841. ベイビー・ドライバー
主人公が音楽を聴いてるだけで、実際には歌わない、口パクだけのミュージカル。その音楽に乗って、カーアクションがテンポよく繰り広げられます。主人公は銀行強盗をクルマに乗せて逃がすだけの仕事なので、強盗シーンなども描写が省略され、とにかくテンポよく進みます。コインランドリーの洗濯物たちも、映画の中で踊ってる。 ただ、次に狙う郵便局へ下見に行くシーンでは、沢山の監視カメラが映されたりするものの、主人公と一緒に下見に行った少年に瞬時に状況を把握させることで、下見シーンを大幅に省略してしまう。確かにテンポはいいけれど、さすがにちょっと、味気ない。映画でちゃんと描写されない警備なんて、あって無いようなもの。観てて、どうでもよくなってきちゃう。 おそらくは、後半、主人公の彼女が事件に巻き込まれてしまうのか・・・という部分を中心に描かんがために、他の部分を省略しているのかも知れないけれど、それにしては、ここに至ってなお、もうひとつハラハラさせてくれないのは、どうしたもんだか。 あと、アクションを音楽とシンクロさせるのはいいけれど、銃撃戦の銃声まで音楽に乗せると、ここまでシラけるものか、というのは、ちょっとした発見でした。銃撃戦が台無し、といっても過言ではないですな。思えば、チャイコフスキーが「1812年」においてラ・マルセイエーズとともに大砲を鳴らす場面で、4拍子の音楽に3拍ごとの砲声を重ねたのは、さすがというべきか。 [地上波(吹替)] 6点(2020-10-04 15:16:11) |
842. 極道の妻たち 最後の戦い
《ネタバレ》 岩下志麻の関西弁がヘンだ、という声がどうしても出てくるんですけれど、そして実際、一作目の時はどうしてもそういう印象を持ってしまうんですけれど。しかし、彼女が主演に復帰した、このシリーズ第4作。やっぱりみんな、この独特の関西弁を、待ってたんじゃないの?と思えてくる。 この不思議なイントネーションで発せられるセリフは、彼女がいくら演技しようと、無感情なセリフと化してしまうのですが、そもそも彼女が演じるこの姐さんに、常人の持つ感情など不要。彼女には常に迷いがなく、常に自分がこれからすべきことを熟知している。まさに、極道界における神のような存在ですな。 夫役の小林稔侍は、刑務所に入っている間こそ、まるで鶴田浩二のような趣きを感じさせるのに、娑婆に出てくると二流、三流感が出てきて、これもいかにも小林稔侍らしい、というか。 かたせ梨乃は、ええと、これは、一体どういうイメージなんですかね。ははは。迷彩服って・・・。 岩下志麻が刀を自分の足の甲に突き刺す場面は、名シーンと言っていいでしょう。抜き身の刀を突きつける小林稔侍、その彼とのやり取りが上半身の動きで描かれる中で、突如、刃が足元に向かう意外性と、その衝撃。 ただ、足を大怪我しちゃったもんで、肝心のクライマックスで動きが悪くなっちゃう、という代償を払うことになりましたが。 ラストシーンでは(なぜか)背後から警官隊に乱射され、これはクライマックスで活躍できなかったお詫び、ということでしょうか。 [CS・衛星(邦画)] 6点(2020-10-04 14:40:41) |
843. 依頼人(1994)
《ネタバレ》 少年が森の中で、今にも自殺しようとしているオッサンと出くわし、マフィアが上院議員を殺してその死体をどこに隠したかを聞いてしまう。この冒頭のサスペンスとヤな感じに満ちた演出で、いきなり、我々を映画に引きこんでくれます。このシーンに限らず、子供の視点が、映画にうまく生かされています。 で、少年が死体のありかを知っているらしい事にFBIが気づき、何とか少年に喋らせようとするものの、話せば家族にマフィアの魔の手が及ぶ恐れがあり、少年は女性弁護士の元を訪れる。 なんでこんなにFBIが悪役にされて邪険にされなきゃいかんのか、ってなトコロでもあるのですが、なにせそれを演じているのがトミー・リー・ジョーンズとかJ・T・ウォルシュとか、いかにもコワそうなオジサンたちで、そのコワそうなオジサンたちが和気あいあい捜査をしているのを見ると、さらにコワそうに見える。もうこれだけで、邪険にされるには充分でしょう。 スーザン・サランドン演じる弁護士も、優秀さ一点張りではなく、彼女なりの暗い過去を持っていたりして少年とのやりとりにドラマをもたせ、彼女と少年、なかなか絶妙の凸凹コンビぶり。 死体を探しに少年がボートハウスに侵入すると、どういうワケかドアの内側に南京錠が掛かっていて、オイオイ何のためのカギだよ、誰がどうやってこのカギをかけたんだよ、ってなトコロでもあるのですが、これ以上に「内側から鍵がかかっていること」を一目瞭然に我々にわからせる演出は無いワケで、だからきっと、これで、いいんです。 ラストもちょっと粋で、いいですね。 [CS・衛星(吹替)] 7点(2020-10-03 17:51:24) |
