変態のフランシスが、盲目のリーバに出会って癒され、二人でどこかへ旅立っていく、という話にしてもよかったのになあ。 もちろん罪の重さを考えると、途中でフランシスが車にはねられて死ぬとか失明するとか下半身不随になるくらいのことがなければ、収まりがつかないけれど。 …ラストのプチどんでんなんか全然なくてもよくて、そのくらいにこの映画はリーバとフランシスのラブストーリーとしての出来が突出して優れている、と思うのでした。 [DVD(字幕)] 7点(2006-11-23 20:51:27)(良:2票) |
192. サイレントヒル
《ネタバレ》 ゲームについては何も知らずに見ました。 どうりで強引な部分があるわけですね。 ただ、冒頭からサイレントヒルに着いてシャロンを探し回っているあたりまで、「これは〝サイレン〟オチじゃないの」と思っていました。おまけにサイレン鳴るしね。なんだか設定も似ているよな、とか。ベネットまでシャロンを目撃しているということは、ベネット自体がローズの別人格なのか?とか余計なことまで考えてしまった。ただ、グッチ警部までもが「娘」と言っているのでやっとサイレンオチじゃないことに気がついた。 ストーリーを全く知らない私の場合は、サイレンオチでないならばあの怪物の意味は?なぜローズは絶体絶命のところで助かってしまうの?「手がかりを見つけた」って、なんでそれが娘の居場所の手がかりだってことが分かるわけ?という疑問だらけとなってしまいました。 ちょっと長すぎるのと、クライマックスの火あぶりおよび針金シーンあたりの見せ方が冗長な感じがしました。ああゆうシーンはえんえんと見せられると「はい、作り物ですね。」という気がしてきてしょうがない。また、ラーダ・ミッチェルがヒーロー気取りで叫びまくるシーンは舞台チック(芝居クサー)な気配もぷんぷんしてきて、閉口した。 クリーチャーが次々出てくるところはなんとなく「ザ・セル」ぽい感じもしました。 この手の映画にしては、そう悪くはないが、手放しで喜ぶほどではないというレベルでしょうか。 お疲れ女優のデボラ・カーラ・アンガーは、あの役にはぴったりだったし、ベネット巡査もイカしていました。女性警官がこんなにはまっている女優さんもめずらしい。やっぱ、女性警官はこのくらいごつくなくっちゃね。あっさりつかまってしまうところは「?」と思いましたが。 が、ラーダ・ミッチェルはあいかわらず好きじゃない。この人はウッディ・アレンの映画で堂々主役を張るわで勘違いもはなはだしい。あんなミニスカートにブーツなんて全然似合わない。他の美人女優たちがみなアクションものに励んでいるのにならって「あたしだって、戦うヒロインぐらいやれるわよ」と思ったか知らないが、ミラ・ジョボビッチやケイト・ベッキンセールやシャーリーズ・セロンとあなたは違うと思う。それは勘違いです。 [DVD(字幕)] 7点(2006-11-23 00:06:42) |
193. ブギーマン(2005)
《ネタバレ》 終始うっすら笑ってしまいました。 この子があんまりにも怖がりなもんで。 疎遠だった母親が死んで、久しぶりに帰郷する、というパターンは「ライディングザブレット」を思わせます。作り手はキングとか好きなんでしょうね。 これそんなに悪くないです。B級にしたらマトモな仕上がりだと思う。(ラストのドタバタを除いて) 同じスティーブン・ケイの「デッドマン・コーリング」と比べても、こちらのほうがよいと思います。 終盤までの出来が悪くなかっただけに、ラストがお約束のCG一本締めに終わってしまったのが残念だが、そこに至るまでのティム君がひたすらビビって暮らしている様子なんかは、けっこういいと思います。 主演の俳優さんも、いいですね。若い頃の太川陽介に似ているのだが。自然でさわやかな嫌みのない演技だと思います。有名じゃなくても、このくらいできる子がいるのは喜ばしいですね。って、なんだか「ギミーヘブン」の安藤のあまりのひどさと比べるとレベルの差に悲しくなってくるけどね。ちなみにケイト役の子は、シガニー・ウィーバー似ですね。(しっかりエラも張っているし) しかし男の子の怖がりって、どうしてこんなに笑ってしまうのかしら。 [DVD(字幕)] 7点(2006-11-17 21:46:04) |
