41. TITANE/チタン
さすがに賞を受賞しただけあって撮影や演技はちゃんとしていますし、最低限読み取りが可能なストーリーもあります。問題はそれが現実の問題と何か関係があると思えないところです。主人公は冒頭の幼少時から車中でエンジン音のような唸り声をあげており既に車に狂っているようなのであの手術が何かのきっかけになったように見えません。実際頭の中にチタンを埋め込んだところで性の対象が変化することなどあり得ないでしょう。男だろうとレズビアンだろうと黒人だろうと構わず殺しまくるのでその行動に一貫性はなく何か意味を読み取ろうとしても無駄だと思えてしまいます。消防隊関係のエピソードとなるとあくまで男装の女性の境遇が描かれるだけで、チタンが埋め込まれたことによる肉体変化という基本設定もほとんど活かされていません。アンチモラルというだけで新しいモラルを提示できなければそれが一瞬のインパクトだけで終わってしまうという好例です。 [DVD(字幕)] 4点(2023-07-15 23:26:04)(良:1票) |
42. 白い牛のバラッド
いま世界で最も人間を厳しく描くことができているのはイラン映画でしょう。経済的にも言論的にも自由度は高くないはずなのに伝統文化と現代社会の問題を巧みに絡み合わせこれだけドラマチックな物語を作れるのは驚異的です。もっともそれはイランの外側から見た場合であって内側では意外と活発に映画産業と言論が育っていることが反映されているかもしれません。劇中でも子どもが映画館に行きたがる場面があり、それはある程度イランのポジティブな現状を反映していると思われます。台詞と音楽は最低限まで切り詰められ、絵画的で象徴的なショットが何度も挿入されます。しかし必ずしも難解な内容ではなく、死刑制度が死刑囚とその親族だけではなく死刑を実行した側の人間にも傷を与えていることを両者の視点から丁寧に描いています。 [インターネット(字幕)] 8点(2023-07-13 23:08:48) |
43. ライダーズ・オブ・ジャスティス
本国デンマークではこういう作品がクリスマスに家族で見る映画だったりするのでしょうか。思い込みが強く、しかもそれを実行する力があると大ごとになって大変というお話です。ミステリー調の復讐劇と見せかけてひとひねりある展開で人間ドラマも丁寧に描こうとはしてるのですが、マッツ・ミケルセンが最後まで強すぎな上ギャング連中はやっぱりただの悪党ではあるので最終的にはどっちつかずの中途半端な内容になってしまっています。全体としてブラックコメディの比重が強すぎてリアリティが欠如した場面も散見されますのでシリアスなお話として見るのも難しいところです。ただアイデアもキャラクターも独創的な部分はありますのでそのうち続編かハリウッドリメイクが決まったりしてもおかしくない出来だとは思います。 [インターネット(字幕)] 6点(2023-07-12 23:57:41) |
44. インディ・ジョーンズと運命のダイヤル
まともに動けない俳優を主演にアクション超大作を撮るというほとんど暴挙に近い作品です。ハリソン・フォードがスタントどころかろくにダッシュすらできないのは見ていて悲しくなります。昔のハリウッドのスクリーンプロセスへのオマージュかと思うほどチェイスシーンの背景は合成丸出しで全然迫力がないです。もうここまでCGを使うならもっと非現実的なぐらい派手なアクションにしてくれた方がいいぐらいです。多くのシーンが狭く暗いセットの中でアップ主体なので画面が見づらいことこの上ない、潜水シーンなんかほんと誰が何をやってるかよくわからないです。このシリーズにはあまり思い入れがないのもあるのですが、それ以上の問題として役者は悪くないのにろくに登場人物のキャラも関係も構築する気がなく出てきては消えるだけのドラマ部分には心が動かされようもありません。 [映画館(吹替)] 3点(2023-07-05 23:33:29) |
45. ヤクザと家族 The Family
