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鉄腕麗人さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 2594
性別 男性
ホームページ https://tkl21.com
年齢 43歳
メールアドレス tkl1121@gj8.so-net.ne.jp
自己紹介 「自分が好きな映画が、良い映画」だと思います。
映画の評価はあくまで主観的なもので、それ以上でもそれ以下でもないと思います。

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401.  ダラスの熱い日
いろいろなことが億劫でもやもやする夜に観たい映画は、凝り固まった主観を解放してくれるような壮大なSFか、自分の日常生活からは遠い骨太の社会派ドラマであるような気がする。 昨夜はそんな夜だったので、帰宅途中にレンタルショップに寄り古い名作を揃えているコーナーからこの映画を選んだ。  ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺事件については、様々な陰謀説が存在することも含めて一応知っているつもりだが、残された多くの謎と合わせて、時代背景やJFK自体の人となりも詳しくは知らないので、あくまで近年史に残る最大級のトピックスだという認識の範疇を出ない。 ずうっと前にオリバー・ストーンの「JFK」も観たが、僕自身が子供だったので内容は殆ど覚えていない。  そういう“知ってるつもり”な事件の「裏側」のみを描いた今作は、あらゆる意味で衝撃的だったと言える。  残されたあらゆる謎と矛盾と証拠を集めて描かれる陰謀の様は、非常に説得力があり、暗躍する黒幕たちがあまりに淡々と時代の寵児となった自国大統領の暗殺を画策する様子は、リアリティが増すと同時に重々しい恐ろしさを感じた。  結局のところ何が真実なのかということは分からないけれど、歴史に残る自国の負の事件の事実を突き詰め、たった10年後に一つの映画としてエンターテイメント化してしまうアメリカという国のパワーは、善し悪しは別にして「とんでもないなあ」と思わずにはいられない。  ラスト、総てを終えた陰謀の中心人物が平然とビリヤードに興じる様が、正義も悪も超越した人間のおぞましさを表しているようで、とても恐ろしかった。
[DVD(字幕)] 8点(2011-09-20 23:58:40)
402.  世界侵略:ロサンゼルス決戦
もう一年近く前になると思うが、この映画のタイトルを観たときは、「なんてダサくて面白くなさそうなタイトルだろう」と思った。 エイリアンの侵略ものだということは一目瞭然だったが、どれくらい“まとも”に作られた映画なのかととても訝しく思った。  2011年の年明け頃になってようやく映画の情報を少しずつ知り、アーロン・エッカートが主演でミシェル・ロドリゲスが出ているということが分かり、地味ながらも好感を持てるキャスティングも手伝って気になり始めた。 そして同じ頃に初めてトレーラーを観て、侵略の様を“現場目線”で切り取ったシーンの迫力に一瞬で圧倒された。  日本公開は4月1日、一転して公開日が待ち遠しい作品となっていた。  しかし、4月1日にこの映画を観ることは出来なかった。 3月11日に発生した大震災の影響を受け、大幅な公開延期が決まったからだった。  果たして「公開延期」という措置が正しいことだったのかどうかは、個人的には懐疑的に思う。 が、実際に被災地の現状を目の当たりにした人々にとっては、この映画に映し出されたロサンゼルスの壊滅した様は、様々な感情に心労を伴うものだったかもしれない。  前フリが長々しくなってしまったが、この映画において言いたいことはシンプルだ。  突如として襲いくるエイリアン、圧倒的な兵力を向こうにまわし勇敢に対峙する海兵隊。 圧倒的な兵力差があるにも関わらず、決死の覚悟で奮闘し侵略者の牙城を突き崩す。 ご都合主義の米国至上主義、アメリカ万歳!海兵隊万歳! ベタで王道的なハリウッドのエンターテイメント……。  人によっては卑下する要素は無限にあるのだろう。ただし、この映画の在り方は、圧倒的に正しい。  あらゆる物事が理にかなってなかろうが何だろうが、わけも分からぬまま侵略者の大軍に立ち向かう兵士たちの立ち位置のみで描かれる映画世界に、絶大な興奮を覚えたということ。 それだけでこの映画の価値は揺るがないと思う。  そして、この映画のタイトルは、本当に“それ”のみしか描いていないことに対する潔い態度の表れだったということに気づいた。  P.S.“女性ソルジャー”という役柄において、ロドリゲス嬢の右に出る者はやっぱり居ないと思う。
[映画館(字幕)] 8点(2011-09-19 19:12:01)(良:1票)
403.  トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン
