1. のだめカンタービレ最終楽章 前編
マンガもドラマも好きでしたが、この映画は全く評価できません。2時間20分、苦痛でした。のだめ役の上野樹里が最初から最後まで変なしゃべりのまま。とってつけたように最後に悩む場面はあるものの、ただただ変態キャラとしか描かれてないのはひどい。ドラマでは、変態キャラでありながらも、音楽の才能がある点や内面の鬱屈も描いていたのに。 変態の森のCGが映画ならではの演出だって!。ほとんど映画というジャンルを冒瀆しているとしか思えない。 脚本はドラマでも一番の弱点だったけど、映画でも、物語が千秋の独白で進んでいくという稚拙なストーリーテリング。観客の知的レベルをなめてるとしか思えない。 日本人に外国人をやらせるキャストもスクリーンでは興ざめ。ほとんど正月の芸能人かくし芸大会のレベル。せっかく海外ロケをしたのだから、外国人の配役は外国人で固めるべきだった。これは演出手法とかそんなレベルの問題ではない。 ただで見られる民放テレビと違い、映画は1000円なり1800円なりを払って見る媒体です。製作者がこの程度の作品を発表して、金をとれると思わせているところに日本映画のダメなところがあると痛感しました。 [映画館(邦画)] 1点(2009-12-28 12:43:03)(良:2票) |
2. イーグル・アイ
《ネタバレ》 キューブリックの「2001年宇宙の旅」とヒチコックの「知りすぎていた男」「暗殺者の家」を組み合わせて派手なカーバイオレンスで糊塗した駄作。2時間現実を忘れて楽しめればそれでいいという人には合うかもしれないが、映画館を出て30メートルも歩けば忘れるような、空虚な内容です。40年前なら巨大コンピュータが暴走するという着想も斬新だったでしょうが、21世紀のネットの時代に「巨大な中央コンピュータが暴走して…」、というのはどうなのか。そのアイデア自体が時代錯誤としか思えない。コンピュータを壊すとき、捜査官らが水に転落して普通に這い上がってきたけど、ありゃコンピュータ保護のための超低温の液体窒素じゃないんかい。終始アップ気味のカメラワークも不快。良ポイントは空港のベルトコンベア内のアクションぐらいかな。 [映画館(字幕)] 3点(2008-10-30 10:59:02)(良:1票) |
3. アクロス・ザ・ユニバース
既成のヒット曲をつないでミュージカルに仕立てる、という着想では劇「マンマ・ミーア」の成功が記憶に新しい。それをビートルズでやれば成功間違いなしという発想なんだろうけど、設定を誤ったと思う。「マンマ・ミーア」の場合、舞台を小漁村に設定することで普遍性が生まれ、登場人物の心情とアバの曲がうまく合っていた。しかし本作の場合、舞台は60年代の米国で、まさしくビートルズが活躍した時代。ベトナム戦争やキング牧師も登場するにもかかわらず、その時代に圧倒的な存在感を示していた現実のビートルズは映画の中に存在しないのです。何たる矛盾。加えて劇中には山海塾の舞踏もどきの白塗り集団も登場してテイモア趣味炸裂。最後は力技でさわやかな結末に持って行ったけど、支離滅裂感はぬぐえません [映画館(字幕)] 3点(2008-09-20 12:56:02)(良:1票) |
4. クライマーズ・ハイ(2008)
《ネタバレ》 原作と比べて「あそこが違う、ここが違う」と騒ぐほど子供ではない。でも作品のテーマにかか割ってくるとなると話は別。主人公の出自を私生児にしたり、家族と別居状態に描いたり、長女の存在をなくしたり、と原田脚本の改変は「改悪」と断じていいほど物語の価値を損ねている。個人的には、安西の息子との登山シーンを挿入する以上は、悠木の長女にまつわる告白まで描かないと意味がない。映画は息子との葛藤を匂わせながらも、こまやかな描写を怠っているために意味不明になっている。 逆に「大事故で失われた大きい命と日常の交通事故で失われた小さな命」は、新聞報道をめぐる問題意識として重要なポイントなのに置き去りにされたまま。全体として、映画が「大事故に遭遇して狂躁状態の新聞社」という風景の切り取りでしかなくなっている。 あまりに後味が悪かったので、鑑賞後、数年前に放送されたNHKドラマを見て口直しをしました。 [映画館(邦画)] 2点(2008-07-08 12:32:51)(良:1票) |
5. トーク・トゥ・ハー
《ネタバレ》 物語がどう収束に向かうのか予断を許さない展開の中で挿入された「縮む男」のサイレント映画の描写には笑った。「これってわいせつ物陳列罪に触れないの」。だが最後まで見通すとこのサイレントをベニグノが見たことが、彼のインモラルな行為につながるのだと納得した。ベニグノは彼女を見染めて以来、憧れの対象とはしていても、性的欲望の対象には見ていなかった。というより、ベニグノに性的な欲望は存在していなかった。それが「縮む男」をみたことによって、憧れの究極の行為として体の中に入るという形を知り、それを実行したことが、彼女への性行為となった。だがそれが性的欲望の行為とは違うということを明示するためにも、劇中劇「縮む男」の性描写は、即物的な行為ではなく、縮んだ男が女性器に入り込むというコミカルなテイストのものでないといけなかったのだろう。 ベニグノの強姦に眉をひそめた人も多いようだが、それは暗示的行為であって、その点に拘泥すると、映画本来の意味や価値を見失ってしまうのではないかと思う。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2008-06-07 22:05:07)(良:1票) |
