1. カトマンズの男
半世紀前のフランス映画にこんなに力いっぱい振り切れたギャグシネマがあったとは。なんというか開いた口がふさがらないほどのはっちゃけぶり。海に落ちたベルモンド、なぜかクレーンで吊り上げられたと思ったら船の排気筒に突っ込まれて真っ黒け。コロコロコミックみたいだ。 そんな程度(失礼)のずっこけを撮りに本当にわざわざカトマンズへロケしに行く、その熱量には畏れ入ります。カトマンズはタイトルにあるけれどほんの少しの滞在のみ。むしろ香港の濃ゆい街が目に刺さって金と赤のハレーションを起こしそうです。 ウルスラ・アンドレス、当代きっての人気女優もよく走ってお馬鹿映画を盛り立てています。大笑いはできなかったけど、制作の熱さがひしひし伝わる映画でした。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2023-06-18 16:23:55) |
2. レッド・サン
《ネタバレ》 ネームだけで大迫力な面子。重量級の役者を揃えておいて、軽快な活劇に仕上げているのが素晴らしいですね。 三者それぞれがハマった役に収まってるんですよ、これは脚本の当て書きかと思うほどに。ドロンは小ずるい悪党顔だし、ブロンソンのやんちゃぶりに我らが三船の揺るぎ無さ。 外国人の侍観がよく分かる映画でもあります。武骨で己が信条を容易に覆さない。凛として清潔な三船演ずる黒田は外国人のみならず日本人も憧憬を抱くラストサムライでありました。 その黒田にゴーシュ殺害を翻意させるべくちょいちょいブロンソンが仕掛けるのが可笑しい。黒田の気配察知能力の鋭さにブーツ奪還し損ねて「この辺は蚊が多くて寝れやしない」とごまかしたり。剣術の見事さに圧倒され、じゃあ素手で、となっても体術でも容易く引っくり返されるガンマンの図。笑った。こんなに日本人にサービスしてもらえるとは思わなかった。 小競り合いしながら同行してきたリンクと黒田。男の友情がほとばしるラストは胸熱。泣けました。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2023-04-02 23:36:34)(良:1票) |
3. 夕陽のガンマン
《ネタバレ》 キャラが粒立っていて、台詞と演出が粋。ちょっと無理矢理感のあるストーリー展開でも、人物の魅力で引っ張って行ってくれます。 イーストウッドとリー・ヴァン・クリーフ、つかず離れずの二人。この頃はまだ若いイーストウッドがリーにヒヨッ子扱いされているのが微笑ましい。かのハットの撃ち合いで気持ちを測る場面は渋くて心ときめきますね。 なにしろ役者の顔が皆良いのでさしものイーストウッドもややかすみ気味。二枚目枠ならば立ち姿も素敵なリーに軍配が上がりますし、ならず者連中の脂ぎった悪人顔の群れったら迫力満点です。特筆すべきは何といってもクラウス・キンスキー。やはりあの顔は凄い。途中退場が惜しまれます。個人的にはこの映画での顔№1でありました。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2023-02-20 21:21:28)(良:1票) |
4. 大頭脳
やーまさかドリフその他のネタ元がフランス映画にあったとは知らなかったなあ。ベルモンドはじめ、そうそうたる豪華メンバーで送るまさかのナンセンスコメディ。もう後世作品で散々笑って消費してしまったよ・・残念、いつもコメディ作品で思うことだけどもリアルタイムで観てお腹を抱えて笑いたかった。能天気なベルモントとぼやきっぱなしのブールヴィルのバランスは泥棒コンビの黄金比としてすでに確立されていますね。偉大だなあ。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2023-02-19 23:28:03) |
5. 囚われの女
