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鉄腕麗人さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 2594
性別 男性
ホームページ https://tkl21.com
年齢 43歳
メールアドレス tkl1121@gj8.so-net.ne.jp
自己紹介 「自分が好きな映画が、良い映画」だと思います。
映画の評価はあくまで主観的なもので、それ以上でもそれ以下でもないと思います。

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621.  トランスフォーマー/リベンジ
冒頭からいきなり繰り広げられる“トランスフォーマー”たちの怒濤の攻防。 人類の軍隊も加わって、もうどれが味方でどれが敵方なのか訳が分からなくなる程、爆発的で目まぐるしいCGシーンに興奮を通り越して、笑ってしまう。 その時点で、この映画の目的は達成されていると言っていい。  だから、その後に展開されるストーリーがどんなに稚拙だろうが、登場人物たちの安いドラマがちょくちょく挟み込まれようが、さらなる続編のための強引な伏線を見せられようが、非難するべきではない。 そういった容易に想像できるマイナス要素を安直に非難することこそ、浅はかだとさえ思う。  大の大人たちが、子供時代の「想像」を莫大な資金をもってして大真面目に具現化したこの"勢い”だけの映画を、その瞬間だけ単純に楽しめるかどうかで、人生の充実は変わってくると思ったり、思わなかったり。
[ブルーレイ(字幕)] 6点(2010-09-26 20:29:04)(良:1票)
622.  レポゼッション・メン 《ネタバレ》 
「レポゼッション・メン」=“回収人”というタイトルの意味を聞いただけでも、このSF映画の大体のストーリーは想像できるだろう。 “人工臓器”の販売が一般化している近未来。高額商品のため、購入者は当然の如くローン支払いとなる。支払いが滞った“滞納者”の前には、“回収人”が現れ、問答無用に臓器を回収していく。当然、臓器の回収はそのまま「死」を意味する。 一流の回収人として活躍していた主人公だったが、ある事故により一転、自分自身が人工臓器の利用者となり、回収人に追われる立場となってしまう……。  まあよくあるプロットだと思う。定石通りに、追われる立場となった主人公は、かつて勤めていた大企業に対峙し、反撃を始めるわけだ。 追っ手や企業の社員たちを次々に殺していく主人公の様は、よくあるヒーロー像に見える。  臓器を巡る独特のグロテスクさと、軽快なアクションシーンが絶妙に融合し、痛快なSFアクション映画だなと好感触を覚え始めた頃、致命的な違和感に気づく。  それは、この主人公の行動には、「正義」が伴っていないということだ。  大企業が展開する人工臓器販売はれっきとしたビジネスであり、その“回収方法”には非人道的な要素が含まれているものの、映画世界の中では、“滞納者”に対するあくまで合法的な“取り立て行為”である。 そして、主人公が置かれた危機的な立場も、あくまで“滞納者”である故の必然的な状況であり、それに真っ向から反発して企業関係者を抹殺していく様には、実は道理が無い。  その不道理を通したまま、映画は結末を迎える……。 「ああ…これは駄作だな」と諦めかけた次の瞬間、このSF映画は「真意」を見せる。  成る程。終盤にかけての強引な展開や、整合性の無さ、ジュード・ロウのおよそ彼らしくない妙に大味な演技や、フォレスト・ウィッテカーをキャスティングしている理由までが、途端に鮮明になる。  まさにSF映画らしい「転回」であり、その真相の領域がいったい何処までを含んでいるのかなどということを考えると、より一層ストーリーに深みが増してくる。  あまり過剰な先入観を持たずに、最後までシンプルな思考で観ることが出来たなら、存分に楽しめる映画だと思う。
[映画館(字幕)] 7点(2010-09-23 16:47:18)
623.  ハート・ロッカー
イラクの戦場、日々尽きることの無い爆弾処理の最前線を描いた今作が、アカデミー賞を勝ち取ったことに対して、個人的には若干穿った見方をしていた。 果たして、本当にアカデミー賞にふさわしい映画なのかどうかと。  その理由は、この数年のアカデミー賞作品賞受賞作品には、手放しで賞賛を贈れる映画があまりに少ないということ。そして、9.11以降、アメリカという国の価値観は、人間の混迷や混沌を描いた映画を安直に崇拝する傾向が強すぎる気がしてならないからだ。  もちろん、世の中の数多の「不安」に対して、それを批判したり、影響を受けた映画が作られることは必要だろう。が、それがイコール「良い映画」であるかどうかは、当然別問題だ。  