映画館でこの映画を観終わって、6時間が経った。 はっきり言って、もうすでにストーリー展開に関しては忘却が始まっている。と言うよりも、鑑賞直後においても、ストーリーに対する印象はほとんど皆無だったと言っても過言ではない。  ただし、その“内容の無さ”が、このブロックバスター映画シリーズにおいては、もはや「醍醐味」だと言いたい。  馬鹿馬鹿しい程に製作費と労力をかけたであろう映像世界は、圧倒的な迫力による“興奮”を通り越して、その目まぐるしさに対してもう何が凄いのかも分からなくなってきて、笑うしかなくなってくる。 第一作目からそのポイントは変わっていないが、ハリウッドを代表する大人たちが繰り広げる「空想の具現化」は、一応の「最終作」と銘打たれた3作目にしていよいよ歯止めがきかなくなっている。  コンピューターグラッフィクスの精巧さ評する隙もなく、映し出されるスペクタクルは、一体何がどうなっているのかも一目では判別がつかず、ただただ圧倒され、唖然とするしかなくなっていることに気付く。  「内容の無い大味な映画」とこき下ろすことはあまりに安直だ。 目の前で繰り広げられている映画世界は、もはや人類の英知の極みだと言って良いと思う。 その後で、映画として好きなのか嫌いなのか、その判断だけすればいい。  内容なんて明日になればすっかり忘れているのかもしれないが、映画館の中で食い入った2時間半だけが「面白かった」のならば、それ以上何も求めない。これはそういう映画だ。  そして、そのスタンスは正しい。
[映画館(字幕)] 8点(2011-08-21 22:37:14)(良:2票)
404.  完全なる報復 《ネタバレ》 
燃えたぎる「復讐心」を描いた映画は多々あるけれど、この映画ほどその行為に“歯止め”がないストーリー展開は見たことがない。 本来「善人」であるはずの復讐者の領域を完全に越えてしまっているので、感情移入出来るレベルではなく、正直主人公の人物描写に拒否感を覚える人も多いだろうと思う。  ただ僕は、そういう一線を越えてしまっている部分こそ、この映画の素晴らしいオリジナリティーだと思った。 「司法制度の脆さ」という明確なテーマ性を土台に敷き、妻娘を失った男の問答無用に残虐な復讐行為を、強烈なショッキング性と娯楽性に富んだサスペンスで彩った秀作だと思う。  もはや「完全」すぎて何でもありになってくる復讐行為の数々は、時に非現実的で強引とも思えなくはないが、資産力のあるエンジニアというそもそものキャラクター設定と、演じるジェラード・バトラーの有無を言わせない熱たぎる存在感によって、諸々の難癖を蹴散らし、まかり通している。  競演するジェイミー・フォックスも、自身の価値観の中で揺れ動く敏腕検事を好演していた。  良い意味でも悪い意味でも思い切りの良い映画なので、好き嫌いははっきりと分かれるのかもしれないが、描きたい映画世界を、真正面から堂々と映し出していることが、もっとも評価すべきことだと思う。  自身の罪を受け入れ、ナパームの業火に包まれる復讐者の最期の様が印象的だった。 そして、ジェラード・バトラーは今もっとも炎を背負う様が似合う俳優だということを思い知った。
[DVD(字幕)] 8点(2011-08-14 23:18:29)(笑:1票) (良:1票)
405.  9-ナイン(2007)
レンタルショップで何気なく陳列されていたパッケージを手に取り、何気なくレンタルしてみた。 意外な“掘り出し物”だったと思う。日本では劇場未公開だったようだが、個人的には断然好きな映画だと言える。  「SFサスペンス」とジャンル分けされていたが、果たしてこの映画が「SF」であるかどうかは懐疑的だ。確かに捉えようによってはそう言えなくもないが、やはりそれよりはもっと超越したものを対象とした話だったと思う。 サスペンスであることは間違いないので、ストーリーの詳細は避けなければならないが、そういうジャンル分けが難しい部分が、観る人によっては面白味にもなるし、逆に陳腐に捉えられてしまうかもしれない。 おそらく、そういったハリウッド映画には珍しい“不確かさ”が、日本で劇場公開に至らなかった要因かもしれないなと思う。  決して完璧に完成している映画ではない。説明不足な点も非常に多いし、整合性に欠ける部分もある。 しかし、それこそがこの映画の中で終止描かれる「9」の概念であるように思える。つまりは、ほぼ完璧ではあるが、「10」に対して絶対的に完全ではないという存在性。 サスペンスフルな展開の中で徐々にあらわになっていくその哲学に近いSF性にぐいぐいと引き込まれていった。   先日観た「SUPER8/スーパーエイト」から個人的に俄然注目株となったエル・ファニングが出演しており、姉ダコタ・ファニングに劣らないその子役ぶりは圧巻だった。  また、劇中で偶然を演出する誕生日の設定が僕の誕生日と同じだったりして、何となく“運命”を感じる作品だった。  端的に表現するならば、「藤子・F・不二夫のSF短編と、バーチャルリアリティを売りにしたオンラインゲームと、モンスターエンジンの“神々”コントをごちゃまぜに足して割った感じの映画」といったところか…………分かりにくいな。  全編に散りばめられたピースを一つ一つはめ込んでいきながら、たどり着いた「真相」に対して自分が構築した完成図がマッチしているかどうか、あれやこれやとイメージを繰り広げて楽しむべき映画だと思う。 
