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かっぱ堰さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 1244
性別 男性
自己紹介 【名前】「くるきまき」(Kurkimäki)を10年近く使いましたが変な名前だったので捨てました。
【文章】感想文を書いています。できる限り作り手の意図をくみ取ろうとしています。また、わざわざ見るからにはなるべく面白がろうとしています。
【点数】基本的に個人的な好き嫌いで付けています。
5点が標準点で、悪くないが特にいいとも思わない、または可も不可もあって相殺しているもの、素人目にも出来がよくないがいいところのある映画の最高点、嫌悪する映画の最高点と、感情問題としては0だが外見的に角が立たないよう標準点にしたものです。6点以上は好意的、4点以下は否定的です。
また0点は、特に事情があって採点放棄したもの、あるいは憎しみや怒りなどで効用が0以下になっているものです。

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161.  着信アリ2 《ネタバレ》 
「幽幻道士」シリーズのテンテンちゃんが出演しているのは知っていたが、今回は映画全体が台湾との関連で作られていて、話に出るだけでなくちゃんと台湾ロケを敢行していたのが意外だった。映像的には猥雑な東南アジア的イメージで見せているようだったが、完成直後の「台北101」という当時世界一の超高層ビルもちゃんと映っている。山際の傾斜地にある「虎林街272巷」という寂れた街は実在のようだった(台北市信義区)。なお劇中の老婆が日本語を話していたのは戦前生まれの設定だからと思われる。  内容的には、最初の陰鬱な雨の場面には期待させられたがその後は別に怖いところはない。中盤で台湾に行ってからは普通のサスペンスドラマのようだったが特に旅情を誘う場面はなく、終盤の炭鉱場面(北海道で撮影)はやたらに出たり入ったりで大してスリリングでもない。薄っぺらい人間ドラマも白々しいので泣く気にならず、アクセサリーを落として拾って落として拾う展開も大概だった。 設定に関しては、かかってきた電話を取った他人も被害者になる、という法則を新たに加えてラストに生かしていたが、しかしそもそも携帯電話を呪いに使う必然性がいつまで経っても感じられない。携帯電話の前は固定電話(公衆電話)だったのはいいとして、さらに遡って戦前の台湾(伝染病の後)では何か別のものを使っていたのかも説明されていないのではないか。何にせよ小学生くらいの児童が普通に使える通信手段でないのでは基本設定に無理があるというしかなく、どこまでも適当感のあるシリーズである。 ちなみに序盤で主人公がコンタクトを外してからの出来事は何だったのか。また前回の洗濯物(回想場面でまた出ていた)と似た印象の場面として、主要人物の前面をホールスタッフが横切ってお辞儀したのが目立つ割には意図不明だったが、こういうのも原作では何か意味があったのか。  出演者について、テンテンちゃんは当然もう美少女ともいえないが昔の面影は残している。この人が無惨に殺されるのは日本国民が受け入れがたいだろうという配慮があったのか、代わりに日本人役者のオヤジが死んでいた。ちなみにブタも安らかな顔で死んでいた。 ほか台湾で出た子役がコミカルな演技をしていたのは笑った。
[インターネット(邦画)] 4点(2022-02-12 09:47:41)
162.  着信アリ 《ネタバレ》 
今回初めて見たが、出演者の顔ぶれなど外観的にはまともな映画に見える。初めは単にオーソドックスだがありきたりな邦画ホラーと思ったが、しかし言われてみれば「リング」によく似た構成で、公開時点なら皆さんすぐそれを思っただろうというのはわかる。最後のひっくり返しには意外性もあるが、小学生の仕業だったにしては手が込み過ぎていて基本設定が破綻したようでもある。 また終盤が変に難解になっていたのは面倒臭い。ここは小説版を読めとか言っていたらしいが、それで真相がわかったからといって何の得にもならない予感があるので真面目に考えること自体がアホくさい。当時はマスメディアにも取り上げられてそれなりに話題になっていたような気はするが、今になると大して名作扱いもされていないらしいのは納得だった。その時だけ売れればいい消耗品のようなものだったと思っておく。  個別の場面としては、警察署の窓の向こうで洗濯物を取り込んでいる人物がいたのは何だったのか。こういうのも小説版に説明が書いてあったのか。またTVの生放送時に渋谷の街頭風景を映していたので、何が大きなことが起こるのかと期待していたが結局何だったのかわからない。悪徳プロデューサーの無惨な最期とかが見られるわけでもなく、TVとか映画とか俗悪メディアのはびこる俗悪日本という印象だけを残した。なお大阪のおばちゃんが「アメちゃん」をコミュニケーションツールにしているというのを思わせる場面もあったが特に関係なかった。 ほか出演者に関して、吹石一恵という人が若い・可愛い・長身・脚がきれいというのはよかった(大変結構だ)。また江口のりこという人が一瞬登場して変な印象を残していなくなる映画は他にも見た気がする。
[インターネット(邦画)] 4点(2022-02-12 09:47:38)
163.  返校 言葉が消えた日 《ネタバレ》 
ゲーム原作だそうだがやったことはない。ホラー風に見せているが、ホラー慣れしている立場として特に怖いところはない(提灯憲兵は何なのか)。ミステリーとしては、出来事の真相は正直よくわからなかったが、他の映画レビューサイトでネタバレ解説している人々がいたので大体わかった。 物語のメッセージとしては生きろ、そして忘れるな、といったことか。さらにいえば密告者にもそれなりの動機があったわけだが、そもそも人は善悪をあわせ持つものであり、誰でも密告者になりうるのだから心せよ、ということかと思った。 ちなみに劇中の古い歌は「雨夜花」(昭和9年発表、台湾語)だった。いかにも禁止されそうだ。  ところで劇中の読書会に関して思ったのは、人を一か所に集めてしまうのでは危ないのではないかということである。分散はリスク管理の基本であり、単に本が読みたければ別々に隠れて読めばいいだろうが、あえて集まるのはそれ自体に政治的意図があると思われても仕方ない(あると思うのが普通)。純粋な読書欲求だけで参加する者がいたとすればナイーブすぎることになる。 