なので、元夫婦対決を制し、「アバター」をかわして、キャスリン・ビグローが女性監督として史上初のアカデミー賞受賞を果たしたこの戦争映画にも、素直に期待出来ないものがあった。  映画は、最前線の爆弾処理チームの3人を中心に、仰々しい展開を廃し、ドキュメンタリータッチに淡々と展開していく。端役でレイフ・ファインズやガイ・ピアースが登場するものの、主要キャストは無名俳優ばかりで安易な盛り上がりは一切無い。  少々疲れ気味の休前日の深夜の鑑賞で、さて眠気が耐えられるかどうか。という危惧は一瞬生まれた。が、そんな危惧は即座に消え失せた。  盛り上がりも、娯楽性もほとんど無い。あるのは、あくまで淡々と過ぎていく戦場の気持ちが悪くなるほどの緊張感だった。  その緊張感は、単に“いつ死ぬか分からない”というものだけではなく、「戦争」という日常に身を置く兵士たちが、静かに静かに精神が蝕まれていくことに対する“あやうさ”のように思えた。  決して、面白味に溢れた映画ではないと思うし、観る人によっては誤解を受けやすい映画であるようにも思う。 それはこの映画が、今この瞬間の「戦争」の表面的な狂気や悲劇を描いているのではなく、まだその実態さえも検証されていないリアルタイムの“混沌”を表現しているからに他ならない。  観終わってみて、「映画」として面白かったのは断然「アバター」なので、アカデミー賞の受賞はやっぱりジェームズ・キャメロンがふさわしかったと思わなくはない。 ただし、この濃厚すぎる程の戦争映画を撮り切った女性監督の“力量”は、間違いなく半端ない。
[DVD(字幕)] 8点(2010-09-23 02:03:14)(良:1票)
624.  スター・トレック(2009)
必ずしも映画に限ったことではないかもしれないが、優れたエンターテイメントに不可欠なものは、何を置いても“手際の良さ”だと思う。 作品の規模が巨大になり、ブロックバスター化する程、その要素を制したクリエイターのみが娯楽性を制し、ヒット作を連発するのだと思う。 その素養を今最も備え“エンターテイメント”においてもはや「スピルバーグの後継者」とまで言わしめる存在になったのが、今作の監督J・J・エイブラムスだ。 彼の手掛けた映画をもう何作も観てきたが、どの作品にも感じることこそがその“手際の良さ”であり、それは即ち「娯楽」を創造する巧さだと思う。  世代的な乖離もあり、この作品を観るまで「スター・トレック」というSFエンターテイメントの一大ブランドに全く触れたことがなかった。 壮大なスペースオペラシリーズとして、しばしば「スター・ウォーズ」と比較されるが、世界的にファン層の広い「スター・ウォーズ」に対して「スター・トレック」はよりマニアックな印象を受け、何となく踏み込めない“領域”だった。  しかし、そういった観客が持つある種の「障壁」も、J・J・エイブラムスは持ち前の“手際の良さ”で見事に乗り越えてみせている。 エンディングタイトルが表示された瞬間、思わず「素晴らしい」と言いたくなる。 それくらい想像以上に充実したSF世界を見せてくれる。  何よりも素晴らしいのは、「無音」の表現だ。 「スター・ウォーズ」をはじめとして、宇宙空間の中での激しい戦闘を描いた映画は多々ある。 しかし、激しい戦闘シーンにおいて、“静寂”を挟み込み、宇宙空間の本質である「無音」と「闇」を観る者に意識させる映画は余り無い。 エンターテイメント映画である以上、シーンが激しくなればなるほど、大迫力の戦闘音は映画の表現として不可欠なものだろうが、実際の宇宙空間においてはどれほど激しい戦闘が繰り広げられようとも決して「音」は生まれない。  そういう「宇宙」そのものの基本的概念をこの映画はしっかりと意識し、その上に卓越したエンターテイメントを構築している。 おそらくそれは、この有名なスペースオペラのシリーズを通じて引き継がれてきた要素なのだろう。  「宇宙」に対する崇高なまでの美意識、それに裏打ちされた圧倒的に魅力的な世界観に、突如生まれた“ブラックホール”の如く吸い込まれそうになる。        
[ブルーレイ(字幕)] 9点(2010-09-19 01:40:02)(良:1票)
625.  バイオハザードIV アフターライフ
