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かっぱ堰さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 1246
性別 男性
自己紹介 【名前】「くるきまき」(Kurkimäki)を10年近く使いましたが変な名前だったので捨てました。
【文章】感想文を書いています。できる限り作り手の意図をくみ取ろうとしています。また、わざわざ見るからにはなるべく面白がろうとしています。
【点数】基本的に個人的な好き嫌いで付けています。
5点が標準点で、悪くないが特にいいとも思わない、または可も不可もあって相殺しているもの、素人目にも出来がよくないがいいところのある映画の最高点、嫌悪する映画の最高点と、感情問題としては0だが外見的に角が立たないよう標準点にしたものです。6点以上は好意的、4点以下は否定的です。
また0点は、特に事情があって採点放棄したもの、あるいは憎しみや怒りなどで効用が0以下になっているものです。

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101.  日野日出志のザ・ホラー 怪奇劇場 地獄小僧 《ネタバレ》 
日野日出志という漫画家の作品から、全6話を別々の監督が選んで映像化したうちの一つである。なお導入部は各話共通のものを使っているのでこの映画固有のものではない。 「監修」として高橋洋氏の名前が出ており、公開月日は前後するが「ソドムの市」(2004)と同路線のようでもある。ところどころにマンガそのものの表現を混ぜているのが特徴で、これは低予算なのを“もともとマンガだから”と開き直る手法かも知れないが、実写にマンガを入れればふざけた映画としか受け取れず、登場人物が真面目な顔をするほど茶番の印象が強くなる。茶番として作ったのならそれも一つの考えだろうが、少なくとも原作マンガはそれ自体としてまともに作られたものだったろうから、全部が全部ふざけた映画としてしか見られなくなるのはさすがに問題がある。最後はもうどうでもいいから早く終われという感じだった。 ちなみにこれを見たあと原作を読むと、原作にけっこう忠実にできていることはわかったが、だからといって上記の悪印象が薄れるわけでもない。また映画では、少年が元の(染谷将太の)姿に戻る際の法則性もよくわからなくなっていた。 まあひと昔以上前のものにいまさら何を言っても仕方ないわけだが、自分として一つだけ肯定できるのは、墓地(というか死体の埋却場)にあった風車状の設置物が、現実的な意味は不明ながらもこの場の性質を端的に表現したものとして受け取れることだった。要は雰囲気でごまかしているだけなわけだが。
[DVD(邦画)] 2点(2017-05-27 10:19:01)
102.  日野日出志のザ・ホラー 怪奇劇場 怪奇!死人少女 《ネタバレ》 
日野日出志というホラー漫画家の存在は知っていたが、絵柄が独特なこともあり、よほどのマニアが読むのだろうと思って以前は無関心だった。この映画はそれを映像的にリバイバルした形で、全6話を別々の監督が選んで映像化したうちの一つである。白石晃士監督といえば現在の邦画ホラー界では有名人だろうが、この時点ではまだそれほどの存在感はなかったものと思われる。  序盤は明らかに戦後期を意識した作りになっており、原作は1987年(昭和62年)の発表のはずだが映画は昭和30年代以前にも見える。大仰なショック音楽とともに題名が表示され、ドロドロしたバックの上にクレジットが出るのは昔の怪奇ドラマのようで笑ってしまう。その後もわざとらしく杭打ちの音や犬の遠吠えを入れてみたり、昔風の音楽が鳴り続けたりするのがユーモラスである。主人公が放浪を始めてからは少し冗長な気もしたが、ラストはまたあっけらかんとしてほのぼのとした印象になっており、別に大感動作というわけでもないが、最後に一応の救いを持たせてあるのは悪くない。 ちなみにこれを見たあと原作を読むと、オチの普遍性という意味では原作の方が上のような感じである。主人公をめぐる状況を殊更にシビアにしたのは映画独自のことで(監督の個性?)、原作の方は意外に穏健で良心的に見えた。  なお主演女優は制服姿が一応可愛らしいので、未来ある若手女優がこんな映画に出るべきでない、と言いたくなったが本人には特に不満はなかったらしい。メイキングを見ると、この女優と共演の森下能幸氏との関係性が可笑しい(先輩役者のはずだがなめ切っている)。
[DVD(邦画)] 5点(2017-05-27 10:18:57)
103.  ピクニックの準備 《ネタバレ》 
