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六本木ソルジャーさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

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コメント数 823
性別 男性

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541.  ウルフマン(2010) 《ネタバレ》 
一言でいうともったいない映画。題材や雰囲気は良く、キャスティング、メイクアップ、音楽は一流を揃えているのに、上手く活かし切れていない。名前は耳にするメイクアップの達人リック・ベイカーによる変身シーンだけは評価できるが、あのシーンも完全に活かし切れているかといえば疑問も残る。一部はもちろんCGだろうが、CGではないメリットを活かしたいのに、CGっぽい仕上がりになっているような気がする。本物の手作業のレベルの高さをアピールして、昨今のCG映画とは違うということを示して、本作を何故今リメイクするのかという理由を浮き彫りにできないものか。 結局、スピードと音で誤魔化すという“逃げ”に打って出るしかなかったようだ。 ストーリーは盛り上がりに欠け、全体的に“深み”が欠ける点が問題だろうか。ホラー映画とはいえ、やはりキャラクターの内面が充実しないといけない。本作の展開ならば、『父と息子の関係』と『主人公とヒロインの関係』に重厚さを加えないと映画に“深み”が増さないだろう。 『父と息子の関係』については父親の歪んだ愛情のようなものが描かれてしかるべきではないか。母親を殺してしまった負い目、息子を殺したくない想い、自分のような存在になって欲しくないという気持ちとともに、自分のような存在になって欲しいという複雑な感情などを入れ込むことが可能だったはずだ。息子を愛していたのか、憎んでいたのかすら、自分にはよく分からなかった。 『主人公とヒロインの関係』については、この二人の関係がある程度深みが増すような仕上がりが望ましい。ラスト付近の展開もいったい何をしたかったのか不明すぎる。助けたいのか、襲われたいのか、何がしたかったのだろうか。ジプシー女に呪いについて聞きにいったが、あまり意味はなかったような気がするので、呪いを解く方法でも彼女から聞きだして、ストーリーを膨らましてもよかったのではないか。呪いを解こうとする想いと襲われるかもしれないという恐怖が入り混じった複雑な感情を込めて欲しかった。獣の中に潜んでいるはずの人間性を信じたいが、信じきれずに撃ち殺すものの、人間の感情が残っていた狼男は彼女を襲うつもりはなかったというようなベタな“悲劇”のような仕上がりでもよかったのではないか。『人間と獣との境界』のようなセリフが多用されていたが、そのようなテーマに沿った仕上がりにはなっていないだろう。
[映画館(字幕)] 4点(2010-05-03 12:29:14)(良:1票)
542.  スペル 《ネタバレ》 
傑作ホラーといわれている「死霊のはらわた」が個人的に全く合わなかったので、無理を承知で鑑賞してみたが、やっぱり合わなかった。 極端につまらないとは思わないが、どうにもノリ切れない。 ホラーともコメディともいえない独特な路線がサム・ライミ監督の持ち味なのかもしれないが、自分にはどちらにも振り切れていないと感じられて、中途半端にも映った。 それほど怖くもなければ、それほど笑えるわけでもないという生煮え状態が続く。 追いつめられていくような心理的な圧迫もなく、単に“突然さ”と“音”だけで誤魔化しているのではないかと感じられるところもチラホラと見受けられる。 冒頭の車内バトルは楽しめたので、あのようなテンションが続けばもうちょっと楽しめたと思われるが、あとは基本的にはワンパターンにも感じられた。 作り物のグロさには耐性があるので、あの程度ではビクともしない。 冒頭を過ぎれば、肝心のババアとのバトルも盛り上がりはない(死体に髪を引っ張られるだけのシーンは“お約束”と笑えばいいのか)。 ラストの落としどころは誰でも分かるように製作されている。 それはそれで「そのネタをいつ明かしてくれるんだ!」というワクワクするような期待感を抱くことができるものの、ノリ切れない者にとっては「バレバレなんだよ。早くしろよ!」という“萎え”という感想も抱くことにも繋がる。 完全に見る者を選ぶ映画といえそうであり、自分はもちろん選ばれなかったようだ。 こういう作品を心から楽しむことができないのは、自分はちょっと損をしているかもしれない。
[映画館(字幕)] 4点(2009-12-01 23:39:27)(良:2票)
543.  ノウイング 《ネタバレ》 
終始、乗れない映画に仕上がっている。 結末が明らかになるにしたがって、乗れない理由がだんたんと分かってくる。 監督自身、脚本に関わっているかもしれないが、この脚本の監督を任されたら、どのようなアプローチを試みればよいか、途方に暮れるほどの難しさを持った作品だと思う。 “父と子の別れ”のようなものがテーマにもなっているので、もうちょっと父子の絆を重めに描いた方がまだ良かったのではないか。 ニコラスが子どもを無視したり、放ったらかしにして、終始一人で暴走しているようにしか思えないので、父子の絆が描かれているようには思えない。 母の死で心を閉ざした子と父が協力しながら、タイムカプセル内の紙の謎の暗号を解き明かそうとして、父子関係が回復していけば、まだ面白くなったのではないか。 そもそも紙に書かれた暗号や事件など、本作の結末とはほとんど関係ないのだから、あの暗号に意味を持たせるとすれば、こういう使い方をするしかない。 