「バイオハザード」シリーズは、すべて映画館で観てきた。 理由は単純明快、1997年の「フィフス・エレメント」以来、主演のミラ・ジョヴォヴィッチのファンだからだ。 そして、第一作目「バイオハザード」は、彼女を“スーパーヒロイン”アクション映画の象徴として確立した秀作だからだ。  が、正直なところ、パート4となる今作については、劇場に足を運ぶつもりは無かった。 前作(パート3)の秀作から転じたあまりの「醜作」ぶりに辟易したからだ。 加えて、流行りに対して安易に乗じたとしか思えない「3D版」での劇場公開もマイナス印象だった。度重なるとってつけたような“3D版”の氾濫にはいい加減うんざりしている。 ブルーレイなりDVDなりを自宅で観るので充分だと考えていた。  それなのに、結局劇場に足を運んでしまった。しかも追加料金を払って3D版を観る始末……。  パート1を監督したポール・W・S・アンダーソンが、再び監督に乗り出したということも要因だが、結局は、「やっぱり3Dのジョヴォヴィッチが観たい」という欲望に負けたと言える……。  今作がパート4でなければ、それなりに満足出来たのだろうと思う。 パート3で行き過ぎてしまったヒロインの超人的な設定を排除して、原点に立ち戻ったことは良かった。 無数に襲いかかってくるアンデッドをただ単純に撃ちまくるというシーンの連続は、新たな工夫がまるで無い反面、原作であるゲームの趣向に近いと思う。 ほとんど無意味なスローモーションの連続も、ゲームの映画化において、映像の面白さだけを追い求めたと考えれば、決して悪くはない。  ただし、今作はシリーズの4作目であり、時代は2010年である。 どうしたってこれまでのシリーズ作に連なるストーリー性は求めてしまうし、3Dだろうが何だろうが、ただ「格好良い映像」なんてものは散々見飽きている。 映像世界の魅力だけで迫るのであれば、誰も観たことがない未知なる映像世界の「追求」が無ければ、観客のカタルシスはもはや得られない。  主人公の目的も基本となる世界観も、もはや二の次で、まるでテーマパークの“アトラクション”レベルの内容しか伴っていないことは致命的だ。 例によってまだまだ続編を作る気満々のようだが、もはや映画作品としての魅力は落ち込んでいるように思える。  とか言いつつ、また欲望に負けて主演女優の勇姿を観に行くことになるのかもしれないが……。
[映画館(字幕)] 5点(2010-09-12 19:24:35)(良:1票)
626.  情婦
「情婦」という言葉の意味を、辞書で調べてみた。 辞書によると、“男の情人である女”、“色女”とあり、あまり良い意味合いではない。  アガサ・クリスティの原作の原題が「Witness for the Prosecution(検察側の証人)」であることに対して、この邦題が作品にふさわしいかどうかには、いささか疑問が残る。  ただ、この映画で描かれる“女”の愚かしさ、そして儚さを何とか表現しようとした時、「情婦」という言葉は、決して意味合いが一致するとは言えないが、ある視点から捉えればあながち外れてはいないのかもしれないと思った。  ビリー・ワイルダー監督が、エンドクレジットでわざわざ結末の「他言無用」を掲げていることが、この上なく理解出来るほど、ラストの顛末が総てだと言える映画だった。  古い映画らしく、全編通してカメラワークの動きが少ない淡々とした法廷サスペンスが展開される。 この淡々とした法廷サスペンスに、どれほどの“驚き”が含まれるものだろうか。 疑心暗鬼な思いが大いに膨らんできた頃、ビリー・ワイルダーが他言を禁じた「結末」が訪れた。  いや参った。素晴らしい。“驚き”に対して充分に構えた上で、それでも驚かされた。  素晴らしいのは、その衝撃の展開においても、映画のテンションが劇的に転じるというわけではなく、一貫して淡々としたままであるということだ。 場面も変えず、登場人物の台詞のみでこの作品の核心である衝撃を表現し切っている。 「結末」を得ると、それまでの淡々とした展開も、敢えて観客に感情の焦点を絞らせない深い計算によるものだったのだと思い知る。  アガサ・クリスティの原作の高尚さもさることながら、ビリー・ワイルダーの卓越した映画術が如実に表われた結果だと思う。  「真実」の表と裏、男と女の愚かさと切なさ、そして、それらを総て含めた人間の感情の妙に溢れた結末に身震いした。 中盤、深夜の鑑賞には堪え難い眠気に包み込まれそうになったが、用意されていた顛末によってそれは一気に消し飛んだ。 更には、観終わった直後に再びクライマックスを観直してしまった。  ようやく涼しくなってきた秋の夜長、襲ってきた睡魔を見事に返り討ち、「映画鑑賞」の本質的な充足感と幸福感を与えてくれたこの映画は、「名作」の名に相応しい。
[DVD(字幕)] 10点(2010-09-12 10:25:22)
627.  スネーク・フライト 《ネタバレ》 