またわからなかったのは、この映画に糾弾されるべき悪役がいるとすれば誰なのかということである。事実としては当時の国民党政権がやったわけだが、国民党が悪なら共産党が善とはならないのは当然として、その国民党は今も現地の有力な政党であって支持する国民も多いはずであり、これを悪と断じてしまうのは政治的な問題に関わることになる。 さらに中華民国の国旗の前で残虐行為が行われるなどの場面があったのは、まるでこの映画として中華民国という国自体を悪と位置づけているようにも見えた。しかし現在の蔡英文総統も中華民国の総統なわけで、いまの台湾が拠って立つ国家の枠組までを否定しているとも思えない。あるいは国家というより国民党の定めたこの旗を嫌っていたとすれば、いわゆる独立派の感覚だとそうなるかも知れないが、何にせよ同じ自主独立の民主主義国の日本人として、他国の特定の政治的主張に簡単に同調するのは憚られることになる。 そのようなことで、現地の政治がらみで考えてしまうと素直に見られない映画だった。  なお日本では、表現の自由のもとで自国を悪と表現するのは普通に行われていることであり、また劇中の思想統制が戦前の日本を思い起こさせ、現代の体制批判にも結び付けられるという点で、どちらかというと高齢層が賞賛しそうな映画ではある。ただ実際にこの手の映画を見るのは若年層だろうからずれがあり、そこで素直に全体主義の統制社会は恐ろしいという方に意識が向くとすれば、ジョージ・オーウェルの「1984年」をイメージしたというゲーム当初の発想に沿う形にはなる。次に同様のことが起きるとすれば誰が起こすのか、ということは考えていかなければならない。
[インターネット(字幕)] 5点(2022-02-05 11:04:36)
164.  白頭山大噴火 《ネタバレ》 
中朝国境の白頭山(2744m)が大噴火して半島に壊滅の危機が迫る映画である。日本でいえば「日本沈没」を思わせるので、最後は半島が救われた代わりに日本が沈没した、などという話だったら笑ったが、そういうタイプのおふざけはなかった。なおトンガで火山の爆発があった時(2022/1/15)にこんなのを見るのは不謹慎だろうが、見たのは爆発前(1/14夜)だったので許してもらいたい。 前に見た「韓半島」(2006)と同じく基本的には南北統一を志向しているが、近年の情勢変化を反映しているようなのは興味深い。もう北を対等な協力相手にはできなかったようで、この映画では南主導で米中のうち主にアメリカを悪役にし、核保有国の立場を保ったまま統一を果たす形を作っている。一方で日本が全く表に出ないのは、近年の日本政府が冷淡だったせいかも知れないが大変結構なことだった。日本人には見やすい映画になっているが、アメリカ人なら腹立たしいところもあるかも知れない。結局どこかにしわ寄せがいく。 なお「科学忍者隊ガッチャマン」が出てきた意味はわからないが、これは台湾のアニメ映画「幸福路のチー」(2017)でも印象的に使われていたので、東アジアの民に共通の視聴体験かも知れない。  派手な映像としては予告編にも出る都心崩壊のあと、中盤で漢江?の橋、終盤で大噴火の様子なども出るが、ほか基本的には南北の主人公コンビがやらかすコメディじみたドタバタアクションで楽しませる。咸興や平壌といった都市の映像もそれらしく見せていた。 主人公2人がTVドラマについて話す場面では「愛の不時着」が出なかったが、どうもこの映画自体が似た性質のものらしい。ラブストーリーでは当然ないとしても、おっさん同士が抱き合って気絶している場面があったりして、南北の心理的距離が縮まる過程も描かれている。両人とも国家への忠誠心は不足のようだったが、国はどうでも人間同士がわかりあうことが統一への近道だということらしい。 最後は首都の復興が進んでいるのも見えており(その金はどこから出たのか?)、非常に清々しいラストになっている。加えて日本が出ないのが極めて好印象だったので悪い点はつけられない(ガッチャマンだけ余計だったが)。  登場人物としては、主演俳優の名前の「イ」とその役名の「リ」は同じ「李」だろうが、発音に南北の違いが出ているのは意図したことなのか。 個人的にはミン中士(閔中士Sergeant Min、白鳥のジュン相当/演:옥자연 玉子妍)の頑張りを応援していたが、途中でいなくなったのは残念だがほっとした。また青瓦台の民政首席秘書(演:전혜진 全慧珍)も結構好きだ。この人を守った警護官も格好いい。こういう役になりたい。
[インターネット(字幕)] 7点(2022-01-29 11:28:30)(良:1票)
165.  ハロー、グッドバイ。<TVM> 《ネタバレ》 
台北発メトロシリーズ(台北愛情捷運系列)全7作の一つである。今回はシリーズ最後の「終点」であり、これまでの6作に出た街や出来事を振り返りながら今回の新しい物語を作っている。その上で、メトロの始発点と終点を「你好」と「再見」とし、その間に生起した「出会い」(または縁)を描いたシリーズだったという形でまとめている。なお駅は主に北投駅が映っていた。 物語としては以前から散発的に出ていた変な男女が主役になって、それぞれの肉親の欠落を埋めていこうとするドラマを描いている。これまでの出現場面では人間離れした存在に見えていたが、変な点は実は今回の「並行世界」に係るファンタジー設定に起因するものであり、生身の人間としては別に変ではなかったらしい。  今回独自の趣向としては、変な女子の父親が台北捷運公司の職員という設定で裏方の司令室風景などを見せており、構内の監視カメラが父親との通信手段になっていたのは印象深い。本人もメトロには思い入れが深く、シリーズと同じ題名の画集を出版したのが劇中の重要な出来事になっていた。また地下鉄路線図を星座に見立てて、その関係で大稻埕のキラキラ星が再現されていたのは感動した。 そのほか各所にシリーズ全体とのつながりができており、例えば花一輪を手に取って謝謝と言った場面のような、本編で意味不明だった出来事の真相を見せたりしている。登場人物への個人的な思い入れで感情が左右されてしまうところもあり、西門町の小虎ちゃんが大泣きした場面はつられて泣かされた。最終作にふさわしく、これまで見てきた人々の哀歓をまとめて想起させる内容になっている。  なお主人公男女が観光案内ボランティアをしていたところに変な外国人が来て、「ホエア・イズ・ベイトウおんせんはくぶつかん」と言ったのは、さすがにもう少しましな聞き方があるだろうがと呆れたが、そこで男が返した言葉もかなり適当だったのは笑わされた。ここは日台の観客が一緒になって笑える場面に思われる。 日本人が台湾に行ってみて好きになったという話はよく聞くので、いいところなのだろうと前から思ってはいたが、自分は行ったことはなくてもこのシリーズを全部見たことで、初めていま現在の台湾に対する親愛の情が持てたというのは収穫だった。点数はこのエピソード単独の数字というより、全体を通して集積された思いの表現ということである。全部見てよかった。
