1. この世界の片隅に
《ネタバレ》 『夕凪の街 桜の国』というひとつの到達点を得た作者が描く、戦時下の広島・呉を舞台にした新作、って読む前は単なる『夕凪~』の焼き直しに落ち着いてしまうのではないかと期待よりも不安が勝る状態でした。連載ではなく単行本で読んでいったのですが、第一話以前のプロローグにあたる部分は既に本編の連載誌とは別のマンガ雑誌で読んでいて、ああ、これもその一部だったんだ、と。それは『夕凪~』よりもコメディ主体の、従来のこうの作品に近く、続く本編も戦時下の日常を生きる天然キャラすずのコメディというカタチで描かれてゆきます。上・中巻では従来型こうの風味と『夕凪~』的ヒロシマの物語とが、一体どういうところに落としどころを見つけてゆくのだろう?という感じで世界がいまひとつ掴みきれない感じがしましたが、下巻において従来型も『夕凪~』もない、実はそれらを遙かに超越して最早マンガという表現メディアの極致にまで高められてしまったんじゃないかという凄い存在である事に気付かされました。何気ないアイテム、挿入される絵、タッチの違い、それら1つ1つに意味があり、1つの作品として閉じた時、最初に読んだ幾つものエピソードが全く別の意味を持ってきます。全てが戦争に翻弄され、それでも「戦争のある日常」を生きたすずの物語を紡ぐ大切なエピソード、アイテムであった事、綿密に張り巡らされた伏線によってプロローグ3話、本編45話が最初から計算され尽くした上で描かれていた事をまざまざと見せつけられ、そして最後に「歪んだ世界」が花開くように再生してゆく、そのさりげなくも感動的な幕に「凄いものを読んだ」と心を激しく揺さぶられるのでした。イデオロギーを超越し、映画でも小説でも決して到達し得ない、マンガ独自の力が辿り着く世界を、できるだけ多くの人に触れて頂きたいと切に願います。 10点(2009-05-19 20:15:06) |