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六本木ソルジャーさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

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コメント数 823
性別 男性

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【製作国 : アメリカ 抽出】 >> 製作国別レビュー統計
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281.  イルマーレ(2006) 《ネタバレ》 
オリジナル版は随分前に観たので詳細は覚えていないが、結構よかったということだけは覚えていた。リメイクが創られると聞いて、ハリウッドもなかなか目の付け所はいいなと思い、しかも、キアヌとサンドラの二人が共演と聞けば、いっそう期待は高まる。しかし、リメイク作の肝心の出来栄えは、何かが足りなさ過ぎて、相当イマイチである。 まず、演出家に問題があったように思われる。全体的にかなり薄っぺらく、安っぽくなった仕上がりとなっている。「風邪に気をつけてください」と言って、直後にくしゃみをさせるなんて今日日、小学生でもやらない演出ではないか。 「時間」という障害に阻まれたラブストーリーというネタ自体は面白いのだけれども、このネタを上手く活かすことができておらず、ラブストーリーのよさも感動もなにも感じられない。 オリジナルを覚えていないけれども、この二人はしょっちゅう逢っているという印象がする。あまり障壁が感じられず、愛し合う二人が、運命の悪戯からか、なかなか会うことができない、もどかしさのようなものは感じられない。 人物の掘り下げ方も中途半端な印象だ。キアヌは父親との確執に悩む建築士、サンドラは医者という激務に対して、やりがいや意義を感じながらも、「このままでよいのか?」と人生に悩む女性である。父親の作品集を送り、キアヌが抱えた苦痛を取り除いてやるというのは、感動的な場面なのだが、演出が感動的ではないので、感動できない。 逆に、サンドラのキーとなる本「説得」も、ドラマティックで効果的な使われ方をされただろうか。自分にはそうは感じなかった。このアイテムがサンドラの気持ちを大いに揺さぶるとともに、観客の気持ちを揺さぶったとは思えない。 結局、二人の気持ちに対して上手く感情移入できない創りになっているので、ラストのクライマックスでも、やはり何も感じられなくなっている。「想い続けて待ち続けること」の素晴らしさが描かれていないのが残念である。
[映画館(字幕)] 4点(2006-10-02 21:57:26)(良:1票)
282.  レディ・イン・ザ・ウォーター 《ネタバレ》 
アメリカではシャマラン作品としてはかなり苦戦した興行収入となり、ブエナビスタ(ディズニー系)が製作に二の足を踏んだため、ワーナーと手を組んだという、あまりいい評判も聞くことはなかった本作であるために、まったく期待していなかったが、正直いってそれほど悪くはないと思う。 シャマラン監督というのは、意外と不幸な監督であり、シックスセンスの大成功により、「どんでん返し」や何か絶対に「裏」があるのではないかと、絶えず観客から変な期待されてしまう。本作には、そういった「裏」はまったくないし、自分もシャマランにはそういうものを期待しなかったから、本作を純粋に楽しめたのかもしれない。思い切って、冒頭にテロップで「本作は最後まで特別なことは起きませんので、期待しないでください」とでも流せばよかったのかもしれない。 酷評したくなる気持ちは分からないでもない。ストーリーは単純で「水の精をみんなで協力して、元の世界に帰してやる」というだけのものである。裏も何もない、本当に純粋な「おとぎ話」にすぎない。いい大人が見れば「クダラネェ」と思っても仕方がない。 しかし、自分は子どもに返ったようにワクワクしながら「マンションの住民」を応援できた気がした。「水の精」に疑いすら持たない住人たち、誰も彼も協力を惜しまない住人たちに普通ならば違和感を抱くかもしれないが、別にそれでもいいじゃないだろうか。このマンションは、シャマランの描く「理想郷」なのだから。人間はみな善良で、それぞれ役割を持ち、生きている意味や目的があるという、シャマランの理想がここには描かれている。シャマランが込めた願いとしては、子ども達にはこういう大人になって欲しい、大人には、子どものような気持ちに戻って、純粋で清らかな心を思い起こしてほしいということだろう。 個人的には、あんな狼みたいな生き物で、音や衝撃だけのコケオドシは止めて欲しかったが、人間の理想郷を描いた本作では人間の形をした生き物に「悪」を担わせることをしたくなかったのだろう。自分には、そういう理想はないので、あの狼を操る「悪者」がマンションの住人の中にいるという設定にした方が、より万人に好まれる作品になったのではないかと思う。 大人向けでもなく、だからといって子供向けの作品でもなくなってしまい、ターゲットを失ってしまったのが、本作の興行面の失敗の理由のひとつだろう。
[映画館(字幕)] 7点(2006-10-02 21:19:39)(良:3票)
283.  市民ケーン 《ネタバレ》 