「夜のピクニック」(2006)の前日談9編からなるオムニバスで、それぞれの主人公の名前が明示されている。[ ]内は個別の点数。 「おまじない」杏奈編: 「かわいく悩む」という表現はいいが短い。これだけでは海外ロケの意味がない。[3] …ただし、特別編『「片想いの長さ」もう一つの杏奈編』(セル版特典)を見ると少し世界が広がる。[5] 「告白」さくら編: 本編のどこに出ていたかほとんど憶えていない人物像を思い切り掘り下げた形。なぜか寸劇が始まるので笑ってしまうが、やがて泣く。[8] 「序奏」高見編: MV風で面白いがMITOGALとは何なのか。ラストは暗転という印象だが、その後に本編を見直しても希望が見える気はせず、要は単なるバカかと。[7] 「願い事」千秋編: だから何だという感じ。本編を見直しても接続部分が極めて小さく存在意義も疑わしいが、妙にほんわかしているのと主人公が可愛いので和む。本編よりずっと可愛く映っている。[4] 「シナリオの行方」梨香&忍編: 主人公(梨香)を見ているだけで面白い。オバサンなど出さなくてもと思うが、やはり演劇は観客がいないと成り立たないということか。[6] 「おかいもの」亮子編: 鶴田法男監督なのにホラーでない(ホラーにしてしまえばよかったのでは)。少々おふざけが過ぎるようだが終幕は印象深い。 [5] 「むりっぽい」貴子編: 題名が好きだ。妄想癖があるようだがこの主人公も好きだ。[6] 「ひみつ」美和子編: 主人公の顔が見どころ。初恋のお姉さん。[7] 「はてのない」融編: けっこう切ない。顔つきは悪いが純な男。[7]  本編よりさらにコメディ色が濃いので笑いながら見られる。本編を見てからでないとわからないだろうが、これを見ても逆に本編のどこにつながるかわからないところがあり、それで結局本編を見直して、両方を把握して初めて表裏一体で効果を発揮する感じになっている。全体的に劇中人物への親しみが増す内容になっており、特に本編でほとんど存在感のなかった人物が大きく扱われていたのはよかった。
[DVD(邦画)] 6点(2017-05-15 18:51:03)(良:1票)
104.  夜のピクニック 《ネタバレ》 
題名の印象からしてよほど特殊な出来事かと思っていたら、要は水戸一高の年中行事の話なのだった。むかし知り合いだったデブの××やすらりと華奢な○○さんがこういうことをやっていたとは初めて知った。旧制中学校の時代だったら色気も何もない男ばかりの体力勝負になったろうが、今は告白の機会と捉えられているらしいのは世の中の軟弱化ということである。  映画としては序盤から羽目を外し加減なのが少し意外で、劇中提供される笑いにも同調しづらい状態で推移する。唐突にファンタジーアニメになったり役割不明な登場人物がいたりして戸惑い気味に見ていたが、しかし次第に何が問題なのかがわかって来て、最終的には疑惑の2人が似た者同士に見えて来たので、自分としてもそれなりにこの映画を受け取れたという気にはなった。 映画単体だとその程度だったが、その後に原作を読むと2人の心情が切ない青春小説で9点くらいつけたくなった。この原作を読んでいれば、この映画もその映像化版/簡略版として素直に受け取れるところが多いと思われる。これでこの物語の真価がわかってから、さらにサイドストーリー集「ピクニックの準備」を見ると劇中世界が広がって登場人物にも思い入れが生じ、そのまた後に再度本編を見るとコメディ部分も笑えるところが若干増え、2人の思いも素直に心に染みて来るようになる。ここまで気合いを入れて見てやっと全面的に受容できたが、同様のことをする人はそう多くないだろうとは思う。  なお自分の高校にこういう行事はなかったが、ちょっとした事情で夜間歩行をさせられて30kmくらい歩いたことはあり、それまで存在も知らなかった峠道や、車も通らなくなった海沿いの道など歩いて面白かった。そういうときの夜の異界感や高揚感がこの映画に感じられるかというとそれほどでもないが、仮眠所の灯りが眩しい様子などはよかったかと思う。
[DVD(邦画)] 6点(2017-05-15 18:51:00)(良:1票)
105.  母べえ 《ネタバレ》 
最初から不快な人間像を次々見せつけられるのは辟易するが、全体としては単調に進行していき、防空頭巾で逃げまどう場面もないまま現代に至り、だからどうした、という感じで終わりそうなところ意外にも、最後の出来事が大きな違和感を残す作りになっている。 数十年後に長女は医師、次女は美術教員になって孫も何人かいたようで、それで何の不足があるかと思うわけだが、現時点でどれだけ満たされていても戦前戦中の恨みだけは絶対忘れない、ということを言いたいのか。仮に霊魂というものが存在するとした場合、死ぬ間際に強い感情を残すのは、いわゆる“成仏できない”ことにつながるように思われるが、人の安らかな死を妨げてまで言うことを言わせなければ気が済まないというところが、こういう世代の最後の執着なのかも知れない。 それにしても、それまでの経過を一応見せられた自分としては、夫が「思想」のせいで弾圧されたからといって「改心」までする必要はないのであって、単に社会的圧力に屈して隠していればいいだけのこととしか思われない(検事が言っていたのもそれ以上のものではない)。思ったことをそのまま言う自由、つまり表現の自由は家族の幸福にも優先することを表現したかったのであれば、その表現自体は自由だが自分としては共感しない。  登場人物としては、間抜けなところのある青年は東北(作家の藤沢周平と同郷らしい)、下卑た叔父は関西という形で、性格と出身地の対応関係をわかりやすく設定している。