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ユーカラさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

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341.  タイタンの逆襲(2012) 《ネタバレ》 
白熱する槍の衝撃などは、ハリーハウゼンのダイナメーションならばそれを持つ人間のリアクションをフルショットで撮って絶妙に表現したことだろう。 単に透過光処理に頼るだけの超常パワー表現にはまるで魅力がない。  『南の島に雪が降る』のニューギニア戦線の兵士たちが、紙製の偽物の雪に感動したのはそれが本物そっくりであったからではなく、あくまで理想イメージとしての雪とダブらせ、尚且つ人間が心を込めて手作りした触覚的な感覚を受け取ったからこそだろう。  前作および本作のCGIクリ―チャ―がいかにリアリスティックでも、1981年版『タイタンの戦い』のダイナメーションのもつ文化的感動に及ばないのも恐らくそれに近い。  キメラやミノタウロスの目まぐるしく「本当らしい」動きと慌ただしいカメラワークは結局のところ魅力的なキャラクターとして、あるいは印象的なショットとしては残ることはない。 アレスとペルセウス一騎討ちの単調な肉弾戦も同様だ。  3Dも含めたテクノロジーの飛躍は刺激と錯覚にのみ向かっている。 CGIが精巧かつ迫真であるほどに当然ながら失われてしまう人工的輝き。 そうしたパラドックスがここにも見られる。  
[映画館(字幕)] 4点(2012-05-11 01:37:33)
342.  エンジェル ウォーズ 《ネタバレ》 
妄想なのだから、架空のカメラワークでも、物理法則無視でも、誇張アクションでも良いのだが、その肝心のアクションにいわゆる「ツメ」「タメ」といったアニメーション的ケレンもハッタリのセンスも衝迫力も感じない。 手垢塗れのスロー・クイックモードを濫用して奇を衒おうとするのだが、動作の中で施すべき箇所を取り違えているように見える部分が多々ある。だから、殺陣アクションがメリハリも快感も伴わない。 というより、そもそもシチュエーションに危機感もなければ痛覚の演出もないから、どうでも良くなってくる。 当然ながら、ヒロインがコックの喉元にナイフ一本を突きつける厨房シーンのほうがまだアクションとしてのスリルがある。 意匠とイメージ先行で、デジタルエフェクトの陥穽に嵌っているというべきだろう。  図面を必要とする程の複雑構造の病棟なら、その建築物の空間的ディティールをアクションや芝居場に活かすべきだろうに。 火炎も脱走経路も印象が極めて薄い。 
[映画館(吹替)] 4点(2011-05-07 16:34:52)
343.  442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍
ブルーレイ上映による解像度の高い画面が、元隊員たちの現在の平穏な暮らしぶりと小奇麗な身なりを色鮮やかに映し出す。 彼らが語る過酷な内容とのギャップや、現在の地形と重なり合うように編集挿入される当時のモノクロ映像との繋ぎが、隔世の感覚をさらに強めている。  442連隊への賞賛の念が窺える『二世部隊』(1951)でも省略されざるを得なかったと思しき、ローマ一番乗りをめぐる差別待遇。人間を殺す事の重み。約60年を経てようやく語られる彼らの言葉の響き、表情の深みに打たれる。  にも拘わらず、その元兵士達の言葉に被ってひっきりなしに感傷を煽る喜多郎の音楽タレ流しはナレーションの声音と併せてあまりに「声高」すぎる。 作り手は、彼らの表情・言葉の重み、強度をまるで信用していない。その複雑なはずの思いに対し、安いセンチメンタリズムで一方的に意味付けし、感傷メロディーで補強したがる。  だから、両国家・組織の棄民政策に対する批評性も大きく欠いている。  「反戦」を標榜していながら、情緒に寄りかかった作品こそいくらでも「非反戦」に逆利用され得る事に対し自戒が足りない。 
[映画館(字幕)] 4点(2010-11-28 22:24:25)
344.  エクスペンダブルズ 《ネタバレ》 