うーんテンポが悪い、オープニングクレジットが入るのに20分、ここまで丸々カットしても普通に話が理解できそうです。藤井道人監督の薄暗い映像は好きじゃないですねー、安っぽく感じてしまいます。煙を吐き出す工場のショットが何度も挿入されますが、別にヤクザのしのぎとも関係ないようですし単にかっこいい画を挿入したいだけなんでしょうか。90年代の時点で義理とか人情を謳うヤクザは絶滅危惧種になってそうなんですが、まるでそれが未だに生きてるような不思議な世界で物語が展開します。同じ綾野剛主演のヤクザ映画なら白石和彌監督の日本で一番悪い奴らという作品もありますが、頭の中だけでお話を作らずあちらのように実在の人物への取材に基づいたリアリティのある人物造形をするべきではないでしょうか。当時の風俗をしのばせる要素も出てこないので1999年、2005年、2019年という数字には何の意味もないです。時代は変わったという旨の台詞が何度も出てくる(本当に何度も出てくる!)のはまともに時代を再現して変化を演出するつもりがないからでしょう。ヤクザというか舘ひろしの役は理想的な親父として美化しすぎていると思います。ヤクザと社会の関係を描く作品のはずなのに基本的にヤクザの身内の中の人間しか描かれません。彼らを追い詰める暴力団関係の条例も抽象的で具体的にどんなものなのかすらよくわかりません。これではヤクザ同士が延々と傷の舐め合いをしている甘ったるいメロドラマという感じです。半径5mの世界しか描かれないダメな日本映画そのものですよこれ。余命10年はてっきり売れるために嫌々撮ったのかと思ってましたが、実は泣けるラブロマンスというジャンルこそこの監督の資質に一番適した仕事なのかもしれません。 [DVD(邦画)] 2点(2023-07-04 22:58:33) |
46. aftersun/アフターサン
本編より予告編の方が感動できました。ビデオカメラで撮った映像は申し訳程度に挿入されるのみで大部分はフィルム撮影なので意味があったのかどうか疑問です。せいぜい90年代という時代を象徴している程度でしょうか。繊細なニュアンスで行間を読み取ることを求めているというよりは、わざと説明不足にして謎を作り出しそれへの興味で引っ張っているだけのように感じます。父親の影の側面を深読みさせるための描写を除けば基本的には父と娘の一夏のトルコ旅行が描かれるだけです。インタビューによると今作の父親像は監督個人の経験を投影している部分もあるそうなのですが、内容が本当に個人のホームビデオのようでは困ります。ただ休日の外出先での夕暮れや夜の心地よい雰囲気はよく再現されていてあくまで雰囲気に浸って楽しむ作品としては悪くないです。トルコはあの山の感じといい夏に虫の鳴き声が聞こえるところといい日本を思わせるところがあってそういう意味でも郷愁を誘うところがあります。カラオケ(めっちゃ下手でしたね)や観光客の老人の多さもなんだか日本っぽいです(笑)。父親の苦悩に着目するよりも全体的にノスタルジックな雰囲気が強すぎて最終的には好きな人とこういう旅行ができたら楽しいだろうなーぐらいの感想しか出てきませんでした。 [映画館(字幕)] 5点(2023-07-02 22:53:33) |
47. 炎のデス・ポリス
言うほど炎のデス・ポリス感はなく、真面目に作られているアクション・スリラー映画です。邦題のイメージ通り奇天烈なキャラクターを揃えたコメディに振り切ってくれたらもうちょっと楽しめたと思います。クエンティン・タランティーノ監督作品風のだらだら会話劇が続きますがセンスがない人がやると本当にだらだら退屈なシーンが続くだけという感じです。黒人女性のアレクシス・ラウダーが主役という点以外にジャンルとして斬新といえる要素はないです。人物の掘り下げもあまり行われないので魅力的なキャラクターといえばサイコパスの爺さん(トビー・ハス)ぐらいなもので、彼が登場しアレクシス・ラウダーを追撃する中盤が一番盛り上がります。防弾ガラスにマシンガンを撃ちこみ破片が飛び散る描写は新鮮で良かったです。それにしても最近はなぜかやたら西部劇風の映画が作られてるような気がします。 [インターネット(字幕)] 5点(2023-06-27 22:32:07) |
48. ザ・フラッシュ
