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はち-ご=さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 327
性別 女性
年齢 37歳
自己紹介 知的障害を持つ23歳女性です。
1週間に40時間働いているから多分社会人だと思うけど
今は旦那や発達障害者仲間とルームシェア生活です。

知能指数は11歳ですが、
この映画レビューサイトでは
見よう見まねで大人びた文章で気取らせて貰っています。

ちなみに登録自体は旦那がやっていますので
■妻投稿■がついているのが私です。
あ、でもそうじゃないので一人称が「僕」なのも
実は私が投稿していたものもあったり
「ドラえもん」とか「A」とか(^_^;)

インターネットの書き込みは初めてに近く
インターネットルールは一通り勉強したつもりですが、
「場の空気を読む」などの高度な技術は難しいので
そんな時にはスルーしてください。

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【製作年 : 1980年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
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1.  ドラえもん のび太の宇宙小戦争 《ネタバレ》 
妻投稿■2011年11月8日再投稿■ハイール・ヒトラーや北朝鮮や前のリビアや中国でどういうことが起こっているのか。それを私が何となくイメージが出来るのはこの映画のおかげなんです。しかも、こうした題材(一日中蛍に監視される、肖像画が国民を監視する、独裁者の見せしめのために死刑にされるといった現実的に世界で存在する部類の恐怖)を「人形のダンスパーティーに参加する」「おもちゃの戦車で悪者退治に乗り込む」というくるみ割り人形みたいなおとぎ話と矛盾なく融合させてしまう作り手のセンス! 私の子供時代そうだったんですけど、男の子のロボット戦争ごっこと女の子のお人形ごっこが友達の家で合体した時は、めちゃくちゃ面白かった記憶があります。そうした楽しい記憶を、悪魔や魔女みたいな絵本の中の怖い悪役ではなく、現代政治史実に確かに存在した「独裁者」と対決させる(つまり大人の「こくさいせいじがく」とも合体させる)事で仕立て上げられた「現代のおとぎ話」が宇宙小戦争なんだと思います。■しかもこの映画が作られた1985年なんて日本の周りは全部独裁国家で、民主主義国はほかにアメリカとヨーロッパの端っこくらいしかなかった時代です。そんな時代にこういうおとぎ話が出来ちゃうなんて、ドラえもん侮りがたしです。■ラストシーンは運に頼った部分もあるけど、そもそも個人の英雄行為で独裁国家が壊れるなんて自体が嘘なのであって(そういう物語を作って自身が次の独裁者になるやつとかも現実にいるし)、監視の目の中を必死で走り回って地下室に眠っているのび太君やロコロコ、恐怖に打ち勝ったスネ夫といった名もなき勇者が少年時代のメロディの中に現れるシーンにこそこの映画の価値があるのだと私は思います。大好きな映画。
[レーザーディスク(邦画)] 10点(2010-03-18 00:25:25)
2.  ドラえもん のび太と鉄人兵団 《ネタバレ》 
妻投稿■■よく一方的に子供が殺されて「戦争ってかわいそうだよね」「だから戦争はしちゃダメだよ」で終わるアニメって流されるけど、この映画も目指すものは変わらない。しかしこの映画は、ただ悲惨な状況を見せて大人の事情をうやむやにしたまま「戦争の恐怖」を子供たちに叩き込むような作品ではなく、その前の段階の「忍び寄る戦争の怖さ」を描きながら、「なぜ戦争は起こるのか」「それとどう戦っていくか」までを責任を持って自分なりの答えを提示した良心的な作品だと思う。■■何より私が感心したのは、敵側がカッコいい兵器を持っていて、かわいい女の子が活躍していて、奴隷解放と自由と民主主義を信じている事だ。