《ネタバレ》 性の劣等感からSで発出するしかない屈折しまくりの男とM指向を備えた女。倒錯というにはまだ上品な描写で安心?して観られます。前半、彼女が自我を見失いそうになって取り乱すあたりはちょっとハラハラしますけど。 スタン役のローラン・テルジェフがちょっとクセのある顔立ちで役柄に(失礼?ながら)ぴったりでした。しかしながらジョゼと思いが通じてからは変態道を極めるまでには行かず、じつに普通のさわやかカップル然としてしまったのにはがっかりでした。スタン、後半なんかうじうじ悩んじゃってるんだもんなあ。どうしたS変態じゃなかったのか。 のっけからリカちゃん(ではない)人形が全裸で弄ばれてたり、スタンの撮影部屋がザ・SM風味なオブジェと色彩で埋められていたりと雰囲気はちょっと息苦しいくらいの濃厚さがあります。そしてエリザベスの衣装が50年前にしてとても洗練されているのにはモード帝国フランスの凄みを感じました。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2022-06-30 22:53:29) |
6. 鉄道員(1956)
《ネタバレ》 頑固おやじに振り回される家族の情景。モノクロのしっとりとした質感とイタリアン美女に天使のような子どもの画でちょっと敷居が高くも感じますが、往年のテクニカラーを施して昭和感を出せば向田邦子脚本のドラマのような親しみやすさが一気に出ますねきっと。本質同じだもん。 親父はガンコで、でもそんなに強いわけではなくて。家庭を支えているのはしっかりした優しい母親の方で。そして幼い末っ子はいつも大人たちの秘密を知る立場で、「黙っていてね」と守秘義務を課せられる笑。結局筒抜けになっちゃうんですけども。 イタリア映画の人間ドラマによく見る「俯瞰した姿勢」が本作にも顕著で、人物らは状況を切り開こうと必死に動いたりしないです。なるようになるからね人生は、というスタンスが昔の日本映画の淡々とした味わいにも似ているなと感じます。 ガンコ親父を取り巻く環境は浮いたり沈んだり、ささやかな友人の思いやりが大きく周囲を感化して、ほっとする終幕に落ち着きます。優しい脚本に心なごみます。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2022-01-26 18:22:24)(良:1票) |
7. 暗殺のオペラ
《ネタバレ》 1ショットがどれもこれも名画のごとし。遠近画法のお手本にしたいような、見事な構図。木々の緑と石畳の白、女が生ける花束の強烈なオレンジ色。監督の美的センスが今作も炸裂していますが、ストーリーの方ははらんだ謎の緊迫度とか終幕の際の衝撃など「暗殺の森」の方が卓越していると思います。本作はやや抽象的ですもん。殴りに来た奴、小屋に閉じ込めた奴、どれもはっきりしないしラストシーンに至っては全部が幻だったかのような曖昧な幕切れです。 なにより「ええー?」と思ったのはアトス(父)が裏切り者だった、というネタバレ。そんな、そこは脚本的にもあくまで彼はヒーローであるべきでは? 仲間のおっさん(不思議と時代設定を無視して皆現在の姿で登場するのですね)にボコボコに殴られるアトス(父)はものすごくカッコ悪く、それまで構築してきたベルトルッチ美意識ワールドの世界観すら破壊したように感じたのですが。どっちらけ、ってやつです。アトス(父)が罪滅ぼしに提案したのが暗殺に見せかけた狂言、てのもちょっと理解に苦しむな。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2021-09-16 23:24:53) |
8. ジョン・ウィック:チャプター2
《ネタバレ》 ワタクシ史上、これまで観てきたアクション映画での死者数を大幅に更新しました。死にすぎ。しかも今回も念入りに殺すなあ。二発目三発目と撃ち込んで。これはサバイバルゲームの世界観まんまですよね。近年は(仮想空間で)人がばたばたと斃れるシーンに皆脳が慣れてしまってるんですね。映画の脚本に影響が及ぶのもむべなるかな。 現実にはもちろんのこと、ゲームであってもまあキアヌのようにやってのけるのはほぼ無理。互いに撃ち合っても仕留めるのはキアヌの方。彼の銃だけ連射速度がずば抜けて速いとしか思えません。あと体力がハンパなさ過ぎ。