195.90年台を代表する大ゴケ映画として有名な作品ですが、この映画の悲劇はどっちつかずの基本スタンスにあると思うんですよね。
「マッドマックス」に代表される世紀末物の設定を地球温暖化に変更しただけの陳腐な設定の元に描かれる娯楽アクション巨編なわけですが、同種の北斗の拳の例を見るまでもなく、この世界観であれば「バイオレンス」がその基調となるのが普通なわけです。
実際、キャラ設定やデザインは世紀末バイオレンス感満載なのです。観ている側だってバイオレンスを意識します。
しかし、その反面ユニバーサルリゾートでアトラクション化される事を明らかに踏まえた舞台設計等でわかる通り、この映画の対象はファミリー&子供むけなのです。
前半の襲撃シーンを観ても、その映像はアトラクションにしか見えません。映画の映像そのままアトラクションにできそうなくらいにアトラクション的なのです。
なぜそんな映画をバイオレンス風にしてしまったのか…
一見バイオレンス風でありながら、実際はただの家族向けアトラクション映画。
たとえば、しょーもない敵ボスが最後に死ぬシーン、あれ明らかにファミリー向けアトラクション映画ならではのシーンです。
バイオレンス物だとあんな死に方はないですよね。
一事が万事この流れで、とにかくバイオレンス風に見えてファミリー映画という根本的な矛盾がこの映画全体のスタンスをわけのわからないものにしていて、結果として突っ込み放題、文句つける気になればいくらでも文句つけられるような映画にしてしまっているのです。そしてその結果が世間のこの低評価。
まぁ細かいめくじらをたてずあまり大きな期待もしないのであれば、ごく普通のB級娯楽映画として6点くらいの出来だと思うのですが…そう割り切るには大作すぎるんですよね、この映画。大作映画には大作映画としての評価がありますから、それもあって一般的にこの映画の評価は厳しいものが多いんだと思います。
それから、初めて午後のロードショウで日本語吹き替え版を見たのですが、なんとヒロインであるヘレンの声が「松本梨香」で彼女が連れているエノーラの声が「大谷育江」
そんな組み合わせダメです!
こういうあまりに有名な組み合わせは、どうしてもその色が強すぎるため映画と関係ない余計な事が頭に浮かんでしまい映画に集中できません。
「いけエノーラ!10万ボルトだ!」「エノチュー!」なんて余計な事を考えていると映画のストーリーが頭に入ってこないのです(当たり前)。
吹き替えのキャスティングにはもう少し気を配っていただけないものでしょうか。
映画自体の公開はポケモンのアニメより前ですが、この吹き替えはポケモンのアニメ放映から7年がすぎた2002年に録音されたもの。しかもテレ東で。
もはや確信犯ですよね、これ…