[インターネット(字幕)] 8点(2022-01-22 10:31:16)
166.  隠し味は愛<TVM> 《ネタバレ》 
台北発メトロシリーズ(台北愛情捷運系列)全7作の一つである。駅は中正紀念堂駅とのことで、周辺には駅名の由来になった蔣介石総統を記念する施設があるはずだが映像には出ず、主に「國家戲劇院」という国立劇場(表と裏)が映っていたようだった。また別の回の舞台だった淡水の浜辺の場面などもあるが、ここは「デートのメッカ」だそうである。 今回はシリーズ中で最も娯楽色の薄いエピソードで、邦題から感じるような和み系の映画でもなく、特に女性の怖い顔などは目を逸らしていたくなる。主人公が料理教室を主宰していることから料理映画の性質もあるが、料理映像というより調理方法に託して人間関係を語る趣向になっている。また主人公のグループ4人に関しては、青年期を過ぎようとする人々(少なくとも1人は1982年生まれ)が、少女時代を回顧して現在を再確認する意味もあるようだった。  物語としては正直よくわからなかったが、既婚者同士の不倫未遂を契機として、隙間が生じていた2組の夫婦に変化が生じた話ではあるらしい。なおTVドラマ放送時の「傻瓜與睡美人」という題名は、解説によれば「愚か者と眠り姫」だそうで、うち「睡美人」はそのままSleeping Beautyと読める。 以下解釈例として、まずお姫様の方は愛がないと言われたりもしていたが、これは何が愛なのかわかっていなかったということか。異性に心惹かれるのも愛だろうが、これまで自分を支えてきた祖母や親友や夫を大事に思う心も愛だと気づいたのかも知れない。結果的には淡水の浜辺で再出発し(王子様のキスに上書き?)、新しい愛の物語を始めたのだと思っておく。 また王子様に関しては、これまで自分がしたいことを自分のためにしてきたのを、今回初めて誰かのために何かすることを学んだのかも知れない。それならそれが夫婦の関係修復にも役立つはずだったと思えるが、早々に妻の側が切り捨ててしまったということか。この王子様は金持ちの息子で覇気はないが善良で細かいところによく気のつく男で、これこそ主夫業に向いた男ではなかったかと思うが、夫はそれでよくても妻の側が耐えられなかったかも知れない。仮に妻も夫も同じ上昇志向タイプなら、子を育てる気でもない限り、夫婦でいること自体に意味がなかったとも思われる。 以上により必ずしも話の全部を読み取れた気もせず、また背景事情の設定などに不明瞭・不自然な点もあったが、このシリーズにしては時間が長い分、多くのものを詰めようとした印象の映画ではあった。  その他のこととして、少女時代の回想場面では、さすがに日本のようなルーズソックスは出なかったが、同じ役者のままでスカートの短い制服姿になるのが今回のわずかなギャグ要素かも知れない。ただ特に「玉娟」という人物が、年齢に関わらず昔からこういうイメージだったことの映像的表現といえなくはない。 ほか料理教室の生徒だった低身長女子2人が屈託ない感じなのは安心させられた。
[インターネット(字幕)] 6点(2022-01-22 10:31:13)
167.  淡水河の奇跡<TVM>
台北発メトロシリーズ(台北愛情捷運系列)全7作の一つである。駅は淡水駅、街の名前も淡水(新北市淡水區)で、台北市から流れて来る淡水河の河口に近い港町である。19世紀には台湾島の主要な貿易港だったとのことだが、この映画ではそういう歴史的なことは関係なく、そもそも街の風景もあまり出ない。主人公の母親が「魚団子」の食堂を経営していたのがかろうじてそれらしい。 なお原題の「鮮肉老爸」は漢字だけ見ると意味不明だが(鮮魚ならまだしも何で肉?)、これは「美少年父さん」というような意味かと思われる。  全体的にはタイムスリップをテーマにしたSFコメディであり、あまり深みを感じさせるものでもないが娯楽映画としてよくできている。コメディらしくそれなりに可笑しいところがあり、序盤ではかなり下品だと思っていたが、プロポーズの背景で歌う場面でまずは失笑させられた。中盤のTV番組やエンディングの楽曲「野性的青春」もふざけている。 映画のジャンルとしてはコメディ/ロマンスとされているが、基本は家族の物語のはずなのでどこがロマンスかと思っていると、終盤の見せ場に至って初めてそういう意味だったのかと納得させられる。途中で一度は邪魔されたキスシーンも、最後にちゃんと実現(情熱的!)していたのは正直感動的だった。ほかにも観客の意表をつくところのある作りだが、個人的にはここが最も意外な展開だった。 なおSF的にいえば、過去を変えたらどうなるかという大問題があったはずだがあえて回避する結末になっていた。  登場人物としては、主人公の彼女(演・方志友 Beatrice Fang)がなかなか可愛いので好きだが、若手の科学者だったようで主人公には向いていない。また主人公の母親(演・苗可麗 Miao Ke-Li)は、Wikipedia(中文)では「淡水公認第一美魔女」と紹介されており、確かに少しカワイイ系の入った美女にも見える。ちょっと体型的に厳しいところもあったが、終盤の見せ場では役どころにふさわしい姿を見せていた。これは同年配の女性が見て心ときめく(羨む)展開だったかも知れない。 ほかどうでもいいことだが、劇中のTV番組に出ていた「命理大師」役は、このシリーズのプロデューサーで7作中2作の監督もしている葉天倫という映画監督である。他の回にも出ていたが、今回も個性的な容貌に合ったしょうもない人物役を芸達者に演じていた。
[インターネット(字幕)] 6点(2022-01-15 14:47:48)
168.  西門に降る童話