本作が長い映画史において燦然と首位に輝く最高の傑作とは思えないけど、高い水準にある映画であることは間違いない。 まず、映画の構成がとても独創的であると感じた。スーザンがザナドゥでジグソーパズルをやっていたと思うが、本作こそはまさに「ジグソーパズル」ではないか。観客は、示されたいくつかのピース(ケーンの人生の断面)を与えられ、ケーンの人生像を探ろうとするものの、ジグソーパズルの全体像(ケーンの人生像)は最後まであまり見えてこない。しかし、最後のワンピースである「ローズバド」が観客に示されると、とたんにこのジグソーパズルは完成するという仕掛けになっている。観客は鑑賞中に、ケーンというジグソーパズルを完成させるという脳内での作業を強いられるわけであり、頭脳を使わなくてもよい、ただのハリウッド映画とは性格を異にする映画である。そういう意味においても、万人が好評価できる万人向けの映画とは思えない。 ストーリーに目を向けると、「ローズバド」によって明らかになったケーンの人生は、悲惨なものだった。金によって欲しいものは何も買うことはできず、金によって必要なものは失われていき、金によってますます孤独になっていく(ザナドゥの城のように)。人を愛そうとしても愛することができず、人や市民から愛されたいと願っても愛されることはなく、すべて自分本位でしかいられなくなった。大金を有したことによって人生が狂わされていく。 もっとも悲惨なのはスーザンに対するケーンの対応ではないか。 スーザンに対してケーンは金の力を利用して、彼女の望まない人生を歩ませる。これはまさにケーンが後見人のサッチャーなどからされたことにすぎない。ケーンは自分の力で歩むことができなかった人生に対して怒りを感じていたにもかかわらず、愛そうとした者に対して、同様のことをさせることしかできなかった…そういう愛情の方法しかできなかった、知らなかったのである。この矛盾こそ、ケーンの人生を一番明らかにしているだろう。スーザンに歌を止めさせようとしなかったことも、知事選に負け、ジャーナリストとして道を外してしまった自分の(勝利を確約されていたはずの)人生の負けを認めたくなかったからなのだろう。大金を掴んでしまった故に、悲惨な人生を歩むざる得なかった、とても哀しい、寂しい男の一生がきちんと描きこまれていた点において本作は評価せざるを得ない。
[DVD(字幕)] 8点(2006-10-01 15:40:00)(良:2票)
284.  カリートの道 《ネタバレ》 
「スカーフェイス」とは関係ない映画だが、「スカーフェイス」のトニーモンタナを、逮捕前のカリートとダブらせるとより楽しめるようになっている。モンタナは常にイライラした感じで、「ファック」を連発していたが、カリートは、感情を抑えて、控え目で、かなり落ち着いた印象である。自己を冷静にみつめ達観した様子も伺えるが、「筋」だけはきちんと通す「古いタイプの男」がそこにいる。 「殺し」についてはカリートは美学を持っているようで、「殺そう」と思って殺すのではなく、「殺さないとこちらが殺される」から殺すというもの。冒頭の甥っ子の仲間とラストのマフィアでは躊躇なく殺しているのがカリートの生きる道である。 それにしても、アルパチーノが、この世界から引退して、バハマでのレンタカー屋を夢見る中年オヤジを好演している。「スカーフェイス」とは全く違う演技だ。やはりこの演技力には唸らされる。 「カジュアリティーズ」でもデパルマと組んだショーンペンもテンパッた弁護士を好演している。彼の存在によって、本作はさらに輝きを増したといえる。 そして、監督デパルマの職人芸が相変わらず冴えに冴えまくっている。カリートとマフィア4人組との「追いかけっこ」はまさに必見というしかない。階上にいたカリートを映していたカメラマンが自らエレベーターを降りて、マフィアたちを映すシーンの、計算し尽されたスムーズさには、感嘆し、驚愕せざるを得ない。 本作で議論になる点としては、冒頭にカリートが死ぬとネタバレしているところだろう。 カリートが死ぬと分かりながら、本作を観る「効果」としては、「カリートの夢に向かう努力は報われず、すべてまさに夢に終わると知っているから、彼の行為はどこか儚くみえるのだろう」と監督は考えたのだろうか。 しかし、その効果はあまり高くはないと思う。冒頭であのような結末を描くのではなく、「彼の夢があと一歩で叶う」と観客に思わせておいて、寸でのところで断ち切られるという虚しさや、そんなに簡単にこの道からは抜け出せないという、この世界の深さを感じさせた方がよかっただろう。 クライマックスを冒頭で示して、フラッシュバックして過去に戻るという手法が多くの映画で取られているが、流行の手法だからという理由だけでやっている場合があると思う。本作のストーリーを踏まえると、この手法は明らかにマイナスといえるだろう。
[DVD(字幕)] 8点(2006-10-01 15:26:32)(良:2票)
285.  殺しのドレス 《ネタバレ》 
「殺人」+「目撃」+「追いかけっこ」+「エロ」+「二重人格」+「夢オチ」=「ブライアンデパルマの極上のサスペンス」の出来上がり。 まさにブライアンデパルマのフルコースをお腹いっぱいに食したという印象。デパルマが好きな人ならば、絶対に満足ができるだろう。 なんていっても「カメラワーク」の素晴らしさには、惚れ惚れとする。 クネクネと動いたり、寄ったり引いたりと「どうやったらこんな動きを思いつけるのか」と感心せざるを得ない。独特のカメラワークの動きを存分に楽しんでいただきたい。 「犯人は誰か?」とか「これパクリじゃねぇ?」とかつまらないことは気にせずに、オープニングクレジット明けの30秒ほどでいきなり女性の裸が登場する「デパルマワールド」を存分に堪能するのが、本作に適した鑑賞方法でしょう。 デパルマには、「アンタッチャブル」や「ミッションインポッシブル」といったヒット作があり、本作よりも質の高い作品(ミッドナイトクロス、カジュアリティーズ)も多数あるけれども、「彼の代表作とは何か?」を問われれば、自分は間違いなく本作を挙げるだろう。 バレバレの犯人、あっけない幕切れ、メチャクチャなストーリー、力の入れ方が間違っているだろうと突っ込みたいほど熱を入れた美術館のシーン(音を一切使っていないシーンもあり)、自分の嫁の使い方など、あらゆる点において、ブライアンデパルマが極めた己の頂点の作品といってよいだろう。
[DVD(字幕)] 7点(2006-09-29 00:03:03)(良:1票)
286.  スカーフェイス 《ネタバレ》 