194. ショーン・オブ・ザ・デッド
《ネタバレ》 最初のほうほど見ごたえがあって、最後に行くほどダメになる、残念な感じがした。 自宅を脱出するまでは、小気味良く丁寧な描写がつづく。チラチラと現れる異変を日常と織り交ぜながら巧妙に描くあたりは、とてもうまい。 が、逃避行に入ってからは、エキストラ(ゾンビ)を整理しつつアクション込みのロケをしながらストーリーを進めるだけでせいいっぱい、という感じがする。これも低予算でスタッフの数が限られていることからくる限界なのだろうなあ。 後半がドタバタに終わってしまったのがつくづく惜しまれる。 ショーンをデキの悪いブルース・ウィリスに見立てて、ハチマキをしめさせているところもおもしろい。エドみたいな、人をおちょくったキャラを愛すべきキャラとして大事に扱うのも、ヨーロッパならではの大人の感覚ということでしょうか。(アメリカだったらすぐ死ぬ系のキャラですね)といっても私はエドみたいなヤツはそばに来ないでほしいほうだけどさ。 [DVD(字幕)] 7点(2006-11-15 17:59:40)(良:1票) |
195. ジャケット
《ネタバレ》 ジェニファー・ジェイソン・リーだったのか! なんということでしょう。彼女もすでに堂々のシワ女優の仲間入り。「マシニスト」のときよりさらに老けていた。「アニバーサリーの夜」は遠くなりにけり…。 ちょっと気になるのが取ってつけたような湾岸戦争ですね。全然テーマと関係ないでしょう。なんのつもりだか。要らない要らない。 「またしても〝ジェイコブ〟か?」とも取れるような出だしでしたが、方向性は「バタフライエフェクト」でした。エイドリアン・ブロディを使ったことで、「バタフライ」のような軽さは皆無となり、どこまでもいつまでも画面を暗くする結果となりました。いやほんとに、写っているだけでこんなに画面が暗くなる俳優さんもめずらしい。こういう俳優さんはほんとうは使いにくいでしょう。しかしまあ、今回のような話にはギリギリの線でマッチしていたのである。かなりのギリギリだが。キーラ・ナイトレイとのラブシーンはかなり無理があったと思うけれども。 いやべつに、これがマット・ディロンであろうが、サル顔のコリン・ファレルであろうが、この役じたいは誰がやってもそれなりになってしまう役どころだと思う。ということは逆に、誰を使うかによって、全く違った味わいになるということだろう。 そこに果てしなく暗いエイドリアン・ブロディ。この世の不幸を一身に背負ったかのようなその顔面。枯れ木のような肉体。(実は脱ぐとマッチョだったりするところもエグイ気がする。) この顔が最強の武器になることもあるという、不思議な効果を生んだ作品といえます。死体安置所のボックスが世界一似合う男と認めよう、ブロディよ。 脚本としては、荒れた生活をしているジャッキーを先に見せまくったことで、ラストの健康そうなジャッキーが生きてくる、という古典的ながらの決め技を褒めておきます。まあ、そのへんがこの映画の技のすべてとも言えるかも。 それにしてもママさんはぜひお疲れ顔のデボラ・カーラ・アンガーにしてほしかったところだ。残念。 [DVD(字幕)] 7点(2006-11-02 22:59:59)(良:1票) |
196. 交渉人 真下正義