父親の出身地を広島にしたのは劇中の死者を一人増やす目的だったらしい。 そのうち叔父の発言はなかなか痛快である。「贅沢は素敵だ」というのは当時からあった茶化し方だろうが、“世の中理屈でなく金がものを言う”というのは、役に立たない大義とか主義主張とか信念とかに対抗しうる合理的発想であり、今日でも通用する世界共通の価値基準と思われる。ただ世界中がそれだけになるとさすがに弊害がある(戦争の原因にもなる)ので、これは今後の人類の課題ということかも知れない。 ほか個別の場面としては、近所の少年が「誰あのきれいなお姉さん」と言って逃げ去る直前の一瞬の表情には本当に笑わされた。また海水浴の場面で、水難救助のために主人公がいきなり海に入って泳ぎ始めたのは少し驚いた。もともと水泳が得意とのことで、この時点で××歳過ぎていたはずだがなお壮健ということらしい。
[DVD(邦画)] 4点(2017-05-01 19:57:30)
106.  THE3名様 スピンオフ 人生のピンチを救うパフェおやじの7つの名言<OV> 《ネタバレ》 
一応説明しておくと、本来「THE3名様」とは2000年代から発表されてきているマンガ作品で、これを福田雄一監督が実写とアニメで映像化しているが、その実写版のスピンオフとして、脇役レギュラーの「パフェおやじ」に焦点を当てたのがこれである。 今回の趣向は「パフェおやじ」がたまたま近くにいた他の客の会話を聞いた上で名言を放つというもので、エピソード7つのオムニバスのようになっている。しかしその名言自体は単なる感想レベルの表層的なものでしかなく、そこに解説を付けて名言のように見せているが、それもこじつけにしか思えないものが多い。ネタバレ的に一つだけ書くと、脚本があって役者が演じているからには当方としても見た目そのままとは思っておらず、このやりとりの裏に何があるのかと思っていたところで「他に何かある」では、まるきりそのままではないかと呆れる。人生を変えるほどの発言があるとは思っていなかったが、せめてもう少し気の利いたものがあればよかったがと思う。 制作側としては主に「パフェおやじ」の動きで笑わせようとしていたらしいが、個人的にはこの監督の作る笑いに素直に乗れないことが多く、今回もそれは同様だった。ただ各エピソードに出る役者(の顔など)を見ているのは面白い。ちなみに第2話「夫婦喧嘩」に出た姉弟のうち姉役(伊藤沙莉)が、年若いのになぜか声がハスキーで迫力があると思ったら、「幕が上がる」(2015)でオヤジ声を出す部員(たかだ/高田梨奈)役と同じ人なのだった。子役時代からTVドラマなどに出ていてキャリアの長い人で、昔からこれが特徴だったということらしい。
[DVD(邦画)] 3点(2017-04-10 00:03:27)
107.  天然コケッコー 《ネタバレ》 
夏帆の主演映画ということと、自分としては一生行かずに終わりそうな石見地方(飛行機の上から見たことはある)が舞台ということで見た。実在の風景を使って、今となってはファンタジックにも見える中山間地の景観が作られており、山に囲まれたようでいて少し歩けばいきなり海に出るという土地柄も生かされている。「山の音」の場面では、人物がいる手前の明るさと、背景の山のくすんだ感じの対比がよかった。また季節の変化もきれいに映像化されている。 生活圏内には小都市があり、結構な人出のある祭りもあったようで普通の一地方なのだろうが、主人公の住む場所はまるで隠れ里のように見える。交通幹線から外れていて、少し離れた鉄道駅だけが外界に接する出入口というイメージが持たれたが、その割に遠方に自動車道路が見えていた場面などはかえってボロが出たような印象もあった。全員が知り合いの小社会で、毎日朝昼晩と同じ顔ぶれの人々と付き合うのでは息が詰まる気がするが、そこはまあ創作の世界でもあり、また実際にこういう場所で生まれ育てばそれが普通になるのだろうと納得することにする。  物語としては連載マンガのエピソードをつないだ形で、最近見たものでは「この世界の片隅に」(2016)と同様ということになるが、それと比べても起伏が少なくひたすら地味なため121分が正直つらい。個別エピソードとしては学校を休んだ児童を見舞ったところとか、大失言してしまってから泣き出すまでの経過はよかったが、全体としてもう少し大きいドラマがないのかという気にはさせられる。 そういう面では、中学生から高校へ上がる年代の微妙な心境変化自体が一つのドラマだったと取るべきなのか。恋愛に関しては本格的な性愛感情などはなく、初めて親しくなった異性らしい異性への愛着という程度にも見える。それ以上に9年間通った学校への思いが強かったということなら、要は身辺や自分自身がいずれ変わっていくことへの哀惜が主題だったと思えばいいのかも知れない。 まあそのように理屈で考えなくとも、登場人物の心情に直接同調できるとか、劇中世界にそのまま入り込めるなら大絶賛かも知れないが、個人的にはそうもならなかった。劇中に共感できる人物が誰もいないのは困るが(中学生男子は論外、父親も除外、無理にいえば郵便局員の男か)、恐らく原作段階からして自分には合わないのだと思われる。ベタ褒めできなくて残念でした。