派手なアクションがあるSF作品であるが、ヒューマンドラマの要素をもっと増やせば、もうちょっと見られた作品になったかもしれない。 “手話”という手法を利用しているが、必ずしも効果的ではないのは、劇中で彼らの絆の深さが足りないからだろう。 しかし、地球が消滅しそうになる映画の大半で、訳の分からない方法で何度も地球が救われてきたが、何の手も打たずに地球が消滅するというのはなかなか思い切った手法だ。ただ、二人の子どもがアダムとイヴとして新たな人類を再生していくという解釈は面白い宗教観になっている。冒頭の父と子の会話がヒントになっているものの、風呂敷が広すぎてピンとは来ないが。 本作を見て、分かることはニコラス・ケイジの偉大さだけだ。 宇宙船が登場した瞬間に、ヒザから崩れ落ちるニコラス・ケイジを見て、「スゲえわ。カッコ良すぎる」と思ったほどだ。彼が出演しているから、ギリギリ映画として成り立っている。普通の役者ならば、見ていられないほどのレベルの作品だと思う。 どんなに荒唐無稽な作品でも、彼が持つ“何らかのチカラ”が働いて、荒唐無稽と思わせないようになっている。逆に、どんなにリアルな作品でも、“絶対に冗談だよな”と感じさせてしまうかもしれないが。 大げさな音響や音楽も本作をより低い作品にしてしまっている。あまりにもセンスがなさすぎやしないか。途中からうんざりしてしまった。
[映画館(字幕)] 4点(2009-07-13 00:14:47)(良:1票)
544.  バーン・アフター・リーディング 《ネタバレ》 
他のコーエン作品のレビューでも同じ事を書いているが、面白い設定の割には、あまり面白さを感じさせない不思議な作品になっている。騒々しさだけは伝わってくるが、基本的にはあまり中身がないためと思われる。徹底的に自己中心的でアホな連中を登場させたり、徹底的なブラックさでグロく攻めてくれれば、多少は評価できるが、評価できる部分が見当たらない。本作のラストにおいて自己評価しているが、「何の教訓も得られない作品」としか言いようがない。コーエン兄弟はアカデミー賞を受賞したので、あえて“中身がない作品”を作ろうとしたのだろうか。 この手の作品は、“単純な複雑さ”が求められるものだ。本作は、単純なことを回りくどく描いているだけのような気がする。 Aの行動をBが疑い、Bのその行動をCが疑い、Cのその行動をDが疑い、Dのその行動をAが疑うようなものが“単純な複雑さ”といえるケースになるだろう。 「全身美容整形手術費用をフランシス・マクドーマンドが欲しい」という基礎となる根っこがあり、「マルコヴィッチから金をふんだくる」というところまでは悪くはないが、そこから話が上手く転がっていない。CIAやロシアといった面白いファクターもあるのに、有効利用されていない。マルコヴィッチは、マクドーマンドのことをギャングかロシアのスパイと勘違いして、動揺して金を準備して、そのマルコヴィッチの不審な行動を、妻のスウィントンは離婚のための資産隠しと誤解するというように上手く転がせないものか。“データ”も“金”というアイテムも上手く活かせていないので、面白くなりようがない。 それ以外にも、執筆者であるマルコヴィッチは気づいていないが、ブラッド・ピットが手に知れたネタが実は重要機密が書かれており、CIAとロシアをも巻き込んだ騒動になるという王道ネタにすれば、まだ面白くなったのではないか。 オチに関しても、上手くオチているようには思えない。 「実はAが○○だった」というどんでん返しもなく、バタバタした挙句に訳の分からない拍子抜けのオチで逃げてしまった感が強い。CIAがマクドーマンドの主張を飲む理由も分からず、最低な“オチ”といえる。「実はマルコヴィッチはロシアのスパイであり、マクドーマンドの行動がロシアの利益に合致した」でも、「実はブラッド・ピットが○○○でいなかった」でもいいので、“オチ”をマジメに考えて欲しかった。
[映画館(字幕)] 4点(2009-05-06 21:37:31)(良:1票)
545.  ワルキューレ 《ネタバレ》 
けなしたくなるようなレベルの低い映画ではないが、個人的には面白みがほぼ皆無と思われた。唯一面白かったのは、ゲッベルスが青酸カリと思われるカプセルを口に含み、それを吐き出すまでだろうか。 肝心の緊張感や緊迫感に欠ける仕上がりとなっており、本作のような作品に必要な信念の深さや志の高さもそれほど感じられない。彼らが死んでも、正義は死なないというような熱い映画にはなっていない。 ブライアン・シンガー映画に精通しているわけではないが、彼の映画に多くみられる致命的な欠点は、テンポがほぼ同じということだ。盛り上がりが必要なところも、そうでないところも、ほぼ同じリズムで演出されている。血が通ったような映画ではなく、無機質ように淡々としている点が問題だ。ただただ事実と思しき現象を映像化しているにすぎず、ドキュメンタリー映画の再現フィルのような仕上がりとなっている。 一流の監督ならば、観客に対して「面白い」と感じさせる手腕があるはずではないか。 「ヒトラーの暗殺が成功していない」「ワルキューレ作戦が成功していない」という事実を知っている我々に対して、真正面から正攻法で攻めても成功するはずがないと思わないのだろうか。ワルキューレ作戦が成功しなかったのと同様に、本作の映画化作戦も致命的な失敗だったのではないか。 なぜワルキューレ作戦が成功しなかったのかをもっとクローズアップした方が面白かっただろう。 突然の会議場所の変更、予定の2つの爆弾を使えなかったこと、カバンの位置をずらされてしまったこと、何人かは死んだのにヒトラーはほぼ無傷だったというヒトラーの悪運の強さなどの偶然が重なったことをもっと丁寧に描くべきではないか。 本作でも、これらは完全に描かれているが、何もかもサラリと描かれすぎてしまっているのは勿体ない。 ワルキューレ作戦が遂行された後も、大きな混乱が描かれることはなく、知らず知らずのうちにこちらの方が追いつめられてしまったという感が強い。 これほど大掛かりなクーデターなのだから、双方において大きな混乱や焦りがあったはずである。双方の息が詰まるような攻防や展開を描いた方が盛り上がったのではないか。予備隊の少佐への電話一本、生存を伝えるラジオのみというのは味気ないところがある。 ただただ「ワルキューレ作戦」の表面をなぞったにすぎず、深みも重みもない映画を高くは評価しにくい。