そんな彼らがどうしてこんな怖い奴らになってしまうのか(直接見慣れた街を破壊するのではなく、「そこを素通りして都心中枢を爆撃するために大量のトンボのように見慣れた街を通過していく」というシークエンスは「これから私たちの住む世界で侵略戦争がはじまる」という事をリアルに表わしているようでとても怖い名場面)という疑問の結論を、この映画は多分ドラえもん史上もっとも美しい名場面で読者に提示しているのだと思う■■最後、ドラえもんの活躍ではなく、ある種都合のいい展開のために地球は救われる事になるのだが、別に「根性」「勝利」を描く趣旨の映画ではないのだから、私は別にかまわない。圧倒的な武力の前に故郷を征服される絶望、民主主義国家の国民だからこそ持つべき人間愛を、多分戦争になったら立ち位置が大きく変化してしまうであろう男の子sideと女の子sideのそれぞれから、悲しみと涙で描いてくれているから。
[DVD(邦画)] 10点(2010-03-07 11:37:32)(良:1票)
3.  ナビゲイター 《ネタバレ》 
この映画の価値は「不思議さ」に集約されるだろう。世の中は法則性によって成り立っているが、その法則性がいつか崩れるんじゃないか、それが眠った時、紫色の夕日を見たとき、知恵熱に悩まされたとき、僕はよく感じたものだ。それが実現したのがこの映画だろう。法則性が変わった世界は個人にとって不思議であり謎であり別世界であり、その中で出会う友人はどんな異形な存在でも素晴らしいものだ。「異形存在との友情」というメインテーマは「アリス」や「千と千尋」でも見られるように「不思議の世界」で際立つものだが、精神年齢の低い「男の子」である僕にとってはこの映画こそ、この2つのキーワードの調和によってかもし出される「何か」を楽しむことが出来るのだ。
[ビデオ(字幕)] 10点(2008-04-01 17:27:39)
4.  天空の城ラピュタ 《ネタバレ》 
この作品の素晴らしいところは「追いかけっこ」の一言に集約されるだろう。子供のころよく街で鬼ごっこした記憶があるが、やっている瞬間は今まで住んでいた街がハラハラドキドキの別世界に映った。そうした鬼ごっこの魅力というものが、映画という無限創造世界において極限まで昇華されたのがこの映画だ。空から降ってきた女の子を海賊から守るというワクワクする追いかけっこ。重力を感じるドキドキの追いかけっこ。鬼から逃げおおせて暗く神秘的な洞窟をさまよう「静寂」の鬼ごっこ。陰惨な基地の中で恐ろしいロボットや兵隊に白い服の女の子が逃げ回る陰惨な鬼ごっこ。女の子を助けるために、そして新たな冒険の為に、鬼ごっこは空、そして別世界でも展開される。誰もが憧れる冒険物語を多くのちびっこが体験したであろう神秘的な遊びの世界と融合させる事によって、この映画は最高の冒険アニメ映画へと高められたのではないかと僕は思う。
[レーザーディスク(邦画)] 10点(2008-02-14 23:43:17)(良:4票)
5.  ドラえもん のび太と竜の騎士 《ネタバレ》 
妻投稿■ドラえもん映画では唯一明確な悪役の出てこない映画。前作が傑作だったために地味な印象がありますが、私はこの映画大好きです。だって、スネ夫が遭遇した、洞窟の中に空や谷があって、そこに逆光状態でオルニトミムス系統の恐竜が大量に走っているという構図(「ジュラシックパーク」でラプトルが知的残虐ぶりを発揮する前の映画ですよ、これは)は、当時出版された絵本「押入れの冒険」の地下高速道路に通じるようなシュールなアドベンチャープロローグなんですから。■さらに、宇宙、恐竜時代、海底、アフリカ、ロボット戦争、絵本の中の世界とこれまでの映画でやっておきながら、さらに新しい冒険フロンティアを開拓し、しかもテイストをワンパターンにしないストーリー展開(今回は最後まで恐竜人の目的がわからないという、ある意味明確な悪役が出てくるより厄介で硬派な冒険です)。彗星衝突説をほとんど世界で初めて冒険映画のネタにするというドラえもんたちに負けないスタッフの冒険ぶり。飢えて死ぬ運命にある恐竜たちを地下空間に避難させるという恐竜好きにはたまらないラスト。何より恐竜のSFは「ティラノサウルスとトリケラトプスが暴れまわる」だけではないという事を提示した作品基本コンセプト。私の中ではこの「竜の騎士」はドラえもん個人傑作選の右翼の一つです。■でも多”奈”川鉄橋を走る小田急5000形が3つ扉だったのは残念。あの鉄橋そういえば今は架け替えられて、複々線化されためちゃくちゃ高層橋になってます(笑)