844. アパッチの怒り
なんでも、もともと3D映画として作られたとかで、なるほど、だからやたらと岩だのナイフだのがカメラに向かって投げつけられるワケですな。 白人の価値観を受け入れ、白人と融和を図るのが良い先住民だ、という物語自体が、製作当時の時代の限界と言えばそうなのかも知れないけれど、はたまた白人の俳優が肌の色を塗って先住民の役をやるというのも時代の限界なのかも知れないけれど、それにしても、ロック・ハドソンが妙にこの役にハマってます。やや白人に都合のよい人物像とは言え、異文化の存在らしい得体の知れなさはしっかり感じさせるし、無表情かつ精悍な顔立ちが、意志の強さを感じさせもします。やはりここには確かに、先住民側からの視点で描いただけのことはある、新たな世界が広がっています。 アクションも、岩場を転がり落ちるような危険なスタントもあったりして、しっかり見せ場を作ってます。無理に3Dにしなくても、充分ですな。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2020-10-03 17:23:09) |
845. 片目のジャック
かつてマーロン・ブランドとカール・マルデンが銀行強盗を働き、マーロン・ブランドのみが取っ捕まって、カール・マルデンは彼を見捨てて逃亡した。数年後、マーロン・ブランドは脱獄するが、向かった先で出会ったカール・マルデンは、保安官となっており、妻と義理の娘との3人で幸せに暮らしていました、というオハナシ。 だったらそれでいいやんか、何で結局モメてしまうのか、いまいちよくワカランような気もするけれど、よくワカランから面白い、ような気もします。 で、さらにマルデンの義理の娘とマーロン・ブランドが恋仲になってしまう、というドラマ展開。なんだかこうなってくると、西部劇というより、古代ローマとかを舞台にした史劇でも見ているような気分になってくる(ついでに「ムチ打ちの刑」なんてのが出てくるから、さらにその気分に輪をかける)。 この物語の題材が、西部劇に向いているのか、どうなのか。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2020-10-03 17:00:47) |
846. 絶唱(1975)
《ネタバレ》 いや~それにしてもまさか、ラストのあの土壇場で、山口百恵が生き返るとは。ってのは大ウソですスミマセン。あそこで生き返ったんじゃ、完全にゾンビです。 最初からいきなり「身分を超えた純愛」が炸裂して、歯の浮くセリフのオンパレード。ラブラブなのはいいけれど、さすがに観る側はそこまでテンション上げられないので、ちと、ついていけない。 だけど、その二人を待ち受ける困難こそが、本編で描かれる物語なので、冒頭はガンガン進めないといけない、らしい。ま、三浦友和&山口百恵ペアなもんだから、いきさつ等を多少端折っても、二人がラブラブなんだということは一応、理解できますけれども。 三浦友和の出木杉クンぶりが目に眩しいですが、それ以上に、人懐っこい表情で好青年ぶりを発揮する大和田伸也、じゃなくって獏、じゃなかったやっぱり伸也、がさらに目に眩しい。 戦時下が舞台ということで、後半は三浦友和が出征し、二人は離れ離れに。山口百恵は相変わらずイモっぽいのですが、途中から病に犯され、体が弱ってくると、だんだんキレイに見えてくる、気がする。のはいいけれど、終盤、彼女の顔面ドアップの連続でドラマを乗り切ろう、ってのは、さすがに苦しいか。 いまわの際に、ついに三浦友和が復員して帰宅する(いつのまにか戦争が終わっているのだけど、劇中にはこれという描写もなく、終戦の事実のみが我々に伝えられる)。海岸の方から歩いて帰ってきたようだけど、まさか日本まで泳いで帰ってきたのか?ってのはどうでもいいんですけど、とにかく彼の帰宅とともに山口百恵は世を去る。そして、何となく映画の尺が余ってしまう。余ったわけじゃないのかもしれないけれど、何だかこの後、蛇足気味に映画が続いてしまい、もうひとつ、締まらない印象。そりゃま、ラストはどうしても、あの場所で終わらないといけないんだろうけど。 あと数分、映画が続いたら、ホントに山口百恵が生き返ってしまったのではなかろうか。 [CS・衛星(邦画)] 5点(2020-10-03 16:29:15) |