[映画館(字幕)] 4点(2009-03-21 02:12:10)(良:2票)
546.  地球が静止する日 《ネタバレ》 
オバマ次期大統領が「change」と言って、人々がそれを信頼するのは本当に実行してくれるという期待があるからだろう。 本作にも何度も「change」が連呼されているが、生き残るためのただの苦し紛れの言い逃れにしか聞こえない。「change」と言うのは簡単だが、人々はそう簡単には変われない。「change」をするためのevidence(証拠)を明らかにしないと、宇宙人はそれを期待できないのではないか。 本作には、宇宙人が納得できるevidenceが何も描かれていない点でマイナスだ。 「地球が静止する日」というものは、人類によって行われるべきものではないかと個人的には考えた。人類が、地球や環境のために、クルマを乗ることを止めたり、工場を停止したり(地球最後の日を迎えようとしているのに働いている人がいるというのは変な話だが)、地球に負荷を一切掛けない日を設けるといった人類の「change」のevidenceを描くべきではなかったか。 現実には無理かもしれないが、映画の世界だからこそ、地球のためにできる人類の理想を描いて欲しかったところだ。 本作を見て、地球のために何かをしようと思う者がいるだろうか、恐らくいないだろう。そういう意味において、本作のメッセージ性はかなり弱いと考えられる。したがって、評価はしにくい映画だ。 最後の球体に対する総攻撃も全く意味不明な流れとしか思えない。 あれでは人類は「change」をしないということを、声を大にして宣言しているようなものだ。あの爆撃を食らって、クラトゥが人類を滅亡させないという選択をする意味が分からない。キャシー・ベイツも多少は苦悩していたようだが、攻撃命令を下す大統領をむしろ説得するくらいの「change」を見せて欲しかった。何のために、大物をキャスティングしたのか分からないキャラクターになっている。 また、宇宙人が感心した“人類の素晴らしさ”という面も弱すぎる。 バッハの素晴らしい音楽という文化的な面、親子の愛情という感情的な面が描かれているものの、あの程度では宇宙人は「change」しないだろう。 未知なものや相容れないものを恐れる人類の“弱さ”や破壊的で利己的な面を描くとともに、自己を犠牲にしても助け合うような姿や愛や絆などの人類の“強さ”をもっとアピールして欲しいところだ。 ただの壮大なSFだと思っていたのに、意外と泣けたり、感動できたりするようなオチにもっていけると評価は高まっただろう。
[映画館(字幕)] 4点(2008-12-20 23:24:59)(良:2票)
547.  ソウ4 《ネタバレ》 
Ⅰ~Ⅲまでは是非はともかくとして、そのアイディアには毎度唸らされてきたが、Ⅳははっきりいってすっきりしない。ラストのオチが分かっても、「それで・・・?」という感想しか出てこない。新たな後継者の謎や動機を明かさないままで終わるというのは、続編で描くという魂胆がミエミエであり、あまり好ましい手法とは思えない。 また、ジグソウの哲学やゲームもどこかへ消えてしまっているようにも思われる。 マシューズ刑事は一度ゲームに失敗しているが、自己の脚を犠牲にして部屋から抜け出しており、ジグソウの理念に則れば、ゲームにクリアした者ではないのか。 ゲームをクリアしたのに、再びゲームを手伝う弁護士など、単なるゲームの駒にされており、私怨的な面が多数描かれているのが残念だ。おかしな方向に複雑化してしまい、Ⅰのような面白いアイディア一つで乗り切った勢いが吹っ飛んでしまっている。悪い意味で洗練されてしまった感がある。 本作で製作者が狙った仕掛けとしては、①時間軸のズラシ方(前作Ⅲと同時進行している)、②黒人SWATに課せられた「助けようとしなければ助かる」というゲームだと思うが、この二点はどちらもⅡで似たようなものが描いており、焼き直し的に感じる。 冒頭にジグソウの解剖を念入りに行い、「ジグソウは死んでいる」と観客をミスリードさせるという製作者の狙いは評価できるが、上手くそれを活用できていない。 ⅣがⅢと同時進行的に起きているというネタの効果が薄かったのではないか。 ネタが分かっても、それほど衝撃がなかったように思われる。どうせ時間軸が異なるのであれば、生きたジグソウを黒幕として再び登場させた方がまだオチとしては面白かった。 黒人SWATに課せられた「助けようとしなければ助かる」というゲームについても、ゲームをさせることの趣旨、効果が薄い気がする。 黒人SWATにゲームを経験させて、ジグソウと同じ考え方を身につけさせ、後継者に仕立てるという目論見などが感じられず、中途半端な仕上がりとなっている。 「刑事としては人を救えない(裁けない)」が「ジグソウとしては人を救える(裁ける)」というメッセージをもっと込めてもよかった。 Ⅲまでが一つの区切りであり、Ⅳはもっと大胆に変更を加えるべきではなかったか。 新たなゲームやルールを描いてもよかった。同じ人間が何度も出てくるのは、世界観が狭すぎる。
[映画館(字幕)] 4点(2008-11-30 02:29:32)(良:2票)