う〜ん、まあジャスティス・リーグよりはマシなだけって感じですかね。アクションシーンも冒頭のカーチェイスは最高でしたがそれ以上はものは出てきません、なんかところどころCGもしょぼいし…。もはや最近のDCEUの楽しみ方はワンダーウーマンのテーマが流れるのを待つだけになりつつあります。残念ながらこの映画ではそれが冒頭に当たりますのでそれ以降ずっと退屈でした。序盤で現行のジャスティス・リーグのメンバーの魅力を再認識しちゃったので新キャストにもあまり乗れなくなってしまったんですよね。マイケル・キートンのバットマンが登場するといっても本人が演じているというだけで現代風のハイテク装備で登場するものですからティム・バートン版を連想させる要素が希薄です。80年代オマージュ満載ですがギャグセンスも80年代みたいで寒いです。大人の事情を知らないと楽しめない要素を持ち込みすぎです。BvSのマーサをみずからネタにするとかプライドはないんですかと言いたくなります。それにスパイダーマン:ノー・ウェイ・ホームでも感じたことなんですが同じ敵とまた戦うのってうんざりしませんか?新しい敵の方がワクワクするに決まってるじゃないですか。敵がそのままなのに味方が弱くなりすぎてがっかりするだけでしたよ。お話自体が今までのDCの迷走の自己正当化と以降の展開の都合のためでしかないので真面目に見る気が失せます。母親に対する思いへ向き合う成長物語としてもシャザムの方がよっぽど丁寧に描けてたと思いますよ。 [映画館(字幕)] 4点(2023-06-25 19:27:03)(良:1票) |
49. 怪物(2023)
近藤龍人の撮影は素晴らしいです。安藤サクラと永山瑛太が豪雨の中窓の泥を拭いとる様子を電車の内側から見せるショットはまるで墨絵のように見える効果があり斬新な造形だと思いました。直接関係はないかもしれませんが黒澤明が七人の侍で雨に墨汁を混ぜたというエピソードを思い出しました。しかし結局のところその撮影もただ美しい画というだけで何かの象徴として効果的に使われているわけではありません。湖だけを映したショットが何度か挿入されますが、場面の区切りとして機能しているだけです。湖の近くの町と学校という舞台設定には美しくそしてノスタルジックでもあること以上の意味がありません。作品のテーマは善意としての行動が結果として他者を追い詰めることにもなり得ること、それが必ずしも個人だけの罪というわけではなく置かれた立場や組織の論理によるものではないかと気づかせることです。しかし星川父(中村獅童)のみ別の側面を見せずに単純な悪人として描いています。それはこういう人物だけは絶対に許せないという作り手の主張といえなくもないでしょうが、安易な悪役の記号を寄せ集めた安っぽいキャラのようにも見えてしまいます。ラストも劇中で提示された多くの要素を一つにまとめ上げるテーマやメッセージを投げ捨ててありがちなメロドラマ的エンディングでお茶を濁したようにしか見えず納得がいきません。それこそ黒澤明の羅生門は最後には人間不信を拭い去ろうとする一筋の希望を提示してみせました。この映画もまたそうするべきではなかったでしょうか。 [映画館(邦画)] 5点(2023-06-23 22:37:17) |
50. いつかの君にもわかること
久しぶりにいい邦題だと思います。もちろん泣ける映画なわけですが全体として抑制された演出に理知的で丁寧な構成で感心しました。子どもは全く演技を感じさせません。台詞は少なく、鑑賞者の想像の余地が多くあります。父親の死の原因が何かも明示されません。BGMはほぼ全編で廃され唯一音楽が流される場面では無音演出となります。窓拭き清掃員のシングルファーザーが主人公のこの映画は当然、窓と手作業を映すことになる映画です。窓越しに映されるのは多様な人生の姿です。それはある時は目に見えても手の届かない光景です。手作業は息子とのかけがえのない時間を刻むためにあります。息子の髪を梳いてあげたり、ブドウの皮を剥いてあげたり、誕生日ケーキに刺すロウソク、思い出ボックスに残す手紙も手書きで大切にしまわれるまでを映します。ワンちゃんがほしいという言葉にも最後に気の利いた返答があります。最後に選ばれる里親にはおそらく多くの人が納得できると思います。 [インターネット(字幕)] 8点(2023-06-21 23:54:32) |
51. The Son/息子