847. 探偵物語(1983)
この映画の前年くらいから日本はアイドルブームの様相を呈していて、そんな中、当時小学生の私でも「だからといって、無理して若手女優が歌わなくてもいいやんか」と思わされるものがあったのが、当然ながら、薬師丸ひろ子と原田知世だった訳で。薬師丸はすでに「セーラー服と機関銃」のヒット曲があったとは言え、二人とも、およそプロの歌手とは言えなさそうな素朴過ぎる歌声。アイドルオーラの無さ、みたいなものが子供心にもヒシヒシと伝わったのでした。 とは言え、この素朴な歌声に、素朴なメロディが、耳の奥にこびり付いていまだに離れない。本作では映画の最後を待たずして事件が解決してしまい、終盤は薬師丸と松田優作との不器用なラブロマンスになって、そこにあの懐かしき歌声が流れてくると、なかなかグッとくるものがあります。 「工藤ちゃん」のTVドラマと同タイトルなのが紛らわしいっちゃあ紛らわしいけれど、本作における松田優作は、どこか影の薄い、不器用で冴えない男を演じていて、影の薄さがかえって印象に残る、という役どころ。彼はこの数年後に他界して今では息子たちが活躍する時代となり、薬師丸は「ちゃんりんちゃん」とか言ってる間にすっかりオバチャンになってしまったけど、そんな二人の当時の姿をそっとカメラに収めていて、感慨深いものがあります。何しろ、このアイドル映画とは一線を画す、この雰囲気。カメラは、主演女優の顔、表情を追い回すのではなく、遠いところから二人をそっと見守るように、その姿を捉えています。 起こっているのは殺人という大きな事件、ではあるけれど、はたまたヤクザも絡んできて危機一髪、ではあるのだけれど、あくまで静かで素朴で、どこか物悲しい。 薬師丸ひろ子が二階の窓へ這い上がったり、柵を乗り越えたり、と、精一杯体を動かして活躍して見せるけれど、なぜかこれが「活発な女性」というイメージに繋がらず、あくまでどこか頼りなく、そしてまたそれが映画の雰囲気に合っていて。 要するに、赤川次郎らしくない作品になったのがよかった、ってことなんだろうか。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2020-10-03 05:33:05) |
848. 助太刀屋助六
映画において、あまり構図がキマり過ぎるのも、機械的な感じがしてきてちょっと居心地が悪くなるもの。だけど本作はむしろその路線をとことん突っ走って、大いに遊んでいる、という印象。真田サンもひときわ大仰な演技でその路線に乗っかって、なかなかに愉快な世界を繰り広げてくれます。 最初の方は、陰気で不気味ですらある岸田今日子のナレーションとか(本人は普通にしゃべってるだけだと思うが)、棺桶屋の小林桂樹が何度も槌で指を打ってしまうシツコさとか、少々まどろっこしいところもあるけれど、心配ご無用、物語は次第にテンポを上げ、またテンポが上がるに従い、これが絶望的な復讐譚なのか、単なるオチャラケのオハナシなのか、よくワカラなくなってくる。そして、ワカラなかろうが何だろうが、突っ走り出したらもう止まらない。 だいたい、「助太刀屋」って一体何なんだか、他人の仇討ちの助っ人が専門、というのも随分ヒネた話だけれど、いよいよ自分が仇討ちをする段になってもまだ、「助太刀」を言い訳にしないと動けない、ってのがさらにヒネていて。ラストでもまた軽くいなされてしまう、つかみどころの無さが、スピード感と相俟って心地いい。 90分弱の、そんな小品。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2020-09-24 21:01:58) |
849. 12人の優しい日本人