548.  ゲット スマート 《ネタバレ》 
「コメディ」と「アクション」を融合させた新しいタイプの映画だとアメリカ公開時から期待しており、きっと期待通りに楽しませてくれるはずと思っていたが、思い描いた作品ではなかったというのが正直なところだ。 肝心の“笑い”の部分が個人的に全くハマらなかった(楽しめなかった人は少数なので自分が例外と思われる)。 「飛行機内で大男をみたときのリアクション」「トイレ内の格闘」「デブ男を倒したあとの監視役の勘違い」辺りはよかったが、全体的にはあまり笑えなかった。 要するに、“飛行機のシーン”がピークであり、あれ以上おいしいシーンを作れなかったのが問題ではないか。 ビル・マーレーの出演シーンでサムいと思ったのは、自分だけだろうか。 ただ、基本的にはコメディというほど“笑い”には執着していないのではないかとも思われる。 冒頭にスマートが何枚もの鉄の扉を開けるシーンがあったと思う。 たくさんの書類を手に持っており、いくらでも笑いのネタが詰まっているはずなのに、何の笑いを取ろうともしていない(何かありそうで結局何もないという高度なテクニックではまさかあるまい)。あのシーンを見て、「ちょっと様子が変だ」と思っていたが、その危惧はどうやら当たったようだ。 コメディとアクションのバランスを欠いており、あまりにも真面目に取り組みすぎてしまったように思われる。 「コメディ」を見ようと思っていたのに、全く予想外のものを見させられたら拍子抜けしても仕方がない。 いい意味での裏切りが功を奏する場合もあるが、自分にはいい裏切りにはならなかった。 本作のように「コメディとしても中途半端」「アクションとしても中途半端」「スパイモノとしても中途半端」「ラブストーリーとしても中途半端」という中途半端な映画は個人的には好きではない(逆に、いろいろな要素を堪能できるので、その点を好む人もいるだろう)のも楽しめなかった理由のひとつ。 また、主人公の設定が、エージェント合格レベルの能力を持ち合わせているという時点で“笑い”を取るというつもりがないのではないか。 エージェント試験に何度も落ちている奴が、急場しのぎで即席エージェントに仕立て上げられ、素人ならではの手法で事件を解決するというのがコメディの“王道”と思う。 失敗は多いが、普通の優秀なエージェントが活躍する映画ならば、スティーヴ・カレルが演じる必要はあるのか。
[映画館(字幕)] 4点(2008-10-25 19:56:54)(良:2票)
549.  インクレディブル・ハルク(2008) 《ネタバレ》 
アン・リー版から方向転換を図り、アクション重視にすることについては、戦略的に全く問題がないと思う。 「ハルク」になったプロセスをものの数分で描いたのは、アン・リー版の反省がみてとれる。 ただ、これではあまりにもストーリーをないがしろにしすぎではないか。 本作は「軍隊に追われていた男と、暴走した一人の軍人が、化け物に変身して戦う」というストーリー以外に何もない。 本当に、ノートンがリライトしたのかというほど、つまらない脚本となっている。 彼が手を加えたのならば、ひょっとして間違った方向に手を加えたのではないか。 アクションなのだから、深いストーリーは要らないのかもしれないが、肝心のアクション自体も画面に釘付けになるほど立派なものではなく、全く楽しむことができなかった。 「ボーン」シリーズ、「キングコング」辺りのネタを拝借しているようにも感じられ、つまらないと言われるアン・リー版の方がむしろ個性を感じられる。 アン・リー版のジャンプ時の浮遊感は必見だ。 肝心の化け物同士の戦いも、一方が圧倒的に優勢だったのに、訳の分からない地味な必殺技一発で形勢逆転するというつまらない描き方には呆れた。 逆転の仕方や、必殺技など、バトルシーンにもうちょっと工夫があってもいいだろう。 また、ノートン、タイラー、ティム・ロスといった役者の個性も全く活かすことができておらず、誰に対しても共感できるものではなかった。 三人のそれぞれの感情が、あまりにも伝わってこないのは評価できないポイントだ。 本作の唯一の見所は、「ハルクが中和されて素の人間になりかけた」というシーンではないか。 その見所をヘリコプターから飛び降りただけで終了というのはあまりにもヒネリがなさ過ぎる。 「ハルク」は怒れるオトコなのだから、もっと“怒り”に着目して欲しい。 いったんは中和されて、心拍数200を超えても変身しないが、彼の怒りが頂点に達したときに再び緑色の化け物になるというのが当然のスジではないか。 そのために、タイラーという存在がいるのだろう。 彼女が殺される(変身できない彼をかばって死ぬのが悪くない描き方)、もしくは彼女の身に危険が迫ったときに、怒りで我慢できなくなって再び変身するという描き方はできないものか。 重厚感がなく、何もかも薄っぺらく感じてしまった。
[映画館(字幕)] 4点(2008-08-16 13:58:08)(良:2票)
550.  カンフー・パンダ 《ネタバレ》 