2時間50分という長尺だけれども、その長さをまったく感じさせなかった。トニーモンタナの人生をきっちりと3部に分けて、飽きさせることなく描き切られている。 第一部は「チンピラから成り上がりまで」、第二部は「ボスとして伸し上がり、盛隆を極めた日々」、第三部は「落日」という感じだろうか。きっちりとストーリーが時系列に、かつドラマテッィクに流れていくから、飽きないのだろう。 これらを通じて感じたことは、「チンピラは、金を得て、権力を得て、女を得たとしても、やはりチンピラでしかない。」ということだ。チンピラという言葉は、トニーモンタナには失礼かもしれないいかもしれない。彼はトラみたいな猛獣のような存在かもしれない。決して群れることができず、周囲を信用することもできず、周囲を傷つけることしかできない。そんな孤独で哀しい男の「生き様」がしっかりと描き切られており、アルパチーノが見事に演じきった。まさにトニーモンタナという人間に完全になりきったような演技であった。アルパチーノのベストといってもよいのではないか。 そして、トニーモンタナの変化が痛々しくも描かれている。「びびったら心臓に悪い」と言いつつも、セキュリティを完備した「城」に立て篭もり、「信頼とガッツが自分の取り柄」のようなことも言っていたが、徐々に人々から「信頼」が失われていく。「世界をこの手におさめる」という「夢」を追い求めるものの、自分の「ファミリー」すら手中におさめることはできず、結局「金」に溺れ、「権力」に溺れ、「ヤク」に溺れていき、破滅への道を歩んでいくしかなかった。 トニーは前々から、エルヴィラに対して「子供は好きか?」とか、「自分の子供を生んで欲しい」と言っていたから、幸せな家族に憧れていたのだろう。父親はおらず、自分の母親から罵倒され、非難される。そんなバラバラな家庭生活を送っていたから、「子供」や「妹」、「家族」に対して、固執したのではないか。エルヴィラとの間に子供さえできていれば…彼の生活も少しは変わったのではないだろうか。 映画の評価としては、7点くらいかなあと思うけれども、アルパチーノの演技のおかげで、深みのある素晴らしい映画に仕上がったので、もう1点追加して、8点としたい。
[DVD(字幕)] 8点(2006-09-26 00:01:39)(良:2票)
287.  カジュアリティーズ 《ネタバレ》 
原題は「Casualties of War」である。直訳すると「戦争の犠牲者達」という意味だろうか。 一人目の犠牲者は、紛れもなく「ベトナム人の少女」だろう。 戦争である以上、兵士同士が殺しあうことはこの際問題にはしない。また、民間人であっても爆撃によって巻き込まれることもあろうが、今回のケースはそれとは全く次元を異にするものだ。無実・無害の農村の少女が、拉致られた挙句に無惨に殺害されるというものである。まさに「戦争による狂気が生んだ犠牲者」である。 二人目の犠牲者は「エリクソン」だ。 「善悪」という倫理の境界線が崩壊した中で、一人「善」を主張し、正しいことをしようとしても、仲間からは疎まれ、告発したとしても誰からも相手にされず、一人絶望的に孤立する。「悪」に対して立ち向かおうとしても、「戦争」の前に阻まれ、助けることはもちろん、何もかもできない無力感を思い知らされる。たとえ、告発に成功したにせよ、彼女の命は戻らない、無力感も消えることもなく、復讐に怯えることになるだけである。エリクソンもまた一人の犠牲者だろう。 三人目の犠牲者は「ミザーブ他」だと思う。自分には、彼らこそ本当の意味での「戦争の犠牲者」ということを感じずにいられない。ミザーブは冒頭では、エリクソンを助けたりもする立派な兵士である。プラトーンでいうところのエリアスのような存在だ。しかし、戦友の死を契機にして、虚無感によって倫理観が崩壊し、命の重さを感じられなくなり、魂がどんどんと腐っていったのだろう。プラトーンでいうところのバーンズのようになっていった。ミザーブに同情はできないが、明るいリーダーシップを発揮するような普通の青年だったはずが、あのような行動を平気でできるほど堕落してしまったのは、「戦争による異常な空気」のためなのだろう。 エリクソンの周りをウロチョロしていた若い兵士が死んだとき、この映画を観ている人はどう感じただろうか。自分は「間抜けなアホが死んだな。」と死んで当然のように思っていた。しかし、よくよく考えてみると、一人の人間が死んでいるという重要なことが感じられなくなっていた。自分も「戦争」という「空気」によって、命の重みを感じられなくなっていたのだ。映画ですらそうなのだから、実際の戦場では人の命はアリの命のようなものだったのだろう。あのシーンの意味・重みが後から伝わってきた。
[DVD(字幕)] 8点(2006-09-23 23:51:58)(良:2票)
288.  ミッドナイトクロス 《ネタバレ》 
ブライアンデパルマの作品群の中で良作の一本だと思う。 まず、設定がかなりユニークなのが良かった。「音響技師」が主役というのは珍しいと思う。「音」がキー(鍵)になる映画というのも、あまり見かけたことがなかったので、とても新鮮味があった。たまたま録音された「音」が徐々に事件の全貌を明らかにしていく様は見事である。 その描き方もなかなかリアルであり、凝った感じに仕上げられており、普段感じることがない音響や効果について学ぶこともできる。 ラストにナンシーアレンの悲鳴を作成中のB級映画に用いたのは賛否があろうが、個人的にはかなり良かったと思う。あの時のトラボルタの心境としては、自分に対する一種の「戒め」の意味が強いのではないかと感じた。 以前にオトリ捜査で失敗して、刑事を死なせているという過去を持ち、今回も再び失敗して人を死なせてしまった。しかも今回はただ人を死なせただけではなく、自分の愛する女性であり、自分に対して悲痛なまでも「救い」を求めた女性である。 あのときの「悲鳴」は決して彼は二度と忘れることはできないだろう。二度と耳から離れることはないと思うが、それ以上に己に対する「責め」を課したように感じる。どんなに忘れたくても忘れられない方法で、なおかつ絶対に消したくても消せない方法で、あの「悲鳴」を自己の作品に留めることによって、彼女を救えなかったという「罪」を一身に背負おうとしたのだろう。あのB級映画を二度と観なくても、映画界に席を置いている限り、その「罪」から逃れることはできない。たとえ映画界から離れたとしても、彼が生きている限り、やはり逃れることはできないと思う。救えなかった「罪」を一生背負い続け、生き続けるという決心を彼はしたのだと思う。 そして、本事件の真相は必ずしも明らかにならなかったことも逆に良かったのではないか。知事の死は単なる事故として処理され、知事の殺人犯は返り討ちにあった連続殺人鬼の死として幕を閉じる。 様々な事件はすべて闇へと葬られていくが、これら事件はひとつの「悲鳴」という形に結晶化され、事件の一端を物語ることになるという儚さが、美しい花火と対比的に描かれている。さらに、トラボルタの悲痛な表情やセリフ、流れる音楽が「後味の悪さ」に輪を掛ける。なんとも表現のしようのない独特の感情は他の映画では味わえないものだろう。こういった映画は高評価したい。