ファーザーで感じた違和感の答え合わせみたいな作品でした。やはりこの監督は現実の社会や人間にあまり興味がないのではないかと思います。鬱病という概念が全く浸透していないような世界で繰り広げられる不自然な物語は一応認知症への啓蒙になっていた前作ほどの価値もありません。構成や演出の斬新さがなくなれば頭の中で考えられて作られただけの全く新しいところのない平凡な物語が残るだけです。あの陳腐な息子との海での思い出の回想シーンは何の意味があるのでしょうか。描かれる世界の狭さが平凡な日本映画みたいで苦笑するしかありません。海外のレビューサイトでは酷評されてるのですが日本ではそこまででもない様子なのはある意味納得ではあります。 [インターネット(字幕)] 3点(2023-06-16 23:11:22) |
52. レッド・ロケット
ショーン・ベイカーは実力のある監督です。ロングショットで映される風景のスケール感、限定された音楽の使用、貧しい寂れているはずの地域をファンシーで色彩豊かな空間として捉える一方で登場人物が世界のどこかに実在していると確かに感じさせるリアルな人物造形も両立しているのは大したものです。しかし子供が主役だったフロリダ・プロジェクトに比べるとこのファンタジックなアプローチが題材に対して適切なのかは疑問です。ありのままの姿を肯定するだけなら良いのですが、この映画は男性のための都合の良いファンタジーに近づきすぎ、より多くの人間に評価される余地を自ら失っていると思います。2016年大統領選挙の様子がテレビで流されていますが、それに対する劇中の人物たちの態度が曖昧なように最終的にこの映画が何を伝えようとしているのかもよくわかりません。フロリダ・プロジェクトと同じように唐突なエンディングですが、前作のような切実な幻想シーンとしての説得力を持てていないのです。 [映画館(字幕)] 6点(2023-06-14 23:12:02) |
53. M3GAN ミーガン
冒頭の雑な両親の死に方やミーガンの試作機が炎上する場面での登場人物の馬鹿っぽさ、この時点で真面目に見るべき映画ではないのかもしれないと不安になりますが、それ以降は両親を亡くした姪を引き取ることになったジェマの葛藤やミーガンとケイディの交流の中で現代社会における子どもとのコミュケーションの問題が丁寧に描かれており悪くないです。この映画は確かにターミネーターの要素もあるわけですが、内容的には1作目よりもロボットの方がより良い親になれるかもしれないというターミネーター2の方が近いんですよね。アイザック・アシモフのロボット三原則も三原則自体の矛盾によってドラマが生まれるのですが、この映画も人間を守るという目的のための行動が結果として人間への加害へと繋がるというジレンマが面白いです。この問題を真面目に掘り下げていけばジャンルの枠を越える傑作にもなれたと思うのですが、終盤になると既視感溢れる安易なホラー映画的殺戮劇になってしまうのがつまらないです。社員がミーガンの情報を盗み出そうとしてたシーンの顛末があれだけで終わるのも期待外れの展開です。まあこの映画のスタッフは単純なエンターテイメント作品を目指していただけでそこまでの野心もなかったのでしょうし、グロテスクな描写も控え目なのでホラーにあまり興味のない方でも楽しめる軽い娯楽映画としては悪くない出来だと思います。 [映画館(字幕)] 6点(2023-06-10 23:53:15) |
54. ファーザー
まあ設定がリアルなメメントですね。でも逆に現実に存在する認知症を題材にしたことで認知症患者は本当にこのように見えてるのかという違和感が生じてしまっていると思います。認知症の当事者がこの映画を自分の経験と照らし合わせて評価することは困難でしょうし、結局はこの描写で正しいか間違っているかの判断は誰にもできないのでしょうけど。認識の不確かさがもたらす不安感、親を思う子の気持ち、確かに評価できるポイントはあります。しかしパズルとして面白さに気を取られて根本的なドラマがおざなりになってはいないでしょうか。認知症の感覚を再現するために複雑な構成にしているのではなく、ギミックの方を先に思いついたのではないかとすら思えてしまいます。サスペンスやホラー調のシーンが挿入されるのも安っぽい印象を受けてしまいます。ラストシーンにはさすがにうるっときましたが、それは映画全体の力というよりもアンソニー・ホプキンスの演技の力によるものが大きいです。 [インターネット(字幕)] 6点(2023-06-09 23:38:04) |