[ビデオ(邦画)] 9点(2011-11-14 11:17:57)
6.  はだしのゲン(1983)
妻投稿■■8月6日、あの火の玉の中で何があったのか。人々はどのように惨たらしく死んでいったのか。全てを目撃させられた生き証人の方が命を削って表現した貴重な漫画、貴重なアニメであり、たぶんこのアニメによって多くの日本の方がショックを受け、原爆のむごさを実感したのだと思います。■■でも私はこの惨たらしい表現=現実がはたして「核廃絶」という形で米国の人に伝わるのかという点に疑問を感じます。私はパブロ・ピカソの「ゲルニカ」という絵の模写を見たことがあるのですが、なぜあんな無茶苦茶な絵が「戦争に対する怒り」という形で万国国民にストレートに伝わってくるのか。それは人が焼き殺される様子が幾何学模様で描かれていることだと思います。つまりあの絵の本当の恐ろしさは、平和な世代の人間の戦争に対する思い「惨いね」「かわいそうだね」という「幾何学的な感情」を強制的に抉り出して、見る人を戦慄させている(つまり観覧者を強制的に加害者にしている)事にあると私は思うのです。■■「はだしのゲン」はアニメという形で日本の子供たち、世界の子供たちに核のむごさを容赦なくつきつけました。これは偉大なことです。だから9点をつけます。でも核の惨さを知った欧米の子供達は、大人たちはどう思うでしょうか。「核は恐ろしい」→「海の向こうのあいつらが撃ってくるかもしれない」→「だったらうちらが核を持つことは正しい」と思っているのが今のアメリカだと思います。これは決して異常な感想ではないと思います。その理由は、この映画が現代の日米両国民の原爆に対する「幾何学的な感想」に気づかせ、「加害者になりうる」という事実を突き付けさせることに失敗しているからだと思います。
[インターネット(字幕)] 9点(2009-08-06 05:48:45)
7.  魔女の宅急便(1989) 《ネタバレ》 
施設の女の子4人で図書館で見ました■妻投稿でーす。さてこういう純情な女の子の映画において、女性監督が作る主人公の女の子より、野郎生物が監督する主人公の女の子の方が輝いているというジングスが私の中にはあります。特にこの作品は女の子の繊細な気持ちを描いた女性作家の原作を野郎生物の監督が妄想を膨らませて作ったのだから、名作にならないわけがありません。■■右側通行で自動車が通行する様子も、中心市場から住宅地、公園、郊外の現代マンションまでリアルに再現された町並みも、夜空の軍の輸送機も、飛行船も、パトカーも、製鉄所も、行き違い中に現れた高速急行列車も、そこにあるのは、なるほど、鉄道模型好きの男の子らしい拘りですが、実はそのすべての拘りは主人公の女の子と対になってその存在を際立たせる背景なのではないかと私は思います。飛行船がいかつかったり、街並みがリアルだったりと、背景が男の子的であればあるほど、手前に移る魔女の女の子はかわいく見えるものなのです。(■■こういう男の子の監督にとって主人公の女の子を際立たせるのはヒラヒラした衣装でも「愛の力」「変身」でもなく、宮崎監督は冒頭のキキのお母さんの言葉を借りて、「俺はそういう手法は取らない」とはっきり宣言してしまっています。この映画は海の見える欧州の街のセットを背景にキキのゆれる女心を表現した、宮崎駿の妄想絵画なのです。
[レーザーディスク(邦画)] 9点(2009-05-05 01:57:27)(良:1票)
8.  スタンド・バイ・ミー 《ネタバレ》 