[DVD(邦画)] 5点(2017-02-02 19:29:34)
108.  ナイスの森 The First Contact 《ネタバレ》 
製作から10年以上経った現在の感覚でいえば、常識外れとかシュールとかいう点に関してはそれほどでもないというしかない。こんなものはこの映画で初めて見た、という驚きも特にない。それより作り手が自分勝手に作りたいという意思が前面に出ていたのかも知れないが、そういうものは自分の短い映画鑑賞歴の中でさえ結構見せられている気がして、一般人の立場でどこまで付き合うのかという問題になる。 結果としてはそれほど面白いとは思わなかったが、個人的には庵野秀明氏が教室の最前列でわめいていたのが最も意味不明で笑った。また自分としてはこういう場合は主に女優を見ているわけだが、その面では豪華キャストの「三人姫」の騒ぎは少し面白かったかも知れない。しかし同じエピソードの福沢諭吉は、まさかこうするつもりではないだろうなと思うことをそのままやってしまうのが興醒めというしかない。また別のエピソードでは元女子高生の態度だけはよかったが、締めの言葉が(題名も)「酒でも飲みますか」というのはあまりに凡庸な発想で、21世紀初頭のわが国の文化水準はこの程度だったのかと呆れ返る。詰めが甘いというのか緊張感に欠けているということなのか。 そういうものでもクリエーターへの敬意として、ここは一応それなりの点を入れておく。
[DVD(邦画)] 3点(2017-02-02 19:29:31)
109.  ハウルの動く城 《ネタバレ》 
最初に見たのはTVだったが、その時は何が何だかわからず単純に面白くなかった。その後は見直す気にならなかったが故あって改めて見たところ、大人になれない若い男と老婆のような若い女が影響し合って最後は幸せな家庭を築いた話に見えた。 男の方は世間の風など関係なくお花畑に身を置いて「人殺しどもめ」と戦争を蔑んでいればいいと思っていたが、具体的に守りたい相手ができたとたんに何人殺しても構わないほど舞い上がってしまい、これはまずいと女の方が抑えにかかって安定状態に至ったように見える。女の方はもう人生終わったかのように思っていたが、私だけの王子様のようなのが突然現れて、駄目な男だけど本当は優しい人だから何とかしてあげたいと思ったり、私のことをずっと待っていてくれたと感激したりしてやっと年齢なりの女子になったということか。それでも基本的に落ち着いた主婦向きの人物なので、男が恋人に母親を求めるような都合のいい話になっていたようである。 劇中で戦争が起こったのは二人を高次の人格に導くための契機ということだろうが、物語を動かすために起こした戦争など「バカげた戦争」というのは当然であり、物語の終了と同時に戦争が終わったのも変ではない。あるいは実際に、王室付きの魔法使いが生涯最高の弟子を表舞台に引っ張り出すためにわざと起こした戦争ということだったのかも知れない。まともに取れば多数の人命が失われたのだろうが、そもそも観念的な戦争のようでどれだけ人が死んだかなど気にしなくていい感じだった。 以上のような感じで大まかな説明はできなくもないが、それで面白いかというと大して面白くはなく、映像面でも風景や事物などに既視感のあるものが多い。宮崎アニメはいわば国民的アニメであるから一度は見なければと昔は思っていたが、別に見なくても問題ないと初めて思ったのがこれだった。 なお端正な美形女子が年を取ると鷲鼻になるのはなぜか不明だが、これならシータが年を取るとドーラになるというのもわかる。
[DVD(邦画)] 4点(2017-01-23 23:42:08)(良:3票)
110.  歓びを歌にのせて 《ネタバレ》 
大まかに何が起こっていたのかはわかったが、しかしそれで感動したかというと何とも思わなかった。世界が認めた良作なのだろうから貶めるつもりはないが、自分としては乗れなかったということである。ここを見ると自分だけではなかったようで安心した。 個人的印象を正直に書くと、劇中の田舎があまりに閉鎖的で人間関係が面倒臭い上に住民の感情の動きにもついて行けず、何となく冷ややかな目で見ながらラストに至り、そこでまたかなり人工的な感じのする出来事にも共感できるものがなかったという経過だった。また好きになれる人物が誰もいなかったというのも自分にとっては難点だった。  以上だけでは何なのでたまたま個人的に知っていることを書いておくと、スウェーデンの作曲家で音楽評論家のヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル(1867~1942)がイェムトランド地方のエステルスンド市近郊に別荘を建て、当初は夏だけ通っていたがそのうち永住してしまい、そこで周辺の合唱団の指導もしていたとのことで、この映画もそんな感じかと思って見ていた…と書こうと思ったが昔の記憶のため今となっては出典不明で確認できなくなっているが、とにかくペッテション=ベリエルの場合は自らも合唱曲を書いていたので合唱指導というのも自然な気はする。
[DVD(字幕)] 5点(2016-12-17 10:51:21)