ジェット・リーとドルフ・ラングレンの格闘まで、編集で「ワンショット(一打)・ワンショット」まで切り刻む愚に悲しくなる。  打撃間の「間」を削ることが、キレの良さとでも勘違いしていると思われる。 おまけに顔面アップの連続で、まともに体技も間合いも見せてくれず、徒手格闘戦の面白味がまるで無い。CGを大幅に封印したとしてもせっかくの格闘系俳優自身によるアクションが活きていない。 二度のカーチェイスも単に派手で大味。格闘シーン同様に運動の持続性も緩急も無く、空間と位置関係の提示には全く無頓着で、興を削ぐ。  「売り」らしいスリーショットは、まともなスリーショットならず。バランスの配慮か、役者の絡み演技未熟のためか、スケジュールの都合か。各々の短い単独ショット、あるいは無言のツーショットの組み合わせを単調に繋いだのみで、三人の正面姿を1ショットに収めた持続的画面はほとんど無い。背中だけの代役が一人いれば、三人揃わなくても撮れてしまう貧弱で胡散臭いシーンだ。  クライマックスに至ってもひたすらな「作戦無き」乱打戦の連続に、途中から安泰感すら感じさせてしまうのも良いのか悪いのか。  一方でフルオートショットガンの重低音や、中盤の橋桁での空爆ロングショットといった派手な見せ場、音響は良い。  『デモリションマン』風のベレー帽、『コブラ』風のレーザーサイト、サングラスといったセルフオマージュ的アイテムの数々は懐かしく、橋桁での泥臭い「全力疾走」ショットはシルヴェスター・スタローン映画必須の刻印ともなっている。   
[映画館(字幕)] 4点(2010-10-17 21:30:17)
345.  グリーン・ゾーン
トレードマークというべき相変わらずのタッチ。寛容に受け取れば、『ボーン』シリーズなら主人公の俊敏さ・機敏さを強調し、『ユナイテッド93』なら乗客の動揺と切迫感を表象する手段でもあり、本作でいうなら現場の混迷と混乱の状況を示すといったところか。主人公は政治状況・組織関係の混迷(大状況)と、迷路のような異郷の夜の路地(局地状況)をひたすら奔走する。それは良いが、バス停留所の件りになるともはや視点が拡散しすぎで、位置関係の把握どころではない。こうなると、サスペンスとしては辛い。撮影途中のフォーカス修正や、高速ズーミングなどの誘導的細工で擬似即興感づくりに勤しむ一方で、映画の「嘘」を敢えて露呈させるようなリバース・ショットは盛んに入り混じり、各キャラクター造型は単純明快で非リアルであり、結末は能天気なほどファンタジックでありと、見事に社会派臭を払拭している。政治性を牽制する戦略も抜かりなし。陸橋の崩れた街道を俯瞰するロングショットや、夜の路地を徘徊する野良犬、義足を外され片足飛びするイラク人など、個々には眼を引くショットも多い。
[映画館(字幕)] 4点(2010-05-18 20:55:13)
346.  ボーダー(2008)
前共演作の「疑惑」に応えるように、両俳優を律儀に同一ショット内に配置するサービス精神は痛いほど伝わる。狂気の犯罪者から法の執行者まで、正邪両面を幅広く演じてきた二人ならではのスクリーンイメージを活かしてサスペンスを煽る作劇も納得する。ただ、全体として二人の表情演技頼みの感は否めない。具体的捜査が描かれず、物語レベルでもアクションレベルでも面白味にも欠ける。モノクロのビデオ画面の序盤への倒置と、そのモノローグが醸す手遅れ感。犯人の主観ショットの数々。クライマックスで、闇の中を揺れるように流れる光彩などはノワールスタイルを彷彿させるのだが、それならば、雨なり、蒸気なり、鏡なり、自動車なりといったノワール的媒体をもっと充実させて欲しい。細部が乏しいし、街のムードがない。陰影もインパクトに欠け、不満が残る。
[映画館(字幕)] 4点(2010-05-04 18:55:39)
347.  アサシン クリード 《ネタバレ》 
ドローン空撮や、馬車チェイス、市街でのアクロバティックなアクションなど、折角のスタントを雑な編集がことごとく台無しにする。 然程難しくはないはずの話に半端な観念談義を加えて、あたかも小難しそうに語りたがるのがこの手の作品の悪い癖だ。  そもそもマント下の顔貌も判然としない主人公に思い入れどころでなく、クライマックスに至っても何らカタルシスのない 陰気なドラマに滅入るばかりである。
[映画館(字幕なし「原語」)] 3点(2017-03-18 00:53:07)
348.  X-MEN:アポカリプス 《ネタバレ》 