ギャングが証人抹殺のため、獰猛な毒蛇の大群を飛行機に忍び込ませ全乗客ごと墜落させてしまおうとする。 その滅茶苦茶な設定の段階で、このB級映画の成功は確約されたのかもしれない。  数年前にレンタルが開始された時点で、サミュエル・L・ジャクソン主演ということもあり、「一見の価値」はあるだろうと確信していたのだが、ようやく鑑賞に至った。  良いね。予想通りに良い「B級パニック映画」だった。  ヘビ嫌いの者にとっては思わず目を背けたくなるようなヘビの大群の問答無用に“ウジャウジャ”な様が、まず容赦ない。 それが完全密室の飛行機内を席巻するわけだから、その恐怖感は他のモンスターパニックとは異なり、リアルな分精神的に怖い。  むかつく脇役キャラがお約束のように酷い殺されたり、意外な脇役が窮地を救ったり、思わぬ恋模様や感動が生まれたり……。  ストーリーに内容なんてあってないようなもの。 でもそれが、この手の映画の「王道」であり、それを貫き通しているこの作品の価値は高い。  惜しむらくは、「犬」が生き残っていなかったこと……。最後の最後で飼い主の元へ戻ってくるシーンを期待したのだが。それがあれば更に痛快感がプラスされていただろう。
[DVD(字幕)] 6点(2010-09-08 15:30:16)(良:1票)
628.  M:i:III 《ネタバレ》 
映画を始めとする作劇上の用語に「マクガフィン」という言葉がある。 何かしらの物語を構成する上で、登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる仕掛けの一つ。登場人物たちにとっては重要なものだが、作品の構造から言えば他のものに置き換えが可能で重要なものではないものの総称である。(Wikipedia他調べ)  この人気スパイ映画シリーズ第三弾は、この手の映画の常套手段である“マクガフィン”を、敢えてただの“マクガフィン”としてのみ存在させることで、スパイ映画の王道を踏んでいる。 初見時はその企みに対して、ただ単にベタなだけに見えてしまい、マクガフィンの正体が説明されないことに対しても納得がいかず、不満足に繋がってしまっていた。 だが、改めて見返してみると、敢えてストーリーに膨らみを持たせず、むしろ薄っぺらなものにした製作陣の意図が明らかになった。  この映画はストーリーの妙を楽しむものではなく、スパイ映画らしい豊富なガジェットや作戦の裏側をつぶさに見せることによる娯楽性を楽しむべき映画なのだ。  そういう意味では、往年の映画を愛するJ・J・エイブラムスらしい映画愛に溢れた作品だとも思える。
[ブルーレイ(字幕)] 7点(2010-09-06 15:43:57)(良:1票)
629.  処刑人II 《ネタバレ》 
前作「処刑人」を観てからもう10年も経つ。 先ず思ったのは、あのスタイリッシュな映像センスと冒険心に溢れたアクション映画の続編が、何故このタイミングまで公開されなかったのかということだった。  “万年ネタ不足”に悩まされる今のハリウッドであれば、とうの昔に続編が製作されていて、下手すりゃ「3」とか「4」まで作られていてもおかしくはない。  どうやらその答えは監督のトロイ・ダフィーにあるらしい。 かなりの問題児らしく、前作の製作の段階でも大手製作会社ともめにもめて、結局ほとんど自主製作のような形で撮ったとのこと。  とにもかくにも、根強いファンからの待望論も手伝ってようやく日の目を見た続編。  10年という年月は流石に長くて、前作が「想像以上に面白かった」というインパクトは確実に残っているのだけれど、実際どんなテンションの映画だったかということに対する記憶が正直薄れてしまっていた。  そんなわけで、10年前の記憶を思い起こすように手探りで映画を観始めた。  冒頭から何となくテンポの悪さと、過剰なバタ臭さを感じ、居心地の悪さを感じた。 「何かが足りない」と思い、蘇ってきたのは「彼」の存在だった。 前作で、超個性的な敏腕刑事役として登場したウィレム・デフォーが居ない。  「出演交渉がうまくいかなかったのか……」と残念に思いつつ、中盤に差しかかった。 すると、一転して映画のテンションが加速する。 そこまでどこか遠慮していたようなテンポの悪さが無くなり、前作を彷彿とさせるインパクトが映画を包み込んだ。  そうしてクライマックスまで突っ走り、最後の最後で、唯一欠けていた“ピース”もちゃんとはめ込んでくれた。 過剰で無意味な演出やムラも感じられたが、トータル的には前作のファンも満足できる続編だったと思う。 
[ブルーレイ(字幕)] 6点(2010-09-06 00:10:19)
630.  特攻野郎Aチーム THE MOVIE
「特攻野郎Aチーム」のテレビ放映を観ていたのは、どうやら4、5歳の時らしい。 具体的な内容はほとんど覚えていないけれど、大好きなテレビ番組であったことだけははっきりと覚えている。 たぶん、自分の意志で観ていた生まれて初めての海外テレビドラマだっただろうと思う。  今なお人気の高い往年のテレビシリーズを、今になって映画化することは、リメイクブーム全盛の映画界であっても非常に困難なプロジェクトだったと思う。 多くの人たちに愛されたシリーズとそのキャラクターたちを、もう一度観てみたいと思うと同時に、新たに描き直されたものに対して違和感を覚えないはずが無いからだ。 実際、違和感は確実にあったと思う。  が、そんな違和感は早々に吹き飛ばされる。  