《ネタバレ》 テレビで見てエラソーなこというのもなんですけど、いちおうビデオ撮って2回見た。ということは私的には×じゃない。 あらなかなかいいじゃないの。というのが率直な感想だった。「踊るの2」よりだんぜんこっちのがいい。 ユースケ・サンタマリアは左右の鼻の穴の形が激しく違うので、正面からの撮影はかなりイタいものがあったけれど。横オンリーにしろ、横に。 犯人の顔を最後まで見せなかったところ、うーん、うまくシメたね。こういう場合は見せたところで「ふーん」でしかないですから。あの黒いシボレーそのものが「彼」で終わって正解。 「クモ」のデザインも、ありえないがなかなかハデな感じでよい。 水野美紀をあんまり出さなかったところもよかった。 寺島にしろ、総合司令室長にしろ、濃いキャラも素直に楽しめた。その濃い人たちと、反対に起伏の少ないユースケのセリフまわしの対比も、下手とはいえまあまあイケていた。 フジの踊るシリーズに、あんまりいろいろな面で求めすぎてもね。あっでも小泉孝太郎だけはどう考えても要らなかった! [地上波(邦画)] 7点(2006-10-16 22:33:25) |
197. マインドハンター
《ネタバレ》 4人目です。 えっあんた主役じゃなかったの、第2弾。(第1は「スケルトンマン」) しかしスレーターはなぜこんなチョイ役で出たのか?意外にスターとしてのクラスが低いのだろうか。 顔のパーツがそれぞれ小さめなうえに、中央に寄りぎみでインパクトが薄い顔だからでしょうか。そりゃあ、ジェイク・ギレンホールみたいな濃い顔と並んだりしたら負けるけどなあ。 私は最後まで当たりませんでした。あの車椅子のヤツが実はすたすた歩けるんじゃないか?とか思ったりしましたが。でもさ、あの防弾ベストのヤツが死んだ(ように見えた)とき、「血」が出てなかったか?なんかずるいぞ。 プロダクツがしょぼかったのが悲しいけれど、「レニ・ハーリンにしては悪くない」という程度の作品でした。 [DVD(字幕)] 7点(2006-10-14 14:24:05) |
198. the EYE 【アイ】
《ネタバレ》 やはり2度目に見ても、この手のホラーサスペンスでは群を抜いている。パン兄弟というのは本当にアイディアの宝庫だ。右脳の発想と思う。思考と記憶の作業を視覚で行っているように思える。 ただラストの爆発のところが個人的には気に入らない。「プロフェシー」とかぶっているし(どっちが先にせよ、話を収めるにあたってあまり洗練されたもって行き方とは思えない)それまでのストーリー展開からするとあまりにもイージーに過ぎる。 で、ここのところはトム・クルーズがプロデューサーとなって映画化した際には、きっとこうなると思われるので皆様にはどうでもいいでしょうがお伝えしたい。 まず、主人公は白人男性。そしてカウンセラーは美人の女医さん。まさかマッチョなトム本人が盲目男性を自ら演じることはないと思われるので、オーランド・ブルームあたりをもってくる。そして、ラストではオーランドはご本家と同じように、車の窓を叩いて逃げるよう説得するのだが、誰も耳を貸さない。そこで切羽詰ったオーランドは、後部座席にぬいぐるみを抱えて乗っている女の子を無理やり連れ出し(ぬいぐるみは絶対ですね)、走り出すのだが、それを両親が事故の交通整理の警官へ通報し、警官に追いかけられたオーランドは必死に走る。ここで警官が空に向かって発砲(子供が一緒なので)したりして危機感を煽る。その時まさに大爆発が!オーランドは女の子を守って自分が犠牲になり、再度失明したのであった。そんなオーランドをあたたかく迎える美人の女医さん。…こんなことだと思うのですがー。もうアメリカナイズするとどうなっちゃうかだいたい想像つくよね。そこがよりつまらなさを加速する今日このごろでした。 [DVD(字幕)] 7点(2006-10-09 21:16:51)(笑:1票) |
199. 5IVE[ファイブ]