55. カオス・ウォーキング
デイジー・リドリーはこのまま先代スカイウォーカーと同じくスター・ウォーズだけの俳優で終わってしまうのでしょうか……。まあとにかく設定がよくわからない、よくわからないのでこれは何についての映画なんだろう?という興味だけは持続します。新世界(ニューワールド)、アメリカ大陸への入植初期を思わせる村の描写、この舞台が物語にとって重要な意味を持つかというとうーん別にという感じです。話が進んでいくと結局ボーイミーツガールで田舎から抜け出た少年の成長物語でしかないんですよね。この設定で露骨な性描写がないのでまあヤングアダルト小説が原作なんだなとわかります。ノイズはただのデメリットというだけではなく幻覚攻撃にも使えるという設定は面白いですが、それが特にアクションシーンで活用されることもないのでこの設定から面白いシーンを作り上げる意欲もなかったようです。これを見るとヴァレリアンはやっぱりすごくよく出来た映画だと思いますよ。 [インターネット(字幕)] 4点(2023-06-07 22:58:09) |
56. FALL/フォール
これも映画の最先端の形の一つではないでしょうか。新しい映画とは常にこれはどうやって撮ったんだろう?と興味を湧かせるものです。落下場面ではちょいちょい合成っぽさは目立ちますが、VFXが用いられてるとは思えないほど高所を感じさせる自然な映像で本当に怖ろしさを感じます。サスペンス映画としては鳥やめまいのような古典もきっちり踏まえた上で作られてるのも好印象です。お話は冒頭で主人公が大切な人を失い、そのトラウマから再起しようとする定番のやつです。風刺という程ではないものの過激さを求める配信文化の悪影響という問題意識もベースに、スマホ、ドローン、自撮り棒、現代的なアイテムを使ったオリジナル脚本のエンターテインメント作品としては上出来でしょう。頂上にある夜間照明が良いワンポイントとして機能していますね。序盤の小ネタの伏線回収に、点滅に合わせての場面転換も洒落てますし、幻覚と現実の区切りとしても効果的に使われています。ただ終盤になると主人公の不自然なまでのタフさと無駄にひねった展開で映像のリアリティに比して物語が非現実的なものになってしまうのは大きな欠点です。途中までは複雑な女同士の友情もちゃんと描いていてドラマ的にも評価できそうだったのですがそこはやっぱり減点せざるを得ないです。 [DVD(字幕)] 6点(2023-06-06 23:56:50) |
57. 夜明けまでバス停で
冒頭とラストにそれを連想させるシーンがあるだけですので、実在の事件を題材にする必要性はあまり感じませんでしたが、90分というコンパクトさでありながらコロナ禍の2年間の社会を過不足なくまとめたよくできた脚本だと思います。社会派ドラマでありながらところどころクスリと笑える娯楽性もあるのも良いです。LINEでネガティブな投稿を入力したものの送信はやめておく、こういう細部の描写が人物にリアリティを宿らせます。ああいう女性たちはこの社会に確かに実在しており、自分にもそういう部分があったとも感じさせる現実味があります。三浦貴大と柄本佑のキャラはちょっと単純で露骨すぎるきらいはありますが不条理コメディのような魅力があるとも言えます。孫に残飯を食わせるなんて虐待だという非難はそこだけ切り取れば正しい考え方なのが嫌らしいですね。ベテランの高橋伴明監督は手堅い仕事をしていますが、映画としての構成や演出に斬新さがあるとは言い難いのは惜しいところです。コロナ禍や女性が物語の中心であるという現代的な要素がなければ8年前の映画東京難民と大して変わらないと言えなくもないです。根岸季衣と柄本明のキャラクターはちょっと非現実的で漫画チックですが、映画なんだからこれぐらいはやってしまってもいいでしょう。真剣に現実に向き合いながら深刻に物事を捉え過ぎておらずどこか希望を感じさえするのはこの映画の美点です。 [DVD(邦画)] 6点(2023-06-05 23:18:41) |