[DVD(字幕)] 8点(2011-07-12 15:12:47)
406.  シングルマン 《ネタバレ》 
この映画は、一人の男が、「死」に向かう“一日”という道中を描いた“ロード・ムービー”だと思う。  孤独に苛まれた男が、何処か遠くに行くわけではない。普段と変わらない一日をある「決意」を込めて生きるだけの話である。 だけれど、そこには起伏に富んだ出来事と出会いが繰り返される。  “孤独感”に埋め尽くされて色彩の無かった世界が、ふとしたことで色味を帯びていく。 それは、世界中のすべての人間の何気ない日常の中に、「生きる」ということの意味と価値が溢れているということを物語っている。  それと同時に、世界が色を帯びていく過程には、「死」を決意した男自身が、「生きたい」という本能に気付いていく様を感じた。それは、「明快」という言葉を隠れ蓑にして現実から目を伏せてきた男が、自分が在る世界を直視したということだったと思う。  結果的に、一日の最後に主人公の男が得た結末は、目覚めたときに決意したままのものだったかもしれない。 しかし、そこには明確な違いがある。  “死ぬために生きる”のか“死ぬまで生きる”のか。  同じように聞こえる言葉の価値の違いを強く感じる映画だった。   世界的デザイナーのトム・フォードという人が初監督をした映画だけに、作品全体に強い「美意識」が溢れている。 そういうタイプの映画は多いけれど、この映画の美意識は決してビジュアルの表面的な部分だけではなく、人間のインサイドに至るまで徹底的に反映されている。  素晴らしい才能だと思う。
[DVD(字幕)] 8点(2011-04-05 14:17:29)(良:1票)
407.  ベスト・キッド(2010)
この映画、過去のヒットシリーズのリメイクであることはもちろん間違いないけれど、ただリメイク映画と言ってしまうことは「失礼」だと思える程、“良い映画”だと思う。  かつてのヒット映画では、当時ほぼ無名の日系人俳優が演じた役柄を、あのジャッキー・チェンが演じているというだけで、あらゆる面で映画としてのインパクトが高いことは明らかである。 しかし、もっともこの映画を確固たるものに足らしめている要因は、ウィル・スミスの息子ジェイデン・スミスの存在感だ。  この子役、その才能が間違いないと思うからこそ、敢えて“ウィル・スミスの息子”という冠を付けたくなる。 その“芸達者”ぶりは、父親のそれそのもので、この子供が本当に小さい頃から父親のパフォーマンスをしっかりと見続けて成長してきたのだろうなということを想像させる。 彼の身体能力、存在感、そして演技者としての表現力の高さが備わったからこそ、この映画は想定よりも一つ上のレベルに達したと思う。  子役の成熟には様々な弊害がつきものだが、父親共々ハリウッドを代表する良い俳優に育っていってほしいなあと思う。  現代のハリウッドを代表する表現者のDNAとカンフー映画の世界的スーパースターが、北京の街並の中で絶妙なバランスで合致した幸福な映画だと思う。  ただし、このテンションで締めるのであれば、やはりエンドロールにはNG集を用意してほしかったなあ……。
[DVD(字幕)] 8点(2011-01-16 10:39:25)(良:2票)
408.  渚にて 《ネタバレ》 
終末戦争の果て、確実に「滅亡」に突き進む顛末を描きながら、この映画では、爆弾が爆発するシーンも無ければ、人が絶命するシーンすら無い。 残された人間たちの、“最後の時”を迎えるまでの僅かな日々を、淡々と描き連ねる。 「悲劇」に対する悲壮感も、感動も努めて排除されているように思う。  だからこそ、異様とも言える「恐怖」をひしひしと感じる。  この映画に“救い”は無い。 核戦争により滅亡を決定づけられた人類。かろうじて直接的な被害を逃れたオーストラリアにて、残された日々を生きている。 すがるように追い求める幾つかの「希望」は、次々と儚く崩れさっていき、全世界を覆い尽くそうとしている放射能汚染により、着実に滅亡に突き進んでいる。  「希望」を失った人類たちに残された道は、ただただ淡々と“その時”まで生きること。 その人間模様をそのまま淡々と描き、ラスト、無人となった街のカットで締める潔さに、映画としての多大な説得力と、テーマに対する真摯さを感じた。  冷戦の最中、核の脅威を描いた幾つかの名作に共通することは、決して安直なハッピーエンドを描かないことだ。 人類が直面する「危機」に対して、極めて真剣に問題提起を試みている結果だと思う。  今、そういう映画はほとんど無い。 冷戦という時代背景はもちろん過去のものだが、だからと言って、“脅威”が消え去ったわけでは決してない。 今日のニュースでも“となり”の国の半島で起こった「愚行」を延々と伝えている。  “脅威”に対する危機感の薄れ。 そのことこそが、今の時代に最も恐怖すべきことのような気がしてならない。