[DVD(字幕)] 8点(2006-09-21 00:01:30)(良:2票)
289.  ボディ・ダブル 《ネタバレ》 
「めまい」「裏窓」の両作を意識して作られた作品のように感じる。しかし、方向性を失い、大いに迷走して、なぜか最終的にエロに辿り着いてしまったムチャクチャな作品のように思える(いきなりのラブシーンと女性の捨て台詞には苦笑するしかない)。 それにしても、すべての登場人物に一切の感情移入もできず、あらゆる行動のあほらしさにただ呆れるばかりだ。 特に主役の人は何がしたいのかがさっぱり分からない。殺人の目撃者とされて憤慨するのは理解できるものの、自分に嫌疑が掛かっているわけでもなく、自己に何らの利益がないにも関わらず、それ以上になぜ事件にクビを突っ込むのかが分からない。普通の映画ならば、容疑者として疑われるから主人公は行動を開始するものだろう。さすが真犯人が目をつけただけあり、とんでもない奴だ。 さらにクビの突っ込み方が尋常ではない。B級ではあるがきちんとした俳優であるにもかかわらず、いきなりポルノに出演する神経が素晴らしい。別にあんなまわりくどい方法を取らなくても、撮影終わりの例の女優を捕まえて、プロデューサーと詐称して接近すればよいだけではないか。単に「リラックス」のシーンを撮りたいからとしか思えないメチャクチャなストーリー。 閉所恐怖症もはっきりいって、映画において上手く機能しているとは思えない。バッグ強奪の際にはギリギリ役に立ったが、普通ならば肝心の「殺人」の際に効果が発揮されるものだろう。あの女性が殺されそうになって救おうと努力するものの、閉所恐怖症によって助けることができなかった(これだと「めまい」そのものか)。自分のせいで助けることができなかったから、事件にクビを突っ込むというのは多少説得力が増すと思う。再び、別の女性が危機に陥った際に、閉所恐怖症を克服して、女性を助け、犯人を逮捕するという流れにすべきだっただろう。 さらに、犬とともに落下するというラストもセンスを疑う。個人的には、犯人が犯人として認識された際に、犯人のこのトリックを用いることとなった動機を紹介した方がよかったと思う。おそらく犯人は、別居した当初に隣家の妻の自宅を興味本位で覗き込み、(主人公と同様に)妻が愛人と一緒にいるところを見てしまうことによって、怒り・殺意やエロ的な興奮を抱き、このトリックを利用することを考え出したのではないだろうか。そうすればそれなりに犯人の行動も少しは理解できるだろう。
[DVD(字幕)] 2点(2006-09-20 23:54:52)
290.  虚栄のかがり火 《ネタバレ》 
途中から「つまらないな…」と感じ、恐らくラストまで面白くなるとも思えなかったが、最後まで観てもやはり面白くなかった。キャストは豪華、キャラクターもそれぞれ一癖ありユニークで、それぞれの思惑がぶつかりあう展開。そして、テーマもかなり奥深いというのに、2時間かけて、この映画はいったい何を伝えたかったのかが、まるで見えてこなかった。虚栄、エゴ、節度、正義、人種問題等、これらの重要なことが盛り込まれているにも関わらず、本作からは何一つ伝わってこなかった。 戦犯は、まずはなんといってもトムハンクスだろう。トムハンクスというよりも脚本におけるマッコイの人物像に相当問題があるのではないか。 あんな小心者の男が、なぜウォール街のトップに君臨できたのかと疑わざるを得ない。はったりも効かず、度胸もなく、ただ事故に怯え、妻に怯え、愛人に怯え、父親に怯え、警察に怯え、社会に怯える。とても一日で数億ドルを扱う大物には見えない。ただの小物の小さな転落劇では、「虚栄」というテーマが活きてこない。彼からは「栄光」も「虚栄」も何もかも感じられなかった。「地球は俺中心に回っている」くらいの堂々として自信満々で、威厳を備えていないと、本作の主人公としては失格だろう。本作の主人公に相応しいのは、周りから媚びへつらわれ、裸の王様ということに気付いていない憐れな男ではないか。 そして、自らが築きあげた「栄光」が一瞬でもろくも崩れ去る姿を見せる必要があり、築き上げていたものは、単なる砂上の楼閣に過ぎないということをしっかりと見せるべきであった。マッコイの人物像は、トムハンクスというよりも、むしろ冒頭のブルースウィリスに近いキャラクターではないかと思う。そのウィリスも中途半端な印象を受けた。 彼ら二人の出会いによる「化学反応」がまったく生じていない。二人の出会いによって、お互いに何も変わらないのは問題ではないか。 ファロー(ウィリス)は、マッコイの虚栄の人生を見つめ、ピューリツアー賞を得て、一躍「虚栄」を手に入れた。自己の「虚栄」に何を感じるのだろうか…という余韻にはまるで浸れない。当然、モーガンフリーマンの演説も、劇中において「正義とは何か」「法とは何か」「欲にまみれた人々に必要なものとは何か」ということがきちんと描きこまれていないので、深みのある生きた「言葉」には聞こえてこない。
[DVD(字幕)] 3点(2006-09-20 23:39:37)
291.  スネーク・アイズ(1998) 《ネタバレ》 