映像技術の進歩により、ド派手なアクション映画なんてものはもはや溢れ返っている。 あらゆる映像表現が可能となった今、単にアクションの派手さなどで驚くことは、実際少なくなってきている。 そんな中にあって、久しぶりにアクションシーン自体に心から興奮した。 ただのド派手なアクションシーンではなく、“馬鹿馬鹿しいほどにド派手なアクションシーン”に高揚するあまり、映画の中の“特攻野郎”たちと同じように、笑いが止まらなかった。 あの高揚感こそが、この映画のすべてだと思う。  正直なところ、遠い昔に観ていたテレビシリーズの愛着を汚されるのではないかという危惧もあった。 しかし、純粋に追求されたこの映画の娯楽性は、まさしく「特攻野郎Aチーム」のそれであり、映画を観終わる頃には、すっかりリーアム・ニーソン率いる現代に蘇った「Aチーム」が大好きになっていた。   あの懐かしいテーマ曲と共に流れるエンドロールを観ながら、何よりも悔やまれたのは、売店で買ったポップコーンを上映予定作品の予告編が終わるまでに食べ切ってしまったこと。 この最上級の“ポップコーン・ムービー”を、ポップコーンを食べながら観られるチャンスをみすみす逃してしまった。(小銭が無かったのをケチってMサイズにしたのが間違いだった……Lサイズにするべきだった……)
[映画館(字幕)] 9点(2010-09-04 01:14:19)
631.  ノートルダムの鐘
ディズニー映画として、あまりに毛色の違いを今作には感じていた。 加えて、古典文学を題材にしたヨーロッパ文化向けの作品だろうという印象を無意識に感じており、何となく敬遠していた部分もあった。  確かに、他のディズニー映画に対して明らかな毛色の違いはあった。 しかし、だからこそ他の映画には無い深い面白味があったと思う。  原作はヴィクトル・ユーゴー。「レ・ミゼラブル」の原作者らしく、善と悪の両者の存在性の内面部分までをじっくりと描いた物語だと思った。  醜い出で立ちで生を受けた主人公、彼を大聖堂の鐘楼に閉じ込め鐘衝きとして育てた独善的な最高裁判事、ジプシーの美しい踊子、正義感に溢れる警備隊長、それぞれがそれぞれの立場において苦闘し、全うする姿には、善と悪という単純な構図を越えた人間の業が表われていた。  今作のハッピーエンドは原作小説とは異なるらしいが、ディズニー映画にである以上、それは仕方の無いことだろう。 それよりも、ダイナミックで美しいビジュアルはとても印象的だった。 また、他のディズニー映画がテンポの軽いミュージカル調のものが多いのに対して、今作は全編通してシリアスなオペラを見ているような重厚さがあった。  題材が題材だけに、アニメーションだからこそ描けた部分もあったかと思ったが、実写版もかなり古くに製作されており、その実写作品のビジュアルにこのアニメ作品が忠実だったことは驚きだった。 機会があれば、実写版も観てみたいものだ。
[CS・衛星(吹替)] 7点(2010-08-24 13:44:44)
632.  アラジン(1992)
5歳のとき、幼稚園のお遊戯会で「アラジンと魔法のランプ」の劇がクラスの出し物で、僕は主役のアラジンを演じた。 ターバンとテカテカの派手な衣装を着て、セリフと音楽に合わせて踊り、ボール紙に金の色紙が全面に貼られたランプをこすった。 今思い返すと、非常に気恥ずかしいが、良い思い出だ。  そんなわけで、この千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)の一説とされる物語に対しては、とても愛着があって、当然このディズニー作品もとっくに観たものだと思っていた。  が、ふと振り返ってみると、どうやらちゃんと観たことが無かったようだ。  観たことは無かったが、登場するキャラクターたちは、魔人のジーニーにしても、ヒロインのジャスミンにしても、あまりに有名なので、目新しさは無かったものの、終始安心して観られた。  何と言っても、ランプの魔人ジーニーのキャラクター性が抜群だ。 アラビアン・ナイトの世界観を超越したあの破天荒なキャラクター性は、ディズニー映画史に残る名プレイヤーだと思う。  あまりに有名なお伽話なので、ストーリーに特筆するようなインパクトはないが、そんなことをディズニー映画に求めるのはそもそもナンセンスだ。 突如繰り広げられるミュージカルと、青い魔人のテンションの高さに、必死についていくべき映画だと思う。
[CS・衛星(吹替)] 7点(2010-08-23 14:06:08)
633.  アパートの鍵貸します