『十二人の怒れる男』に敬意を払いつつも、ミステリとして見れば、いかにも予定調和で素朴過ぎるだろう、と言わんばかりに、二転三転、ツイストを加えまくった陪審員劇となっています。 そもそも、鬱陶しい人物を12人も集めて、ひたすら鬱陶しいやり取りを繰り広げさせたら、それだけで面白い劇になるだろう、という読みは、確かにその通りで、確かに「ああ、鬱陶しいなあ」と思いながら、ズルズル引き込まれてしまう。バカミス風のアイデアも様々に盛り込まれて。 ただ、こういう、一つの部屋を舞台に延々と繰り広げられる会話劇、光景が大きく変わらない以上、撮り方にも相当に神経を使う必要が出てくる。何を撮りたいのかよくわからないような気の抜けたショットが混じってしまった途端、ガックリきてしまうのも、事実。 1957年の映画が96分にまとめられていたのに対し、こちらは内容が膨らんだ分、尺も長くなって116分。傷も、多くなりがち。 密室劇で緊張感を貫くって、やっぱり難易度高いですね。 [CS・衛星(邦画)] 6点(2020-09-22 21:15:50) |
850. 病院坂の首縊りの家
冒頭からヨコミゾ先生が登場(一緒に出てるのは、本物の奥様なのか?)、たどたどしいながらもセリフの多い役をこなし、いやもしかして、最終的にこのヒトが犯人だったりして、とちょっと警戒、まではしないけど(ところでここは、本物のご自宅なのか?) 事件の背景とか動機とかに関して言うと、あおい輝彦の存在が(顔も)ワケわからんような気がしつつ、それでも作品自体は、ほどほどに錯綜し、ほどほどにわかりやすく、意外にうまくまとまっているように思われます。勿論、ミステリとしては、原作自体が面白すぎる上にギミックにも事欠かない『犬神家の一族』と比べると、地味な印象は拭えませんが、趣きある古い日本家屋の中で、時に動きのあるシーンを織り込んだりして、映画としての魅力は決して負けていないのではないか、と。 というより、凝った映像を作ろうにもやりつくした感があって、犬神家で見たようなシーン(町を歩く二人を上から捉えたカメラとか)の蒸し返しが、ちょっとパロディみたいな可笑しさにも繋がっていたりして。 舞台となっている古い町並みも風情がありますが、肝心の「病院坂」だけが妙に都会。この坂をロケで使いたいのなら、そもそも田舎を舞台にしなきゃいいのに・・・と思わんでもないけど、やっぱり古い町並みは、このシリーズによく似合う。だから、我慢しよう。 桜田ズン子は重要な役どころでなかなかの熱演。だけどそれにもまして、草刈正雄のこの自由奔放過ぎる演技は、一体何なんだろう、と。ホントいい度胸してると思います。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2020-09-22 20:33:43) |
851. TENET テネット
《ネタバレ》 「人が食事をしているシーン」を逆再生すると何だかグロテスクな光景になるけれど、それではすでに充分グロテスクな「人が排泄しているシーン」を逆再生すると逆にグロテスクではなくなるのか、というとそんな事はなくって、おそらく数倍グロテスクになっちゃうのであろう。これは大変不思議なコトだ。と一瞬思ったけど実はそんな事もなくって、要するにウンコとはそういうものなんだ。 ってな事はこの映画とは何の関係もないけれど、アクションシーンを単純に逆再生にしただけで、そこそこ面白いシーンに化ける、というのが意外な盲点で、それを大真面目に全面的に取り上げた、ありそうで無かったタイプの作品、と言えるかとは思います。 ただ、これはもう誰もが感じる通り、ストーリーの提示の仕方は、不必要なまでにゴチャゴチャしてます。最後まで観たら、正直、そんな大したオハナシではなかった、という気もするのですが。物語の収束点が予想以上にショボい。 ゴチャゴチャしてる中に、さらに謎の逆再生アクションシーンが挿入されると、もはや何が何やら、という事になりかねないけれど、後半、主人公自身が時間の逆行に身を投じることで、謎のシーンだったものの背景が解き明かされていく。というシステムなワケですが、過去の「?」なシーンに対する納得感とそれに伴うワクワク感、で言うなら、例えば『カメラを止めるな!』などの方がよほど成功していると思います。本作は、後半、いくらオハナシを単純化しても、最後までゴチャゴチャしてて野暮ったい。 「反物質は時間を逆行しており、物質とぶつかると対消滅する」などというブルーバックス的なネタも取り入れられているけれど、特にサスペンスにはつながらず、大した効果を上げていないし。 とは言え、まあ、逆再生というバカバカしくも魅力的な映像を武器にしつつ、こうやって多少イライラさせるようなものを我々にぶつけてくる、というのも、貴重と言えば貴重。しかも新型コロナウィルスの影響で大作の延期が続く中での公開。心意気だけは買いたいですね(←映画自体は買わくていいのか?) 冒頭のコンサート会場のシーンで、オーケストラがチューニングらしからぬ音を立てていて、不安を誘う一種のBGMのような効果を上げています。それ以外の音楽は、何だか、ヘンだったけど。 [映画館(字幕)] 6点(2020-09-20 04:55:11) |
852. イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密
《ネタバレ》 映画のラストでは、チューリングの悲劇的な死は直接描かれず、書類を燃やす映像に重ねられるテロップでのみ示されます。 勿論、書類が焼かれているのは、直接的な理由としては「用済みの極秘書類だから」ではあるのですが、それにとどまらず、このシーンには独特の楽しさと果敢無さが漂っています。一つの大きな仕事を成し遂げた後の、ひっそりとした有終の美。「個人的なお祭り」とでもいいますか、ちょっとキャンプファイヤーみたいなイメージから来る楽しさ。しかしその一方で、この映像にはナチスの焚書のようなイメージも感じられて。後にチューリングが同性愛を理由として社会的に抹殺されたように、ここでは彼の業績が、燃え盛る炎の中で消されていく、という果敢無さと哀しみ。 アラン・チューリング個人をコンピュータの始祖みたいに言うのが適切なのかどうかはちょっとわかりませんけれども、チューリングと言うと、ゲーデルの不完全性定理の「後日談」的に紹介される、チューリングマシンの停止問題(ゲーデルが因数分解の一意性を用いてあらゆる命題をゲーデル数に置き換え、対角線論法によって不完全性定理を証明したように、チューリングは対角線論法により、計算機が計算を完了しうるか否かを完璧に判定することはできない、ということを示した・・・超曖昧でテキトーな理解です、間違ってたらゴメンナサイ)、あるいは、AIの注目度が高まってる昨今では、チューリング・テストなどによって、名前を耳にする機会がありますが、我々庶民からすると、浮世離れしてて、どうもピンと来ない。 しかし実は、浮世離れどころか、我々の今があるのももしかしたら、彼の抹殺され(かけ)た業績、戦時中の暗号解読のお陰かもしれないのだよ、というオハナシ。これとは別途、暗号解読されまくって大勢の命が失われた日本の立場からすると、複雑な気持ちも無いでは無いけれど、それはともかく。 主人公を無闇に美化したり逆に過度にエキセントリックに描いたりすることなく、ちょっと風変わりで周囲になかなか溶け込めない人物の、いわば「居場所探し」みたいな物語として、映画は彼を描いています。しかし、戦時中に自分の居場所を見つけた彼、社会もまたその才能に多くを負ったはずの彼を、戦後、社会の一方的な価値観が追い詰めることになる、という皮肉。 映画は、子供時代、戦時中、戦後の時間軸を行き来して描いており、見てて混乱するという程ではないにしても、戦時中と戦後とはもう少しうまく描き分けて欲しかった気もするんですけどね。しかしこの構成自体は対比として効果を上げており、見応えのある力作、であることは確かだと思います。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2020-09-14 09:19:52)(良:1票) |
853. マンハント(2017)
子供の頃、街で見かけるハトはどうして皆、ハト色をしていて、手品で見かけるような真っ白なヤツがいないんだろう、とか思ってたけど(だからちょっと白っぽいヤツを見かけただけで、妙に嬉しくなった)、なるほど、あの頃はまだジョン・ウーが日本でロケ撮影してなかったから、なんだな。 という訳で、『君よ憤怒の河を渉れ』をジョンウー・カラーで染め上げ、さらにはその上から福山カラーで染めまくった、謎の怪作がコレ。ストーリーに関係なく、無理やりアクションを挿入し、無理やりハト小屋をぶっ壊す。敵が唐突に襲ってくる上に、福山雅治も唐突に現れて大乱戦。 『君よ憤怒の河を渉れ』と言えば高倉健、高倉健と言えばブラックレイン、ブラックレインと言えば大阪。という事なのかどうかは知りませんが、大阪らしいテキトーさのお陰で、堂島川?土佐堀川?での水上バイクチェイスとか、大阪上本町駅での大立ち回りとか、なかなかエグいロケが敢行されています。 