より細密に、より大スケールにというのは重々承知しつつも、この都市破壊のパノラマももはやマンネリと化している。 正直のところ、またかと思う。無味乾燥なインフラ破壊の絵解きであって、災厄の描写とは程遠い。 (劇中のスターウォーズネタは、特撮ジョン・ダイクストラ絡みでもあるのだろう、その1983年設定は、 今の時代に勧善懲悪ものをやるエクスキューズの意味合いが強く感じられる。)  not alone、 not alone、の合唱も食傷してきた。ギャラクシーだか、ガーディアンだかの幼稚な映画も そうだったが、とにかく仲間だ、仲間だと声に出して確認していないと気が済まないのか。 目線なり、身振りなりでスマートに表現出来るものを。  前半の悪役側の仲間集めも、やりようによっては『七人の侍』的な面白さが出せたかもしれないが、 この若干三名がまた小粒なのだ。 寝返りとか翻意のシーンこそ映画の高揚する瞬間のはずだが、そこの演出が弱くてどうするという話である。
[映画館(字幕なし「原語」)] 3点(2016-08-11 16:57:33)
349.  ピッチ・パーフェクト 《ネタバレ》 
実質的ライバルはただの一チーム。 そもそも何チームが出場していて、どれだけの難関コンテストなのやら。  リーダー、異性、父親との確執・和解の薄っぺらいドラマも ただただ尺伸ばしにとってつけたよう。  『友情・努力・勝利』なる、漫画誌の三原則を映画に当てはめるのもなんだが、 友情も努力もない、アカペラパフォーマンスそれだけというこの映画のドラマは実に貧相だ。  その肝心のステージシーンのショット構成もただせわしない。 後ろから前から、下手なアクション映画のように目まぐるしくポジションを変えまくる。  歌唱と身体パフォーマンスの映画で、バストショットばかりというのも致命的欠陥だろう。
[映画館(字幕なし「原語」)] 3点(2015-06-20 16:18:28)
350.  フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ 《ネタバレ》 
男には実はアブノーマルな性癖が。というお話なのだが、 交際するか、するまいかのレベルで終始するので生温い。  おまけに勿体ぶった契約交渉を絡めるとか、ただただ鬱陶しい。  例えば直近の例として、黒沢清の『贖罪』第一話がサスペンスフルで 情動的なのは、ヒロインがそのような相手との結婚を選択し、 もはや後戻りが出来ない状況に身を置いてしまっているからである。  そうした切羽詰った状況の中でこそ引き立つだろう愛憎と葛藤が こちらにはまるで希薄だ。  高層階シーンや航空シーンと共に無駄に浮き上がり、舞い上がっている ただ甘ったるいだけの作品である。  
[映画館(字幕なし「原語」)] 3点(2015-04-12 23:58:22)
351.  シン・シティ 復讐の女神 《ネタバレ》 
終始、悶々としているばかりのジェシカ・アルバ。  その煩悶をタメてタメて、クライマックスに遂に決起するという 感情の高まり、復讐の劇としての任侠映画的カタルシスが欠けている。  延々とメリハリなく愁嘆にくれ続けた挙句、 単にドラマが終盤にきたから行動した、というだけにすぎない。  ワイヤー感まる出しのアクションも非大胆、非アクロバティックだ。   
[映画館(字幕なし「原語」)] 3点(2015-03-24 14:03:03)
352.  ノア 約束の舟
景観のショットは景観としてフィクスで抑えておけばよいのに、 CGには死角はないとばかりにあちらもこちらもとカメラが嬉々として飛び回る。 だから画面内の世界が小ぢんまりしたCG的箱庭スケールに堕してしまう。  合戦シーンの縦横無尽に「目移り」するカメラワークは、それだけで安っぽい。 CGをそのままCG的に提示してしまうセンスの無さは『ブラック・スワン』から まるで進歩がない。 自制を欠いたCG画面は単に無節操なだけの視点を生み、 無機質な物量に対する不感症を生む。 手作りミニチュアワークのほうが却って文化的な驚きと感動をもたらすだろう。  映画はただただ非映画的観念論議に明け暮れ、 また一方では虚仮威しの空虚なスペクタクルに堕する。  そして肝心な主人公一家の生活の細部は一向に描写されることはない。 労働でも娯楽でもいい、そうした暮らしぶりのディティールの積み重ねなくして 人間の描写はなかろうに。 そこから逃げている。     
[映画館(字幕なし「原語」)] 3点(2014-08-16 22:23:03)
353.  パシフィック・リム