主人公は大手保険会社のしがないサラリーマン。上役の不倫の場所として自らのアパートを提供し、出世の口利きをしてもらっているという設定は、少々強引だし、かと言ってそこにインパクトがあるかというと、そうでもない。 ストーリーのプロット自体は、「安いラブコメ」と言ったところだ……。  ただし、圧倒的に素晴らしい映画だった。「名作」の名にふさわしい。  主人公も含め、登場するキャラクターの人間性が魅力的だというわけでもない。 むしろ、揃いも揃って、狡くて、愚かで、滑稽だ。  でも、そういう部分こそ、すべての人間が共通して持つ“人間らしさ”だと思う。 その決して格好良くない人間の有りのままの姿を、きっちりと描写していることが、この作品の最も素晴らしい部分で、多くの人たちに愛される映画である所以なのだろう。  気まぐれで意地悪な人間関係の中で、右往左往する主人公にふいに舞い降りるハッピーエンド。 それはあまりに唐突のようにも見えるけれど、人生の転機なんてものはそんなもので、喜びも哀しみもいつだってふいに訪れる。  人間の営みの儚さと、だからこそ生まれる素晴らしさを巧みに描いた傑作だと思う。
[CS・衛星(字幕)] 10点(2010-08-22 23:49:25)
634.  ナイト・オン・ザ・プラネット
自分自身もすっかり大人になってしまい、深夜のタクシーに乗る機会も度々あるようになった。  大概の場合酔っ払っていて、繁華街から自宅までのせいぜい20分間程度の道のりなので、特に何があるということはないけれど、タクシーの中というものには独特の雰囲気があると思う。  その雰囲気は、全く見ず知らずの運転手と客との間に生じるその場限りの「空気感」によるものだと思う。  地球という惑星のあちこちで、全く同時刻にひっそりと織りなされたタクシー運転手と客らによる5つのショートストーリー。 ジム・ジャームッシュらしい淡々とした語り口で繰り広げられるこのオムニバス作品には、本当に何気ない人間同士の関わり合いにおける素晴らしさが溢れている。  それぞれのストーリーの登場人物たちが、その束の間の出会いによって、何かが変わったということは決してない。 ただそれでも、その一つ一つの出会いが、次の瞬間の人生を築いていくということを、この映画は、深夜の静寂の中でしっとりと伝えてくる。  とても良い映画だと思った。
[DVD(字幕)] 8点(2010-08-13 13:02:33)
635.  デストラップ/死の罠 《ネタバレ》 
映画におけるサスペンス作品は、舞台設定と登場人物が限られる程、「上質」になると思っている。  そもそも“サスペンス”とは、ある状況における「不安」や「緊張」といった心理描写を描いたものであり、設定に制約がある程に、その緊迫感は高まることは必然だと思う。  ただし、もちろんそこには、限られた映画世界の中で、緻密な人物描写と研ぎ澄まされた台詞回しが絶対不可欠なわけだが。  この映画は、そういった「上質なサスペンス映画」に不可欠な要素を充分に備えた傑作と言える。  落ち目の舞台作家が、ある日届いた作家志望の青年の作品が引き金となり「殺人」を画策することから物語は転じ始める。  以降、ストーリーの舞台となるのは、作家の豪邸内のみ。後はほぼ作家と作家の妻と作家志望の青年ら限られた登場人物たちが織りなす会話劇で展開される。  二転三転……いや四転五転とするストーリー展開の中で、互いが見え隠れする心理を探り合い、あぶり出そうとする掛け合いこそが、この作品のハイライトだ。  観ている側は、まるで登場人物たちの滲み出ては覆される心理の裏側を、覗き観ているような感覚に陥り、思わず息を呑む。   中盤以降の心理戦は、同じくマイケル・ケインがジュード・ロウと共演した「スルース(2007)」を思い起こさせた。 (というよりも、原作は同じなのではないかと思わせる程だった。少なくとも今作に対するオマージュが含まれていたことは間違いない)  「スルース」は、マイケル・ケインとジュード・ロウの男同士の“妖しさ”が印象的な映画だったが、今作のクリストファー・リーブとの絡みにも独特の緊張感と妖しさが溢れていた。  今作は、クリストファー・リーブが「スーパーマン」になってからの作品であるから、彼がキャラクターに頼らない確かな演技力を持ち合わせた良い俳優であったことを改めて認識させられた。  もちろん、25年の月日を経ても変わらぬ魅力を放ち続ける、ナイトの称号を持つ英国俳優に対する尊敬は尽きないが。
[DVD(字幕)] 9点(2010-08-12 12:39:19)(良:3票)
636.  ソルト 《ネタバレ》 