[DVD(字幕)] 8点(2010-11-23 23:03:38)(良:2票)
409.  チャーリー
”チャーリー・チャップリン”、この固有名詞はもはや全世界の映画史に残る一つのアイコンであろう。 「波瀾万丈」という言葉がふさわしい彼の喜劇人、そして映画人としての長い人生を、ひとつの「映画」として表現する試みは、「必然」であったと同時に、物凄く高いハードルだったと思う。 145分間のこの映画で、チャップリンという男の人生の本質をくまなく描き切れているとは思わないし、それは到底無理な話だ。  ただ、想像以上に「面白い」映画だった。深夜0時過ぎに鑑賞を始めたが、まったく眠気を覚えなかったほどに。  その“面白味”の大部分は、ロバート・ダウニー・Jr.のパフォーマンスに尽きる。 チャップリンの人生を映画化するハードルの高さは、即ちチャップリンを演じる俳優に与えられる試練の大きさだろう。まともな俳優であれば、その仕事の困難さに尻込みしてしまうはずだと思う。  が、ロバート・ダウニー・Jr.という俳優は、イロイロな意味で、まともではない。  舞台コメディアンとして仕事を始めた10代から、スイスで晩年を迎えた80代まで、チャーリー・チャップリンという男の人生の様を見事に“体現”していた。  冒頭、白塗りのメイクを落としていくチャップリン、その瞳には吸い込まれるような闇が垣間見える。 そこには、世界一有名な喜劇王が抱え続けた“孤独”と“虚無”が描きつけられている。  伝記映画としてその展開にはやや野暮ったい部分もある。アンソニー・ホプキンスが、珍しくあまり個性の無い編集者役で登場するチャップリンの晩年シーンなどは、何度も挟み込む必要は無かったように思う。 それでも、ダン・エイクロイド、ケヴィン・クライン、ダイアン・レインら実力俳優に加え、若く瑞々しいミラ・ジョヴォヴィッチも脇に配し、キャスティング的にも映画ファンとして非常に楽しめる。  チャーリー・チャップリンの人生を描くということは、即ち往年のハリウッドの舞台裏と、当時のアメリカ社会の“闇”描くということでもあった。そういう意味で、この映画はとても多面的な面白さを備えている。  そして何よりも、この映画を観ると、本物の“チャップリン”が観たくなる。
[CS・衛星(字幕)] 8点(2010-11-07 11:26:05)(良:1票)
410.  地球爆破作戦 《ネタバレ》 
往年の外国映画、特に娯楽映画においては、その「邦題」に惑わされることが多い。  「地球爆破作戦」とタイトルを掲げ、粗筋に「コンピューターの暴走に対峙する人類の姿を描く」なんてあれば、当然、地球滅亡に向けて暴走し始めたコンピューターを人類が必死に防ぎ切る話なのだろうと思ってしまう。  が、この邦題はまず無視しなければならない。 実際は、「平和」を大義名分とした“国防”のために構築されたコンピューターが想定外に進化し、「平和」を純粋に実現するために、全人類を己の完全支配下に従えようとプログラミングが暴走するというストーリー展開だ。 根本となるその発想が、数多の映画でよくある“コンピューターの反乱”とは明らかに異なっていて、面白い。  冒頭、超巨大なコンピュータールームにて、主人公がシステムを起動させる。 CGなんて普及していない時代の映画である。レトロな美術セットによるコンピューター機器のビジュアルには、チープさを感じる反面、逆に独特の雰囲気があり、“マシーン”の恐ろしさを感じさせる。  もちろんSF映画なので、すべてが現実的なわけではなく、そもそもの設定が突飛である。  ただし、支配力を強めるコンピューターに抗う人類の無力さ、そして娯楽映画の定番を覆すブラックな顛末には、ゾッとするようなリアリティがあり、それがこの映画自体の面白味に直結している。  今日現在に至るまで、人類の進歩は、そのまま科学技術の浸食であると言える。 生活は日々便利になっていくが、いつの時代もそこには、“転覆”の恐怖が表裏一体で存在する。  そして、コンピューターに支配されていない「現実」が、決して「平和」な世界になっていないことも事実。  映画のラスト、人類の支配を成したコンピューターは、主人公らの絶望感をよそに「これで平和な世界となる」と高らかに宣言する。 その宣言に対して、主人公は最後の最後まで必死に抵抗し、「否定」をする。 が、その「否定」が必ずしも正しくないことを、主人公自身が心理の奥底で感じている。  その矛盾こそが、人類の存在価値そのものを脅かす恐怖であろう。  このクラッシックなSF映画は、そういう恐ろしさを40年経った今も雄弁に語っている。
[DVD(字幕)] 8点(2010-11-04 12:29:53)(良:1票)