111.  レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー 《ネタバレ》 
基本的に説明不足な映画だが、ほか各種差別感情がまる出しのために無用なところで反発を生む恐れもある。とりあえず自分としてはこの映画で対アイスランド感情が悪化した。 特に欧米人によって戯画化された日本人像をそのままネタにしているのが気に障り、自虐趣味の日本人なら薄ら笑いで済ませるだろうと思われたようなのが腹立たしい。かつて喜々としてキーセン観光に行っていた世代などは放っておくとしても、カミカゼアタックなど現代日本人が普通に口にする言葉ではなく、「トラトラトラ」は神風特別攻撃隊と場面が全く違うので一緒にするなと言いたくなる。また日本人は割箸?を凶器に使わない。  それはそれとして映画の基本構造としては、アイスランド人をあえて悪役にして、クジラを愛する人々(主にイギリス人?)を大殺戮して溜飲を下げる形だったと思われる。正義の味方に見えた沿岸警備隊もさりげなく殺戮側に加担しており、かつてイギリスとの間で「タラ戦争」を戦った連中の後継者であることを自ら示していた。救命ボートで逃げた2人も大型の海生哺乳類に追い打ちされ(シャチのようなものも向こうではクジラ扱いということでいいか)、最後に1人だけ残ったのはせめてものお情けか、あるいはこの惨劇を後世に語り継ぐべき証人ということか。 以上だけならわかりやすかっただろうが、そこに日本人を絡めたために素直に見られなくなっており、何かダシに使われただけではないかという印象もある。また外人の若手女優が2人出ていたのも区別しにくいだけで意味不明になっている。ちなみにこのフィンランド人女優の裸を見たのは2回目だが、だから何だというわけでもない。 かろうじて自分として喜ばしく思ったのは、外人男に比べて極端に小柄で幼く見えながらも対日ヘイトを受け流して賢く他者を出し抜いた日本人が、最後に一人だけかわいい顔で笑っていたことだった。「何やってんのよバカ」という台詞が心地いい。
[DVD(字幕)] 4点(2016-12-17 10:51:16)
112.  THE MASKED GIRL 女子高生は改造人間 《ネタバレ》 
45分という中途半端な長さだが、同じく女優のアクション映画「ハード・リベンジ、ミリー」(水野美紀主演、44分)と同時公開だったとのことで、2本合わせてそれなりのサイズということらしい。 中身に関しては、まずいたいけな少女を人体改造するという発想自体が気に入らない。君に×××の力を与えた、今日から君は○○○だ、と口で言えば済むものを、あえて物理的改造(手術台のようなもので白衣を着た者がする)にこだわる必要などあったのか。そういうものが好まれた時期だったのかも知れないが、史上最初の仮面ライダーの時点で、改造された人間の悲哀がにじんでいたことを知っている世代としては全く容認できない。 また変身ヒーロー物として見た場合、ラストで悪が滅ぶわけでもなく、当面の謎を残したまま次の戦いを待つ形で終わるので、要はTVシリーズの第1回に相当する内容しかないことになる。もしかするとシリーズ化を目論んでいたのかも知れないが、本物のTVシリーズなら30分番組の枠に収めるはずのものを45分もかけてやった形であるから密度は低く、これで次回に期待しようという気も起こらない。  一方アクションという点では、主要人物の女子高生役2人がけっこうハードに頑張っていたようで少し感心した。この2人は当時「美少女クラブ31」なるものに所属していてアクション志向などでは全くないだろうから、少し指導を受けただけで一応のアクションをこなすというのは基礎的な運動能力が高いのだろうと思われる。ダンスをやっているとこういう動きも無理なくできるのかと思ったりもした。 またこの女子高生役2人が期待どおりの美少女なのは大変よいことである。基本的には中村静香という人が出ているので見たわけだが、今回は主演の清水由紀という人も好印象で、劇中の事態に対する女子高生としてのリアクションが(リアルかどうかは別として)非常に可愛らしい。メイキングでは監督が、「変身ヒーロー物の作品」として作ったが、できてみると「これはアイドル映画なんだ」と思ったとのことで、それはまことに同感である。 なお変身ヒロインの名前はTHE MASKED GIRLなので仮面ガールだろうが、主人公がせっかく二輪車を愛用しているわけなので“ライダー”という言葉を使えなかったという気はする。具体的にどうすればいいかは思いつかないが。
[DVD(邦画)] 2点(2016-11-24 22:22:24)
113.  アナザヘヴン 《ネタバレ》 