アンジェリーナ・ジョリーというハリウッド女優の魅力は、その美貌であり、その体躯の曲線美である。  それは彼女が、「17歳のカルテ」でアカデミー助演女優賞を受賞したれっきとしたアカデミー女優だということを踏まえても、揺るがない。 どんなにシリアスな映画に出演しようとも、そこで好演しようとも、彼女は“演技派”などではなく、唯一無二の“セクシー女優”だ。間違いない。  そんな女優が、コスチュームを目まぐるしく替えつつ、ハードアクションを繰り広げる女スパイを演じた時点で、この映画に致命的な失敗は生じるわけがない。 事実、面白い映画だったと思う。  年始早々からこの作品のトレーラーを見続けてきた限りでは、二重スパイ容疑をかけられた主人公が自身の疑いを晴らすために奔走するというような「北北西に進路を取れ」的な展開が繰り広げられるのだろうと想像していたのだが、結構序盤から”想定外”な展開に突入し、驚くというよりも面食らってしまった。  正直なところ、ストーリー的には粗は目立つし、整合性には欠けている。少しネタばれになってしまうが、キーマンとなるキャラクターの隠された存在性も容易に想像がついてしまう。  ストーリー的にも、映像的にも期待に対して凡庸という印象は拭えない。  ただし、繰り返しになるが、これがアンジェリーナ・ジョリーの映画である時点でハズレはない。  当初この映画はトム・クルーズ主演で企画が進行していたらしい。金銭面で折り合いがつかず、アンジーへと脚本共々キャラクターの性転換を行ったそうだ。 たらればになるが、そのままトム・クルーズで映画が完成していたなら、「ミッション:インポッシブルの二番煎じ」と酷評されていたことは、恐らく間違いない。  たぶんシリーズ化は既定路線だろう。次回作は主演女優のパフォーマンスだけに頼らなくて済むようなクオリーティーの高いスパイ映画を期待したい。  (水面下ではトム・クルーズ&ベン・アフレック出演による“イヴリン・ソルト×イーサン・ハント×ジャック・ライアン”という企画もあるとかないとか……実現するのであれば、それぞれこれ以上歳を食う前にやったほうが良いと、一映画ファンとして思う……) 
[映画館(字幕)] 7点(2010-08-07 10:48:44)(良:2票)
637.  ファンボーイズ
それほど遠くない昔、遥か銀河の彼方ではない地球の片隅では、「エピソードⅠ」公開を半年先に控えていた。 “スターウォーズオタク”の4人組は、がんに冒され余命3ヶ月の仲間のために、最新作を盗み見るための旅に出掛ける。  ファンしか分からない内輪ネタ満載の珍道中を描いたロードムービーで、「スター・ウォーズ」好き以外は観てくれるな!と言わんばかりの様相であるけれど、どっこい意外と心に染み入る「感動」を備えた映画だと思う。  もちろん、「スター・ウォーズ」ファンであれば共感は必至であろうが、決してそうでなくても、何かとても“大好きなもの”がある人であれば、その熱中ぶりに共感出来、彼らの歓びと哀しみを理解出来るはず。  9割近くは”ふざけた”映画であることは間違いないけれど、自分の好きなものに対する「愛」を真っ向から貫くファンボーイズたちの姿を否定出来るわけがない。
[CS・衛星(字幕)] 7点(2010-08-02 14:33:54)(良:2票)
638.  ブラック・サンデー
「名作」と評される往年のハリウッドの娯楽映画には、「物足りなさ」を感じることが多々あり、満足した覚えが少ない。 しかし、この映画には確固たる完成度の高さが見られた。  それは、トマス・ハリスの原作の確かさが大きく影響していると思う。 原作は未読だけれど、展開されるストーリーの端々に並の娯楽映画にはない“深み”があり、各シーンと人物の背景が見えてくる。  テロリストとそれを追う秘密警察それぞれの立場と、各キャラクターの抱える心情を平等に描いているので、追う者と追われる者の関係性に説得力があった。  クライマックスの顛末には少々ご都合主義が含まれていたようにも思うが、巨大な飛行船がスタジアムに突入していくシーンには、娯楽映画史に残り得る迫力があった。  この映画は日本では未公開だったそう。テロリストの攻防において当時の世界情勢が大いに絡んでいることがその理由かもしれないが、もっと広く認知されるべき映画だと思う。
[DVD(字幕)] 7点(2010-08-01 19:05:43)(良:2票)
639.  インセプション
睡眠中の「夢」というものを、本当によく見る。 前夜に見た夢のことをつらつらと思いめぐらせて、一日が過ぎるということもしばしばある。 そういう者にとっては、この映画の完成度は殊更に高まると思う。  「夢」の世界の中で巡りめく攻防を描く今作。 先ずはストーリー展開がどうのこうの言う前に、その世界観のクオリティーの高さにおののく。  夢をよく見る人であれば、常に感じているだろう“夢”という世界の“目まぐるしさ”を完全に表現している。その映像世界が、先ず圧巻だ。  表面的な現実感と同時に存在する、時空と空間を超越する「感覚」。  そういうことを、現時点で成し得る映像表現の全てを使って”具現化”している。 その映像世界を構築した時点で、この映画の価値は揺るがない。  「ダークナイト」ですっかりメジャー監督となったクリストファー・ノーランだが、よくよく思い返せば、彼は「メメント」の監督なわけで、この手の作品こそこの映画作家の“真骨頂”ということなのだろうと観終わって納得した。  