411.  恋はデジャ・ブ
十数年に渡って、この映画のジャケットをレンタルショップで幾度となく見続けてきた。 そしてその度に、「若いビル・マーレイが出ているチープなラブコメなんだろうな」と思い続けてきた。 何より、「恋はデジャ・ブ」という邦題がださ過ぎる。恐らく、多くの映画好きの日本人が同じような印象を持っているんじゃないかと思う。  ところがこの映画が、アメリカの歴代映画ランキングの「ファンタジー」部門で8位にランキングされており、驚いてしまった。 そして追い打ちをかけるように、TSUTAYAの“発掘良品”の企画棚に並んでいるのを観て、この映画の存在を知って十数年目、初めて手に取った。  いやあ、良い映画だった。まさに“8位”、まさに“発掘良品”に違わない。  自尊心ばかりが強い意地の悪い主人公が、嫌々訪れた田舎町で、“或る一日”を抜け出せず、繰り返し繰り返し同じ一日を生きなければならなくなる。 良いことも悪いこともすべてが繰り返され、主人公は時に楽観し、時に悲観し、心情の浮き沈みさえも繰り返す。  人は誰しも、とても良いことがあっても、とても悪いことがあっても、「また同じ一日をやり直したい」と思う。 では、実際にそういう状況に陥ったとき、果たして何が出来るのか?ということをこの映画はひたすらに描き出す。  永遠に繰り返される一日。それはやはり“悲劇”であり、“恐怖”だと思う。 何を成功しても、何を失敗しても、目が覚めると”ゼロ”に逆戻り。 その儚さは、「一日」に“始まり”と“終わり”があることの「価値」を雄弁に語る。  ラブコメであるこの映画は、恋の成就とともに一応ハッピーエンドを迎える。 ただそのハッピーエンドには、また繰り返される一日が表裏一体で存在しているようで、何だか怖い。  ビル・マーレイが演じる主人公は、繰り返される一日に苦悩しながら、人生における様々な発見と経験を得ていく。 この映画は、“同じ一日”を繰り返して描くことで、人生にまったく“同じ一日”なんてものは無いということを、ファンタジックな辛辣さの中で物語っている。  最後に……やはりこの邦題だけは最悪だ。
[DVD(字幕)] 8点(2010-10-31 19:06:14)(良:3票)
412.  お熱いのがお好き
アンジェリーナ・ジョリー、スカーレット・ヨハンソン……、今現在もハリウッドを彩るセクシーな女優たちは沢山いるけれど、“セックスシンボル”という呼称を聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、今尚「マリリン・モンロー」だと思う。 彼女の映画をまともに観たことが無かった僕の世代(1981年生)でもそうなのだから、その「存在」自体が”伝説”と呼ぶにふさわしい女優なのだろう。  ただ、“セックスシンボル”というイメージが余りに強く、「女優」としてはいささか“軽薄”な存在として捉えていたことも事実。なので、これまで彼女の出演映画を観ようなんて思ったことは一度も無かった。 今年、「アパートの鍵貸します」「情婦」と、ビリー・ワイルダーの監督作品を立て続けに観ていなければ、この「お熱いのがお好き」という映画も観ることはなかっただろう。  マリリン・モンローという女優名も、「お熱いのがお好き」というタイトル名も、これまで散々耳に入れてきた名称だ。そして、名前だけ知っていて、大体“知ったつもり”になっていた。 非常に、愚かなことだと思う。  ビリー・ワイルダーの映画術と脚本力は流石に卓越している。トニー・カーチスとジャック・レモンのパフォーマンスも素晴らしい。 が、それらを明らかに”二の次”に押しのけてしまう程、マリリン・モンローという女優の圧倒的な存在感に惹き付けられる。  前述の呼称が示すように、確かにセクシーなことはこの上ない。ただそれと同時に、抜群の愛くるしさに溢れている。 彼女はその短い人生の中で、銀幕で、プライベートで、数多くの男を虜にしてきた。 それは“欲情”によるものだとずっと思っていたが、決してそうではないとこの映画を観て思った。 彼女は、男が女を好きになるという「本質」の様々な要素を集約した存在だったのだと思う。  理屈ではなく、“本能的”に好きにならずにはいられない。その「存在」は、間違いなく映画史に残る奇跡だと思わずにはいられない。  と、マリリン・モンローという“シンボル”の存在感に打ちのめされた深まる秋の夜。
[CS・衛星(字幕)] 8点(2010-10-24 01:40:34)(良:2票)
413.  ハート・ロッカー