妻投稿。図書館で見た作品です。私はこの映画に「青春の懐かしい冒険」「もう二度と帰れない日々」というのとは違うものを感じました。この映画は汽車に轢き殺される恐怖、虐待や大人の裏切りというものが描かれています。それらを乗り越えてやっと手にしたものは死体・・・。まさに人生そのものです。人間は人生において恐怖と裏切りと絶望を経験し、その果てにあるものは死なんです。なのにどうしてこんなにすがすがしい気持ちになれるのか・・・。それは愛する仲間がいるからではないでしょうか。私はそれがこの映画が名作である理由なんだと思います。
[レーザーディスク(字幕)] 9点(2009-03-31 17:30:45)
9.  ブラック・レイン
妻投稿■この映画、黒いですね。でも一口に黒といっても微妙なカラーチャートの違いがあって、この映画の黒は昭和と平成の間の日本の渋いサラリーマン警官の色だと思います。この渋さは絶対にCGでは再現出来ないですよね。この黒さをそういう描写が得意なリドリー・スコットによってリアルタイムで残してくれたのはありがたいです。■松田優作を連行してくる松本警部補がめちゃめちゃ渋い。ドロドロのジャンパー姿で上司に一礼してから、スーツ姿で不動の姿勢で賞状を貰うシーンに切り替わるシーンはもう「私にもしお父さんがいたらこれで決定!!!」と思っちゃいました。■佐藤を殺さずに逮捕する設定も、「私ハ日本ワカッテイマスヨ」という最近のアメリカ人監督の映画主人公が日本でやっている「殺してやる―、殺してやる―」な演出と比べても、憎い犯罪者を一公務員として逮捕して上司に引き渡す「大人」が決まっていて、「はーどぼいるど」がさっぱり理解できない私を痺れさせました。
[インターネット(字幕)] 9点(2009-02-15 16:32:19)(良:1票)
10.  インディ・ジョーンズ/最後の聖戦 《ネタバレ》 
これぞ冒険活劇!コネリーとフォードの凹凸コンビの織りなす珍道中、そして洞窟の中のハラハラドキドキの冒険劇は、製作者のセンスとエンターテイメントへの真摯な追求が感じられ、それがラストの夕日への疾走を最高に素晴らしいシーンに仕立て上げている。ただこんな素晴らしい冒険映画だからこそ、出来ればあまり人を殺さないで欲しいなというのが、僕ちんの我儘だったりする。
[地上波(邦画)] 9点(2008-02-10 23:41:16)
11.  キリング・フィールド 《ネタバレ》 
妻投稿■あたりまえだけど私は殺人被害にあったことはない。せいぜい何年も前のセクハラ程度。でも暴力のある世界って、悲鳴もドカバキボコボコズドーンという音も一切しないんですよ。本当に静かなんです。この映画の後半20分みたいに。一見すると世界は普通に回っているんです。でもちょっと何かに躓くと、気づいてしまうんです。世界がすごく残虐である事に。沼地の人骨のシーンは息が上がるくらい怖かった。■映画の時間配分は欧米人の戦場紀行が大半で、ポルポト派の大虐殺シーンは実は後半30分くらいしかない。さらに欧米人の人情ばっかに焦点を当てて、カンボジア人を尊重していないという意見も日本公開時は聞かれたみたいだが、私はこの映画が間違っているとは思わない。■いざとなったらアメリカ軍が助けてくれる状態で、戦地で泣き叫ぶ子供を撮影する欧米人。吹っ飛んだコカコーラトラックと泣き叫ぶ子供というコントラストはピューリッツアー賞を取る良いコントラストなんだろう。でも実際大人を奴隷のように働かせ、拷問し、撃ち殺しているのは子供たちなのだ。映画で描かれた彼らの無表情で刺し殺すような表情こそ、欧米の戦争認識に対する最大限の皮肉じゃないのだろうか。■私はチャップリンの独裁者を見て、「ヒトラーをバカにしてホロコーストを否定できるのか」と疑問に思っていた。じゃあ、自分をカンボジア虐殺の少女兵士、強制労働させられる人々に置いてみて、どうやったら殺戮を否定できるだろうか。たぶん生きたいというあたりまえの願望や、社会性、常識といった生きる上で不可欠なものすら一度否定しないと無理なんじゃないかと思う。自分が生きている世界が少し変化した「ズレ」の中に大量の人骨が埋まっている構図は、そういう事を語りかけている気がする。
[レーザーディスク(字幕)] 8点(2011-07-02 05:54:08)