なにせ撃ち合いながら500mは走った後に揉みあって階段を200段近く転げ落ちたのち、取っ組み合いなどできましょうか。プロアスリートだってこの状況なら猫パンチを繰り出すのが精一杯ではないですかね。 しかしそこは伝説の殺し屋キアヌは出血を抑えながら次々襲い掛かる刺客らの腕を折り、首を鉛筆貫通させ死体の山を築くのだった。ああ痛たたた。 1作目よりドラマ性はぐっと減り、より「スタイリッシュに人を殺す」画ヅラとなっております。良くも悪くもすごく今風。数十年後にはどういう評価をされるのかな。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2020-10-22 15:15:18) |
9. 君の名前で僕を呼んで
《ネタバレ》 陽光に輝く木々の緑や、石造りの街並みの美しいこと。美形の俳優二名によるラブ・ストーリーは美的センスに関しては非の打ちどころのない小品に仕上がっています。 相手への思慕が止めようもなく溢れ出て、文字通り悶え悩むティモシー・シャラメの繊細な演技は印象的でした。彼はさほど表情筋を使わないのだけど、全身を使って表現を行う役者さんですね。ピアノをふざけた時の大袈裟な腕の振りとか、面倒な来客の際に見せるおどけたステップとか。そしてオリバーを想う時の苦しそうな寝返り。 悲恋の範疇に入るのかもですが、ゲイ・カップルの話にしては、障害の極めて少ないケースでした。かつて見てきた同性愛モノにつきものだった「迫害」がほとんど無いです。なんと両親も公認、さらに驚異的なことに気晴らしにぞんざいに付き合った女友達まで許してくれるとは。ばれたら最後、社会からリンチすら受けかねないとか、家族からの絶望的な目つきとか、そういうヒリついた状況下のゲイストーリーばかり聞いてきたのでこの作品の甘いことにはとても驚きました。もっとも、どんな恋愛パターンでもそうですが周囲からの抵抗値が高い方が、お話が強く激しく輝くような気もしますが。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2020-02-05 17:49:57)(良:1票) |
10. 穴(1960)
《ネタバレ》 なんとかっこ良い映画だろう。一コマ一コマに無駄が無く寡黙にきびきび人物紹介を済ませ、隙の無い脱獄計画を行う。モノクロが映えるパリの巨大地下空間の画も圧倒的。縦横無限につながる通路、トンネルに吸い込まれ小さくなってゆく灯り。地図が作成不可と言われるほどの巨大な異空間が舞台装置として満点。 そしてつくづくと「脱獄に必要なのは根気と丁寧さ」を思い知らされる長ーい固定カメラ。コンクリの壁を破る、鉄柵をヤスリで切る。ひとつひとつの作業をじっと見守るかのように画を動かさない。この我慢強いことは他の脱獄モノの追随を許さない。 ことごとく「しっかり描き切る」んですよね。差し入れの品を検品する場面も然り、散った土砂を刷毛できれいに清める場面然り。外した扉をはめ直す時はがしゃん、と心棒がはまるまでちゃんとやる。熱量の高い描写に、絡め取られるように酔ってしまいそう。 隣の房から反対側の房へと物品を受け渡しする、あそこも鮮やかだったなあ。 各キャラクターの性格も五人それぞれが見事に描き分けられており、だからこそ観てる者はラストにやられてしまうのですね。誰に、ってガスパールに。リーダーのマチュー、ねえやっぱり新人は引き入れるべきではなかったのだよ。完璧に進んでいた脱獄計画。ただ一つの穴が新入りの彼だった。でも、四人の仲間も我々も「ガスパールを入れてやれよ」って思ってたんだ。あの衝撃のラストまでは。 ガスパールは見るからに誠実な好青年。差し入れられた食料も気前良く皆と分かち合い、育ちの良さが滲み出る。 だけど、観客はラストシーンを経てから思い至る。そんなに良い奴だったか?と。相続した財産を使い果たした後は金持ち女のヒモになり、あげく義妹に手を出す奴。痴話げんかの末に刑務所行き。ふと頭をよぎるは所長と面談した時の金のライター。エンドロールを観ながらワタシは叫んでしまった。あああれは袖の下だったのか・・。しょてから抜かりなく権力に取り入ってたなんて。ラストで冒頭の伏線を回収するなんて・・! 脚本も画も役者もなにもかもが凄い。半世紀以上も前にフレンチノワールは完成しているのだなあ。 [CS・衛星(字幕)] 10点(2019-11-02 15:20:56)(良:2票) |