画像だけ眺めていれば、それなりに楽しむことはできる。ただ「CGスゲエな」「パンダ強いな」「○○カッコいいな」「○○カワイイ」程度の感想しか持ち得なかった。 子ども向け作品とはいえ、もうちょっと味付けが必要ではないか。 あまりにも薄味すぎて、物足りなさを覚えた。 シーフー老子とポーの関係と、シーフー老子とタイ・ランの関係をもうちょっと対比させてもよかったかもしれない。 自分の弟子でもあったタイ・ランを信じ切れなかったので彼を悪の道に走らせてしまったが、ポーを信じ抜くことができたので、ポーも変わることができ、自分も変われたという落としどころのようなものが必要だったかと思われる。 シーフー老子とタイ・ランの関係は、甘やかして育てる現在の家庭のようなものにも通じる。 甘やかすのが本当の愛情ではなくて、自分を信じてもらい、厳しくされることが本当の愛情のようなメッセージを込めると、本作を見た子どもと親にとって何か得られるものがあったのではないか。 子ども達の可能性のようなものを信じることができるというメッセージを込めれば、本作は傑作になりえたかもしれない。 シーフー老子は、弟子を信じるというよりも、自分の師匠であるウーグ・ウェイ導師のことしか信じていないような気がするのが引っかかった。 また、「特別なことは必要ない」というメッセージも上手くは落ちていないのではないか。 「強くなること」「おいしい料理をつくること」どちらにも早道や抜け道はない。 現在の子ども達に送るメッセージとしては、「スポーツが上手くなること」「アタマが良くなること」のようなものに通じるだろう。 何事にも特効薬や魔法の力のようなものはなく、地道な努力が必要ということになる。 そう考えると、ポーが「特別なことは必要ない」と気付くのはもうちょっと早い段階でもよかった気がする。 タイ・ランもマスターファイブももともと強かったわけではないのだから、現在は雲の上のような存在であっても、自分が努力すれば彼らに近づけるはずというメッセージに繋がるはずだ。 今がどんなにダメであっても、諦めなければ雲の上の存在にも一泡吹かせることができる。そのためには、血と汗が滲むような訓練が必要ということになり、訓練の意義が活きてくる。 強くなるための近道は訓練や努力以外ないのだから。
[映画館(字幕)] 4点(2008-08-02 14:34:42)(良:1票)
551.  ランボー/怒りの脱出 《ネタバレ》 
007シリーズかと思うような作風となっており、Ⅰ~Ⅲの中では一番の駄作。 突然の蛇の登場、スカイダイビングの失敗など、どうでもいいアクシデント満載にうんざりとする。 作戦の指示に一切従わずに暴走するランボーのメチャクチャぶりやラブストーリーによって、共感を得ることを随分妨げているような気がする。 肝心のベトナム帰還兵の悲哀という要素もそれほど強く感じられなくなっている。 
[DVD(字幕)] 4点(2008-06-03 23:37:31)
552.  紀元前1万年 《ネタバレ》 
テーマや設定は悪くはないが、あまりにも発想力、アイディアが欠如している。高額な制作費を掛けた割には、その費用に見合った内容には仕上がっていない。スケールの大きさではなく、もっとアイディアに金を掛けるべきだろう。金を掛ける部分が間違っているのではないか。 特に、主要メンバー2人が「瀕死の重傷を負った敵に背後から攻撃される」という同じような展開をみせられると、さすがに悲しくなる。 女性の方はあの描き方でも悪くはないが、男性の方はもっと派手に散らすべきだろう。 意味のある死に方を描けないようでは、質の高い作品とはいえない。 なんのために存在するのか分からないようなキャラクターが多すぎる。 また、通称“ゴッド”のあっけない最期と、ハリウッド的ハッピーエンドに至るラストが非常に不味い仕上がりとなっている。 “ゴッド”とのやり取りにはもう工夫必要だろう。あまりにもあっけなさ過ぎる。 例えば、“ゴッド”が奇術的なチカラを用いて、反乱を鎮めて、交渉を持ち掛けようとするが、そのイカサマトリックに主人公が気付いて、“ゴッド”の神格性を否定して倒すといった展開の方が面白いのではないか。 今では常識になっていることだが、当時では理解不能なことを利用して民衆を統治していたといったことを紹介することもできるだろう。 訳もなく交渉に賛同しておきながら、いきなり狂ったように槍を投げ付けるなど、あまりにも発想が貧困すぎる。 ハリウッド的ハッピーエンドもあまりにも強引過ぎて苦笑するしかない。 巫母が苦しむ姿が何度も出てきて、ウザイと思っていたが、まさかこんなことのために引っ張っているとは思わなかった。 強引に生き返らせるのではなく、サーベルタイガーかマナク(マンモス)が身代わりになるとか、ティクティクか主人公の父親が身代わりになるとかもっと膨らますことはできたはずだ。 そもそも、マナク(マンモス)を暴走させるだけで、反乱がほぼ成功するというのも、あまりにも敵側をナメ過ぎではないか。 実は、主人公の父親が生きていて、反乱の準備を着々と進めていた矢先といったような展開に持っていった方がよりスムーズだろう。 そして、息子のために、自分の身を犠牲にした方がストーリーとしては引き締まったはずだ。 今後はローランド・エメリッヒは監督に専念して、脚本は他に任せた方がいいだろう。 彼には作家性はないのではないか。 
[映画館(字幕)] 4点(2008-05-05 14:37:40)(良:1票)
553.  ジャンパー 《ネタバレ》 
“テレポーテーション”という面白い素材を扱って、どうすればここまでつまらなくできるのかというほど、ヌルい。 脚本に中身が全くないだけでなく、肝心のバトルシーンにも見所はない。 どうしようもない理由で始まったジャンパー同士のバトルもあっけなく終わり、“パラディン”という組織のサミュエルとの最終バトルも拍子抜けだ。 サミュエルとのバトルには心理戦もないので、面白みに欠ける。 「ジャンパーには、以前こんなバカがいた」というネタを前フリにしているだけで、ヒネリがまったくなく、無策で特攻するヘイデンがあまりにもバカバカしい。 また、サミュエルは高圧電流の鉄線と謎のナイフを使うだけで、特殊な才能を有しない、ただのザコであり、あれでは盛り上がりようがない。 “テレポーテーション”能力を使って、サミュエルの裏をかいたつもりが、「実は俺もジャンパーなんだよ」とサミュエルにひっくり返されるいうサプライズで観客を驚かすような発想はないものか。 