6. ラブ・アクチュアリー
《ネタバレ》 いわずもながら、映画の良し悪しはプロットの良し悪しではない。それを映像や編集でいかに見せるかという点も重要。本作はその意味で監督の職人芸が堪能できる一編。一例がジュリエット(キーラ・ナイトレイ)をめぐる横恋慕のエピソード。結婚式のシーンから始まるこのエピソードで、監督は明らかに新郎の友人をゲイであるように描いている。新郎と並んだバストショット、パーティーでの憂鬱そうな表情。セリフでも「彼のこと好きなんでしょ」と質問されて否定してみたり。このミス・ディレクション(意図的な誤解への誘導)の演出によって、観客は「この男はゲイだ」と思いこまされ、それが、結婚式のビデオを見たときの感激につなげられている。見事です。にぎやかし役のローワン・アトキンソンをストーリーを転がす中に当てはめていく手腕も鮮やかでした。最後に用語の確認。オムニバス映画とは、「乗合バス」から転じた用語で、完結したストーリーを詰め込んで一本の映画にしたもの。日本映画なら森田芳光の「バカヤロー」、洋画ならタランティーノの「フォー・ルームス」。本作はいろいろなストーリーが絡み合ってはいますが、あくまでも一本のストーリーなので「オムニバス」と呼ぶのはふさわしくないでしょう。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2008-06-07 21:42:06) |
7. ビー・ムービー
《ネタバレ》 冒頭に登場する蜂の巣の中がひとつの都市を形成していて、蜂蜜を大量生産している、という描写の映像は遊園地のようで楽しい。主人公が規定の進路に進むことに疑問を感じて外界に飛び出るという展開も無理がない。が、しかし、なんでそこから蜂蜜搾取を法廷に訴えるという展開になるの。大体、何で蜂と人間が会話を交わせるの。だったらほかの生き物はどうなの。荒唐無稽はアニメの特権。でも、そこには人に受け入れ可能な限度というものがある。ピクサーの「トイ・ストーリー」はおもちゃが動くという点で、蜂以上に荒唐無稽だけど、「人にしられてはならない」というルールがあり、それがストーリーの要にもなっていた。そもそも蜂を題材に持ってくる製作者の感性が理解不能。「なぜ蜂か」。この点を映画の展開の中で一切説明しないから、空虚なエピソードの積み重ねになる。大量の蜂が力をあわせて飛行機を持ち上げるラストも噴飯もの。 ドリームワークスは、アンチディズニーで、大人向けを意識するあまりに迷路に入り込んでしまったような気がします。 子供にせがまれて見ました。子供は喜んで見ていましたが、どんなに喜んでいても見せるべき映画ではなかった、と後悔しました。 [映画館(吹替)] 1点(2008-02-27 08:36:33) |
8. ヘアスプレー(2007)
《ネタバレ》 今夏の舞台版を見にいけなかったので、その分の期待も上乗せして見に行きました。感想は微妙。やっぱりヒロインに容貌に乗れません。最後にビッグヘアーをやめて髪型を変えたので少しは好感度は向上しましたがそれまで。映画の途中から関心は、トラボルタがいつ本領発揮の踊りを見せてくれるかに集約されていき、最後のスタジオシーンで「いよいよっ」と身を乗り出したのに、細かく腰をふるだけじゃなあ‥‥。あの肉襦袢じゃしょうがないのか。楽曲はよかったけど。自分自身のデブ拒否症の症状の重さを思い知らされました。 [映画館(字幕)] 5点(2007-11-04 17:37:18) |
9. 嫌われ松子の一生
《ネタバレ》 作り物感いっぱいの映像のため、終始ストーリーに入りこめなかった。ミュージカル仕立てとの触れ込みで期待したが、楽曲も少なく、誇大宣伝。メインの曲「曲げて伸ばして~」ってやつが特別いい曲ではないのに何度も繰り返されるのにうんざりした。ミュージカル演出の才能は、クレヨンしんちゃんのムトウユージの方があるよな。意外な人がいろんな役で少しずつ登場するので、後半はそれだけで関心をつなぎとめました。評価が高いのが信じられない [CS・衛星(邦画)] 1点(2007-06-04 13:21:50) |
10. ジャケット