11. 沈黙 ーサイレンスー(2016)
原作未読なのですが、ああこれはむごい場面に耐えなきゃならない映画だろうなあとの予想通り、迫害される切支丹たちの姿がてんこ盛りの中盤までの長いこと。つらい。 空気ががらりと変わってくるのは中盤以降。イッセー尾形演じるイノウエ様の意外や滋味溢れる人格や、役人のくせに私情をだだ漏れさせる浅野忠信の人間味が観る者にじわじわと来ます。そして真打ちリーアム・ニーソン登場への展開はまさに一気呵成、流れるような脚本力でした。 私が瞠目したのは日本人の生来の信仰概念を西洋人のそれと比較し、違いを指摘してみせたフェレイラ神父の分析力です。信仰という一筋縄では解析できない難解な心のありようを説明する、その言葉に説得力を持たせるには苦悩が知的に顔に刻まれた役者L.ニーソンでなくてはならなかった。ほんとそう思いました。着物も似合ってましたし。 そして特筆すべきことに、外国人監督による日本舞台の作品でありながら本作は目に違和感を覚えることが一切ありませんでした。西洋人のフィルターを通したばかりに細かいところで突っ込みを入れたくなる作品がごまんと存在しますが、スコセッシ監督は井上の屋敷においても上座を一段高く上げて床の間の壁を真っ赤にしつらえ、でかい甲冑を置くなどというミステイクはしませんでした。百姓らの着衣、町人の風俗、小物、街並。とりあえず私の日本史認識レベルでは「これはどこの国だ」というストレスを感じず観賞することができたのは、大変ありがたいことでした。 音楽を排し、せみの声や波音だけを耳に残すことで静寂を感じさせる。日本の情感を丁寧に表現した監督に敬意を表します。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2019-03-30 12:37:31)(良:1票) |
12. 情事(1960)
《ネタバレ》 冒頭の、令嬢行方不明事件を追い続けて観ていると酷い目にあいます。私は酷い目にあいました。この作品てミステリーの範疇に入るのか・・。”ミステリー”てそっちか。人の心のわからなさ、を指すのか。 とかく直列思考のワタシにとっては冗長とも感じる長い中盤がなかなかの苦痛でした。モニカ・ヴィッティの絶世の美貌がなければ観続けることができたかどうか。 美術画を思わせるようなカット、奥行きのある構図等、美的偏差値が高いのはわかるんだけども、芸術って飽きちゃうんだよなあ。いやアンナどこ行った。 現恋人の友人に目移りしたり、かと思えばまた別の女に手を出す。いかにもイタリア人気質のこの男の役はマストロヤンニクラスの愛嬌と深みがあってこそ、ラストの女の「しょーがないわねまったく」的な裁量を引き出せるのです。しかしガブリエレ・フェルゼッティではそこまで魅力的ではなかったなあ。にやけた中年オヤジにしか見えなくて。オメーが泣くんじゃないよ。ほんとある意味驚天動地のエンディングでした。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2018-12-08 15:41:29) |
13. 木靴の樹
ほんの100年ほど前の、イタリアの寒村での名も無き人々の暮らし。土地を耕し家畜を世話し、子供を育て、祈りながら肩寄せ合って日々を送る。車も電気の恩恵も無縁の時代に生きた人たちを見ていると、歴史というのは大きな事件だけで作られているのではないのだなあとつくづく思う。無数の、彼らのような庶民・農民たちによって育まれた生活を受け継いで今の我々は生きている。 働くだけで一杯の日常だけど、人は恋をするし年に一度は華やかなカーニバルもやってくる。より貧しい恵まれぬ人には祈りと共に施しをし、物売りの行商人との丁々発止の掛け合いは生活者のたくましさも感じる。 先人の生きた足跡をあふれる情操で再現したパルムドール受賞作。全体通してシビアなタッチなので、心楽しくはならないのですが、苦く辛いラストを含め”人間が生きること”に圧倒された180分でありました。 [CS・衛星(字幕)] 9点(2018-11-15 20:18:10)(良:1票) |