台北発メトロシリーズ(台北愛情捷運系列)全7作の一つである。駅は西門駅、街は西門町という台北有数の繁華街らしい。現在は渋谷にたとえられる若者文化の街らしいが、昔は浅草のような場所だったという話もある。交差点の地面に ”Xi-Men Walker” と書かれていたのは「西門町徒步區」という場所のようだった。 劇中の台詞では、西門町の三大名物といえば映画・金・変人だと言っていたが、うち金と変人はともかく「映画」に関しては、実際に映画の街として知られていた時期があったらしい。そのため劇中でも何かと映画を物語に関連付けようとしていたようだが半端な印象だった。また映画以外にも町の歴史を匂わせるもの(人物)を出していたようだが、日本人が見て自ずとわかるほどのものはなかった。  全体的にはいい雰囲気の映画であって、現代的な都市景観の裏に庶民の住処が混在し、上下の立体感もある劇中世界を見せている。主人公が始めた街頭スタイリスト?の業態も若者の街らしく?面白い。また街区の奥に人知れず「太陽と緑、都会のオアシス」の異世界ができていたのもファンタジックな印象だった。 しかし雰囲気はいいとしても見て単純にわからないことが多い。例えば1999.9.21の建物倒壊は「921大地震」によるものだろうが、それで変人男が今の境遇に至ったという字幕の説明が理解できない。また黒スーツの男が主人公をどう思っていたのか、何をしようとしていたのか結局不明だった。 また物語に関しては題名の「童話」の意味がよくわからないが、感覚的にいえば童話の中に自分が閉じこもって出て来ないのではなく、童話(または幼時の記憶?)を自分の中で大事にしながら現実を生きろということか?? ラストもどうなったのか不明だが、少なくとも親子一組は再出発できたのだろうからハッピーエンドのようではあった。 ほかに登場人物の人間模様も描かれており、それぞれの物語(断片的なものも含め)については連関が見えなかったが、これは各種ばらばらな人間像を詰め込むことで、総体として西門町という場所を表現しようとしたのかとは思った。  登場人物について、特に主人公が小柄で可愛いのは大変結構だった。演者の郭書瑤 Kuo Shu-yauという人は2013年の第50回金馬奨で最優秀新人賞を受賞したとのことだが、10代の頃には“「童顏巨乳」等特色”によってグラビアアイドル的な人気があったようで、この映画でも確かにそういう感じは出ている。映画としてはわけがわからなかったが、この人の印象がよかったので悪い点数はつけられない。
[インターネット(字幕)] 6点(2022-01-15 14:47:46)
169.  まごころを両手に 《ネタバレ》 
台北発メトロシリーズ(台北愛情捷運系列)全7作の一つである。新北投駅に近い「北投温泉」の話とのことだが、ほとんどは主人公の住む旅館内で進行する。 北投温泉というのはもともと日本統治時代に発展したとのことで、主人公の旅館も板敷の廊下に畳敷の部屋で宴会しているなど、まるきり日本風の造りに見える。この温泉街は1970年代まで”色情業”のおかげもあって繁栄したらしいが(それで日本人も多かったのか?)、その全盛期も昔のことになり、今は代わりに健全な温泉街になったということらしい。  邦題は適当に付けてあるが原題は「5つ星の干物女」であり、内容的にも題名にふさわしいコメディになっている。最初から最後まで大笑いというわけでもなく、登場人物がカメラ目線で語る手法もそれほど面白くはないが、評価員が上から何か取る(返す)のが少し可笑しいのと、旅館に「笑いが渦巻く」表現として意味不明な大笑いをしているのは失笑した。奇怪なブタのほかキノコが重要キャラなのも悪くない。 物語の面では、主人公の祖母と昔の日本人との関係がまるで「海角七号」(2008)のようで、生の日本語の台詞が多かったのも似ている。その映画で男女が別れたのは戦後に台湾が日本統治下から離れた時だったのに対し、この映画での1972年は日本が中華民国と断交した年なのも意味ありげだったが、別に政治的なことは関係なかったらしい。日本の男が責任放棄したのは倫理的に大問題ではないかと思ったが、そこはうまく決着をつける一方、別の人物を悪役にしてしまったのは気の毒でもあるが、それも最後は丸く収めた形になっていた。 最後は祖母と主人公だけでなく、ふしだらな関係に見えた男女までもがしあわせ感に浸る終幕だったので、結果的には悪くない映画だと思わされた(結構好きだ)。  登場人物としては、特に葉星辰 Stars Yeh という人が演じた1972年の祖母が可愛い(結構好きだ)。主人公役の柯佳嬿 Alice Koという人は顔だけ見ると美形でクールな印象だが、この映画では可愛いとも断言できないが愛嬌のあるコメディ役者になっている。 ほか人気モデル役で出ていた莫允雯 Christina Mokという人も、本来こんな安いイメージのタレントではなかったらしい。劇中この人気モデルのPR映像は笑いどころがよくわからなかったが、これは本人が出演した新発売のオシャレな魯肉飯(時尚滷肉飯 新上市)のCM映像を、本人の紹介として無造作に転用した想定だったと思えばいいか。
[インターネット(字幕)] 6点(2022-01-08 14:06:01)
170.  この街に心揺れて 《ネタバレ》 
台北発メトロシリーズ(台北愛情捷運系列)全7作の一つである。駅名は大橋頭駅だが、地名としては河港のある「大稻埕」(だいとうてい)という地域の「迪化街」(てきかがい)とのことで、レトロな洋風建築と近所づきあいの残る古い市街地のようだった。なお邦題は雰囲気で適当に付けてあるので気にしなくて構わない。 物語的にはもう若いともいえなくなってきた男女のラブストーリーだが、特徴的だったのは原題と英題のとおり、恋物語に数学を結びつけたことである。相手の男は数学者だが視野の狭い専門バカでもなく、一見無関係な技術や数理に即して人間界の真理を語る特性というか能力があったらしい。最終的に重要だったのは「オイラーの等式」なるもので、これは文系の立場からすると忌避感を催す言葉だが、要はそれ自体が一見無関係な全く別のものをつないで調和させている点で、「縁」を象徴するものと意味づけたのがこの映画としての工夫らしかった。 ちなみに主要人物のほかに、世間の男女間をやたらに繋ごうとする変な若い男が出ていたが、これはシリーズ全体に関わる存在のようで、今回限りでは意味不明だがとりあえず大目に見ておく。  ところで別に台湾映画に詳しいわけではないが、どうも他の映画で見た要素が多く使われていた気がする。なぜか日本人が出るのは「海角七号」(2008)など、幼時の記憶は「トップガイ」(2014)、外国在住で帰郷を迷うのは「幸福路のチー」(2017)を思わせたが、これはいちいち真似しているというよりも、向こうでよくあるパターンだということか。ラストが空港だったのも、少し前に「風が踊る」(1981)を見たばかりだったのでまたこれかと思わされたが、今回なりの決着の付け方としては悪くなかった。 ほか個別の場面で結構いいところがあり、「女性が不機嫌なときは…」というのは先人の知恵を思わせる(魯肉飯5杯食いたい)。また家系が敵同士?だというのをロメジュリで茶化したのは、些細なことでも創意の働く基礎的なレベルの高さを感じさせる。即興でキラキラ星の変奏を連弾していたところでは、こんな特技があるとは聞いてなかったので反則だと思ったが、このあたりから主人公も可愛く見えて来た。 主人公男女以外では男の叔母が感じのいい人物で、甥が物事を数学で語ろうとするのに対し、歴史を語ることで対抗していたのは笑った。「肝心な時に決断しないと…」というのはその通りだ。向こうの人はちゃんとわかっている。