表面上のストーリーだけを評価すれば5、6点程度の映画なのかもしれないが、デパルマ監督の卓越した手腕を見せつけられたことにより、個人的な評価が随分上がった。8点はちょっと高すぎかもしれないが、デビットコープの大した事のない脚本を高レベルの映画にきちんと仕上げた点を評価したい(コープ脚本の「パニックルーム」を高レベルの映画に仕立てたフィンチャーと同様)。 ポイントはなんといっても、冒頭ちょっと過ぎからの「長回し」だろう。100分未満の映画にも関わらず10分以上をワンショットで撮ってしまう技量には驚愕する。その他にも分割画面により同時並行にストーリーを進め、緊迫感を高めたり、同じ場面を色々な角度から描いて、全貌を徐々に明らかにしたり、仕切られたホテルの部屋の上からカメラを動かしたりと、デパルマ監督の演出が冴えわたった見事な作品に仕上がっている。 ニコラスケイジも役になりきった演技が好印象だ。決してヒーローでもない安っぽい小悪党役が彼にハマッタ感じがする。金への誘惑などに対する「心」の揺れをタバコの手の揺れで表現しているのもベタであるが、分かりやすくてよかった。決して100万ドルの男ではなくて、血塗られた100ドル程度の男(汚れた安っぽい男)なんだよ、あのニコラスケイジの役は。 シニーズも好演している。彼は部下を見捨てて溺死させた過去によって「命」の重みに対して不感症になってしまったのだろう。数万の命のために数名の命を犠牲にしても厭わない「軍人」と、一人の命のために働くことが本分の「警官」の構図が面白い。また、親友同士の駆け引きも見所の一つになっている。 ラストではシニーズは自害し、ニコラスが親の一人勝ち(スネークアイズ)をしたかのように見えたが、実はそうではなかった。一躍「英雄」に祭り上げられるものの、汚職が次々と明らかになり(高級車に乗り回す)、「別荘(刑務所)」に行く破目になる(刑期を終えて真人間になったらジュリアはまた逢いましょうと言ってキスをする)。結局、親の一人勝ち(スネークアイズ)をしたのは、事件の全貌が闇に葬られ、予定通り建設を進めるパウエルであったと、ラストの宝石(赤毛の女が嵌めていたもの)が告げている。そういうオチにするんだったら、もうちょいパウエルにもスポットを当てても良かったかなとは思うが、真の悪人は捕まらないという一種のメタファーなのかもしれない。
[DVD(字幕)] 8点(2006-09-14 21:13:41)(良:1票)
292.  レイジング・ケイン 《ネタバレ》 
デパルマ監督らしい、駄作でも傑作でもない、標準レベルのありふれたサスペンス。 本作を鑑賞してちょっと思ったことがある。「殺しのドレス」なども同様にデパルマ作品において、おかしな奴が登場したときに即座にその正体やカラクリが分かってしまうということは、いかがなものだろうか思った。 デパルマ作品において、顔の似ている兄弟のような人物が登場すれば、これは多重人格ということを疑ってかかるしかないだろう。事実、その通りにストーリーは進み、そのまま特段のサプライズもなく、この映画は終わる。誰も「結末を知って、とても驚きました!」とは思わないだろう。なぜ、このように明らかにネタが分かるような仕組みで映画を創るのかを考えてみると、例えば、スティーブンキング原作でジョニーデップが主演した作品があったかと思うが、散々オチを引っ張った挙句に、あまり大した事のないオチ(レビューにおいて、他の作品のオチは明かさないというルールがあるので詳細には書かないが)であった。「期待感」と「オチ(のくだらなさ)」に落差が生じるから、そのような作品には失望感が生まれる。 しかし、本作のような明らかにオチが分かる作品においては、特別の「期待感」が生じない。「期待感」が生じなければ、失望されることもない。よって、さほど酷評されることもないだろう。「オチ」に対して自信がないために、ある程度序盤からネタをバラすという作風は「確信犯」的な匂いを感じる。 また、本作のような作風は、古典落語のようなものかもしれないと思う。古典落語を聴く人々は、そのオチやネタを知りつつ、恐らくその寄席を聴きに行くのだろう。オチが分かっていても、巧みな話術や独特の表現方法に酔いしれるのである。本作においては、自分はそのネタは分かりつつも、監督独特の演出方法やカメラワークに酔いしれた。どこにそのようにして撮る意味があったのか理解はできないが、警察署で誰か二人ぐらいの人物が話しながら階段を降りていく長回しのシーンがあった。カメラも同時に複雑な動きをしながら、スムーズに階段を降っていく、本当に神業的な見事な撮影方法であった。デパルマ監督の鑑賞方法は古典落語に通じるような「芸」を観るようなものかもしれない。
[DVD(字幕)] 6点(2006-09-13 21:10:26)(良:1票)
293.  ミッション・トゥ・マーズ 《ネタバレ》 
サスペンスの巨匠ブライアンデパルマ監督がこんなSFも創れるんだと、まず驚かされた。映像からは、デパルマ監督特有の匂いは感じられない。CGを駆使した創り込みも丁寧であり、新ジャンルの挑戦への気合、既存の自己のイメージからの脱却も感じられ、それなりに好感はもてる。 しかし、映画自体は、「2001年宇宙の旅」をベースにして、「未知との遭遇」「アポロ13」「アルマゲドン」などのSF映画を何もかもごちゃ混ぜにして創り上げられた印象を受けた。「これはどこかで観たな」という既視感を感じさせる映画になってしまっているのが残念だ。 オチ自体は別に悪くはないと思うが、こんな骨だけで肉のついていない脚本でよくここまでの映画に仕立てたものだと少しは監督を評価したい。この地味なストーリーならば、アイディアを各所から拝借しないと、一本の映画としては、もたないだろう。 その他に本作の問題としてテンポの悪さが挙げられると思う。イライラするほどテンポが悪すぎる。おまけにシニーズが事故の際、酸素減少中にも関わらず、なぜかヘルメットを被らないという意味不明な行動をとるため、そのイライラが頂点に達する。 その宇宙船の事故も取って付けたようにしか感じない。脚本が貧弱なためか、ストーリーを膨らませるために「アポロ13」などを参考にしてやむを得ず描いたようにしか感じなかった。 また、それに伴うウッディの死も単なる感動狙いではないか。