14. シンプルメン
《ネタバレ》 私は映画雑食なので、インディーズにアレルギーは無いです。ジャームッシュやソダーバーグらのおっそろしく地味な卒業作品も、面白いと思いました。 でもハル・ハートリーの本作、これは相性が合わなかったみたいだ。インディーズってそもそも自分のセンス全開で「わかる奴にだけわかってもらえば良い」というスタンスだから、つまりハートリー氏とは感性が合わないんだろうな。 途中で出会う鼻ピアス女子高生の存在、意味がわからない。何人かの登場人物がぶつぶつと単語を繰り返すその意味も。 へんてこなダンスシーンは奇妙ではありますけど、いかにも非営利、アート感、ザ・インディーズな作り手の過剰な自意識がすごくうるさい。 すぐ手を上げる女性らが、やたらと乱暴なのも嫌です。 当初の目的の父親探しが達成されてもびっくりするくらいアクションが何も無いんですね。人物らのちょっとした「間」を読ませるといったジャームッシュ的な技巧もないですし、もうどうにも退屈してしまいました。 [CS・衛星(字幕)] 3点(2018-08-05 16:35:22) |
15. ぼくの伯父さん
洒脱で軽快さがいかにもフランスぽいコメディ。チャップリンとの大きな違いは、全編に彩られたオシャレな空気。パリの下町の建物の美しさ、色彩の綺麗なこと。目を楽しませてくれることにかけては、世界一の喜劇王の一連の作品よりも上手です。ヘンテコなモダニズムの極みみたいな社長の家すらアート感炸裂。笑わそうという目的が美術と一致するとは凄い。 ふわふわと他愛のない、いわば新聞の4コマ漫画が次々と展開されている感覚です。”超短編”の連続なので、3割ほど内容カットしても良かったかも。飽きなくて。 親子一緒にイタズラをしかけた体になるラスト、あそこは本当に良かった。伯父さんの置き土産ですね。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2018-05-28 17:02:30) |
16. かくも長き不在
《ネタバレ》 静かな映画である。1960年、パリ。スマホはおろかFAXだって無い、今よりずっと社会全体がゆっくりだった時代。さらに季節はバカンスを迎えて通りに人がいなくなり、静まり返った日常にふいと現われた行方不明の夫。 妻は一人必死に記憶を呼び覚まそうと奮闘する。性急にならぬよう、自制しながら。レコード音楽がゆるゆると流れ、妻の激しい一念とは裏腹に、何もかもがスローにおっとりと描写される。1カット固定でじっとしているシーンも多いし、オペラを一曲聴かされるのも退屈で苦痛に感じる人もいるだろう。 だけど、それまでのどっちつかずのもやっとした空気がラストシーンで一変するのだ。妻の努力が、周囲の気遣いが無に帰すあの瞬間。どんなに必死に思いをかけても、彼の脳裏に甦るのは収容所での苛酷な記憶なのだ。 かくもかくも、その不在の長きことに胸を衝かれる、非情のラストなのでありました。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2017-12-18 23:45:52) |
17. 家(1976)
《ネタバレ》 家そのものに意志があって、悪魔さながらのダークパワーで住む者の生気と引き換えにぴかぴかとリニューアルしていくなんて我が民族には無い発想だなあと思う。家を大事にするアメリカっぽい。日本のオバケ屋敷は廃屋が基本だよ。 映像技術がさほどではない製作年代ですから、画づらでびっくりさせるというよりメンタルにじわじわくる脅かし方をしてきます。 お父さんは憑依されて子どもをいじめたり、かつてのサイレントの可憐なスターであるリリアン・ギッシュを悶絶死させたり、かなり気分悪いです。 現代コードではたぶん子供を酷い目に遭わせない事、となっていると思うんだけどこの時代では12歳の男の子まできっちりと餌食になります。後味の悪さは相当なものです。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2017-10-02 23:53:58) |