[インターネット(字幕)] 6点(2022-01-08 14:05:59)
171.  今日もわれ大空にあり 《ネタバレ》 
戦時中は海軍航空隊にいたという古澤憲吾監督が、「青島要塞爆撃命令」(1963)に続いて撮った飛行機映画である。時代的には「ゴジラ」(1954)で鮮烈デビューした(ただしミニチュア特撮)航空自衛隊のF-86戦闘機が早くも引退の時期にかかり、新鋭のF-104戦闘機に主力の座を譲ろうとしていた頃の話である。 実際にF-104が出るのは序盤と最後くらいのもので、ほとんどはF-86ばかりだが、円谷特撮ではなく実機映像が基本なので迫力がある。ほかに隊長機・訓練機としてT-33練習機も見えており、また極端に古風な黄色いプロペラ機が出ていたのは、戦前から世界的に使われていたT-6練習機というものらしかった。  本編は序盤からブルーインパルスなみ(乗員は多分本物)の曲技飛行で始まるので見とれてしまう。しかし劇中の隊員があまりに放埓でいい加減な連中で、こんな映画を許容する航空自衛隊は大らかなものだと思わされる。途中の訓練では何を訓練していたのかよくわからず、最後だけ必然性もなく無理やりな緊迫場面で盛り上げていたが、結局単なる根性論で終わったようなのは残念感があった。あるいはこれが「勇猛果敢・支離滅裂」といわれる航空自衛隊気質の表現だったのか(違うか)。 ドラマとしてはパイロットの人間模様も入れていたが、恋の結末に関しては全く納得できない。キャストとしては夏木陽介+星由里子で順当だとしても、こんなパワハラ気質+男尊女卑の旧人類で大丈夫なのかと花嫁が心配になる。結婚式ではとんでもない大失言をしていたが、本人は失言とも思っていないだろうからどうしようもない。 まあこの時代の大衆娯楽映画としてはこれで普通なのだろうが、それよりF-86映像が満載という点が最大の価値ではある。ラストの場面では、F-86の限界をこえて高く上昇するF-104が新しい時代を表現していたようで、お勤めを終える飛行機も人もお疲れ様でしたと言いたくはなった。  ほか個別事項としては主に最年少の三尉との関係で、自分で自分を縛らず自由になれということが語られていたようで、日記をやめろという端的なアドバイスは新鮮な気がした。また隊長の戦時中の話は残念なことだったが、その娘が父親を大事にしろと言われていたのはちょっと泣かせる場面だった。ちなみにどうでもいいことだが、農家の庭にニワトリがいるのはいいとして、屋内にまで1羽入り込んでいたのは気にしないのが普通なのか。 [雑記] 劇中飛行隊が九州まで遠出した場面では、途中で日本各地の空撮映像を見せていたが、その中で見えた「若戸大橋」(北九州市)は、この映画と同年の東宝映画「宇宙大怪獣ドゴラ」(夏木陽介主演)で怪獣に破壊されてしまっていた。その映画にもF-86が出演している。
[DVD(邦画)] 6点(2022-01-01 10:53:42)
172.  トップガン 《ネタバレ》 
2022年に続編が公開予定だそうだがそれとは無関係に、他国の類似映画で「スカイ・イーグル」(2011トルコ)、「TOP GUY トップガイ」(2014台湾)というのを見たついでに本家戦闘機映画として久しぶりに見た。 この映画のいいところは、何といっても今はなきF-14艦上戦闘機が大活躍なことである。グラマン社のニャンコシリーズの最後になってしまったが、後のVF-1 “Valkyrie” のデザイン元になったものでもあり、かつて多くの男子が憧れた飛行機だったことは間違いない。CGに頼れない時代のため実機が飛ぶこと自体に迫力があり、敵と高速ですれ違ったりするのがスリリングに見える。格闘戦中心の映画なので主翼を大きく展開する場面が多いが、後退角を大きくして全体が三角になる場面もあり、またその中間の状態も見えていたようなのは興味深い。なお訓練場面での相手役がA-4だったのはいいとして、本物の敵の「ミグ」(MiG-28?)をF-5が演じていたのは、F-86に対するMiG-15やF-4に対するMiG-21のイメージかも知れないが、F-14の相手としては大小差がありすぎて貧弱に見えた。 話の内容として特に心に残るものはないが、ただ前の方の人々も書かれているように、昔見たときは主人公のライバルが傲慢で嫌な奴だと思っていたところ、今回見ると結構まともな男だったというのは意外だった(首席卒業にふさわしい)。また最後に主人公が最前線での戦いを志向せず「トップガン」での活躍を希望したのは、常にどこかで本物の戦争をしている印象のあったアメリカにしては穏健である。 音楽面では、もともと洋楽にあまり関心はなかったが、"Danger Zone"や"Take My Breath Away"は当時さんざん聴かされたので当然憶えている。  ちなみに最近、続編との関係で話題になっていたのは、この旧作で主人公の私服の背中に日章旗と青天白日滿地紅旗がついていたということだった。これは1963~64にミサイル巡洋艦ガルヴェストンが日本と中華民国を訪問した際の記念物らしく、それならパイロットというより船乗りの持ち物だろうと思ったが(古着屋で買ったのか)、とにかくアメリカの友邦がどこなのかということが当時のハリウッド映画にも反映されていたとはいえる。 それより今回気づいたのはSundownという男のヘルメットが旭日旗デザインに見えたことだったが、これはrising sunではなくて日没だ、という洒落(謙遜?対抗?)だったのか。ミラマーというのはカリフォルニアにあるらしいので西海岸っぽいとはいえる。
[DVD(字幕)] 6点(2021-12-25 11:23:15)
173.  スカイ・イーグル 《ネタバレ》 