原作は読んでいない。TV版もあったようだが映画とは別物だそうである。 話の中身を簡単にいうと、人の心には善悪が並存していて、そのうち悪の部分だけを煮詰めた敵に善の部分が勝ったというようなことらしい。題名の説明らしきものも出ていたが、何にせよ普通の成人の目からすればごく普通の話で特に新たな発見はない。 また全般的に理屈はわかるが感情が伴わない場面が目立ち、特に女医を追い出した後の主人公の感傷などは唐突で、もっと事前の仕込みをしておかなければ共感も何もない。また終盤の「誘ってくれてありがとう」というのはかなり切ない台詞だったはずだが、言われて初めて当該場面に遡ってそういう意味だったのかと考えるようなもので、何かと後付けで納得を迫られる感じだった。そのように物語の構成要素が不足する一方、犯罪マニアの存在などこの映画に必要だったのか不明であり、映画化の際に整理できないまま半端になったような印象もある。 そのほか腹立たしいのは男どもが粗暴なことで、こういう頭の悪い連中は早く死ねばいいだろうと思いながら最後まで死ななかったのは後味が悪かった。善悪が分化する以前のケモノのようなのが人の良心を語るというのは片腹痛い。  そういうことで特に褒められない映画だが、しかし自分にとっては女優の存在が欠点を補っている面があり、特に主人公に拒絶された後の松雪さんの表情などは見ていて切ない。 また個人的には市川実和子という女優が結構好きで、この人の演じる天真爛漫な馴れ馴れしさとか精一杯の健気さなどを見ていると、映画自体の説明不足も何も関係なく全部わかったからもう文句いいませんと言いたくなる。「勝手に運命とか思い込んじゃった」というような台詞も愛しく思われて、かえって主人公の男が馬鹿なのに怒りを感じる。そのことからも、やはり男は全員死んでしまえばすっきり終わっただろうという気がした。それでは続編ができないので困るのだろうが。
[DVD(邦画)] 4点(2016-10-18 19:41:26)
114.  携帯彼氏 《ネタバレ》 
携帯サイト「魔法のiらんど」で公開されたケータイ小説を原作とした映画で、同サイト発のものとしては「恋空」(2007)、「赤い糸」(2008)に続く映画化ということらしい。それを聞くととても成人男子がまともに見るものではないということになるが(「赤い糸」は見ていないが「恋空」で想像はつく)、しかし別に非常識で不道徳な過激描写が連続するわけでもなく、おおむね一般常識の範囲に収まっているので特に問題はない。 ストーリーとしては若年者向けのため他愛ないところもあるが、謎を解明していく要素もあったりしてあまり退屈しない作りになっている。自分としては続編の「携帯彼女」(2011)を先に見てしまったが、それよりはまだしも面白く見ていられる感じだった。特に主人公が小柄で可愛らしいので和むものがあり、「言ったらチョー寒いって絶対引くよ」とかいう今風の台詞が微笑ましい。 公開時には女子高生限定試写会などというものも開催されたようだが、そもそもの携帯サイトが「ガールズエンタテインメントサイト」とのことで、初めから女子が主な対象層だったらしい。この映画でも次の「携帯彼女」でも若手の女性監督を起用したのはそのせいだったのかも知れないが、しかしこれだけの各種美少女満載映画を男子に見せないつもりだったとは考えられない。自分としては前田希美さんという人が出ていたので見たわけだが、この映画では軽薄で可愛気がなく台詞が上滑りするような人物で、いかにも真っ先に死にそうな感じだったのが残念である。まあもともと死体になる役が多い人とのことで、この映画はその最初の例ということらしい。 なお興味本位で原作も読んだが(上記サイトで無料で読める)、主人公の女子(高校生ではなく卒業後の社会人)の考えがその時々の感情で簡単に左右されて不合理な行動に走る様子が見えたりして、そういうところが共感を呼ぶのかと興味深かった。 [2018-6-30追記]主人公の友人役で朝倉あきという人が出ているので再見。当時17~18歳くらいで可愛らしい感じで、若干のお色気担当で熱演している。またお話全体としても「言ったらチョー寒い」言葉がちゃんと生かされていて悪くないと思ったので、この機会に+1点としておく。
[DVD(邦画)] 5点(2016-10-09 22:56:10)
115.  4月の涙 《ネタバレ》 
1918年のフィンランド内戦の時期を扱っているが、戦争映画というより人間ドラマに重点があり、映像美とともに登場人物の心理をじっくり見せようとする映画になっている。 しかし個人的には序盤の白軍宿舎の場面で、トイヴォ・クーラのピアノ曲 op.3b-2 “Häämarssi” を適当にアレンジして弾いていたのが悪趣味で非常に腹立たしく、これでいきなりこの映画自体の印象が悪化した。だからといって見るのをやめるわけでもなく最後までまともに見たが、結局は主要人物の誰にも共感できないままで終わってしまった。特に女性兵士の人格形成の背景が一切わからず、主人公男女の心情を推しはかる上で支障が生じているのは困る。ちなみにイヌのような生物(恐らく雌の狼)が一瞬映ったのは原作との関係かも知れないが意味不明である。 この映画が本当に何をいいたかったかは別として個人的に感じたのは、女に手を出さなければ同性愛者という決めつけも、民族主義か共産主義かの択一を迫るのも同じようなものだということで、要は個人の独自性なり主体性といったことが理解不能な人々への皮肉である。そういうことならわからなくはないが、それだけで賞賛する気にもならない。 なお映像面では、フィンランド南部(西ウーシマーとのこと)の岩ばかりの海岸風景や林地景観が印象的だった。