12.  ドラえもん のび太の宇宙開拓史 《ネタバレ》 
妻投稿■ドラえもんって「夢を与えるロボット」というコンセプトだけど、「夢を与える」というコンセプトでプロジェクトX的に作られたものって結局は「人間の欲望を実現する事」であって、ドラえもんもその例外ではないと思う。■さて、私は紫の大地と一面を襲う洪水(私はこの洪水の水の「サラサラした感じ」がたまらなく好きだ)、急激に広がる緑と奇妙な動物、そこにうまく適応している人たちを見て確信した。これはポニョにもあるような「誰でも睡眠時に見るよくわからない世界」だ。■私は作者は大長編を書くときに「夢をかなえる」=「欲望を実現する」で必ずしもいいのかと悩んだんだと思う。ドラえもんの映画の初期において、原作者はとにかく「人間が睡眠時に見る夢」をドラえもんで実現させ(コーヤコーヤ星に行ったのはドラえもんが関与したのではなく偶然の産物)、「夢を与えるという事は何か」を追求し始めたのではないかと思う。■この映画は鉄人兵団や宇宙小戦争みたいなメッセージ性はまだ強くはない。でも言葉では表現不可能な色と音による哲学性が含まれていると私は勝手に解釈しているのです。
[ビデオ(邦画)] 8点(2010-12-22 01:19:49)
13.  黒い太陽七三一/戦慄!石井七三一細菌部隊の全貌 《ネタバレ》 
妻投稿■この映画が作られた1980年代後半は、731部隊の生き残りが捲いた惨劇、薬害エイズが問題になった時期ですよね。■ちょうどそのころ(1987年)生まれの私は、1940年代に日本軍が酷い事をしたのかしてないのか、不毛な議論に関わる気はない。しかし「戦争をする」と言う事は、人体実験云々を差し引いても、爆弾や化学兵器で誰かの手の皮がめくれて手が骸骨になったり、体が膨張してうんちと内臓が噴き出したり、かわいい男の子が解剖台の上で死んで(本物の)内臓をぶちまけると言う事だ。ネズミの炎上シーンや猫がネズミにたかられるシーンだって、空爆の下の建物や野戦病棟であり得る話だ。■でも今は「民主主義」で政治家を選んだ国民が、自分たちが選んだ国家元首が戦争を始めるのを、お茶の間でゆっくり鑑賞できる時代だ。この映画は異常でプロパガンダを多分に含んでいると思うが(それでもこの映画、中国共産党とはゆかりのない香港映画だし、人間ドラマとしてもさり気なく見せてくれるので、実はプロパガンダというよりも製作陣が「戦争の狂気」とやらに取りつかれた映画じゃないかと思う)、軍隊や戦争を(ある程度)肯定しながら「こういう気持ち悪い映画を作るのは反日プロパガンダだ」といってた私も、結局「死体を映してはいけない」という戦時宣伝部みたいにおぞましい存在だと思う。■私はこの映画を見た後でも軍隊や自衛隊は必要だと思うし、この映画を見た日本人が中国人に謝り続ける必要などないと思うが、狂気はいつでもうちらに向かって口をあけているのだという事、私たちはお茶の間で綺麗に編集されたニュース映像を見ながらその狂気を実現できる力を持っている事は自戒するべきだと思う。
[DVD(字幕)] 8点(2010-09-02 05:11:44)
14.  U・ボート 《ネタバレ》 
妻投稿■「潜水艦映画はつまらない。だってずっと同じ鉄の棺桶の中なんだもん」と私は思っていた。だがこれは、「この潜水艦映画は凄い。だってずっと同じ鉄の棺桶だから」と言える映画。「潜水艦のなか”なのに”面白い」ではなく「潜水艦のなか”だから”面白い」のだ。■まず潜水艦の「狭さ」が他の潜水艦映画と違う。「水圧」が他の潜水艦映画と違う。「空気のなさ」が他の潜水艦映画と違う。画面の中と外では明らかに湿度と酸素濃度が違うのだ。よく言われるような「閉鎖感」なんてもので表現するのではなく、五感に直接訴えかけるような映像。凄すぎる。潜水艦が浮上するときは「早く、早く」と手に汗握ったし、太陽の下に潜水艦が帰ってきたときには思わず大きく息を吸っちゃったからね。そして最後にドっカーンだからねえ(-_-;)。■「戦争反対」の映画ではないけど、「戦争やって何が楽しい?」と強く訴えかける作品だと思う。五感で!