トルコ空軍のパイロットの話である。邦題はいい加減につけてあるが、原題の “Anadolu Kartalları”(Anatolian Eagles)は実際にトルコで行われている国際合同演習Anatolian Eagleに由来している。トルコ空軍の協力により実機の見える場面が結構多い。 戦闘機映画として売る思惑もあるのだろうが、実際は訓練生の段階から始まるので前半はほとんど練習機であり、主人公の乗機がT-41(台詞だけ映像なし)~KT-1T(プロペラ機、なんと大韓民国製)~T-37(初等ジェット練習機)~T-38(高等ジェット練習機、F-5戦闘機の原型)と移行するのが訓練の高度化に対応していた。訓練校を卒業してからは、主人公のF-16戦闘機、同窓生のF-4戦闘機なども映っており、また曲技飛行チームTürk Yıldızları(Turkish Stars)のF-5も見えていた。  構成としては、冒頭がF-16のスクランブルで始まるがすぐ終わってしまう。現代トルコの映画なのでやたらに戦闘場面があるわけもなく、終盤の合同演習が実戦代わりだったのだろうがそれほどの迫力もない。笑えないコメディとか唐突に死去する人物とか唐突に鳥さんたちがかわいそうな展開になったりするのは感心できないが、基本的に娯楽映画なので仕方ない。 全体的にはラブストーリーのようでもあるが、戦闘機乗りの物語としては凧の話が重要だったらしい。最初に教官が語った言葉自体はほとんど意味不明だが、そのうち主人公がその意味を自ら悟って自分のものにしていく展開になる。主人公にとって恋人の存在は中途半端に思われたが、最終的にはっきりした位置付けができ、戦闘機映画とラブストーリーの統合もなされていた。ちなみに整備士も彼女と同様の立場であることをアピールしていた。 なお最後がデモンストレーションチームへの配属を喜ぶ場面で終わったのは、戦うことよりパイロットとしての高みを目指していたということらしく安心できる。国の守りを固めるのは重要としても、やたらに戦争しないことが望まれるのは当然である。 登場人物としては、特に主人公の幼馴染は愛嬌があって世話焼きで感じのいい人物だった。卒業式で司令官に声をかけられている顔が可愛かったが、首席卒業だったとのことで侮れない。この人が一番好きだ。  [以下雑談] テーマ曲はサビの部分で「ギュレギュレギッチョヌーン」と聞こえるのが耳につくが、これは “Güle güle git canım” であって、愛しい人に別れを告げて送り出す言葉のようである。曲の題名は “Güle Güle”(さようなら)らしい。
[DVD(字幕)] 5点(2021-12-25 11:23:12)
174.  TOP GUY トップガイ 《ネタバレ》 
台湾の空軍パイロットの話である。これより少し前のトルコ映画「スカイ・イーグル」(2011)と似た感じがある。 無名の外国映画の邦題が全く信用できないのは当然として、この映画に関しては英題の “Dream Flight” は正しい(原題の「想飛」も同じ意味か)。半分は訓練学校での話なので、トップを目指すどころかまずは一人前になるため奮闘している印象がある。 戦闘機映画として売る思惑もあるのだろうが、前半ではT-34練習機(プロペラ機)が主役であり、ほかにAT-3練習機(ジェット機)が少し映る程度である。その後は主人公の乗機になった国産戦闘機IDFが前面に出るが、映画宣伝に名前の出ているミラージュ2000は実機が少々、またF-16は申し訳程度の出番だった。  全体構成としては、前半はラブコメ風の青春物語、後半は主人公と妻が夢をかなえるまでの話になっている。病気とか死亡事故とか食器が落ちて割れるとかのありがちな展開もあり、またオズの魔法使いと星の王子様のどっちが大事かわからないといった統一感のなさもあるが、最初から軽目の娯楽映画(男女兼用)と思っていればそれほど問題ない。個別の場面としては、主人公が屋上でシミュレーション飛行する背景にピアノ曲が流れる場面は好きだ。また唐突な「紅の豚」には失笑させられた。 音楽面では主に“Over The Rainbow”が耳に残るが、ほかに序盤のラブコメ部分でChappieというキャラクターの歌「Everyday」(Monday 早起きはいつだって苦手なの...)というのが流れたのがこのパートの雰囲気を反映していた。  ドラマ的には“心の目で見る”というのが一貫していたらしい。終盤のDream Flightは思い切りファンタジックな場面だったが、かえって戦闘機映画の出来損ないなどと言わせない確信犯的な意志が感じられ、結果的には悪くないと思わされた(正直少し泣かされた)。またラストで冒頭と同じ時代の回想場面に戻ったのは、この時から二人の未来が運命づけられたという意味らしく、子ども時代からの素直な空への憧れが感じられたのも悪くない。世間の評判がどうかは別として、個人的感覚としては結構しあわせ感に浸れる映画だったので、少しいい点を付けなくては済まない気分だった(少し長いが)。 なお登場人物では、特に主人公の妹の笑顔にかなり和まされた。主人公には台湾の空を守る任務があるにしても、この家族や妻のためにもとにかく無事でいてもらわなければ困ることになる。要は敵が攻めて来なければいいわけだが。
[インターネット(字幕)] 6点(2021-12-18 10:31:45)
175.  風が踊る 《ネタバレ》 
1981年製作とのことで、街の風景や背景音楽などに(日本でいえば)昭和っぽさがある。基本的にはラブコメ風の映画だった。 撮影場所としては澎湖島、南投県鹿谷郷と台北である。澎湖諸島は亜熱帯と熱帯の境界付近で温暖な気候のはずだが、劇中では寒風の音まで入れて妙に寒々とした印象を出していた。また鹿谷という場所は変に霧が出ていて見通しがきかないと思ったら、主人公男女が子どもらと一緒の場面では日も照っていたりして、これは登場人物の気分の変化も表していたかも知れない。  物語的には自由恋愛を志向したものだそうで、実際そのように見える。相手の男が、当初は辺境の漁村に寂しく住む視覚障害者のように見えていたが、実は正体が全く違っていて視力もすぐに回復した、というのはかなり都合のいい展開に思ったが、このことで男の地位や女の美醜と関係なく、人間の本質的なところに惹かれ合ったことが表現されているらしい。 また途中までは主人公が平気で人を騙すのは困ったやつだと思っていたが、その上に婚約者を捨てて別の男に走るのでは倫理的に大問題ではないかと思っていた。しかし婚約のことは古風な父親に言われていただけで、それよりも「きちんと約束した」方が大事だというのは、古いしきたりに縛られない本人の主体性と誠実さを示している。なお当初、主人公は香港の男と同居しているのかと思ったが、実はそうではなかったと考えられる。 