サミュエル以外にも“パラディン”の強力な刺客がいてもよかった。 「ボーン・アイデンティティ」と同じになるが、あの形式は悪くはない。 ヘイデンを追い詰めるジャンパーハンターとしては、魅力に欠けたのではないか。 ヘイデンへの追い込みの足りなさが目立つ。「ボーン・アイデンティティ」と同じ監督とは思えない。敵の組織が強ければ強いほど盛り上がるものだ。 ダイアン・レインというサプライズはあったが、はっきり言って“効果的”とは思えない使い方だ。ヘイデンが絶体絶命な場面でないとあまり意味がないのではないか。母親とハンターとの葛藤がまるで感じられないものとなっている。 レインだけではなく、劇中のキャラクターに喜怒哀楽が全くないので、キャラクターに一切の魅力を感じないものとなっている。 大金と労力を懸けて作り出した特殊効果を漫然と眺めるだけであり、非常に“長く”感じる90分程度の短い映画だ。 さらに、好きな人には申し訳ないが、ヒロインの女性に華がなさすぎるのもマイナスか。はっきりいって、主役の器とは思えない。 好きだった幼なじみをバーに見に行ったら、夢を壊されて愕然として、ヘイデンは立ち去ろうとしたのかと思った。 一番驚かされたのは、会話の途中で渋谷と銀座の間を超瞬間移動していたことだろうか。
[映画館(字幕)] 4点(2008-03-02 23:54:57)(良:1票)
554.  ライラの冒険/黄金の羅針盤 《ネタバレ》 
原作未読、前知識は「ダイモン」だけという状態で鑑賞したが、だいたいのストーリーは理解できるようにはなっている。 しかし、三部作の第一作ということもあり、謎だらけで終わっている。 「ダスト」を含めてストーリーは謎だらけだが、面白みはまったくなく、「この続きを早く観たい」という内容にはなっていない。 単にストーリーを流すことだけにチカラを入れており、ドラマや盛り上がりに欠ける内容となっている。この監督(脚本も兼)には、ファンタジーを撮る才能はあまりなかったのではないか。 ロールプレイングゲームや「七人の侍」で面白いのは、仲間がパーティーにどんどん加わるところだ。本作も「気球使い」「よろいグマ」などが加わるが、そのリクルートにまったく面白みがない。 「魔女」が仲間になるのは恐らく今後明かされると思うが、「気球使い」を仲間にするためのエピソードがないと「なんでこの人たち一緒に必死で戦っているの?」と思ってしまうだろう。 「よろいグマ」エピソードもかなり馬鹿馬鹿しいものとなっており、彼らの絆の深さを感じるものにはなっていないのは致命的だ。 ライラとよろいグマの絆は本作のかなり重要なものとなるはずなのに、浅く終わっているのが本作の大きな問題だ。「よろいグマの王様」エピソード以外には、ライラの勇敢さ、強さ、弱さといった魅力を感じられない。 また、ファンタジー作品で重要なのは、敵がいかに強いかという点にある。 ラスボスが強ければ強いほど盛り上がるものだ。ラストの合戦を見て、興奮したという人はあまりいないのではないか。その理由は、敵が大したことないからだ。 クマが暴れ、魔女が弓矢を放ち、気球から銃を乱射する、そんな一方的なバトルを見ていてもまるで意味はない。 肝心なのはいかに不利な状況から逆転するかという点である。味方が追い詰められれば、それだけ面白みが高まる。 「よろい熊」の不利な状況もあまり大きな不利にはなっておらず地味すぎる。 本作の盛り上がりどころというのは、最後の合戦ではなく、よろいグマ同士のバトルと考えることも出来るが、あのバトルもクマ同士が殴り合っているだけで面白くはないだろう。 大金が投じられているため、リスクを犯さず、冒険していない映画となっている。 本作を見ても、ドキドキしたり、興奮したりはできないだろう。
[映画館(字幕)] 4点(2008-02-24 01:49:57)(良:1票)
555.  ブレイブ ワン 《ネタバレ》 
問題はやはりラストだろう。賛否両論というが、果たして「賛」という人はいるのだろうか。あまりのメチャクチャぶりに一気に熱が冷めるのを感じたほどだ。 しかし、「愛する者を殺されたから辛い」→「救いにはならないけど、悪い奴殺したり、復讐すればいい」というのが、脚本の趣旨ではまさかないだろう。 冷静に振り返ると、意図しているラストはまさにその逆ではないかとも思われた。 キレイ事を語り復讐を諦めさせるよりも、あえて復讐することを描くことにより、「復讐なんてしても、何もならない」と訴えているのではないか。あえて間違った行動を主人公に取らせて、反面教師としての役割を担わしているのではないかと思った。 しかし、タイトルを「ブレイブワン」と銘打っている。復讐することが「勇敢」だと言いたいのだろうか。本当の「勇敢な人」とは真逆のような気がするが…。 脚本の趣旨がどうであれ、演出上にも問題があると思われる。 「愛する者を殺された場合どうすればいいのか」「親しい者が犯罪を犯した場合どうすればいいのか」という問いかけのレベルにも達していない。 問いかけの前提として、フォスターとハワードが親密な関係にならなくてはいけないが、十分とは言いがたい。恋愛関係というわけではない人間同士の深い関係を描くのは難しいが、ジョーダン監督ならば可能ではないか。「法律を犯し、自分が傷ついてまで、相手を庇う」ほど強固な関係が築かれていない。さらに「動画という証拠」を持っているにもかかわらず、「法の裁き」を受けさせないことが理解できない。法の裁きを受けさせることができない冒頭の妻の自殺偽装事件とは意味が異なってくる。 また、ラストの余韻がまるでないのも問題だ。「復讐を終えたときに、いったい何が残るのか」を観客に何らかの方法で伝えないと、映画としての意味をなさない。本作は「昔の自分とは違う自分を生きなくてはならない」という締めくくりだったように思えるが、ナレーションで逃げるのはあまり好ましくない手法だ。言葉による説明も重要だが、それだけではなく表情や動作、雰囲気だけで伝えられなくては、映画の質が高いとはいえない。 「恋人を失ったことの心の空洞が、復讐を果たしたことにより、より大きく、より深くなった」ということをもっと伝えるべきではなかったか。
