日本解放戦線・三里塚の夏 の なんのかんの さんのクチコミ・感想

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日本解放戦線・三里塚の夏 の なんのかんの さんのクチコミ・感想
作品情報
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シリーズ第1作。測量を急ぐ公団側と農民・学生との攻防が描かれる。この映画で強く印象されるのは、人々の顔であり手であり、TVのニュースだと共感的であれ批判的であれ無個性の集団となってしまう反対派農民たちが、それぞれ一人の人間として存在していることへの、作者の賛美・驚嘆である。始まってすぐの両者の衝突のエピソード、この映画はその激しくぶつかっている場面ではなく、農民たちの作戦本部をまず捉える。無線機によっていちいち報告される現場の状況、それを私たちは拡げられた手書きの地図を頼りに聞かされ、現場を遠くから想像しなければならない。そしてカメラがしばしば注目するのは農民たちの「手」、膝をいじったりタバコを揉みほぐしたり、落ちつかなげに動いている手である。現場に出て石を投げている手でもなく、もちろん農機具を動かしている手でもない。そういった明確な役割にたどり着けないで所在なげに行き場を失っている手の印象がまずある。そういう手を持った人間がその人ただ一人だけ存在している、という当たり前の事実が驚きのように伝わってくる。映画は「顔」にも執着する。農民たちがしばしば繰り広げる仲間同士の会話、内容は正直言って硬直しすぎて非個性的なアジテーションまがいのことが多い。しかしカメラは顔をアップで捉える。同時録音でないので口と声は合わないのだけれど、そのことがかえって時間が蓄積しているような不思議な効果をあげ、いやおうなく言葉より顔への注意を高めていく。しゃべっている言葉よりしゃべっている人間が強く意識される。農業とは集団主義の世界で、私はついそういう閉じた村社会に否定的な気持ちを持ちがちなのだが、しかしそういう人間関係の中でしか農業という大仕掛けな作業は成り立ち得ないのかも知れず、だとすると都市の人間よりも個人が個人である場面には敏感なのかも知れない。手と顔のこの映画は、それの輝きだけを捉えているわけではなく、手錠が掛けられる手のアップもフィルムに収められているし、機動隊員たちがカメラからそらし続ける顔のアップも、ねちっこく写している。個人が個人であり続けることの危うさも意識しているからこそ、人間の集団の中から立ち現われてくる個人の大きさに作者は心から感嘆できるのではないか。
なんのかんのさん [映画館(邦画)] 8点(2010-01-17 12:14:25)(良:1票)
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投稿日付邦題コメント平均点
2014-03-15エデンの東(1955)8レビュー7.25点
2014-03-14アゲイン/明日への誓い6レビュー5.22点
2014-03-13オリバー!7レビュー6.08点
2014-03-12世界の中心で、愛をさけぶ6レビュー5.27点
2014-03-11真珠の耳飾りの少女6レビュー6.33点
2014-03-10ゴースト/ニューヨークの幻7レビュー7.02点
2014-03-09EMMA/エマ(1988)6レビュー6.00点
2014-03-08稲村ジェーン4レビュー2.41点
2014-03-07つぐみ5レビュー4.96点
2014-03-06ボイス・オブ・ムーン6レビュー5.25点
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