イラクの戦場、日々尽きることの無い爆弾処理の最前線を描いた今作が、アカデミー賞を勝ち取ったことに対して、個人的には若干穿った見方をしていた。 果たして、本当にアカデミー賞にふさわしい映画なのかどうかと。  その理由は、この数年のアカデミー賞作品賞受賞作品には、手放しで賞賛を贈れる映画があまりに少ないということ。そして、9.11以降、アメリカという国の価値観は、人間の混迷や混沌を描いた映画を安直に崇拝する傾向が強すぎる気がしてならないからだ。  もちろん、世の中の数多の「不安」に対して、それを批判したり、影響を受けた映画が作られることは必要だろう。が、それがイコール「良い映画」であるかどうかは、当然別問題だ。  なので、元夫婦対決を制し、「アバター」をかわして、キャスリン・ビグローが女性監督として史上初のアカデミー賞受賞を果たしたこの戦争映画にも、素直に期待出来ないものがあった。  映画は、最前線の爆弾処理チームの3人を中心に、仰々しい展開を廃し、ドキュメンタリータッチに淡々と展開していく。端役でレイフ・ファインズやガイ・ピアースが登場するものの、主要キャストは無名俳優ばかりで安易な盛り上がりは一切無い。  少々疲れ気味の休前日の深夜の鑑賞で、さて眠気が耐えられるかどうか。という危惧は一瞬生まれた。が、そんな危惧は即座に消え失せた。  盛り上がりも、娯楽性もほとんど無い。あるのは、あくまで淡々と過ぎていく戦場の気持ちが悪くなるほどの緊張感だった。  その緊張感は、単に“いつ死ぬか分からない”というものだけではなく、「戦争」という日常に身を置く兵士たちが、静かに静かに精神が蝕まれていくことに対する“あやうさ”のように思えた。  決して、面白味に溢れた映画ではないと思うし、観る人によっては誤解を受けやすい映画であるようにも思う。 それはこの映画が、今この瞬間の「戦争」の表面的な狂気や悲劇を描いているのではなく、まだその実態さえも検証されていないリアルタイムの“混沌”を表現しているからに他ならない。  観終わってみて、「映画」として面白かったのは断然「アバター」なので、アカデミー賞の受賞はやっぱりジェームズ・キャメロンがふさわしかったと思わなくはない。 ただし、この濃厚すぎる程の戦争映画を撮り切った女性監督の“力量”は、間違いなく半端ない。
[DVD(字幕)] 8点(2010-09-23 02:03:14)(良:1票)
414.  ナイト・オン・ザ・プラネット
自分自身もすっかり大人になってしまい、深夜のタクシーに乗る機会も度々あるようになった。  大概の場合酔っ払っていて、繁華街から自宅までのせいぜい20分間程度の道のりなので、特に何があるということはないけれど、タクシーの中というものには独特の雰囲気があると思う。  その雰囲気は、全く見ず知らずの運転手と客との間に生じるその場限りの「空気感」によるものだと思う。  地球という惑星のあちこちで、全く同時刻にひっそりと織りなされたタクシー運転手と客らによる5つのショートストーリー。 ジム・ジャームッシュらしい淡々とした語り口で繰り広げられるこのオムニバス作品には、本当に何気ない人間同士の関わり合いにおける素晴らしさが溢れている。  それぞれのストーリーの登場人物たちが、その束の間の出会いによって、何かが変わったということは決してない。 ただそれでも、その一つ一つの出会いが、次の瞬間の人生を築いていくということを、この映画は、深夜の静寂の中でしっとりと伝えてくる。  とても良い映画だと思った。
[DVD(字幕)] 8点(2010-08-13 13:02:33)
415.  ウルフマン(2010) 《ネタバレ》 
「狼男?今更?」 という第一印象を持ち、その今更感たっぷりの作品に、ベニ・チオ・デルトロとアンソニー・ホプキンスの濃ゆ過ぎるキャスティングの意味と価値は何なのか?という疑問を持った。  そんな疑問符だらけの印象だったので、映画館で観るつもりはなかった。 しかし、所用で早起きした日曜日の午前中、ぽっかりと空いた時間に映画館に行くと、観たかったアカデミー賞絡みの作品はことごとく午後からの上映スケジュールとなっていて、唯一時間が合ったのが今作だった。  「まあ、これも巡り合わせか」と思い、諦めて鑑賞に至った。 (ただし、その反面「もしかすると……」という淡い期待が無かったわけではない)  映画は、予定調和に終始した。 薄暗いオールドイングランド、妖しく荒れ果てた大屋敷、尊大で謎を秘めた領主、満月の夜の惨劇、闇夜を疾走する怪物、主人公に訪れる悲劇…………。  ベニ・チオ・デルトロの疑心暗鬼な表情から、アンソニー・ホプキンスの溢れる異常性まで、すべてがいわゆる”お約束”の中で展開される。 そのベタベタな展開に対して冒頭は呆れる。しかし、次第にその展開の性質は、突き詰められた「王道」に対する美学へと転じていく。  用意されたストーリーに衝撃性はまったく無いと言っていい。ただ恐怖シーンでは約束通りに恐怖感が煽り立てられ、感情が揺さぶられる。  つまりは、観ている者の恐怖感や驚きまでもが、予定調和の中にしっかりと組み込まれているということだと思う。  「狼男」の映画として、「良い意味で裏切られた」なんて思う部分は一切無い。「まさに狼男の映画だ」と言うべき映画だ。 よくよく考えてみれば、「今更狼男?」と思う反面、実際はまともに「狼男映画」なんて観たことがないということに気づいた。  この映画は、「狼男」という大定番のモンスターの本質をしっかりと描き、“ゴシック・ホラー”を見事に蘇らせた意外な程に堅実な良作だと思う。   P.S.見所はやっぱり“変身”シーン。 単に毛深くなったり、爪や牙が伸びるといった安直なものではなく、「骨格」が生々しく転じていく様がインパクトがあって良い。 タダでさえ濃いデルトロやホプキンスがそうなるので、衝撃は殊更。  ストーリーに驚きがない分、逆に何度も観たくなる。そういう面白味に溢れた作品だ。