[DVD(字幕)] 8点(2010-08-23 19:12:45)(良:1票)
15.  アマデウス 《ネタバレ》 
妻投稿■これアニメじゃなかったんかい!!!!パッケージに騙された!!!■それはともかく、「シベリア超特急」が「映画を見る人」ではなく「映画が好きな人」に対して、ソファの向こうからくまさんの手袋人形で語りかけるような映画なら、この映画は「映画を見る人」ではない「映画が好きな人」に対して、暗い部屋で懐中電灯を下からかざして語りかけるような映画だ。■この映画を見ている人は、モーツアルトに同情するにしろサエトリに同情するにしろ、自分たちを「凡人」「普通の人」という定義で見ているのだろう。私はモーツアルト派だった。モーツアルトみたいなアスペ的人(アスペ=天才という意味に取らないでね)が私の周りにうようよいて、なんとなくモーツアルトの曲の良さは理解できない私でも、モーツアルトが自分のこだわりに忠実なだけなのになんで周りが良くも悪くもやいやい言うのかがわからない気持ちがわかる気がするからだ。■しかーし、私の「映画に対する理解」とやらも、旦那(彼もアスペだが「天才」ではなく凡人にすらなれない「不良品」)の感想、一言で打ち砕かれた。「凡人だって同じように嫉妬されているかもよ(笑)」。旦那は「不良品」<「凡人」<「天才」あるいはその逆というヘゲモニーを頭の中で成立させているわけではない。「何が天才」で、「何が平凡」かは、多数派である「凡人」が決める権利がある事は間違いないからだ。■ここで映画の情景に戻ろう。近世ヨーロッパなんだけど、共○主義独特の無機質な情景。蝋燭の不気味な光。これって単に「リアル」を追い求めた結果なんだろうか。実は「私は凡人でこの世界の多数派」だと思っている観客は、映画の中で知らないうちに自分らが「凡人ではない」という少数世界に迷い込んでいるのではないか? 私は少なくとも迷い込んでいた。だからとっても怖かった。
[レーザーディスク(字幕)] 8点(2010-05-24 22:13:29)(良:2票)
16.  プルガサリ/伝説の大怪獣 《ネタバレ》 
妻投稿■うちの旦那は北朝鮮とゴジラが大好き(いつもマンセーマンセーと遊んでいる)。そんな旦那が興奮しながら見つけてきたこの作品を、図書館で視聴(こういうのが日本の茨城県某町の図書館にある事が凄い)。■で、内容なんだけどゴジラ良作作品の真骨頂である「人間対怪獣の戦い」が凄く面白い。多分この分野でワクワクしたのはモスラ対ゴジラくらいだと思う。しかも中世朝鮮の軍隊であの手この手の方法でプルガザリを圧倒するファン将軍。結構出来る防衛軍隊長だ・・。ゴジラvsデストロイア状態で海に飛び込んで兵士が蒸し焼きになったり、にっくき皇帝を踏みつぶしたりと、火は吹かないけど怪獣の方も負けてはおらず、まさに死闘だけれども、最後に怪獣を倒したのが怪獣の生みの親である女の子の生贄というのが、凄く良くできている。■突っ込みどころもあるけれど、本当に素直に名怪獣映画を見せてもらったと思う。そもそも怪獣が現実世界に現れないのは、その大きさゆえに地球環境や人間と共存しえない為。何かの間違いで生まれてしまった怪獣は圧倒的な破壊の象徴であると同時に悲劇の存在なんじゃないかと思う。その「人間とは相いれない地球生物は絶滅しなくてはいけない」という理不尽さという形で怪獣の本質的な存在性をしっかり表現する怪獣映画、多分平成時代(この映画が作られた1985年は平成ゴジラ第一作の年)には作られていない■これ政治色あるのかないのか議論があるけど、これ実は監督が密かに金親子独裁体制を非難するために作ったんじゃないかと思う。監督は韓国の人らしいし。金正日はそれに気づいていたかはわからないけど、彼はゴジラ映画を自分で作るのに熱中していたんだと思う。まあ、それだけ幼稚な為政者ってことかな(それを利用するうちらも含めて)。
[ビデオ(字幕)] 8点(2010-02-22 23:30:01)
17.  火垂るの墓(1988) 《ネタバレ》 