ストーリー上、それほど大きな効果や意味は感じられなかった。シニーズは病気で亡くなった妻の言葉「別の世界を観たい」や妻の失意がきっかけになって、地球に還らず宇宙船に乗るという決断を下したわけだが、ウッディの死が、誰かの気持ちや行動を変えたというわけではなく、単に火星に到着するための「犠牲」という形式上の効果しか生んでいないのは勿体無さ過ぎる。ウッディの奥さんにもっと大きな影響を与えないと、彼の死はあまり意味はないだろう。シニーズも妻の言葉だけでなく、ウッディからも大きな影響を受けたという風にした方がよりラストの行動の理由付けにも納得がいくのではないか。ラストにウッディのネックレスを渡す(=ウッディの魂も連れて行く)といったことはしているものの、ウッディの死を上手くストーリーに活かすことができなかったことが、本作が傑作にならずに多くのSF映画の中に埋没してしまった理由の一つのようにも感じる。
[DVD(字幕)] 5点(2006-09-13 20:40:57)
294.  サルバドル/遥かなる日々 《ネタバレ》 
本作を観て、大きく二点について考えさせられた。「エルサルバドルの当時の現状」、「ジャーナリズムの在り方」である。 エルサルバドルという国自体は知っているものの、自分は国際情勢には疎いため、政府によって国民が殺されていたという映画において描かれている「事実」を全く知らなかった。 このような事実を世に知らしめる手段の一つに映画がある。ドキュメンタリーとは違い、フィクションが多少含められているとは思うが、映画の果たすべき役割の大きさを感じる。 また、本作では、共産主義を撲滅するという名目のために、アメリカがエルサルバドル政府を軍事支援し、軍事支援されたエルサルバドル政府は、共産主義だけではなく、無実・無害のただの国民までも皆殺しにしているという現実を告発するものだ。ベトナム戦争での反省が全く活かされておらず、歴史が繰り返されている悲劇には怒りを覚える。 さらに、アメリカが軍事支援することによって生じた多くの移民を強制送還してしまうという一種の「矛盾」が痛々しい。 そして、本作では「ジャーナリズム」とは何かを感じさせる。ボイルは、スクープ狙いで金儲けが目的だったのかもしれない。ジョンに比べて軽薄であり、思想や信念も強いものではなく、体制側にも依存するように、「ジャーナリスト精神」は薄弱かもしれない。 しかし、悲惨な光景を目の当たりにして、徐々に怒りに火がつき、「真実を伝えなくてはいけない」という精神が彼の中で膨らんでいった気がする。ジョンのような初めから真面目な男ではなく、ボイルのようなどうしようもない男だからこそ、何かを共感できた気がする。 国境付近での一悶着後の談笑には、自分を殺そうとした男たちと、談笑できるくらいの度胸と、後腐れのなさがないと、この仕事は勤まらないのだよというメッセージにも受け止められた。 ジェームズウッズがかなりの好演をみせていたが、危険な撮影方法などを巡り、現場ではかなり監督と揉めたようだ。完成後に、彼が映画館で鑑賞した際に、エルサルバドルの人から握手を求められたことで、少しでも自分の演技が何らかの役に立ったのならばよかった。そういう意味では本作に出たことを誇りに思うし、監督と仕事をできたことを感謝していると述べていたのが印象的だった。
[DVD(字幕)] 7点(2006-09-07 00:39:01)(良:1票)
295.  ワールド・トレード・センター
オリバーストーン渾身の一作。グリーングラス監督とは全く別のタッチで9.11を描いた誰にでも勧められる素晴らしい感動作だ。久々に映画を観て泣けた。 本作で描かれる「家族の想い、家族への想い」「生きる希望」「人々が協力して窮地を乗り越える姿」は、創りモノやフィクションではない、リアルな感情に本当に胸を打たれる。 マクローリン(ニコラスケイジ)とヒメノ(マイケルペーニャ)の家族が二人の安否を気遣う悲痛な叫びに呼応するように、マクローリンとヒメノの二人は「家族への想いや愛」を「生きる希望」へと変えていく。ヒメノ夫妻が、近々に産まれてくる娘の名前に希望を見出していく展開は実に感動的だ。次世代という未来に対する明るい希望を託しているように感じられる。 また、本作にはもちろん「テロへの批判」が十分込められていると思う。 罪のない者が味わう地獄のような苦痛、幸せな家族が突然襲われる不条理な悲劇、これらは二家族のみが味わったものではない。本作の背景には約3,000もの家族の姿があるということが忘れられない。そして、「テロに対する屈しない姿」がここには描かれている。これも本作に込められた強いメッセージだろう。 ただの感動作に終わらないのには、もう一つ理由がある。それはオリバーストーンとマギーギレンホールの存在だろう。最近「プラトーン」、「サルバドル」というストーン監督作品を見てみたが、「アメリカの欺瞞」がしっかりと描かれていた。また、ギレンホールはかつて「9.11テロはアメリカにも責任がある」と発言し問題になった。 アメリカもある意味では間接的、直接的に同様のことを他国の人々に経験させているかもしれないと分かっているはずだ。単に「アメリカ万歳」という思想の持ち主ではなく、「アメリカ」という国がどういう国で、どういうことをしてきたのかをしっかり考えている彼らだからこそ、この作品はより光を放つのではないか。 テロへの批判であるばかりでなく、罪のない人々が巻き込まれる全ての争いに対する批判となっていると感じた。アメリカ自身もこのようなことを他国に経験させてはならない。そういう意味では、間接的には「アメリカ批判」と捉えることもできるかもしれない。 ストーンが描くことにより、9.11を利用した商業的な映画でも、単なる感動作でもなくなった。彼が演出することで深みを増した映画になったと思う。
[試写会(字幕)] 9点(2006-09-07 00:07:04)
296.  ブルーベルベット 《ネタバレ》 