[映画館(字幕)] 8点(2010-04-26 23:55:26)(良:2票)
416.  ボーン・スプレマシー
前作「ボーン・アイデンティティ」は、演技派のマット・デイモンがリアルなアクションシーンをこなし、ヨーロッパを舞台にしたスタイリッシュな映像が秀でたアクション映画だった。悪くない映画だったけど、スパイ映画としては“展開力”に今ひとつパンチがなくて、それほど印象が強い作品ではなかった。 なので、続けて製作された続編に対しても、興味は薄く、公開から6年が経過してようやく観た。ようやく観た理由は、ある雑誌の企画上のランキングで、このシリーズの続編2作品が揃ってランクインされていたからだ。  アクション映画において6年という年月は“劣化”を覚悟しなければならない期間だと思う。 しかし、今作にはそういった安直な劣化は微塵も感じなかった。むしろ作品の隅々までが洗練されていて、新しいと感じた。  主人公に対する追走劇が世界を股にかけて展開される様は、前作から引き継がれた魅力だが、その各国での各シーンがより研ぎすまされ、それぞれの場面が完成されている。 映画の展開によって変わっていく雰囲気が、各都市のシーンでマッチし、ロケーションそのものが主人公の心情を表しているかのようだった。 世界各国各都市での撮影を売りにしたアクション映画は多々あるが、各シーンにおいて、その都市で撮影を行う”意味”を持たせ、それを如実に表現する映画は少ない。  そういった映画作りに対するきめ細かさが、用意されたプロット以上にこの作品の面白味を高めていると思う。  すぐに続編が観たい。第三作目を一緒にレンタルしなかったことを悔やんだ。
[DVD(字幕)] 8点(2010-04-07 16:37:21)(良:1票)
417.  ヘアスプレー(2007)
素晴らしい。まさにこれこそがミュージカル映画だ。  歌って踊ることが大好きなおデブちゃんの女子高生が、テレビスターを夢見る。それに当初は反対する巨漢の母親。その母親役をなんとジョン・トラボルタが演じている。 そう聞くと、なんだかエディ・マーフィのコメディ映画みたいな印象も受けるが、ある意味、圧倒的に正統な楽しさに溢れるミュージカル映画に仕上がっている。  数日前に豪華俳優陣を揃えて大ヒットブロードウェイミュージカルを映画化した「NINE」を観たばかりだった。「NINE」は流石に豪華な大ミュージカル映画だったが、あくまで舞台ミュージカルの映像化という範疇を抜け切らなかった点が、ミュージカル映画好きとしては残念だった。  でも、今作は、映画だからこそ表現出来るミュージカルシーンをきちんと見せてくれる。 主人公の女子高生が、丸々とした愛らしいルックスで朝の街を歌い踊りながら登校するシーンからはじまり、ロケーションとカメラワークで多面的でバラエティ豊かなミュージカルシーンに溢れている。  ストーリーなんて二の次で、とにかく見ているだけで「楽しい」。ということこそ、ミュージカル映画が持つべき根本的な魅力だと思う。 その本質をしっかりと押さえつつ、“他人と違う”ということを肯定しその価値を魅力的に示すことで、あらゆる「差別」の否定にまで繋げたストーリー構成も良かった。   何と言っても、ジョン・トラボルタを自らの体型にコンプレックスを持つ母親役に配したことが、最大のファインプレイだろう。 やや引きこもり気味だった母親が、新進的な娘に刺激されて徐々に自分を曝け出していく流れは、トラボルタがどういう俳優か知っている人にとっては予定調和過ぎる要素ではあるが、巨漢の母親に扮した彼がBigな尻を振り乱し歌い踊る様は問答無用に爽快だ。 そして、すっとぼけてはいるけど理解のある人格者の父親を演じたのは、名優クリストファー・ウォーケン。 まさかトラボルタとウォーケンが「夫婦役」で共演し、愛に溢れたミュージカルシーンで共に歌い踊るとは……、拍手。
[CS・衛星(字幕)] 8点(2010-03-22 12:43:08)(良:2票)
418.  愛を読むひと 《ネタバレ》 