一方で、ハルカスからの眺めなども、なかなか悪くないですな。 國村隼率いる天神製薬。いやこんな楽しそうな企業、日本に無いでしょ。でももしももしもバブルが崩壊してなかったら、やっぱり日本はこんな企業だらけになってたんだろうか。惜しい事をした。 で、それはともかく、映画の中身ですが・・・これがもう、ワケがわかりません。いやワカランことは無いけど、すべてにおいて繋がりが悪い。単発。作り手もどこか「やりたいことだけ押し込めたら、それでいいや」と割り切ってるみたいな気が。 チャン・ハンユーと福山雅治のダブル主演、と言いながら、どちらも物語の中心にいない、どこが中心かよくワカラン映画、でした。 ところで、終盤近くで流れる音楽は、プッチーニの「トゥーランドット」第3幕ですね。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2020-09-13 16:12:51) |
854. 空手バカ一代
マス大山の半生を描くシリーズ第3弾(他は見てないけど。スミマセン)。 これが実話ってんだから、スゴイよね。だなどと思う人がいる訳もなく、まあ、ムチャクチャです。 まずは、冒頭の道場破りの場面から、千葉チャン空手が炸裂しまくり。さらには沖縄に渡って、プロレスとの異種格闘技戦。プロレス技が決まるたびに技の名前がテロップで出る、という親切設計で、プロレスを知らない人でも大いに楽しめる、かどうかは保証の限りではありません。 命じられた八百長に従わなかったことから、マフィアを敵に回してしまった大山たち。少年たちとの交流とか、夏樹陽子との出会いとかが描かれつつ(彼女の都会的な色白さが目を引きます。正直、沖縄っぽさは皆無)、クライマックスは敵の巣窟に乗り込んで、襲い来る者どもをバッタバッタと蹴散らしまくる。ははは。実話なワケが無かろう。 この辺りになってくると、ノリは完全に、燃えよドラゴン。サモ・ハンが主演したカンフー映画には「燃えよデブゴン」なんていう邦題がつけられていましたけれど、それに倣うなら、本作はさしずめ、「燃えよチバゴン」といったところ。 ダメ押しするかのように、最後は、鏡の間、みたいな場所での戦いまで登場して。 それにしても、千葉チャンたちに斃された敵が、異常なまでにピクピクと痙攣して悶絶しまくるのが、今見るとなかなか新鮮ではあります。 [CS・衛星(邦画)] 6点(2020-09-13 14:28:10) |
855. 座頭市海を渡る
《ネタバレ》 座頭市、ついに海を渡る。って言っても、お四国に行くだけですけどね。国内旅行です。 おっ、邦衛さんが出てるぞ! とか、あばれはっちゃくの親父さんが出てるぞ! とか、色々と驚きがあるのですが、しかし何と言っても、脚本が新藤兼人。だから、と言ってよいのかどうか、とにかく何だか、変です。これこそが新藤兼人ワールド、なのでしょうか。 これまで大勢を斬ってきたけど、斬りたくて斬ったんじゃありません、どうかもうこのような事が繰り返されないように、と願掛けする座頭市。だけどそれをお願いする先が「金毘羅さん」。何となく、この神様の守備範囲を超えているような気も。 さらにこの後、八十八ヶ所を回る、とか言ってる座頭市ですが、本当に回っているような気配は感じられず、結局、金毘羅さん以外には四国を舞台にした理由も特に見当たらないのですが、それはともかく。 やはり自分の殺生を金毘羅さんに相談したのが筋違いだったのかどうか、座頭市が旅すれば、やはりそこには死人が出てしまう。残されたのは彼の馬と、座頭市。登場人物はなかなか増えず、物語が動き出す気配もまだない。一向にエンジンがかからない本作。いつもとはだいぶ雰囲気が違うなあ。 馬について旅する座頭市がたどり着いたのが、彼を襲った男の家。そこには妹がいて、紆余曲折の後、何となく二人はイイ感じに。うれし恥ずかし水浴シーンとか(別にエロい描写は何もないけど)、座頭市がめっきり「青春」してしまってるではないですか。こんなヒトだったのか、座頭市。 ついでに、シリーズ恒例の(今の観点では問題の多い)盲目ネタも、本作では、まるで初めて思いついたかのごとく、しつこく繰り返されて。新藤兼人は、これがシリーズものだということをわかってるんだろうか。わかってるからこその独自色、なのかも知れませんけれども。 悪役の親分格が、山形勲。ガサツで粗暴だということはわかるけど、そんなに極悪なんだかどうなんだかが、よくわからない。