58. パラレル・マザーズ
冒頭からスペイン内戦に関する説明的な台詞が続き不安になりますが、まあすぐにいつものペドロ・アルモドバルの映画になります。レインボーな色彩と女性同士の連帯、そして母となる女性への賛美。うーんしかしこうも同じことを繰り返されると正直マンネリズムです。それに物語の根幹である子どもの取り違えとスペイン内戦に何の関係があるのかよくわかりません。新生児取り違えなんて今時目新しいアイデアでもないですし、赤ん坊がおじいちゃんに似たのかもしれないという旨の台詞がありましたがスペイン内戦を絡めるならむしろそこを掘り下げるべきではなかったでしょうか。ラストの遺骨の発掘場面ではリアリズム優先のためかビビッドな色彩の強調が抑えられておりそれは死者への誠実さの現れなのでしょうが、平凡なテレビ番組のワンシーンのような印象も受けてしまいこの監督が撮る意義を感じさせません。今までのように愛の多様性や人生を肯定する結末で終わるのが難しい題材である以上、自分のスタイルに固執するよりも題材に適したスタイルへの大胆な飛躍が必要だったのではないでしょうか。たとえばピカソだってスペイン内戦を描いたゲルニカでは色彩を捨てたモノクロの画面を選択しました。今回は新境地というよりもむしろこの監督の限界を感じてしまいました。 [インターネット(字幕)] 5点(2023-06-02 23:42:56) |
59. 65 シックスティ・ファイブ
序盤からスケールの大きなロングショットが見られCGや美術も結構クオリティが高いと期待できますが、中盤暗い閉所の場面が続きこれはやっぱりそこまで予算に余裕はなかったんだなとがっかりというか納得しちゃいます。ただ王道のティラノサウルスとの戦いもちゃんとありますし、娘の記録映像や熱湯が噴き出す間欠泉といった序盤の伏線はちゃんとクライマックスで活かされてますので大きな期待をしなければ十分楽しめる展開です。しかしあの四つ足恐竜はなんでしょうか?少なくとも実在する肉食恐竜はすべて二本足ですのでこの映画のためにデザインされたオリジナルの生物であるのは間違いないようです。考えられるのは70年代頃までの恐竜映画で使われた手法として、本物のトカゲやワニを巨大な恐竜に見立てて撮影してたことへのオマージュじゃないかと。このスタッフですのでちょっとホラー風味ではありますが、全体的に70年代以前の低予算の冒険映画やSF映画みたいな雰囲気ですのでそういうのが好きな方へはおススメです。今時珍しく底なし沼まで見られます(笑)。恐竜の滅亡から現代文明までの諸行無常を簡潔に見せるエンドクレジットも良いです。下手に感傷的にしないこの終わり方だけで結構評価が上がりました。まあ半年もしたらほとんど内容を忘れてそうではありますが、そこまで悪くない佳作だと思います。 [映画館(字幕)] 6点(2023-06-01 23:27:59)(良:1票) |
60. リング・ワンダリング
ジブリ作品とかが好きな人が作ったんでしょうかね。良くも悪くもアニメみたいな話です。登場人物の会話や行動は説明的でいかにも頭の中でこしらえたようで現実味がありません。タイムスリップ要素はほとんど意味不明です。空襲で焼かれた写真店のエピソードはもうひとつのニホンオオカミのエピソードとの関連性が弱くテーマがぼやけてしまい、ビジュアル的にも自然描写の素晴らしさに比して貧弱で必要とは感じませんでした。全体的に画が綺麗なだけの雰囲気映画という謗りは免れないとは思いますが、光るものもあるので安易に切り捨てるのも惜しいとは思います。予算はあまりなかったでしょうに雪山の中でこれだけの撮影を実現し、VFXを自然に効果的に使ってるのは感心します。この監督は卑近な題材に留まらずにスケールの大きな人間と自然の関わりというテーマとビジュアルセンスを持ってるのは強みだと思いますので、ある程度予算をかけて作った大作を見てみたいとは思いますね。まあもうちょっと人間の心理を丁寧に描くことに興味を持たないときついでしょうけど。 [DVD(邦画)] 6点(2023-05-30 23:10:25) |