まだ冬の残り香をとどめたようでいながら春の陽射しも見えて穏やかだが、人がやっていることの方は悲惨である。  ほか余談として、この映画では前記のピアノ曲以外にも各種の劇中曲が使われているのが特徴的だった。サティとベートーベンは日本人にもわかるとして、登場人物が歌う現地語の歌としては次のようなものがある。 【女性兵士】 ①”Punakaartilaisten marssi”(赤衛軍の行進曲) 【判事】 ②”Laps’ Suomen”(フィンランドの子) ③”Jääkärimarssi”(狙撃兵行進曲、シベリウスop.91a) 【少年】 ④”Varšavjanka”(「ワルシャワ労働歌」のフィンランド語替え歌) 【孤児院】 ⑤”Kotimaani ompi Suomi”(わが故郷はフィンランド) このうち①④は明らかに赤軍側、③はいわば白軍側の歌だが、⑤は劇中での扱い通り子どもらも素直な気持ちで歌える歌であり、従って最後に出たこの⑤が国民の融和を象徴していると思われる。しかし②についてはフィンランド国歌の作曲者の曲であり、児童合唱団が歌うのを聞いたこともあるのでそれほど極右的でも軍国主義的でもないと思うのだが、これを判事に歌わせていたのはどういう含意があったのかわからず、この辺は異国人としての引け目を感じる。 ちなみにこの映画は1918年4月の話だが、前記のトイヴォ・クーラ(作曲家)はその翌月に、白軍の戦勝祝賀会場で喧嘩相手に撃たれて死んだとのことである。この人物も熱烈な民族主義者だったらしい。
[DVD(字幕)] 4点(2016-08-13 22:28:26)
116.  バトル・オブ・リガ 《ネタバレ》 
第一次大戦中の1918年にラトビアが独立宣言して以降、外国勢力を排除して実質的な独立を勝ち取るまでの経過に関わる物語で、1919年11月の首都リガにおける攻防戦が中心である。劇中で記念日とされていた11月11日は現在も戦士を追慕する日とされているらしい。 この映画が言いたいのは、要は劇中の政治家(カールリス・ウルマニス、実在の人物)の発言にあったように“国家の存否を決するのは国民自身の意思だ”という考え方と思われる。これは国家の存在を当然の前提として反抗だけはしてみせる駄々っ子のような国民とは明らかに感覚が違っている。「国のためなら戦える」などという発言は日本ではまともに口に出せるものではないが、ラトビアのように国の枠組み自体を作るために苦闘した国では、本気でこれを大事だと思っているということである。  現実問題として当時の情勢はかなり複雑だったようだが、この映画では一定の整理を加えた上で現代の事情に合わせて脚色したものと想像される。 劇中では、もともと民族主義者で後に独裁者として知られるウルマニスをあえて公正で善良な指導者として中央に据え、その政敵でドイツ寄りのニエドラを政権内の懐疑派の扱いにして、その対極に、いわば国民全部を体現する存在として主人公を位置づけることで、ラトビア国民国家の縮図を作ってみせたように思われる。主人公が政府要人と友達づきあいなのは不自然だったが、そこはあえて作為を通したものと考えておく。 これに対してラトビア独立の敵はドイツとロシアだが、この映画ではドイツを主な敵役にする一方、ロシア人(白系のみ、赤軍は出ない)は下品な連中として笑い者にしただけに見える。そもそもリガはドイツ人が創建した都市であり、この時点でも結構な割合がドイツ人だったと思われるので、簡単にドイツ憎しで全市民が一致団結するわけでもなかっただろうが、現実にはその後、第二次大戦の終了とともにラトビアのドイツ人はほとんど退去してしまい、代わりに現代ではロシア人の比率が高くなっている(約3割)。そのような状況では、現在いないドイツ人を悪役にしておくのが簡単かも知れないが、しかし現地のロシア人にとっても見づらい映画ではあるかも知れない。その辺の現地事情はよくわからない。  ほか映画自体の内容としては、序盤は笑いを含んだ下町人情物のような雰囲気で、最後までこの調子かと思っていると後半は一転して深刻な話になるが、全体的にスケールが小さい印象があり、これがラトビア史上の重要な戦いだという感じはあまりない。しかし娯楽映画としてそれなりに楽しめるものになっており、また現在も存続しているラトビア国家の原点に関わる映画であるから、ラトビアに関心のある人々にはぜひ見ていただきたい。
[DVD(字幕)] 5点(2016-08-05 00:55:43)
117.  神様の言うとおり ~短篇.jpルーキーズ第1弾~ 《ネタバレ》 
