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《ネタバレ》 通路の天井が流れる。蛍光灯が時々通り過ぎると、天井の継ぎ目が何本かまた流れる。仰向けの僕の下を流れるリノリウムと、もしかしたらそう感じた印象だけの問題かもしれない薄暗い通路の天井は同じ速度で、常に平行に僕の背中と目の前を流れていく。
やっとたどり着いた扉が開くと、どう言う手順でそうなったのか分からないが、白衣の男性が僕に点滴やら注射やらを行う。痛くないか、眠くなってきた?等と聞かれた覚えがあるけど、そうでもないですよと答えた瞬間から後の記憶は全く無い。 誰も見舞いに来なかった病室で目を覚ますと、綺麗な看護婦さんが僕を優しく見つめた。痛みを気遣う彼女は我慢しないで薬を使った方が良いよ、と言ってくれた。こんな風に優しくされたのはいつが最後だろう。 「それじゃお願いします」と返すと急に苦しくなった。とてつもない痛みが僕の中からやってきた。僕の中にあったかつて僕だったものが永遠になくなって、そこには何も残っていないはずなのにとんでもない量の痛みが代わりに詰め込んである。それを薬でなかったことにして、やり過ごす。これからしばらくずっとそんな日が続くのかと思うと、目が覚めなくても良かったんじゃないかと思った。 それでも数日して痛みが引いてくる頃、窓から見える桜が緑に揺れるのを眺めながら、それまで消えて欲しいと思っていたものが無くなってくると、僕の中身がとうとう無くなってしまった様な感覚に溺れる。痛みすら入っていないんだ。そう思うと涙が止まらなくなってしまった。 優しくない日常の中にあの病室の日々がよみがえることがある。 そして何度もよぎるのは忘れられない手術の日の事。薬をお願いして、痛み止めを持ってやってきたのは別の看護婦さんだったのだけど、いや、よく考えると同じ人物を違うフィルターで眺めていたのかもしれない。あのときの看護婦さんの顔を見てプレデター2を思い出してしまったのだ。 もちろんプレデター2をテレビ放送で見かけると、獰猛な笑顔で座薬を手に持つあの看護婦さんが激しくまぶたの裏に現れる。 完全に表裏一体になってしまった彼女たちを思い出すと、僕の中から無くなった僕の部品を思い出すんだ。 【黒猫クック】さん [地上波(吹替)] 6点(2012-06-23 02:23:26)
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