終盤は少し意味が取りにくかったが、男が来るかどうかで結婚自体が左右されるわけではなく、主人公としてはもう心を決めていたということらしい。その上で、旧世代のように結婚に縛られるのか、結婚しても自分として生きられるのかが問われていたのだと思われる。  ほか社会的なことに関していえば、当時の台湾はまだ一党独裁の戒厳令下にあったわけだが、主人公が学校の規律にあえて従わないなどは、社会的な束縛にこだわらない自由な気風があったことの表現かも知れない。主人公が「仰げば尊し」(「靑靑校樹」)に適当な歌詞をつけて子どもらに歌わせていたのは笑った(注:「前途は はるかに、人生は洋々と…」からは元の歌詞でちゃんと歌っていたらしい)。 そのようなこともあって、自分の世代的な感覚からすれば、ほどよいリベラル色の出た映画で悪くないと思った。なお最後の「恭禧發財」は、字幕に書かれた観客向けの言葉というより二人への祝いの言葉ではないかと思ったが(不詳だが)、何にせよ悪くない趣向だった。
[ブルーレイ(字幕)] 6点(2021-12-11 11:04:45)
176.  High Flash 引火点 《ネタバレ》 
映画紹介によれば「環境問題を深くえぐる社会派ミステリー」とのことで、そこに男女の人間関係をからめた構成になっている。場所は「熱帯魚」(1995)や「天空からの招待状」(2013)でも見えた西南部の海岸地方が中心になっている。  物語としてはミステリー調の展開だが、最後がありきたりな決着の付け方になっていたのは感心できない。ちなみに最初から胡散臭く見える奴は怪しいと思って間違いない。 環境問題に関しては前記「天空…」でも思ったことだが、日本人の感覚では20世紀的な印象のある公害問題と、どちらかというと21世紀的な環境活動団体が同時に存在するのは変な気もするが、それが現地事情の反映であれば仕方ない。あからさまな公害などは環境規制をちゃんとやってもらえば済むことである。 また社会的な面では、政財界を中心に今も存在する社会悪を告発しているようでもある。しかしエンドロールには台湾映画でよく見る「文化部 MINISTRY OF CULTURE」の名前が普通に出ており、また戦後日本の感覚だと権力側になる各地の市政府や警察局なども協力しているので、あまり尖った社会派映画という感じはしない。ちなみに解説によると現地の司法制度は国民にあまり信頼されていないとのことだが、マスコミはまだしも信用があるということらしかった。 登場人物については残念ながら誰にも共感できない。既にあっちの方へ行ってしまった感じの人物に、観客として惹かれるものが全くないのは困る。ラストは感動を誘う場面だろうが、自分としてはちゃんと前を見て運転しろと言いたくなった。なおむやみに残酷な殺され方をする人物がいたりするので、そういうのを好む観客には受けるかも知れない。検察官だけでなく新聞記者など、命知らずの人間ばかりで困ったものだと思わされた。 全体的に真面目な映画ではあるが通り一遍な印象で、正直それほど心に刺さるものはなかった。  ところで題名は意味不明だが、英語のHigh Flashとは引火点が高い、つまり引火しにくいという意味らしい。引火させるには温度を上げて点火する必要があるわけだが、社会も人もいわば引火点が高いので、人が死ぬくらいのことがなければ何も動かない、という皮肉だとすれば、確かにそれはそうだと思わせるものがある。またラストの空撮が冒頭と同じに見えたのは、それでも何も変わらないとすればそれでいいのか、という問いかけかも知れない。何にせよ民主主義だからこそ作れる映画ではある。
[インターネット(字幕)] 5点(2021-12-04 09:26:06)
177.  新・幽幻道士 立体奇兵 《ネタバレ》 
本来は3D映画として制作されたそうで、原題の「立體奇兵」とは終盤に出た赤青の連中がそうだったらしい。確かに、3Dの効果を出すためかカメラに向けた前後の動きが目立つようだった。 今回は設定が初期化されたようで、金爺爺がもともといた「義荘」(第3話冒頭場面のナレーションで説明があった)に最初から少年2人と美少女がいる形になっている。親方と孤児連中の旅という設定はないものの、町内でキョンシーによる殺人事件が起こって疑いをかけられるなど、このシリーズとしてはオーソドックスな印象がある。  内容としてはちゃんと子どもら主体の物語ができており、前回とか前々回のように大人が悪ノリしている印象はなく、コメディ要素にも抵抗なく笑える映画になっている。ベビーキョンシーが敷居につまずいたのに笑わされ(子役は痛くなかったか)、また痒みの素?とか八卦ボックスのようなアイデアも面白かった。最後は残念ながら悲劇に終わっていたが、まずは笑って泣いてという普通の娯楽ドラマの範疇と思われる。 また決戦時の人形の館がファンタジックな作りなのも楽しい。伝統色ある異形の兵団が次々襲って来るのはイマジネーション豊かで、小さい子ならこういうのを喜ぶのではないかと思った。獅子舞が出現したのは変だったが、幇間のようなキャラの坊主頭が青いのがまた可笑しい(気色悪い)。奇兵が消える時のワオンという効果音も面白かった。 このシリーズは初回が好評で第二作を作ったあたりが頂点で、三作目からは低落するばかりというパターンかと思ったが、この新作は子ども向けという基本姿勢を守ったことで、かえって大人も安心して見られる(笑える)佳作になっている。大人の立場としても、子をもって初めて人の道の何たるかを知る、という程度のドラマはできていたかも知れない。  登場人物としては、前回の孤児役5人が少し役どころを変えてまた出ており、前回はグループ中の一人だった美少女が今回はテンテンの地位に昇格したのは順当に見える。もとのテンテンより少しきつい顔に見えるが基本的にかわいいので問題ない。また前回の監督の娘も再登場しており、かなり特別扱いの役をやっている。前回と違って大人の女性の面での見どころはなかったが、子役が微笑ましいので結構だ。ベビーキョンシーも相変わらず愛嬌のある顔を見せている。
[インターネット(吹替)] 6点(2021-11-27 11:49:22)
178.  幽幻道士4 《ネタバレ》 