《ネタバレ》 おお。予想外にいいではないか。 実を言うと私は画面に食い入るように見入ってしまった。 とにかく一瞬も目が離せない。ひさびさの釘付け状態に突入。 とりあえず映画にはいつも「釘付け」を要求して(これがなかなか得られない)いるので、第1段階クリア。 「箱」という閉じた世界の中でですね、4人(とりあえず4人)がそれぞれ「アンタッチャブル」状態である、という状況を作り出しているのですね。 ある者は銃を構えて、ある者は発作を起こして瀕死だから、ある者は臨月、そしてエイズという文字通りの「アンタッチャブル」。そう、ここにいる4人はみんながみんな、それぞれ違う意味で容易に他人と抱き合えない状態なのです。 そんな、「全員が磁石のマイナス」を抱えたような箱の中。ややもすれば「舞台臭(芝居クサー)」が漂ってしまう設定であるにもかかわらず、リアリティを損ねないようテンポを効かせた脚本はお見事、と思います。演出も、舞台臭を極力抑えた悪くない出来と思う。俳優陣もなかなかいいですね。 あのビデオは事後に撮ったものだったわけか。それで、彼が感謝の言葉を語りかけるのは、「ターニャ」ですよ。ゲイの恋人ではなく。 それが一番の「オチ」だったのではないだろうか。 今後が楽しみな監督さんです。 [DVD(字幕)] 7点(2006-10-07 21:39:34) |
200. クラッシュ(2004)
「25時」でも出てきた「アメリカにおける人種」の問題。 これは白人監督による場所を替えての(LA)お話だ。スケールも韓国人からペルシャ人までと大きい。 この映画では人々は「人種間の憎悪」を解決するためにすーぐ銃を用いることを考える。 「怖い気に入らない憎たらしい」→「じゃ銃だな」。 「銃」を用意しないサンドラ・ブロックのような人は恐怖と不安でノイローゼになるしかない。 アメリカは白人がネイティブアメリカンを追い出して(殺して)住み着いた国であるのに、そこに自分達より後に別の人種が入ってくると、「俺たちよりいい思いをしなければお前らがここに居ることに目をつぶろう」というレベルから基本的に少しも進歩しないのだ。 これはよその国の自分に関係ない出来事ではない。 留学生を装って日本に出稼ぎにくる中国人、ダンサーだと言って売春する東南アジア人、薬物を売買するイラン人、日本語も話せずブラジルから出稼ぎに来て2~3年で帰ってしまう日系3世。日本の安全を守りにきたはずなのに、現金も持たず(超低収入)街に出てきてナンパをしたり悪さをする基地の米兵。 もちろん普通の無害な外人もいるだろう。しかし、「無害かどうか判断のしにくい」外人に対して、「どうぞ私の家のとなりに家を建ててください。」とか、「私の店のとなりに店を出してください」とか「私の所有するマンションを借りてください」とか「どうぞ私よりたくさん稼いでください」と言える人が何人いますか。 上記の白人と同じでしょう。「俺たちよりいい思いをしなければ目をつぶっていてやるよ。」 これが「人間」の真実の姿だと私は思う。普通の人間はもともとそんなに立派ではないんだ。 この作品を見る限りポール・ハギスの考えもおそらく同じだと思う。 「立派じゃないので、避けないでぶつかれ。触れ合え。避けるともっともっと相手が怖くなるだけだ。」と彼は言いいたいらしい。 「日本ではここまでひどいことは起こらないわ。銃が無いから。」?それでは、福岡の4人殺しとか、ペルー人の女児殺しとか、世田谷一家殺人事件はなぜ起きたのか? それでも、ポール・ハギスの言うように、「怖がって避けてばかりいないで触れ合え」ますか? 脅かしているようだが普通の日本人もあの検事の妻のように、不安とイライラに苛まれる日は近い。たぶん「銃のあるよその国の出来事」として見るのでは甘い。 [DVD(字幕)] 7点(2006-09-24 14:34:48)(良:2票) |