単なるガキ大将、ってのが正直な印象。 クライマックスでは当然のごとく、山形一味と座頭市が対決するのですが(オープンセットなのかロケなのか? 雰囲気よく出てます)、ここでまた妙なヒネリが加えられていて、「村人はみんな隠れてしまい、座頭市がひとりで戦うことになる」という展開。真昼の決闘の見過ぎ、ではないでしょうか。どうせ座頭市だから、ひとりで充分、敵が何人いようと勝つに決まってる。と我々は思うけれど、新藤兼人は思わなかったのか。 ま、脚本がそうなっている以上、座頭市も今回は若干、危機に陥ったようにも見えるのですが、ヒロイン、そこで大暴走。座頭市を見捨てるのかと村人を焚き付けまわった挙句、何を勘違いしたか、はっちゃく親父こと東野英心(クレジットは東野孝彦)が飛び出してしまい、案の定、一撃で殺されてしまう(オイオイ!)。 見てはいけないモノを見ちゃったような、後味の悪さ。座頭市は「よくやった」的なコト言ってるけど、いやいやいや。そういう問題では。 という、実に実にツイストの効きまくった、ちょっと困っちゃう作品でした。 [CS・衛星(邦画)] 5点(2020-09-13 14:04:05) |
856. スターリングラード 史上最大の市街戦
冒頭、なぜか東日本大震災が描かれて、しかもどういう訳か、ロシアの救援隊が瓦礫の中からドイツ人を救出する。で、さらにどういう訳か、「五人の父親」というよくワカラン話を初めて、そこから本編に至るのですが、うん、やっぱりどうしてこんな構成なのか、よくワカラン。 それにしてもこの、デジタル時代に戦争映画をどう撮るか、という難しさ。CGが使える、使ってしまう。 スターリングラードにおける市街戦。映画における市街戦というと、破壊された、あるいは破壊されていく街、という、日常と非日常との接点。はたまた、画面上に配置された建物や瓦礫の中での銃撃における遠近感。とかいったものを、つい見どころとして期待してしまうのですが、それが、CGだと「多少は動く書き割り」みたいになってしまって、どうも雰囲気が出ない。気分が乗らない。 「五人の父親」などという話を冒頭でブチ上げた割には、この五人もさほど際立った印象を残す訳でもなく、少々厭戦的なドイツ側将校のエピソードの方が、むしろ印象的か。あくまで前者に比べれば、ですけれども。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2020-09-13 03:24:23) |
857. ネバダ・スミス
冒頭いきなり、3人組に両親を惨殺され、そこから主人公の、やたらと回りくどい復讐の旅が始まる。というオハナシ。 主人公はどうやらまだ若者らしいのだけど、それを、30代半ばのスティーブ・マックイーンが演じてます(設定の倍以上ですかね)。ははは・・・。 だもんで、最初のうちは、どういうイメージで捉えてよいのやら、見てて戸惑う部分もあるのですが、しかしやっぱりこのヒトの、一本気というか、どこか思いつめたような印象は、役柄に意外にマッチしています。 復讐の旅に出かけて早々、いきなり無関係の3人に襲い掛かってしまうという、先の思いやられる展開。そこから主人公は、さまざまな人とめぐり合って。 一人、また一人と、復讐を果たしていくのが、物語の節目になってはおりますが、あくまで、主人公の「出逢い」の方に主眼が置かれていて、彼と出会う人それぞれが、物語の中で印象を残します。仇との再会すら、印象的。 そして、敵と対峙し、放たれる銃声。その重さが、胸に残ります。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2020-09-13 02:53:45)(良:1票) |
858. ミッドウェイ(2019)