ただし、この映画に対して充分に評価した上で言わせてもらうならば、  物凄い製作費を投じて生み出された作品ならではの、出来るだけ広いマーケットを意識した“譲歩感”は感じられる。  恐らく、クリストファー・ノーランの本来の「構想」は、もっと無遠慮に難解で、歪んでいく映像世界を凌駕する程にねじり込まれたものだったのではないかと思われる。  “鑑賞者”として物凄く身構えた分、ストーリー展開に対しては、案外“ストレート”な印象を受け、一抹の物足りなさも感じた。 詰まりは、もっと人間の精神的な内部に踏み込み、その不可思議さに対する顛末を表現出来たのではないかと思う。  主演のレオナルド・ディカプリオが、もう一つ弾き切れていなかったことも、そういった“遠慮”が少なからず影響していたように感じてならない。 一概には比較出来ないが、ディカプリオのパフォーマンスだけを捉えるなら、今年公開された「シャッター アイランド」の方がインパクトがあった。  まあ、とは言っても、とんでもないオリジナリティに溢れた映画だということは間違いないし、その映画のセカンドネームに「Ken Watanabe」がクレジットされていることは、日本の映画ファンとして誇り高いことだと思う。
[映画館(字幕)] 9点(2010-07-25 00:34:22)(良:2票)
640.  アイアンマン2
今一番熱いアメコミヒーロー映画シリーズ「アイアンマン」。 このシリーズの最大の勝因は、何を置いても主演俳優のキャスティングだと思っている。 これまでのヒーローたちとはその存在性そのものが「異質」であるトニー・スタークというキャラクター。決してヒーロー然としていないこの無頼漢を、ハリウッドきっての問題児ロバート・ダウニー・Jr.が演じたことで、このシリーズの成功が決まったと思う。  非常に期待したこの続編。娯楽映画としての面白さは問題ない。何も考えずに与えられた2時間をただ楽しめる映画だと思う。  ただし、「1」に比べると、ストーリー展開そのものは安直で魅力がない。 悪役に迎えられたミッキー・ロークは、その存在感自体は熱かったが、用意されたキャラクターにあまりに魅力が無かったと思う。最終的には、アイアンマンと予備スーツを着たローズ中佐とのタッグチームに二人掛かりであっさり倒されるという、あまりにおいしくない役柄で、せっかくのミッキー・ロークが勿体ない。  まあそのかわりに見せ場を作ったのは、ブラック・ウィドウに扮したスカーレット・ヨハンソン。相変わらずゴージャスな風貌で魅せる美しい強さは、今作のハイライトと言えるかもしれない。  ストーリーの更なる充実に期待して、次回作も待望したいと思う。       (2018.5.5再鑑賞)  「インフィニティ・ウォー」追悼MCU行脚。劇場公開以来の再鑑賞。 初鑑賞時は、傑作だった「1」の高揚感に対して、若干“消化不良”が先行した印象で、決して駄作だとは思っていなかったが「凡作」と記憶していた。 しかし、今回改めて観返してみると、今作以降ある種奇跡的な成功を勝ち獲っていく「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」を発展させていく上で、非常に重要な“ブリッジ”の役割を果たしていると思える。  トニー・スターク自身に課せられた問題として、アイアンマン存続のための複数の障壁を解消しつつ、この時点では謎に包まれた“S.H.I.E.L.D”という組織の全体像を朧げながら浮かび上がらせている。 何と言っても今作においてその役割に大いに貢献しているのは、ナターシャ・ロマノフ=ブラック・ウィドウだ。この超人的な身体能力と美貌を兼ね備えたスーパーエージェントを演じるスカーレット・ヨハンソンが、言わずもがな「堪んない」。  初見時はストーリー構成上ややとっ散らかって見えたアクション描写も、改めて観てみると、しっかりと盛りだくさんで見せ方も悪く思えた。おそらく、この後の展開が全く見えていなかった初見時は、ストーリー上に散りばめられたアレコレが当然ながら腑に落ちておらず、散漫に見えたのだろうと思う。 まあ、そういう部分が、やはり単体映画としては「粗」であったことは否めないけれど。  現在時点で、MCUの世界観にどっぷりと遣ってしまっているファンとしては、今作の価値は一転して高まった。 「アイアンマン」「アイアンマン2」を監督として務め上げ、MCUの本流を生み出してくれた“ハッピー”もといジョン・ファブローは、「良い仕事をした」と改めて思う。  エンドロール後のシークエンスには“ソー”のハンマー! 最高じゃん。
[映画館(字幕)] 7点(2010-06-27 22:33:25)
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