[映画館(字幕)] 4点(2008-01-09 22:10:51)(良:1票)
556.  グレムリン2/新・種・誕・生 《ネタバレ》 
ハルクホーガンのシーンだけは見ておいて損はない。あれだけは素晴らしいアイディアだと思う。何も知らず映画館で是非あれを体験してみたかった。ハルクホーガンというプロレスラーにあの役をやらせるのも、なかなかセンスのよいチョイスではないだろうか。今の日本ならば、「長州小力」にやらせるようなものか。 悪趣味ともいえるかもしれないが、前作をパロッて、様々な映画をパロッて、おまけに自虐的という世にも不思議な映画に仕上がっている。 モグアイ達に様々な個性を与えて大繁殖させて、「ニューヨーク、ニューヨーク」の大合唱の間にすべてを抹殺。確かにメチャクチャだとは思うけれども、これだけ潔く金掛けてやってもらえば批判する気もなくなる。バカバカしさを超越した、このような映画を創れる人はジョーダンテしかいないのだろう。 とてつもない進化を遂げたのはモグアイ達だけでなく、本作も子ども向けの人気映画から一気にマニア向けのとんでもないメチャクチャなコメディに進化していると思う。ある意味で、前作よりも印象には残るだろう。
[DVD(字幕)] 4点(2006-12-31 00:06:28)
557.  007/ワールド・イズ・ノット・イナフ 《ネタバレ》 
ドラマ性や人間性を重視しようとした意欲作。しかし、アクションとドラマのバランスを失し、ものの見事に中途半端な作品に仕上がった。 やや貫禄はついたがボンドも中途半端、Mの誘拐も中途半端、心の痛みを感じないエレクトラも頑張ったが中途半端、エレクトラを本気で愛していたレナード(肉体的な痛みを感じない)も中途半端、ドクタークリスマスはギャグだろう。彼女の魅力を最大限に引き立てる服装を考えての結果だと思うが、核物理学者にあんな服装をさせるというセンスを疑う。 本作の最大の見所というのは、ボンドがエレクトラを撃つということだろう。ボンドが女性(しかも愛した女性)を正面から銃で撃つのは始めてではないか。番外編の「ネバーセイネバーアゲイン」で危機一髪のところでファティマを特殊アイテムで撃ち殺したくらいしか記憶にない。「サンダーボール」のフィオナに対しては敵からの射撃の盾にしただけだし、「ゴールデンアイ」のオナトップに対しては、未必の故意によるものだが飛行機事故を利用したものだ。ボンド史に刻まれるであろうこの一大イベントがあのような結果に終わったのは残念でならない。あの場面ではエレクトラを殺しても、殺さなくても状況は変わらない(むしろ、殺さない方がレナードと交渉できたかもしれない)。このシチュエーションでただ撃ち殺すという行為の代償は、彼に「冷酷さ」「非情さ」のイメージを与えるものだ。製作者の意図はそこに尽きるのだろう。 しかし、これは単なる殺しであって、あまり効果的ではない。自分にはなぜこのシチュエーションでMを使わないのかという疑問しか沸かない。エレクトラがMを盾にして、「銃を置かないと殺す」と脅せば、彼女を殺す大義がうまれる。エレクトラを撃つことにやや躊躇するボンドにMが撃つように諭せば、Mの役割や彼女誘拐の意義も生じるだろう。自分の魅力を使ってなんとか寝返させようとする理想主義のボンドと、現実主義のM、戻れないところまで来てしまったが葛藤するエレクトラの三者の演技を光らせる絶好の機会だったが、製作陣はあまり深みを描くことを放棄したようだ。 二作目の「ロシアより愛をこめて」以来17本に登場し、作品にユーモアとファンタジーさを添えたQは本シリーズで不可欠な素晴らしい存在感を示していた。我々に二つの言葉(弱みをみせるなと逃げ道を残しておけ)を残して見事な去り方をされたと思う。
[DVD(字幕)] 4点(2006-12-01 23:38:07)
558.  007/美しき獲物たち 《ネタバレ》 
ロジャームーア最後の作品ということで、どれほど末期的な状態かと思っていたら、意外と観れる作品に仕上がっている。 アクションに関しては、ムーアには端から期待しないという姿勢が現れていて、思い切りの良い作品になっている。あまりにスタントに頼りすぎていて、「オマエ誰やねん!」という場面も垣間見られ、映画としてはギリギリな仕上がりとなっているが。 冒頭のスキーアクション(何度目だ)から始まり、パリ市内でのカーアクション、競馬の障害レース(なかなか新鮮味あり)、火事からの脱出、消防車を使った警察との派手なカーアクション(死ぬのは奴らだのペッパー警官を思い出させる)、金門橋上での決闘というように、アクションに関しては見所が非常に多い作品だ。 ストーリーは「ゴールドフィンガー」をベースにしているだろう。ゾリンの計画に反対する悪党を派手な方法で殺すのも「ゴールドフィンガー」をなぞったものだ。 二人のボンドガールに関しては、なかなか新しい趣向ではないかと感じた。メイディは有能な殺し屋兼ガールというのはあまりいない(サンダーボールのフィオナくらいか)。また、ゾリンに裏切られたために、ボンドに味方するというのはジョーズの流れを汲んだものだろう(ジョーズにもこういう派手な散り方を期待したが)。 ステイシーは叫んでいるだけという批判をよく浴びるが、こういう空気に近いガールもなかなか珍しい。知識だけはあるが、世間ズレしたお嬢様という感じがよく出ていた。 ウォーケン扮するゾリンは精神的に問題ある試験管ベイビーという役柄であり、そのキレっぷりには期待をしたが、大した出番もなく、おいしいところは全部メイディに持ってかれてしまい、やや中途半端になってしまったのは残念だ。目玉は、証拠隠滅を図るための作業員大虐殺だけというのはもったいない。 個人的には、運転手役を演じたチベットとの掛け合いも面白かった。「私を愛したスパイ」でもストロンバーグの研究所をロシアのスパイのアニヤと訪ねたとき、秘書役という設定を利用して、その設定でムーアは遊ぶことがあった。こういう遊び心あるユーモアと余裕がロジャームーアボンドの魅力だった気がする。彼のボンドには賛否両論あったかもしれないけど、本当に長い間頑張ってくれたという想いが強い。ラストではロシアだけでなく、彼(とマニーペニー)に勲章をあげたいと思った人は多いのではないか。