戦後の西ドイツ、ふとしたきっかけで出会った15歳の少年と36歳の女。欲望のままに惹かれ合い、たった一夏の関係を過ごした二人。彼らの中ではじまった「朗読」という儀式は、一体何だったのだろう。  その意味は、決して単純に美しいものではないように思う。  過去の“業”を秘め無学をひたすらに隠そうとするアラウンド40の女と、目覚めた”性”を抑えきれず彼女に対する無意識下の蔑みを「愛」と盲目する少年、それぞれの脆さと愚かさを、「朗読」という行為で正当化しているような、そんな屈折した心証が見え隠れする。 キャッチコピーにもある通り、そこには、「愛」と呼ぶにはあまりに切ない二人の男女の関係性があったと思う。  時を経て、再び「朗読」という行為で繋がる二人の関係性は、20年前のそれとはまったく異なる。かつての感情の高ぶりを思い起こすと同時に、決して取り戻すことは出来ない過ぎ去った時間を感じ、二人の関係の本当の意味での“終幕”を迎える。  結局、この男と女は、一度たりとも心が通じ合ったことは無かったのではないかと思える。お互いが、無知と無学の狭間で盲目的に惹かれてはすれ違うということを繰り返し続けたのではないか。  それはやはり「愛」ではなかった。ただ、その関係性がイコール「悲劇」かというとそうではない。それぞれの人生において、「朗読」という行為は、“始める”意味でも、“終わらせる”意味でも不可欠なことだった。 それはおそらく当人たちでさえ説明がつかない心と心の“交じり合い”だったのだろう。  この物語の真意を100%理解出来たとは思えないし、完全に理解することなどは不可能だと思う。 なぜなら、主人公の女が死を覚悟してまで文盲であることを隠し続けたことが如実にあわらすように、人間の心理は千差万別であり、一つとして完璧に重なり合うものはないからだ。 そういう人間の複雑さを映画として情感たっぷりに描き出した優れた作品だと思う。
[DVD(字幕)] 8点(2010-03-22 09:26:35)(良:1票)
419.  シャーロック・ホームズ(2009)
“シャーロック・ホームズ”の今更の映画化、しかも監督は、ガイ・リッチー。 正直、「なんだそりゃ」と、イメージのアンバランスさに戸惑ってしまった。 更に、主人公“シャーロック・ホームズ”を演じるのは、ハリウッドきっての問題児、ロバート・ダウニーJr.。 流石に“悪ノリ”し過ぎなんじゃないかと一抹の不安を保ちつつ、鑑賞に至る。  予想通り、“悪ノリ”し過ぎている。が、問答無用に”面白い”。  コナン・ドイルの世界的古典「シャーロック・ホームズ」と、ブリティッシュ・ギャング映画を得意とするガイ・リッチーのまさかの融合。 そこに生まれたのは、奇跡的なエンターテイメントだった。  “英国紳士”という世界的なイメージが定着しているシャーロック・ホームズというキャラクターを、180度転じた無頼漢に仕立て直した試みが、何と言っても面白い。 しかも、そこにロバート・ダウニーJr.を配した潔い抜群のキャスティングに脱帽だ。  実は今年に入って、ロバート・ダウニーJr.主演の「アイアンマン」を観たばかりで、立て続けて新たな造詣の”ヒーロー”を演じる彼の姿を見て、自らの”過ち”を糧にして新境地を切り開いた役者魂を感じずにはいられない。  混沌とする現代社会は、汚れのない真っ当なヒーローなんて真実味がなくて魅力を感じないのだと思う。 不潔でだらしなくて、多少強引に「正義」を貫く新たなヒーローの姿に、共感し喝采を送る時代なのだ。  ただし、「アイアンマン」と並び、これでヒーローシリーズの主役を張り続けるしかないロバート・ダウニーJr.には、ぐれぐれも真っ当に俳優業を続けてほしいものだ。
[映画館(字幕)] 8点(2010-03-14 03:05:21)
420.  2010年
本当は、昨年(2009年)の年末に今作のBDをレンタルしていた。しかし、目前に迫る2010年を前にして、「この映画は年が明けてから観るべきだろう」と思い、晴れて2010年になり、レンタルをし直して初鑑賞に至る。  実に深い面白味を備えた上質なSF映画だと思う。 もちろん、「2001年宇宙の旅」の「続編」と位置づけられている以上、その歴史的大名作との比較は避けられず、そのまま比べたとするならば、「浅い」という結論は否定できない。 ただし、それは仕方がない。これまた映画史に残る鬼才監督スタンリー・キューブリックが残した「2001年~」は、人類という種のはじまりと極限、そしてそれら全てを含めた宇宙自体の深淵を追求した、あまりに「常識的ではない」映画だからだ。  その“お化け映画”に敢えて挑み、真っ当なSFとしての一つの結論を導き出してみせた様は、充分に評価できるし、映画単体としてのレベルも非常に高い。  特に、謎と荘厳さに満ち溢れた宇宙空間の描写は圧巻。。 「静寂」という宇宙の根本的な恐怖と美しさを、存分に感じさせ、思わず息を呑む。  「2001年宇宙の旅は」まだ一回しか観たことが無い。物凄い映画だということは理解しているつもりだが、実のところ、あの映画の本質を100%理解しているかと言われれば、極めて自信がない。 ただ、今作を観ることで、その分厚く濃密な殻が幾分割れやすくなったような気がする。  おそらくは今作と同じ理由で2001年に観て以来のあの映画に、再び挑戦してみようと思った。
[ブルーレイ(字幕)] 8点(2010-01-07 01:06:16)
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