冒頭で映る水平線が左に傾いているのがわざとなのか雑なのか気になるが、続いて変に残虐な場面を見せつけられるのは気分が悪い。ホラーだからといって妊婦まで脅威にさらすのが子ども向け映画にふさわしいとも思えない。 本来は子どもら主体の映画だと思えばこそ少々のことは笑って許せていたわけだが、今回やたらに下ネタだらけなのは誰に見せるための映画なのかわからない。原語はともかく吹替のせいで下品になっている面もあるかも知れないが、美女の寝所の場面などからすればもとからこういう姿勢で作っていたことになる。 コメディとしても笑えるところがほとんどなく、わずかに笑ったのは「見なかったことにしよう」「別々に恋人作って...」という台詞と、終盤で特殊霊魂が敵の頭に桶か何かをぶつけた場面くらいのものだった。吹替に出る70年代のフォークデュオの懐古などは鬱陶しいというしかない。 最後の対決場面はアクションに加えて光線技まで出る派手な戦いで、危機につぐ危機で手に汗握る展開といえなくもないが、個人的にはいつまで見ていれば終わるのかと延々待たされる感じだった。東映戦隊シリーズ並みに、ドラマ部分を含めて全体を30分番組ぐらいに詰めれば見やすくなったかも知れない。 ただし最後の絶体絶命の場面で突然救いの神が降臨したのは、なるほどこういう手があったかと少し感心した...最初からいたのはわかっていたはずだが存在を忘れていた。  登場人物としては、新顔の保安隊長が「ジョー隊長」というのは宍戸錠に似ているからかも知れないが、それをいえば大人テンテンは志穂美悦子のようでもある。宿屋の主人は誰にたとえるのが妥当かわからないが、個人的趣味でいってしまえば川島なお美?を思わせる現代的美女だった。ちゃんと大人の女性で見どころがあるのは悪くない。 また子どもテンテンはほとんど出ないが、孤児連中のうちの女児2人(特に年長の方)がこれに相当する存在だったらしい。この2人が白塗りメイクで大人テンテンに捨て台詞を言ったところの表情は可愛かった。ちなみに年少の方は監督の娘だったとのことである。 ほか余談的に少し真面目なことを書くと、今日は15日で満月だという台詞があったのは太陰暦というものの基本を思い出させられた。
[インターネット(吹替)] 3点(2021-11-27 11:49:20)
179.  幽幻道士3 《ネタバレ》 
今回は広州という地名が出ている。これが広東省の広州だとすれば、カンフー/キョンシー映画の都・香港に近いということ自体は物語の中身と関係ないわけだが、それとは別に孫文の出生地(現在の中山市)にも近く、創建当初の国民党とも縁の深い土地と思われることから、製作当時の感覚にふさわしい場所設定という納得感がある。 ちなみに以前からの登場人物であるデブ署長というのが今回は「大隊長」を名乗っており、上司の「司令官」に媚を売る立場だったというのは、大陸各地に割拠していた軍閥の部隊指揮官のようなものと思えばいいか。部隊の根拠地に尋問用の責め道具が常備されているのは物騒な雰囲気を出していた。  今回は最初に1、2話を回顧するパートが入っているが、前回が悲劇的な結末だったことを受けて変に陰鬱で悲しい物語のように語られており、そこから始まった第3話でもいきなり大人世界の暴力を見せつけられるので殺伐とした世界に感じられる。その後になって笑いを取ろうとした場面もあったがこの流れでは笑う気にならず、面白いとも思わないまま時間が経過するので大人としては正直つらい。必然性不明の新キャラクターがやたら登場するのも戸惑わされる。 終盤は8人組のスーパー戦隊のような展開で盛り上げて、最後だけ唐突なハッピーエンドで能天気路線に回帰したようだったがもう遅いという感じだった。こういう半端くさいコメディ映画に真面目につき合うのも限界がある気がして来たが、これで当時の児童が喜んだのであれば自分として言うことはない。  ちなみに序盤で出ていた「玉蛙」は、国立故宮博物院にあるという白菜のような高級美術品なのかと思って期待したが、大して役に立たないまま出なくなったので落胆した。また「マーボおばさん」役の尤美芳(尤美方)という人は、おばあちゃんというには若く見えると思ったが、「蘋果新聞網」台湾版の2020.6.28付け特集記事の時点で72歳(喫茶店経営)とされているので、当時は30代末期頃の年齢だったと思われる。それをいえばおじいさん役の役者も50代だったわけだが。
[インターネット(吹替)] 4点(2021-11-27 11:49:18)
180.  幽幻道士2 《ネタバレ》 
前作の続きらしく登場人物はほとんど共通である。時代はやはり近代のようで、警察署とされていた場所の看板に「××鎮? 自治保安隊」と書いてあったのは正体不明だが(治安維持兵力か)、そういう近代軍隊のように見えるものとキョンシーが戦う戦争映画のような場面もあった。  今回はアクションに力が入っているが、コメディとしてはそれほど笑えない。しかし白人女性の後にキョンシーがついて来て、その後のドタバタアクションにも巻き込まれた場面はかなり笑わされた。またその女性が素肌を見せるなど保護者向けらしいお色気場面は今回も入っているが、しかし8歳くらいの女児が襲われて着物が破れて脚があらわになって隠そうとするなど、こんなロリコン趣味が許されるのかという場面もあった。 お話としては「変な外人」で変化も出しているが他愛ないもので、前回は人間味もあった親方が完全にバケモノ扱いなのは救いがない。また呆れたのはなぜか最後が悲劇になっていたことで、コメディだったはずなのにこんな場面で劇終なのか???と唖然とさせられた。デブキャラが美少女の気を引くには死んでみせるしかないというのも救いがないが、自分など美少女に見向きもされない立場と思う多くの観客が深く感情移入できる物語ではあったかも知れない。 しかし理不尽だったのは劇中人物が、自分が殺されそうでも他人に被害が及んでも、師や兄には絶対に逆らえない意識があったらしいことである。他の全てに優先する絶対規範など現代の日本人には理解不能というしかないが、ただ劇中少年は義と愛に引き裂かれて死んだのだと思えば、最終的には一定のドラマができていたと思えなくはない。  登場人物としては、テンテンちゃんはなぜか前より面長に見えるが、普通に子どもらしく可愛い姿を見せている。またベビーキョンシーなるものがいじめられて「あーん」と泣く声を聞くと、かわいそうだと親心を刺激されるところがあるわけだが、そのせいか縁もゆかりもなかったはずの親方までが完全にパパになり切ってしまっているのが変だった。 【参考】鳩ポッポの替え歌の歌詞は、ポッポッポのところを「爸爸爸」(パッパッパ)として、その後に「我愛爸爸」(好きだよパパ)と続けることでベビーキョンシーの歌にしているらしい。
[インターネット(吹替)] 5点(2021-11-27 11:49:16)
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