人間の動きをトレースするロボット。 その同調のモーションをどう視覚的な快楽として演出するか。 実写作品の手本なら『リアル・スティール』があるし、 操縦者二者がシンクロするカタルシスを如何に映画的に描写するかの手本なら 庵野秀明がコンテを担当したアニメ作品『エヴァンゲリオン』第9話がある。  いずれも、画面分割なりデフォルメなり高速度撮影なりの工夫を動員して 運動の同調が具体的な動画として描写として落とし込まれているからこそ、 あるいは見せたいアクション・見せたいショットからの逆算で 物語が設定されているからこそ、映画となっている。  この作品でのシンクロの設定は単に設定にすぎず、 動画(モーションピクチャー)として昇華されない。 二者が持続的な同一フレームの中で同じ動作をする。 それだけのことすらまるで出来ていないから一体感も連帯感も描写にならない。 単に見づらいだけのアクションシーンだ。  だから、中盤での伏線を残したままの凱旋シーン時点で、 まだ続くのかとうんざりする。人型ロボットである必然性皆無の海底シーン以降は ひたすら苦痛でしかない。  これでハリーハウゼンへの献辞とか、おこがましい。
[映画館(字幕なし「原語」)] 3点(2013-10-17 22:31:30)
354.  ボーン・レガシー 《ネタバレ》 
序盤、二階建てのレイチェル・ワイズ宅の外壁を身軽に登ったジェレミー・レナーが、 階上の採光窓を蹴破って二階廊下の侵入者を拳銃で狙撃する。  家屋の構造と空間を活かした、アクション映画らしきアクションは後にも先にもこの1ショットのみと云っていい。  それ以外は、前三部作を踏襲した高速カット割りがことごとく映画の運動を殺す。  マニラロケによる車線無視の乱雑なカーチェイスも頑張ってはいるのだが、 そこで終わりでは締まらない。 少しは徒手格闘の見せ場も無くては、敵暗殺者の脅威が際立たないだろうに。  何よりも、延々と続く近視眼的なアップの連続、その芸の無さが耐えがたい。 
[映画館(字幕)] 3点(2012-10-21 23:06:17)
355.  ハンガー・ゲーム
表情のアップを主体とする手持ちカメラは、 ヒロインの主観に寄り添うという趣旨なのだろう。  舞台上のインタビューのシーン、弓を引くシーンの接写では それなりに効果を見せるのだが、全般的に1ショットが極端に短く、 寄りすぎ且つ不安定で、とにかく見苦しい。  折角のジェニファー・ローレンスの魅力を削いでしまっている。  撮影監督トム・スターンであるにもかかわらず、 マスターショットの不足で場の状況の説明すら覚束ない始末である。  人工の猛獣の襲撃や、格闘場面などでは、カメラの振り回しすぎで 肝心の俳優のアクションも判然としない。  本来なら、森の中を人物が疾走するショットなどは アクション映画の格好の素材のはずなのだが。  語りも冗漫すぎる。この程度の内容で、143分は無い。 
[映画館(字幕)] 3点(2012-10-19 06:19:06)
356.  シャンハイ(2010) 《ネタバレ》 
様々な形状のランプシェード、幻燈、ネオンサイン、暖炉、ヘッドライト。 あるいは、動乱の予兆ともいうべきマッチの発火に銃の発砲火炎と、暗闇に浮かぶ光の要素は数多いにも拘わらず、明暗のコントラストが際立たず、官能性にも欠ける。 結果として光も闇も共倒れの印象で、その辺りもラブロマンスとしての弱さの一因かも知れない。  ノワールなら、せめて濡れた路面への照り返しや、黒塗り車の艶光や、煙草の紫煙へのこだわりは欲しい。  ジョン・キューザックがコン・リーを尾行するシーンはほぼ起点と終点のみで、映画として肝心な経過の描写を欠き、上海駅ホームの群集シーンも同様に、追う・追われるのサスペンス醸成が拙い。  日本大使館前での暗殺シーンのカットバックも、クライマックスのショットガンの撃ち合いも編集が乱雑すぎる。  巷で騒がしい政治性論議などはどうでも良いとして、これでは乗れない。  
[映画館(字幕)] 3点(2011-09-30 22:51:50)
357.  タイタンの戦い(2010)
序盤で、船上のペルセウスらがゼウス像を見上げ感嘆する場面がある。本来ならここに像の表情と威容を人間側からの仰角で捉えたショットが続くのが一般的だろうが、この映画は、なぜか天上から像の肩越しに船を俯瞰するショットを入れる。映画を最後まで見ていくと、どうやらこれは3Dの視覚効果だけに専心した結果の画面構成らしいことがわかる。つまり海面を背景に、画面手前にある像の頭部の立体感を強調するだけが目的の画面ということ。神々のドラマでもあるわけだから、こうしたいわゆる神の視点があっても良いわけだが、もちろんこれは視点の演出などではなくその場限りの立体感覚狙いでしかない。その立体感は、縦構図に様々に被写体を詰め込み配置することが必要なため、画面は逆に狭まり、スケール感を失っていく(一例:神々の集う広間の場面)。