一応説明しておくと、「短篇.jp」という動画コンテンツの配信サイト(現在は停止中)が運営されていた時期に、新人監督育成の目的で製作されたのが「短篇.jpルーキーズ」である。この第1弾に続いて第2弾、第3弾が製作され、それぞれDVD化もされている。 内容としてはシナリオコンペで選ばれた6編のオムニバスになっており、それぞれに新人監督が脚本・監督・編集を担当している(第5話のみ美術も担当)。この第1弾では小阪由佳、国分佐智子の女優2人が全編共通の登場人物という設定で、第1話~第5話の各エピソードに各1人が端役で出演した上、最後の第6話で2人が揃って全体のつながりをつける趣向になっている。恐らくコンペの脚本に手を入れて、全体が一つにまとまるよう編集したものと思われる。 素人目に見ても新人監督らしい感じはしなくもないが、基本的にコミカルな展開で普通に楽しい。みな微妙に不幸で微妙に救いのある話だが、それを含めて人生それほど捨てたものでもなく、愚かしいようでも健気に生きる人々を祝福してやりたいという結末になるので少ししんみりさせられる。絶賛するというほどでもないが、地味にいいものができている気のする短編集だった。
[DVD(邦画)] 5点(2016-07-16 13:02:21)
118.  オカルト 《ネタバレ》 
この監督のフェイクドキュメンタリー路線の一作だろうが、今回すでにこの道を極めたようにも見える。同系統の「ノロイ」(2005)にあった微妙なおふざけ感は目立たなくなった印象があり(笑ったのは近藤という人物が公園で取材中止になった場面のみ)、また見ている人間のところにまでヤバいものがはみ出して来そうな感覚も特にない。そういったことを犠牲にしてこの形式としての純度を高めたようにも見えるので、一般的な娯楽映画としては「ノロイ」の方が勝っていると思われる。 そういうものでも当方としては一応付き合う気があって見ていたわけだが、それでも特に前半で、何が起きるか起きないかわからない状態で延々と派遣労働者の日常を見ているのは結構つらいものがあった。これが本物のドキュメンタリーだったとしても、ここまでどうでもいい映像は使わないだろうと思わせるものがあり、それでこの人物に愛着がわくならいいだろうが、自分としてはそこまで心に愛がない。またラストに関しては、21年間もビデオカメラを預かっておいてあれしか撮れなかったのかと呆れるわけだが、しかし21年間あれがずっと続いていたために、長く撮っても短くしても同じだったとすればまさに地獄である。 なお今回は、フェイクのエンドクレジットで劇中人物の名前を出した後に、本物のエンドクレジットで本物の出演者の名前を出していたのが正直な態度だった。劇中の白石晃士というディレクターはこの映画の監督本人だが、栗林忍というADもこの映画の助監督本人だったようで、本物のエンドクレジットでは出演者でなく助監督として名前が出ている。この人は一時期「いちごちゃん」と呼ばれて、その世界では親しまれていた人物らしいが詳細不明である。
[DVD(邦画)] 5点(2016-06-23 19:44:54)
119.  怪談新耳袋 劇場版 幽霊マンション 《ネタバレ》 
「新耳袋」第六夜80~99話が元ネタとのことだが、設定のごく一部と小エピソード1つを使っただけでほぼ完全に別の話になっている。原話の良さは全くなくなっているが、原話をそのまま映像化するわけにもいかないのはわかる(ヤバいことになる)。 時間からすれば長編映画の部類だろうが、基本的にはオムニバス用短編ホラーのようなラストのインパクトに頼った一発勝負形式で、そこに直接関係ない思い付きのようなエピソードを継ぎ合わせて長くしただけに見える。意外性優先のために登場人物の人格が一変したように見えるのは安手の短編ホラーに時々あることだが、この映画でもラストの衝撃的事実に先立つ全体としての流れができていない。ここでこのように伏線を張って最後に回収しました、などという形だけ整えれば済むというものではないだろう。そもそも昔の陰惨な事件によって建物が呪われたことまではいいとして、それが門限や境界線の設置につながる必然性が全く感じられない。 加えて普通はホラーというのは怖く作ろうとするものだろうが、実際問題として怖さは全く感じない。コメディまがいの演出が煩わしく、また途中でゾンビの群れのようなのが押し寄せるのはどういう効果を目指したのか不明である。ここで笑えということか。 だいたい以上のようなことで非常に不満足な映画だったので、点数は黒川芽以だけに入れておく。主題歌の「シアワセがふえるより哀しみをへらしたい」は、題名は好きだが映画本体の評価には影響しない。 なお少尉殿への復讐の件は本筋と完全に無関係な孤立的エピソードだが、これは公開日が8月15日だったことに対応した趣向と思うことにして突っ込まないでおく。
[DVD(邦画)] 3点(2016-06-09 23:26:58)
120.  ケータイ刑事 THE MOVIE 2 石川五右衛門一族の陰謀~決闘!ゴルゴダの森 《ネタバレ》 
銭形雷役の小出早織(当時)に関して、当方が期待していたものが何も得られない。TV版DVDのPR映像の方がさまざまな表情が見られてよほど楽しい。またこの人の歌うテーマ曲のPV(約3分)が、映画本体(102分)の価値よりはるかに優っているという呆れた状況だった。もう一人、夏帆に関しても標準ベースそのままのようでこの映画ならではの魅力が生じていない。これでは何のための劇場版かわからない。おれは怒った。最低の映画だ。
[DVD(邦画)] 1点(2016-06-09 23:26:55)
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