18. あしたのパスタはアルデンテ
《ネタバレ》 市井の人々の人生を見守る視線の温かい、イタリア映画の真骨頂。喜劇なので身構えなくても大丈夫。 まあなんと全員キャラの立っていることか。人数はけっこうたくさん出てくるけど、まず見間違えることも忘れることもないアクの強さである。工場経営主の跡取り長男が投下した爆弾発言に卒倒するほど取り乱す父親。しかし実はそれ以上に出し抜かれたショックの強い次男坊、とオモテと裏の問題二本立ての創業家。お家騒動は笑って観ていられますね他人だから。 お父さんはやりすぎなほどコミカル。遊びに来たゲイの友人ご一同のくだりは抱腹絶倒。筋肉隆々のメンズ5名と女の子1人がビーチで戯れる。しかし彼女は絶対的に「安全」でありまして、なんだこの珍しいシチュエーション。 あはは、と笑って観ているさなかに、時折ちょっぴりほろ苦い感情も挟まります。彼女が共同経営者の次男に寄せる決して叶わない想いであるとか、ほんとの恋を諦めたお婆ちゃんの昔のエピソードとか。このあたりは人間観察力の優れたイタリア映画ならでは。 過去から現実へと時間がキレイにスライドするラストシーンは見事でした。 タフでめげない、愛のある人たちから元気がもらえる映画です。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2016-11-13 00:30:28)(良:2票) |
19. イル・ポスティーノ
《ネタバレ》 イタリア映画の、何者でもない人たちの人生を語る、その訥々とした語り口が好き。出てくる人たちは皆普通の、生活はちょっと苦しくて、でも基本善良で恋したり瑣末な人間関係に悩んだりして生きている。おんなじだ、私らと。 主人公もまた、一人の郵便配達人で何ということの無い人生を送るはずが 世界的に著名な詩人と出会って共産の思想や詩の世界に触れてちょっとだけベクトルが変わる。 人との出会い、その化学反応が彼の人生の終焉にまで影響したのだと観る側は衝撃を伴って知らされるけれど、ドラマチックに盛り上げる演出は一切無くて終始映像は穏やかなままだ。美しい地中海の寄せては返す波のように、繰り返し日々は過ぎてゆく。この穏やかさがラストのショックの緩和剤になっている。 何かをどーんと訴えてくる種の映画ではないけれど、人間を愛おしさでくるんだような大切な一品。思い出すと泣けてくる。 [DVD(字幕)] 8点(2016-09-06 00:24:54) |
20. グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札
《ネタバレ》 グレース・ケリーという一国のプリンセスとなった伝説の美人女優を演じるとしたら、やはり当代ではN・キッドマンしかいないでしょう。クール・ビューティな顔立ちや品のある佇まいなど、良く似ていると思います個人的には。 公妃の美貌を強調すべく、大変麗しく撮られているニコールであります。この人を見るといつもとりあえず綺麗だなあと思うのですが、本作では主人公は美人女優であることが肝になってますからそれはもう美しいこと美しいこと。特に相対する仏軍に差し入れに向かった妃は、彼女ならではの戦闘服姿でありまして神々しいばかりの華麗さ。その場の全員が息を呑む、まさに「The 女優」の圧巻の存在感でありました。 私人グレースの公国における迷い、悩みを織り交ぜて彼女の人生を描こうとしたのでしょうが、政治謀略話の筋書きが関わり過ぎてしまって、焦点がぼやけてしまいました。まさかドゴールがパーティでの女優の演説に心動かされて政治方針を変えたわけではありますまい。国の情勢に公妃が深く関与したかのような描写にはやや違和感を覚えます。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2016-09-01 00:31:18)(良:1票) |