妻投稿。クイズです。問1:現代世界の死因のトップは? 問2:お父さんお母さん兄妹弟。食料がない場合、普通どの順番で食糧を供給するでしょうか。■■■正解は問1:餓死、問2:お父さん→お母さん→お兄さん→弟→妹(要は役に立つ人間に食料がいきわたる)。■■■これが人間社会の当たり前であり、おばさんの役に立たなかったあのお兄ちゃんと妹の結末は人間社会における当然の帰結なんです。で、私も障害者同士の結婚という形でそういう帰結になりそうな生き方を選択しつつあります。前のバイト先の正社員の愛人としてアダルトビデオに出てきそうな生き方をしていればもう少し長生きできたと思いますが、そういう生き方は私の趣味じゃないので、特に負い目はないです。■■■戦争とは、一個人にアダルトビデオに出てきそうな生き方か死かを選択させる物だと思っています。でもそういう風に描くと「暴力的」という理由で倫理規制が敷かれるので、おばちゃんは意地悪おばさんに収まっていると思います。でもこれが暴力をふるうおっさんだったら、変態なロリコン悪息子だったら・・・私だったら逃げます。逃げろと言います。■逃げたら助けてくれますか? 「無理だよ、みんな生きるのに必死なんだ」「生きたければ耐えろ」と言われてしまいます。だって秩序がないからです。これが戦争なんです。■■脳内変換の多いレビューでしたが(現代でも日本は知的障害者女性の4割は性的虐待の経験がある社会なので、あながちぶっ飛んだ脳内変換ではないと思うけど)、「人間が生きるのには栄養だけでなく秩序と尊厳が必要」で、どれを取られても生きられないから、平和と助け合いが必要なんだと勉強出来た映画でした。 そしてそれが「当たり前ではない」ことも勉強出来た映画でした。人間が生きるってややこしいね。
[レーザーディスク(邦画)] 8点(2008-08-27 15:56:56)(良:2票)
18.  コマンドー 《ネタバレ》 
妻投稿■これは皆さんがおっしゃられているように、リアリティに突っ込むよりは、何も考えないでシュワちゃんの筋肉とマッチョゴリラの大暴れを見る映画だ。それは警備員の「身長190㎝、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」という台詞でわかる。■だけど、この映画「観客に何も考えさせないでシュワちゃんの大暴れを楽しませる」ために、脚本や演出が物凄い計算されているんだと思う。例えば、エンリケスを飛行機で始末して、車輪から地上にダイブ、そして時計を合わせて、シンディを協力させてサリーを追跡するシークエンス。このシーンでシュワちゃんは何も考えていないようにデカい体をズンズンさせながらサリーを追跡するんだけど、どうすればあの筋肉バカが大活躍できるかという事を監督や脚本家はよく考えているのがよくわかる、素晴らしい流れだ。つまり、この映画は「強引で無茶苦茶な筋肉アクションを出すために徹底した計算と洗練された演出をしている」のだ。矛盾しているようだけど、山川純一の漫画を見れば、私の言いたいことがわかっていただけると思う。そして、メイトリクスやベネットなどの名台詞である。■「観客に何も考えさせない単純娯楽筋肉映画」と称して、実際何もアイデアを考えていないのは製作者という作品が多い中、このコマンドーは「観客にシュワのゴリラ筋肉アクションを見せる為」いろんなアイデアを出しまくった名作だから愛されているのだと思う。■ただ、悪党に利用されただけの哀れで愚かな敵を皆殺しというのはかわいそうなので、-3点。ここは私の好みの問題である。■アッー
[ビデオ(吹替)] 7点(2014-07-25 18:15:56)
19.  告発の行方 《ネタバレ》 