映画開始早々、前置き的な描写もそこそこに、いきなり真珠湾攻撃が始まるのですが、見た瞬間に頭に浮かんだ言葉が、「リメンバー・『パール・ハーバー』」(=『パール・ハーバー』というトンデモ映画があったことを思い出せ)。 せっかく、忘れかけてたのに、ねえ。 このシーンに限らず、本作全体に言えることですが、CG主体の描写が、裏目に出てしまってます。実写では絶対に見られないモノを見せてやろう、ってのはワカルのですが、どこもかしこも、「いかにもスタジオの中です」「今、グリーンバックに囲まれてます」という雰囲気がプンプンと。 それでも演出次第ではもうちょっと、緊迫感なり、焦燥感なりを、出せると思うのですが、CGを連発するばかりではどうにもならない。真珠湾攻撃シーンでも、「襲われる側」の人間の描写はいかにも少なく、CG風味の爆発が繰り返されるばかりで、どこか絵空事。申し訳程度に、並べられた死体袋の描写などはあるものの、意図的に「悲惨さ」を抑えたかのような印象があります。逃げ惑う群衆、とか、驚きや恐怖の表情、といったイメージをもう少し前に出すだけで、だいぶ印象が変わると思うのですが。 これは、映画全般の戦闘シーンにも当てはまって、アメリカ側の中心人物が多少軽いノリで描かれるのは、仕方ない(?)としても、迎え撃つ日本兵の、やけに淡々としていること。どうしてここまで、描写から「焦り」のようなものが、排除されてしまうんだろうか。 史実を追うことに意識が向かいすぎたのか。しかしそれにしては、正直、この映画だけで戦況の流れをつかみ取るのは難しそう。戦史関連の本でもパラパラめくった方が、よほど理解できます。ドキュメンタリ調に徹することでドラマチックに仕上げる方法もあるだろうに、本作は、どうにも中途半端。魚雷から陸攻用の爆弾への積み替え、という判断ミスはこの海戦における一種のハイライトだと思うのですが、これもやけに、アッサリと。 日米両側から公平に描いた、というのがポイントのようですが、むしろ、どの国のマーケットにも受け入れられやすいように配慮してみました、ってのが正直なところなのではないでしょうか。無難に無難に描いた挙句、緊迫感まで無くなっちゃった。こういうパターンが、「中国資本アメリカ映画」の定番になっていくんですかね。 まあ、エメリッヒは、あくまでエメリッヒとして健在だ、ということだけはよくわかる作品ではありました。 [映画館(字幕)] 4点(2020-09-13 02:17:43)(良:2票) |
859. さすらいのカウボーイ
《ネタバレ》 ロードムービー風ですが、むしろ、ロードムービーの終盤の「旅の終わり」の部分にスポットを当てたような映画。 旅する3人組、その一人が射殺され、命を落とす。何でも、他人の妻に襲い掛かろうとして、成敗されたらしい。残された二人にしてみれば、おそらくは納得いかない話なのだけれど、反論する術もない。それが放浪者の、運命なのか。 ってな訳で、残された二人のうちの一人、ピーター・フォンダが、ついに妻子の元へ帰ってくる。というオハナシ。 しかし、娘は母より、父親はすでに死んだと聞かされており、彼が父だとは思っていない。妻も、夫の不在中には使用人と寝床を共にしていたらしい。もはや父親失格、使用人と何ら変わらない立場。 だけど、そういう人間関係がドロドロしたものとしては描かれておらず、むしろ、大自然の営みの一環であるかのように大らかに描かれていて。 予想に違わず、主人公は、ウォーレン・オーツとのさすらいの生活と完全に縁を切ることはできず、またそこには、ニューシネマらしい「悲劇への誘惑」みたいなものがあって。 悲劇と言えば勿論悲劇なんだけど、それらすべてを抱擁するような、大らかさ。それが魅力ですね。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2020-09-06 20:05:18) |
860. 戦場(1949)
誰が主人公ということもなく、ある部隊の行軍が描かれていきます。誰に特別スポットが当たる訳でもない代わりに、各々がある程度個性的に描かれていて、それぞれが主人公。それぞれの存在が心に引っかかりのようなものを残します。 いやそれこそ、映画の前半で言えば、一人の兵士がかっぱらってきた「生卵」だって、主人公の一人と言ってもいいかも知れません。はたしてこの卵は、誰かに無事食べられるのか否か。目が離せません。 後半は、「雪」も重要なファクターになります。兵士のヘルメットに降りかかっては解ける雪、あるいはすでに降り積もってサラサラとした雪。非常に印象的です。 一連の戦闘を潜り抜けた後の、映画ラストの行進。それはやっぱり、訓練の時とは明らかに異なる行進、なんですよね。で、そのまま他の隊とすれ違って映画が終わる。これをカッコイイと言ってよいのかどうかわからないけれど、感無量、絵になるラスト、です。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2020-08-31 21:42:01) |