観た直後に「なんて美しい映画なんだ」と思わずつぶやかざるを得なかった。 まるで絵画のように美しい構図が印象的(リンチは画家でもある)であり、ベルベットの青、ドロシーの部屋の赤といった色彩の見事さに心を奪われ、この世の知られざる「闇」をジェフリーと観客が一体となって覗き見させるような素晴らしい演出に驚愕し、甘美で誘惑的な世界に我々までもが誘(いざな)われる感覚を覚える。 冒頭のシーンも見事な暗示になっている。ジェフリーの父親がぶっ倒れた後に、どんどんとカメラは奥に進み、無数の虫が蠢く姿が映し出されている。一見、穏やかにみえるこの世界のみえない部分では、このような虫が蠢くような世界がある。そんな世界へ今からあなたを連れて行きますよというリンチの招待状のようにみえる。 アメリカのど田舎の街という舞台設定がさらに映画を深めている。木を切り倒すことが街の挨拶のようなのどかな街。このようなのどかで静かな街でさえ、闇の世界へと通じていることを言いたいのだろう。これがロスアンゼルスやニューヨークのような街だったら、当たり前すぎて誰も驚かない。 そして、田舎で暮らしていて世の中のことが何も分かっておらず、全く汚れていない、おぼっちゃまのジェフリーがよい味を出している。好奇心によって、この世の中の裏側、まさに「闇」を覗き見ることから始まり、徐々に「暴力」と「欲望」にまみれた闇のディープな部分まで入り込んでしまう様が克明に描きこまれている。ジェフリーが味わった「暴力的な衝動」に囚われている姿も印象的だ。殴られたドロシーが微かに微笑む唇のドアップをみればジェフリーだけでなく、観ている者でさえも快感と快楽を抱き、「闇」に対する魅力を感じるだろう。 ラストも意味深だ。「愛」の象徴のハチドリは、「闇」の象徴である虫をついばんでいるシーンが描かれている。一見すると「愛」の力が「闇」の世界を打ち破ったようにもみえる明るいラストである。しかし、このハチドリはどことなく機械的というか、偽者っぽくみえる。勝ち取ったようにみえるこの明るい幸せな世界は、実は作り物に過ぎないのではないか。「闇」の世界は引き続きどこかに存在していることを暗示しているようにもみえる。 初見では何が良いのか分からなかった本作であったが、二度、三度とみていくうちに引き込まれていく。媚薬にも似た作品ではないだろうか。
[DVD(字幕)] 9点(2006-09-06 00:24:38)(良:1票)
297.  マイアミ・バイス
制作費だけは大作以上だけれども、大作というジャンルに括っていいのか分からない本作のような映画は、見に行くかどうか悩む人が多いのではないか。総括的にいえば、駄作とコケおろすほど酷い映画ではないけれども、万人受けするとは思えない映画であり、手放しで高評価はできないという印象を受けた。 【お勧めできる人】①銃撃戦が特に好きな人、②熱狂的なマイケルマン監督信者、③面白みよりもリアルな世界を味わいたい人、④船とか飛行機とか乗り物が好きな人。 【お勧めできない人】①ありがちなハリウッド大作映画やハッピィーエンドを観たい人、②巨額な制作費が掛かっているから凄い映像が観れると思っている人、③ストーリーの顛末がはっきりと描かれていないと嫌な人、④中途半端なラブストーリーをだらだら見せられるのが嫌な人。 要するにマニア向けの映画である。ハリケーンの襲来など予想不可能な事情があったにせよ、マニア向け映画に巨額な制作費を投じたのはプロデューサーの読みが悪いとしか言いようがない。 <ネタバレ>銃撃戦は見事だ。容赦ない序盤の銃撃戦、ジーナ?のプロ技術をみせつけられた中盤の銃撃戦、迫力あるリアルで壮絶なラストの銃撃戦という三タイプの異なる銃撃戦を描いている。銃撃戦よりも印象に残るのが、銃撃前にソニーが銃の手入れをするシーンだろう。あのシーンのために、映画が相当引き締まり、気合が入り、緊張感が高まった気がする。こういうところがマイケルマンっぽいリアルさを感じられるところ。 また、「内通者は誰か?」という話はどうしたのかと思ったが、ソニー達にはあまり関係ない話であり、FBIの中に内通者がいるということだけでも分かれば、あとはお任せということなのだろう。大胆な展開であるが、その分ラブストーリーに振り過ぎたのは問題だった。「ラストオブモヒカン」を観ている人ならば、マイケルマンがまれにラブストーリーを中心に組み立てるので驚かないが、やや中途半端な仕上がりとなっているのが残念。ラストに繋げるために二人の関係を執拗に描いたと思うが、感情移入できるほどには至っていない。ソニーの微妙な表情などには見応えはあったのだが…もう少し別の角度からの一押しが欲しかった。相棒のリカルドはあまり輝きを放っていたとは思えない。恋人が瀕死の重傷を負うのも、出番を増やし、より感情移入させるための後ヅケ感がする。
[映画館(字幕)] 6点(2006-09-05 00:11:40)(良:1票)
298.  ターミネーター3 《ネタバレ》 
本作を映画館で鑑賞したときには、あまりの迫力と臨場感ある映像に驚いて、興奮させられたものだった。映画館で楽しむ単体のアクション映画としてならば、それほど悪くはない作品だと思う。 本作の方向性として、キャメロン作品とは離れて金を掛けたアクション大作に仕上げようとする結論には、賛否あるだろうがやむを得ないだろう。キャメロンが演出もしなければ、脚本も書かない。シュワは出演するといっても、ギャラが3000万ドル(30億円以上)掛かる。このような状況下で、10年ぶりの続編を作るという危ういビジネスを考えると、万人が楽しめるアクション映画にするという結論に達するのはやむを得ないことだろう。キャメロン作品を踏襲しようとすれば、コアなファンからそっぽを向かれるだろうし、本作から本シリーズを観る新規の観客にはウケないだろう。 作品的には、「Ⅰ~Ⅲ」を連続で観ると、あまりに中途半端な作品になっていると言わざるを得ない。「色」があまりにもなさ過ぎる。白地のキャンパスにあまりに薄い色を塗ったなという印象。黒でもなければ、赤や青でもない、グレイに近い印象。本作のストーリーを踏まえると、もっと悲壮感を強め、悲劇的な仕上がりにした方がよかっただろう。ラストのオチを重視し、「猿の惑星」っぽい落とし方を狙ったと思われるが、前フリが悪すぎるため、それほど上手くはオチていない気がする。 