妻投稿■洗面器を用意して吐きながら見ていました。■私は前のバイト先の上司にやられた事があるが、社会に出て仕事をするという事は常にそういうリスクと向かい合わなければいけないと言う事。レイプされないようにするには男性上司と絶対に二人っきりにならない事しかないが、社会人として働く以上それは不可能だろう。職場のオフィスに「仕事の話がある」と呼び出されたら、行かないわけにはいかないし、そこで体力のある男上司がのしかかってきたら、「殺されないためにはどうすればいいか」を考えなくてはいけない。レイプはどんなに悲しく苦しい事であっても、客観的にみれば私が「リスク」と「社会人としての常識」を天秤にかけた賭けに負けたという事でしかないのだ。■私みたいに知能指数が低く、相手に責任を取らせる事はまず期待できない友達たちは、みんなそういう自己保護の権利と社会人としての義務の折衷に矛盾を抱えながら毎日働いている。そういう視点から見ると、主人公の女の人の行動はバクダッドまでとはいかないがヨハネスブルグに行くようなものだ。いくら「悪いのは100%男」と言っても、男性社会において女性が生きると言う事は、外務省の「退避を勧告します」まではいかないが「渡航の延期をお勧めします」という世界で生きる事なのだと思う。私は申し訳ないがあの検事さんの考え、主人公の権利を、私自身にさえ認める事も出来ていないので、あの主人公に認める事は出来ない。そういう意味で私は前時代的な日本社会の擁護者だと言う事は自覚している。■長いレイプシーンに一言。私の友達で強姦妊娠出産した女の子が言った言葉がある(7歳程度の指数故に原文から少し改訂)。「私がレイプされている時の気持ちは怖い、悲しいというのよりも、大好きな家族や友達の為に、何とかして殺されないで、生きないとと言う事。行為自体は汚くても私はそういう崇高な目的の為に頑張った。赤ちゃんはそうやって頑張った私へのコウノトリのプレゼントなのだから、赤ちゃんは汚くない」←難しい問題だし、同じ苦しみの人全てに適応されるわけではないあくまで彼女自身の彼女自身のみに対する考えだ。でも映画のなかの連中(および世間)が、淫乱だの誘っているだの言っている間に、ざっと3世紀ぐらい進んだ考えを見つけだしているのだ。そういう「必死さ」の表現がアカデミー賞を取っただけにあったと思う。私はそれが凄くうれしい。
[DVD(字幕)] 7点(2010-09-06 00:16:22)
20.  家族ゲーム
妻投稿■1960年代以前の古い日本家屋の社会では、もし息子が障害者になったら座敷牢に放り込んで世間の目にさらさない事が多かったようだ。しかし1970年代以降マンションや公営団地に人が住むようになり、その真っ白な壁と幾何学的な未来都市は、こういうドロドロとした村社会や世間体といったしがらみのない新しい住空間に見え、当時の人々は一般に言われる「快適さ」とは違った意味の「快適さ」を期待したんだと思う。■でもギリギリ昭和世代(1987年生まれ)の私の友達の障害者は親に「お前は本当の○○ちゃんない」とか存在を否定された人は多い。確かに村八分とかはなくなったんだけど、その分マンションのコンクリート構造は、ありのままの家族を見ようとせず、それぞれが「こうあるべき」という家族の虚像(というより妄想)を相手に押し付けあうという、昔から結構水面下にあったものを一気に明らかにしてしまった。この映画はそれを松田優作に発露させたんだ…(と「超正統派的知ったかぶり」をしてみました)。■でもこういうマンション街って今高齢化地帯になって徐々に廃墟になっていくんですよね。今じゃどこにでもある「歴史民俗博物館」の最後の展示ブースに「高度経済成長期のマンション」の再現模型があって、映画の中の家族も過去の俗物になってきたんだなと思う。社会も「格差」とかいうのが広まって、「家族を持つ」という事が凄く贅沢になってきた(「家族」が一種のブランド化してきた(笑))。■じゃあ、そう偉そうなことを言う私の家族はどんな感じなのか。もう、性的虐待で出産したダチの赤ちゃんをルームメイト(全員そろいもそろって発達障害者)全員で育てる感じ。「恋愛より前に子育て」という事で、「スカベンジャー(腐肉食系男子)」という言葉もあるくらい。一番だめじゃん(^_^;(笑)) ■21世紀はどんな「家族ゲーム」が作られるのかな?
[ビデオ(邦画)] 7点(2010-06-21 06:34:46)
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