3Dありきの画面は縦移動を多用するが、これらは主人公の主観と一致するわけでもなく、心理の同化作用に至らない(例:硬貨の水切り、メドゥーサの落下)。『アバター』の高所感覚との大きな違いはここだろう。結果、ドラマと画面は同調せず随所で違和感すら生むこととなる。映画の低調なエモーションはこうした場当たり的3Dショット主義のみならず、もちろん作劇の怠慢にも起因する。オリジナルでは、荒れるペガサスを手懐けるまでの丁寧なストップモーションがあってこそクライマックスの疾駆と移動のシンクロが素晴らしい詩情を生むのだが、この映画はその辺りまるで理解がないらしい。猟師家族や、共闘する同志たちの人間関係描写もそうだが、これらは省略ではなく、単に欠落しているだけだ。
[映画館(字幕)] 3点(2010-05-02 16:46:58)
358.  インデペンデンス・デイ: リサージェンス 《ネタバレ》 
コンピュータ処理のドッグファイトにもデストピアにもモンスターの造形にも、もはや既視感しか覚えない。 いわゆるテンプレート。新しいものなど、何一つない。古びた最新作である。 あれやこれやの作品のパーツを劣化コピーして継ぎ接ぎした、アトラクション映画。だから、位置関係がとか距離感が云々などは、云うだけ野暮。 大津波のサスペンス&アクション演出など、数年前の『カリフォルニア・ダウン』に完全に負けている。 でもって、敵方エイリアンを含めて魅力的な登場人物というものがただの一人も登場しない。 とってつけたようなロマンスとか、友情とか、親子愛とか、自己犠牲とか。鼻で笑ってしまう。 同じ予定調和のラストミニッツレスキューでも、グリフィスとは大違い。ドキドキもハラハラもしない。
[映画館(字幕なし「原語」)] 2点(2016-07-29 23:01:54)
359.  ピクセル(2015) 《ネタバレ》 
ゲームを映画空間に置き換える上でのアイデアが貧困。 ロンドン編では水平軸上の運動が、ニューヨーク編では垂直軸上の運動がなく、アクションとして単調。 一応3D仕様らしいが縦軸のアクションすら不発の上に、いずれのゲームも単なる乱打戦で何の戦略的面白みもスリルもない。 そして例によっての80年代風俗ノスタルジー頼りの自堕落。  当初は馬鹿にしていた、あるいは敵対していた男の戦いぶりに、相手を見直す・惚れる三人の女がいる。 その感情が動く瞬間を捉えなければダメだろう。心を通じ合わせながらも雲散霧消していくバーチャルヒロインとの別れ があれでは、演出の怠慢でしかない。  ストーリーが陳腐ならばもっと細部に凝ったらどうか。
[映画館(字幕なし「原語」)] 2点(2015-09-14 23:56:13)
360.  世界侵略:ロサンゼルス決戦 《ネタバレ》 
厭戦と不況と失業率悪化の中、なりふり構わぬリクルートに精出す米軍と、物資・施設協力の見返りに露骨なゴマスリぶりをみせる製作側。(ベビーブーマーへの配慮もぬかりない。)  あまりの臆面の無さに、逆効果ではないかと心配してしまうくらいだ。 キャスリン・ビグロー『ハート・ロッカー』ほど巧妙でないぶん実効性は低いだろうが、本質は一緒だ。  軍関係の画面占拠率とアクション規模は、迎合とアピールの度合いにはっきり正比例していて、イラク侵略泥沼化を経て、尚も仮想敵の捏造と徴兵宣伝に勤しまねばならない懸命ぶりが気の毒にもなってくる。  それはともかくこの映画、相も変らぬ「故意の手振れ」にまず萎える。 こんな手垢のついた「詐術」をまだやってるのか、と。そのダサさに心底、呆れる。  いくら揺らしの為に揺らしたところで、対話シーンでは平気で切返しを使い、ビルやバスへの突入シーンの度にキャメラが先行して、兵士が銃口を向けるのを「川口探検隊」式に幾度も正面から捉えるのだから、緊張感も臨場感もあったものではない。(『ハート・ロッカー』もまったく同様。)  出鱈目な視点で、単に揺れてさえいれば「ドキュメンタリータッチ」だというなら、観客愚弄というべきだろう。  これまた手垢塗れの近視眼的「小状況」設定と近視眼的顔面アップの連続は、文字通り近視眼的ヒロイズムにまみれ、無線遮断も時間制限もカウントダウンも、ドラマの中で何らサスペンスとして立体化せず、退屈極まりない。  新鮮味も皆無で、端的につまらない。    
[映画館(字幕)] 1点(2011-09-23 21:56:47)
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