[DVD(字幕)] 4点(2006-11-27 01:13:13)
559.  007/カジノ・ロワイヤル(1967) 《ネタバレ》 
なんといっても音楽のセンスが素晴らしすぎる作品。鑑賞前は、ストーリーなどないメチャクチャな支離滅裂なパロディかと思ったら、期待を裏切り、意外と想像以上にはしっかり創られているという印象を持った。作風は違うが、大物俳優が多数出演している「マーズアタック」のようなものか。 個人的に一番よかったのは、オーソンウェルズにしつこく意味不明な手品をやらせるセンス。 ちょっと気になったのは、アレンの目的が全世界を美女と140センチメートル(DVDの字幕による)の男(4フィート6インチと言っていた気がする)にするというものであった。140センチでは、アレンはともかく、ラルクのハイドさんでも生き残るのは難しいのではないか。 ボンドが7人というフレコミだったけど、そんなにいたかなと思い、ちょっと数えてみた。 ①引退した本家ボンド(女嫌いでショーンコネリーボンドをボロクソに貶す。M(マクタリー)家での力自慢対決やミミ(デボラカー)とのやり取り、牛乳屋との追いかけっこが見所。) ②クーパー(補助員。女が求め、女を求めない男としてマニーペニーのキスにのテストに合格。空手と柔道の達人で、女性に対して容赦しない。非常に目立たない人。) ③ヴェスパーリンド(事業家。500万ポンドの税金を分割払いにすることで本家ボンドに協力。イヴリンをスカウトする役だが、脈絡もなく裏切る。) ④イヴリン(ピーターセラーズ)(バカラの名手のためヴェスパーにリクルートされる。ヴェスパーとのベッドでの変装シーンやルシッフル(ウェルズ)とのバカラ戦いが見所。ヴェスパーに殺される。意味もなく税関員を殴る。) ⑤マタボンド(ボンドとマタハリの娘でダンサー、寺院で父ボンドにリクルートされる。東ドイツでの国際家政婦協会(内部のセンスよすぎる。こんな内部は観たことない)潜入が見所。途中でなぜか髪型が異なる。) ⑥ダリア(クーパーにスカウトされる。アレンに裸で拘束されるも、アレンに爆弾を飲ませる) ⑦ジミーボンド(アレン)(ボンドの甥で劣等感の塊。正体はドクターノアなのに、なぜかボンド。UFOを所有している。叔父のボンドとのやり取りやダリアに爆弾を盛られる際のやり取りが見所。小男が美女を手に入れられる世界を夢見るも失敗。一人で地獄行き) の以上7名かな。
[DVD(字幕)] 4点(2006-11-03 00:42:29)
560.  モディリアーニ 真実の愛 《ネタバレ》 
自分は専門家ではないので詳細には分からないが、モディリアーニが酒と麻薬に溺れ、病気で若くして死んだことと、ジャンヌが二日後に後を追ったこと、ユダヤ系で家族が破産したこと、個展がすぐに中止になったような小エピソードは事実だろうが、あとは恐らくほとんどがフィクションと思ってよいだろう(サロンやサロンで発表された全ての絵も)。 本作の印象としては、悪いとは感じなかったが、特別よいとも感じられなかった。というのも、モディリアーニの人生と、モディとジャンヌの愛を、「深く」は描くことはできていなかったように感じる。「魂がみえたら君の瞳を描こう」というモディリアーニの内心にまで本作は迫ってはいなかった。 フィクションなのだから、エコールドパリの画家たちの生き様をもっと生き生きとかつ、破滅的に大胆に構築してもよかったのではないか。酒屋で半殺しの目にあうといった、間違った脚色に進んでしまったようだ(さらに、ルノワールにあのような自己の作品を否定するようなセリフを吐かせるのはちょっと聞き捨てならない)。 モディリアーニとジャンヌの「愛」に足りなかったものは、金とか、成功とか、そんな単純なものではない気がする。画家というのは、自分の頭では駄目だと分かっていても破滅的な生き方しかできない、普通の生活や、普通の人間の尺度には納まらない人種である。本作では、結婚や書類といったものにこだわり、モディリアーニを小さくまとめてしまった気がする。 また、映画の中で、力点を「モディリアーニVSピカソ」に置いてしまったことに多少問題があるかもしれない。「モディリアーニとジャンヌ」という関係を凌駕する関係を描いてしまっては、焦点がぼやけてしまうだろう。 彼らの「ライバル」と一言で済まされない関係、お互いがお互いを認め合い、畏怖し、高めあう関係はしっかりと描かれていた。彼らは「成功」したかどうかを抜きにすれば、似たもの同士であり、同時期に生きたお互いにとってかけがえのない存在、真のアーティスト同士とは感じられた。 劇中で登場した「ガキ(モディリアーニの分身)」のメリットが本作ではほとんど感じられない。こんな空想上の存在をスクリーンに登場させるならば、それ相応の役割を担うべきだろう。
[DVD(字幕)] 4点(2006-10-15 00:01:27)
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