《ネタバレ》 一度見に行ったところ、なんだか退屈で寝てしまい、気を取り直して再度鑑賞してきました。医者の投与する薬のせいでタイムスリップするのかと思っていたけど、劇中にもはっきりセリフで出てくるように、拘束衣を着せられると15年後に行ってしまうのですね(まあ、タイトルを見れば一目瞭然でしたが)。しかしもうこの点で理解不能です。なんで拘束衣にそんな力があるのだろう。15年後に言った場面では拘束衣が着てないけど、意識だけが15年後に行っているということなの。だとすると。そもそも15年後の肉体はどこからもってきたの。それとも肉体こみで15年後にいってしまうのか。そのあたりはうやむやにしてほしくないな。私も料金の元を取りたいので、どうにかその点を不問に付してみたもにに、この映画が何を描きたいのか全く分からない。犯罪者を実験台に使った医者の身勝手な治療を告発したいのか、タイムスリップがもたらしたロマンを描きたいのか。どっちつかず。身の置き所に悩みます。世評では、「知的な構成の映画」ということのようですが、「むしろトホホ系」でしょう。主人公の2人が夕日で包まれていくラストシーンがいいのと、最後に流れる007(確か「女王陛下の007」のテーマ曲)の新アレンジがしみじみいい曲だと思わせてくれた点がわずかなプラス評価ポイント。2回も見てしまっただけに、「時間の無駄だった」と、ちょっと腹が立ちました。 そうそうキーラ・ナイトレイを本作で初めて見ましたが、彼女の容貌や現在ハリウッドで占めている位置って、かつてのウィノナ・ライダーと重なる気がします。個人的にはウィノゥナの方が好みですが。 [映画館(字幕)] 3点(2006-06-16 05:29:52) |
11. スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐
濫造されるフィギュアも買わず、怪しげな着ぐるみも着ず、イベント的に熱狂するファンを冷笑している私ではありますが、これでも27年来のSWファンであります。(28年と言うのは全米公開時からの起算なので、普通の日本人なら27年来が正確ですね)。EP1、EP2でつくづく「やめておけばよかったのに」と思ってましたが、今作はそれを覆して高く評価します。ただただ世界観の整合性を合わせることと、物語を進めることだけに集中(あとSFXに凝ることも、か)した新三部作前2作に比べて、格段に良くなっています。もちろんイマジネーション優先の惑星やエイリアン、戦闘機など鼻白む要素も多いのですが、ヘイデン・クリステンセンなど俳優人のがんばりが、暗黒面への転落への軌跡にリアリティを与えています。そしてラスト。タトウィーンに浮かぶ2つの太陽の夕日に望むラーズ夫妻という絵がEP4の名シーンと重なり、この大河ドラマの完結を納得のいくものにしてくれました。この絵がスクリーンに映し出された瞬間、鼻の奥がツンとなってしまいました。それにしても今回、ルーカスはEP1、2の反省点を十分生かした感じがします。評判の悪いジャージャーの出番が少ないのは当然ながら、あの異様なパドメの日本髪風の髪型や和装の衣装もなくなりました。「9部作の全体構想がある」と言って、製作を進めてきた割には、結構フレキシブルだよね。 [映画館(字幕)] 8点(2005-07-04 22:19:55) |
12. スイミング・プール
公開から約1年後に見ました。1度目はわけがわからず、2度見てわかりました。サラは編集長ジョンの現在の恋人。だがジョンは最近サラと距離を置きたがっている。サラはフランスの別荘に後からジョンが来てくれるものと信じて待っているが、来る気配は全然ない。一方ジュリーはジョンの愛人の子(でしょう)。で、母はジョンに捨てられ亡くなっている。その愛人の子ジュリーが別荘でサラに出会って交流した、というのが映画の内容。だから殺人もすべて現実に起こったことです。サラが書き上げた小説「スイミング・プール」はその体験をつづった“私小説”のようなもの。おそらく未刊行のジュリーの母の小説も取り入れられていたであろう。だからジョンは刊行に難色を示したのです。そもそも映画中には「妄想」と受け止めさせるようなサインは一切無いのですが、これを「妄想」とも取りうると観客に誤解させたのは、公開時の配給会社の惹句によるものではないのでしょうか。この謎かけをなしにしてしまうと、この映画のストーリーはものすごくつまらなくなりますが、やはりオゾン監督はその辺の幻惑も映画の魅力として提示したのでしょう。(もちろん、サニエとランプリングの肢体も含めてね) ちなみに、「すべて現実」という考えと同じ意見をネットで探していたら、井筒監督が「こちトラ自腹じゃ」でやはり「みんな現実」と指摘していました。 [DVD(字幕)] 6点(2005-06-22 11:30:28) |
13. 猟奇的な彼女
ストーリーはフジ月9と同程度にまあまあ。無駄なカット、無駄な挿話(劇中劇や脱走兵の話)が多く、テンポが悪い。ヒロインの嘔吐シーンや、導入部のラブホテルの男性シャワーシーンは下品。こうした場面をあえて描写するのは文化の相違なのだろうか。ヒロインの性格付けもよくわからない。暴力的な振る舞いと恋人との死別は関係しているのか? 最後のタイムカプセルを埋めた場所での老人との会話は蛇足だろう。基本的にはヒロインの魅力に寄りかかっただけアイドルムービー。ファーストシーンとリンクするラストシーンの爽快さが救い。 3点(2004-06-16 09:21:35) |