また、問題点としてキャラクターの魅力不足も挙げられる。ジョンはリーダーとしての資質を微塵も感じさせない、ただのマザコンに成り下がっている。目的を失い、悪夢に取りつかれた「悲しい男」として描けば、よりキャラクターとして深みが増したと思う。自分ならば「ジャッジメントデイ」を回避したいという思いと、その日を待ち望むという思い、両面を抱えた複雑な男に描くだろう。目的がなく死んだような人生を送っていたジョンが、目的を見出し徐々に生き生きとたくましいリーダーに変化していく発端を観たかった。 また、自分の印象としては敵キャラのT-Xの魅力はほぼゼロに近い。サーモグラフィーも装備されていなければ、起動に時間がかかる武器を使用し続け、ターゲットを逃がし続けている。さらに人間ばかりか、旧型のロボットにさえ、罠にはめられ続ける姿には知力がゼロに近い間抜けなロボットにしか映らなかった。「女性」キャラという特徴も全く活かされていない気もした。
[DVD(字幕)] 6点(2006-09-02 03:03:33)
299.  ターミネーター2/特別編 《ネタバレ》 
多少は気になる点があるが、満点を付けざるを得ない素晴らしい傑作だと思う。 気になった点としては、前作では「なぜ複数体ではなくT-800型とカイルの二体のみが過去に送られたのか」がきちんと説明されていたが、本作ではそういった説明がないのが残念。そして「スカイネットはなぜ過去にT-800型を送ったのか」が前作できちんと説明されていたが、本作ではそういった説明がなかった気がした。そもそもT-1000型という無敵のマシーンが未来で開発できたのならば、スカイネットが未来において人類に窮地に追い込まれるはずはないわけであり、T-1000型が量産された暁には、人類と機械との果てしない戦争は幕を閉じるだろう。ここでは逆転の発想をして、本作では「人類が未来で窮地に追い込まれたために、スカイネットが開発されることを防ぐためにT-800型を過去に送った。それを阻止するためにスカイネットがT-1000型を過去に送った」というシナリオにすれば良かったのではないか。 このような気になった点があったにしても、それらが無視されるほど素晴らしい作品であることは間違いない。 前作のテーマが「運命を受け入れろ」であるならば、本作は「運命は変えられる」だろう。テーマがしっかりと描ききれている。 また、アクションとして優秀だけでなく、「人命の尊さ」「心の痛み」「友情」といったことをジョンコナーがT-800型に学ばせようとしている点が素晴らしいストーリーだ。彼のリーダーとしての資質を垣間見せるとともに、機械でさえ学べるのだから、人類が学べないはずがないという結論を導いているのが面白い。 そして、緊張感あるテンパったサラコナーと、母親の愛情や友情を欲する「孤独感を内に秘めた」陽気なジョンコナーと、無表情・無感情のT-800型の全く異なるタイプ三人のロードムービー的な要素が盛り込まれているのも見逃せず、この三人の変化も実に面白い。特にT-800型の変化をユーモラスに描いている点は映画に明るさをもたしている。 さらに、個人的に一番気に入ったシーンは、サラコナーがマイルズを殺そうとするシークエンス。これは前作の全くの裏返しだろう。未来において起きる出来事のために、現代では何も悪いことをしていないのに命を狙われるというマイルズは、まさに前作の彼女と同じ立場にある。あの不条理感を知っているサラコナーがこのカラクリに気づいたときの表情が実に見事だ。
[DVD(字幕)] 10点(2006-08-30 23:39:54)(良:3票)
300.  ターミネーター 《ネタバレ》 
冒頭のSFシーンをみて「さすがに20年前の作品で低予算だから、ちゃちぃなぁ。これでは高得点は付けられないだろうな。」と思いながら鑑賞をし続けていたら、あっという間に世界観に引きずり込まれた。 見方によってはムチャクチャなストーリーかもしれないけれども、ストーリーも意外ときちんとした論理的な武装(パラレルワールド以外)がなされていると思う。 自分の長年の疑問だった「なぜターミネーターが一体しか送られてこないのか?」という問いにもちゃんと答えが用意されていることが新たな発見だった。 「なぜ有機体しかトランスポートできないのか?」「有機体しかトランスポートできないのにロボットがなぜトランスポートできるのか?」という問いに対して、「細かいことは俺にも知らん」と答えてしまうところにはキャメロンの大胆さも窺われる。 本シリーズの魅力としては大きく三点ほどが挙げられる。 ①『大胆な世界観』SFでありながら現代社会で争いが繰り広げられる構図がユニークだ。まだ見ぬ未来の息子のために、トラブルに巻き込まれていく悲劇には、体験したことがない不思議な共感を覚えるだろう。 ②『悲劇のヒロインから戦士への変化』最初は、リースや警察に保護されるだけのヒロインであったが、徐々に「逃げちゃだめだ。戦わないと自分の運命と!」と自己の運命を受け入れて、カイル以上に勇ましい戦士へと変化していく様には、まさに「サナギから蝶へ」と変化していくような不思議な感覚を覚えるだろう。ただのブサイクな姉ちゃんと思っていた存在から、惹かれる魅力的な女性へと変化していく過程は面白い。 また、リースと抱き合った後に一瞬二人がふざけ合うカットが挿入されているのも見逃せない。二人の関係は成り行きまかせのものではなくて、ちゃんと愛し合う二人の結果ということが分かる重要なカットだと思う。 ③『観客を飽きさせないしつこさ』ストーリーを知っている者でさえもこのしつこさには興奮させられ、刺激的に感じるだろう。それとともに、ロボットのしつこさ、怖さ、おそろしさが非常に上手く表されている部分である。与えられた使命のためには、手段を選ばず、完全に破壊されるまで任務を遂げようとする姿には、未来の機械への恐怖を感じさせる。
[DVD(字幕)] 8点(2006-08-30 23:26:28)
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